軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四章 ゴーストダンジョン

――ダストダスのメープルハニープリンよりも甘く、試練の洞窟の鎧騎士よりも切ない。

これは『猫耳猫』が生んだ名言ではあるが、『猫耳猫』をプレイした人間以外には、このニュアンスはうまく伝わらないだろう。

そのために、というのも少し違うのだが、今回はその『試練の洞窟の悲劇の騎士』についての逸話から話をさせてもらおうと思う。

VRゲームでもたまに切り立った崖のあるフィールドなんかがあり、プレイヤーが足を滑らせて死んでしまうようなこともある。

しかし当然だが、モンスターが自分からフィールド外に落ちて死んだという話はあまり聞かない。

それはなぜだろうか。

他のゲームについてはどうか知らないが、『猫耳猫』においてそれは単純だ。

落ちるような場所には、モンスターを近付かせない。

この単純な対策でもって、『猫耳猫』はモンスターの転落死を防いでいる。

『猫耳猫』のモンスターには行動範囲が決められていて、そこで定められた場所でだけ、モンスターは活動する。

まあ状態異常にかかっていたり、プレイヤーを追いかけている場合はその限りではなかったりするのだが、基本はそうなっていると言っていい。

つまりは崖の下に行動範囲が定められているという訳でもなければ、モンスターはそこに近寄らないので落ちる心配もないということだ。

だが正に、そういうことをやってしまったダンジョンがあった。

もちろん、『試練の洞窟』である。

そしてそれが、この『試練の洞窟』が『ゴーストダンジョン』と呼ばれる原因となったのである。

『試練の洞窟』は、円環の形をしたダンジョンで、そこにいるモンスターは全てダンジョン全体に行動範囲を持ち、平地巡回型の思考ルーチンで動いている。

言い換えれば、洞窟の鎧騎士たちは輪っか状のダンジョン全体を思い思いに徘徊して過ごしているということだ。

平地型のAIは緩やかな坂には対応出来るが、階段や大きな段差には対応出来ない。

しかし、普通ならそれでも構わない。

そういうモンスターの巡回ルートに大きな段差や階段などは設定しないので、問題は発生しないのだ。

だが、この『試練の洞窟』だけは違った。

ダンジョンが円環を構成しているため、スタート地点とゴール地点がつながっている。

行動範囲的には崖の上と下がつながっているため、モンスターはそこを歩こうとしてしまうのである。

崖の下から崖の上に行こうとするのはいい。

ただ、壁にぶつかって進めず、方向転換をしてどこかに歩き去るだけだ。

しかし、崖の上から崖の下に行こうとしたら?

平地型のAIに段差の概念はない。

哀れ鎧騎士たちは行動範囲内だからと普通に道を歩くつもりで崖の下に一歩を踏み出し、成す術もなく転落してしまうのである。

高所からの落下ダメージは落下距離と本人の重量で決まる。

崖は数十メートルの高さがあるし、そこから何の準備もなしに落ちた重量級の鎧騎士が生き残れるはずもなかった。

しかも、鎧騎士たちはダンジョン全域をフォローする巡回型。

彼らがどこを歩き回るかはランダムだが、一本道のダンジョンである以上、いつかは必ず崖に到達する。

その時期が早いか遅いかの違いだけで、鎧騎士たちは『必ず』、崖から転落して死亡するのである。

だからプレイ開始から遅くても二日、早ければ一日でダンジョンの騎士は全滅してしまう。

これがプレイヤーがやってきてもモンスターが全くいない『ゴーストダンジョン』の仕組み。

――これぞ正に、『猫耳猫』クオリティである!!

ということであるのだが、このバグは意外と稼ぎに利用出来ない。

墜落死では経験値が入手出来ないし、ドロップアイテムはしばらくすると消滅してしまう。

更に言えばリポップまでの間隔が255時間もあり、更には死亡する時期に最大48時間程度のばらつきが出るため、湧き待ちをするのもあまり効率がよくないのだ。

しかし、そこで出て来るのがトレインちゃんだ。

トレインちゃんがいれば、長い時間モンスターのリポップを待つ必要はない。

『トレインモード』のトレインちゃんが通りかかるだけで鎧騎士たちは復活する。

更に言うなら、ダンジョンを出ない限り、トレインちゃんにトレインされた敵は彼女のことを追い続けることは分かっている。

適当にモンスターを引っかけた後は、崖から飛び降りてダンジョンの入口に戻り、そこでのんびりと待つだけで復活したモンスターは全て自分から崖の下に身投げしていくという寸法である。

ただ、これだけでは復活したモンスターを全滅させられるだけで、その経験値は無駄になってしまう。

だからここで、ダーツを使う。

ver1.28から『状態異常や地形などによるダメージでモンスターが死んだ場合、直前に攻撃をしたキャラクターに経験値が入る』という仕様が追加された。

これは『猫耳猫』の最古参プレイヤーで、ついでにサイコさんプレイヤーでもあったある毒使いが開発会社に粘着した結果、見事に勝ち取った改善だったらしい。

ただ、相当酷い粘着振りだったのだろう。

仕様変更が告げられた時、ネット住人からは珍しく開発会社に同情するようなコメントが寄せられたという。

開発会社のクレーム担当には同情を禁じ得ない所だが、これによってこの『試練の洞窟』でのレベル上げが実現したことは確かだ。

ダーツはどんな敵にも固定ダメージ1を与える。

レベル70の鎧騎士は高い防御力を誇るが、ダーツによる攻撃ならトレインちゃんでも確実にダメージを与えられる。

後はそいつらを崖から飛び降りさせて墜落死させてやれば、直前に攻撃をしたトレインちゃんにその経験値がまるまる入ってくることになる。

唯一の危険は、トレインちゃんが復活させたモンスターたちが、崖ではない方の道を辿ってスタート地点に辿り着くことだが、これはダンジョンの中ほどからスタートすることで回避した。

まあそれでもその危険を完全になくせたとは言えないが、もし襲ってきたらすぐにダンジョンから出れば問題ないだろう。

しかし流石リポップの遅い強敵モンスター。

下準備に二時間以上かけたとはいえ、ほんの数十分で三十もレベルを上げてしまった。

しかも、このレベル上げにはもう一つメリットがあって……。

「ソーマさん! こっち、全部アイテム集め終わりました!」

それは、復活してきた鎧騎士たちのドロップアイテムを残らず回収出来ることだ。

どうやらもう鎧騎士は全員落ち切ったようなので、今は二人で分担してアイテムを回収している所だ。

レベル70のモンスターを倒して出て来るだけあって、ドロップアイテムも店売り品よりも格段にいい。

序盤の上位と言うより、中盤の下位と言えるくらいのグレードがある。

それはいいのだが、

「えっと、それでトレインちゃん……」

「あ、あの、トレインちゃんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、是非イーナって呼び捨てにしてください!」

さっきの一件以来、トレインちゃんの友好度がうなぎのぼりである。

というか、トレインちゃんって呼び方は他人行儀とかそういう問題なのだろうか。

(……参ったな)

そりゃあ力になってやるとは言ったし、それは嘘ではないが、しばらくしたら別れるつもりだというのも嘘ではないのだ。

これ以上なつかれても、正直困る。

この辺りで少し熱を冷ましておいた方がいいだろう。

「イーナって呼んでやってもいいけど、条件がある。

俺のことをこれからソーマ様って呼ぶなら……」

「はい、ソーマ様!」

打てば響くとはこのことである。

様づけするのに微塵のためらいもない。

何の牽制にもならなかった。

「ごめん、冗談だ」

結局すぐに言葉を引っ込める。

まあ、名前を呼ぶくらいは構わないだろう。

冷静に考えればいちいち彼女をトレインちゃんと呼ぶのはちょっとおかしいし、トレインと呼び捨てにするのも何か違う。

「これからはイーナって呼ぶから、そっちはソーマでもソーマさんでも、好きなように呼んでくれ」

「はい、ソーマ様!」

思わず、眉間を押さえた。

これ、嫌がらせでやってるのだろうか。

いや、残念なことに目が 本気(マジ) だ。

「ソーマでもソーマさんでも、好きなように呼んでくれ」

「はい、ソーマさん」

もう一度同じ言葉を繰り返すと、俺への呼び方は元に戻った。

しかし、心なしか不満げである。

そんなに様づけが気に入ったのだろうか。

(どうしてこうなった……)

心の中でため息をつく。

彼女のレベル上げを優先したのは半分は善意。

残り半分は、先に約束を果たしていつでも別れられるようにする、という厄介払いに近い意味合いを含んでいたのだが、完全に逆効果になった気がした。

「どうかしましたか?」

傍目にもうきうきとした様子で俺に話しかけてくるトレインちゃ……イーナに、俺は首を振って答えた。

「いや、何でもないよ。

時間もあるし、もう一回同じことをやってみようか」

「はい!」

俺の心も知らず元気よく返事をしたイーナは、今度は危なげなくモンスターのトレインを成功させ、その日の内にレベルを66まで上げたのだった。