軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十八章 来訪者

「――そーま、大丈夫?」

次に我に返った時、目の前には心配そうに俺の顔を覗き込む真希とレイラの姿があった。

「……心配かけたな。俺は、大丈夫だ」

大丈夫な訳がない。

リンゴが死んだのだ。

何も大丈夫なはずがない。

それでも、こいつらに心配をかける訳にはいかない。

そう思えるくらいの気力は、何とかもどってきていた。

悪い夢を見ていたような気分だった。

しかし、あれが夢ではなかったというのは、あわただしく門下生たちに指示を出すミツキの姿が証明していた。

「ここは、ヒサメ道場か」

「う、うん。ソーマがその、大変そうだったから、二人で肩を貸して……」

使い物にならなくなった俺を運んできてくれた、ということらしい。

レイラにも真希にも、知らない間に迷惑をかけたようだ。

あらためて感謝の言葉をかけようとして、俺は一つ妙なことに気付く。

なぜ、道場の指揮を執っているのがミツキなんだ?

「……なぁ、二人とも。今、アサヒさんは?」

「それ、は……」

レイラが言いよどむ。

それを補うように、その後ろから澄んだ声が飛んできた。

「父は街が霧に包まれてすぐ、単身で街の中に入りました」

「ミツキ……」

直前までと同じ、張りつめた雰囲気を漂わせたミツキが、こちらに歩いてきた。

「事前の取り決めでは街に入ってすぐ一度は戻ってくると言っていたのですが、不可能だったようです。

それから五分程度は探索者の指輪で位置を把握していましたが、急に場所の移動が活発になったと感じた十数秒後、反応が消えました。

恐らく邪神の欠片と交戦したのでしょう」

「それ、って……」

邪神の欠片に殺された、ということなのか。

しかし、それをはっきりと口にする勇気は俺にはなかった。

「ですが、おかげで情報が得られました。

あの霧は映像記録でも言われていた邪神の特殊能力でしょう。

効果は恐らく、フィールドからの逃亡の阻止。

あの欠片を倒さない限り、街に入る事は出来ても出る事は出来ない」

それから、とミツキは言葉をつなぎ、

「邪神の欠片は強い。父が、相対して十数秒で殺される程度には」

「ミツ、キ……」

毅然とした顔で、誰もが明言を避けていた言葉をはっきりと口にした。

表情をなくした、いや、感情を押し殺しているミツキに、俺はどうすればいいのか分からなかった。

「あ、あの! わたし、石板の最終話を見たんだけど……」

そこで、真希が大きな声をあげて注意を集めた。

似合わない必死な顔で、真希しか知らない情報を俺たちに伝えようとする。

「邪神の欠片は、おたがいに殺し合うの。

それで、勝った方が負けた方の力を吸収する。

だから、あの欠片が封印されてる本体のところに行ったら……」

「本体が復活、いや、欠片と本体の力が合わさったもっと強い邪神の欠片が生まれるってことか」

邪神の欠片の行動原理は分からない。

だが、街の人間を……全滅させた以上、あの場に留まる理由はないだろう。

その時、邪神の欠片が本体の場所を目指せば、今度こそ世界は終わりだ。

「……倒そう」

その言葉は、自然と俺の口から出た。

当然だ。

それは本当は、目が覚めてからずっと言おうと思っていた言葉だったから。

「邪神の欠片を、倒す。倒さないと、そうじゃないと、この世界は……」

「本当に、世界の為ですか?」

勢い込んで話し出そうとした俺に冷や水をかけるように、ミツキの冷たい言葉が俺を射抜く。

「世界のためじゃなかったら、何のためだって言うんだ?」

「それを口にする必要がありますか? 貴方が一番、分かっているはずです」

俺は、黙り込むしかなかった。

――リンゴを殺した相手への復讐。

その動機を否定することなんて、俺には出来なかった。

それを否定するということは、リンゴを失った悔しさを、つらさを否定することになるような気がして、そんなこと、嘘でも口に出来なかった。

「ミツキは、悔しくないのか? リンゴや、それに、アサヒさんだって……」

「悔しくないはずがありません。ですが、私にはそれよりも大事な物がありますので」

どんなに強い言葉をぶつけても、ミツキはまるで揺るがなかった。

これがきっと、張りぼてと本物の違い。

単なる一般人と、戦場を住家に、正義と弱者を守ることを生きる意味に掲げて歩んできた者の違いだ。

「あれは、貴方が遊戯の中で戦ったというラムリックの地下の欠片よりも明らかに強い。

貴方に、勝てるのですか?」

「……勝つさ。何としても」

口ではそう言ったが、準備が、装備が、明らかに足りない。

邪神の欠片は力押しだけでは決して勝てない相手だ。

相応の対策がなければ、あいつと同じ土俵に上がることさえ出来ない。

だが、それでも、俺が勝たなきゃ、どうしようも……。

「無理ですね」

ばっさりと。

ミツキが俺の強がりを切って捨てた。

「な、何を根拠に……」

「私にだって、貴方が本気で言っているのか、そうでないのかくらいは分かります」

こういう時、ミツキの鋭さと、俺との付き合いの長さが不利に働く。

どうしたって、こいつに隠し事が出来る気がしない。

「じゃあ、だったらどうするっていうんだよ。

このままじゃ、この世界は……」

苛立ちのままに怒鳴った俺に対して、ミツキは眉ひとつ動かさず、平然と答えた。

「――逃げましょう」

だが、意味が分からない。

邪神の欠片でさえ止める手立てがない。

なのに、本体が復活する危険を無視して、逃げるなんて。

「そんなの無理だ。逃げるって、一体どこに逃げるって……」

「貴方の世界に」

「なっ!」

続く言葉は、本当に俺の予想を外れるものだった。

だが、不可能だ。

「それは、出来ない。ミツキは、分かってないんだ。

デスフラッシュは、プレイヤーを強制ログアウトさせるバグだ。

だから、もし成功したとしても、プレイヤー属性を持っている奴しか……」

「ですから私は、貴方とマキさんに逃げて下さいと言っているのです」

今度こそ、俺はぽかんと口を開けた。

「分かっていないのは、貴方の方です」

気づけば、ミツキの顔が至近距離に近づいていた。

その端正な顔がさらに近くなって、手が重ねられる。

「私がどうしても守りたい大事な物とは、貴方の事です」

「なに、を……」

握られた手に、力がこもる。

冷たい手に、互いの体温が伝わって熱を帯びる。

「家族が、友人が、同門の人間が、沢山の犠牲が出ている中で、何を甘い事をと笑って下さい。

けれど、私には……私には、貴方が死ぬ事だけは耐えられません。

二度と会えなくても、どこかで貴方が生きていると信じられるだけで、私は何でも出来る。

たとえ力及ばず倒れたとしても、悔いはありません」

――だからどうか、貴方は元の世界に帰って下さい。

ミツキの、その、懇願に。

俺の中の歯車がカチリとはまり込んで、俺の心がぐらりと揺れたのが分かった。

「帰、る……。そう、か。帰れる、のか、俺は」

今まで、意識していなかった可能性。

しかし、確かに、条件はそろっている、ように思える。

「だけ、ど……」

それは、今目の前で俺を見つめるミツキを、レイラを、サザーンを。

ラムリックにいるはずのイーナを、ティエルを。

そのほかの、この世界に生きる全ての人間を、見捨てるということじゃないのか?

「やっぱり、そんなのは、駄目だ……」

せめて。

せめて、王都にいる邪神の欠片だけでも、何とか……。

「……待て、よ?」

迷宮に入りかけた思考が、一つの方向に収斂する。

王都にいる邪神の欠片には、正攻法では勝つことが難しい。

何しろ王都の人間を全滅させたような相手だ。

対策も何も取っていない俺に勝てるような敵じゃない。

だが、逆に。

この絶望的な状況でなら、あれを使っても問題ない。

いや、むしろあれを使えば……。

「――魔術師ギルドの、禁じられた儀式」

そう口にした俺は、無意識に立ち上がっていた。

「そー、ま?」

真希がびっくりした顔でこちらを見る。

脈絡のない言葉に、とうとう俺が壊れたのかと思ったのかもしれない。

だが、生憎と俺は正気だ。

正気のままで、最高に馬鹿なことをやろうとしている。

「ミツキ。魔術師ギルドのイベントは、途中で止まってる。

あのイベントを、俺たちの手で完成させよう」

「魔術師ギルドのイベント? まさか……」

やっぱりミツキは察しがいい。

驚きの表情を浮かべるミツキに、俺は笑いながら言ってのける。

「ああ。街を壊滅させる禁じられた儀式。

それを使えば、街にいる邪神の欠片を消滅させられるかもしれない」

杜撰な計画だ。

邪神の暴れた街で、屋根の魔法陣が壊れているかもしれないし、中断をはさんだことでイベントが機能しない可能性だってある。

また、発動自体は成功しても、人間全てを絶命させた儀式でも邪神の欠片を倒せるとは限らない。

「それでも、賭けてみる価値はある。……だろ?」

俺の言葉に、初めてミツキが動揺する。

「ですが、貴方は元の世界に……」

「欠片を倒した後だって、帰ることは出来るさ。

……それに、気付いたんだ」

照れくさい気持ちは捨てて、普段は言わないことを、大真面目に。

「やっぱり俺が最後に帰る場所は、元の世界じゃない。

ミツキたちが、俺の仲間がいる場所が、俺の居場所なんだ、って」

大事な物を失って初めて分かった答え。

だけど、遅いとは思わない。

今この場にいる仲間たちだけでも、俺は……。

俺は……。

「――ソォォオオオマ、さあああああああああああん!」

しかし、そんな俺の静かな決意表明は、突然の乱入者にぶち壊しにされた。

凄まじい速度で俺のところに突撃してきた、一人の女性。

それは、場にそぐわないこと甚だしいメイド服姿の女の人で。

というか、彼女は、確か、アーケン邸の事件でお世話になった、というか指輪を奪った犯人の……。

「名前は、ええっと……ドジっ子メイド?」

「リルムです! ちゃんと覚えててくださいよぅ。

もう、せっかくお届け物を持ってきたのに」

「いや、お届け物とかそんな場合じゃ……」

言いかけた俺の言葉は、リルムが差し出した物を見て止まった。

あと、たぶん心臓もちょっと止まった。

「くま?!」

リルムが突き出してきたのは、あのくまだった。

どうしてリンゴと一緒に城に行ったはずのくまが?

俺が疑惑と混乱と、隠しきれない興奮のこもった目で見つめると、リルムはほわわんと笑った。

「えへへぇ。あのですねぇ。一時間くらい前にマジカルポケットの魔法を使ったんですけど、そうしたらいきなり中からぴょーんって、この子が出てきて。

ソーマさんのところに連れてけって、こう筆談で……」

くま、お前字まで書けたのか……というのはこの際どうでもいい。

「くま! リンゴは? リンゴは一体……」

息せき切って尋ねる俺に、くまは一枚の紙を差し出した。

おうさま ぶじ

まどうのとう

機械で打ち込んだような、ひらがなの羅列。

ともすれば言葉足らずとも言える、簡潔な言葉。

だが……。

「何だよ、これ。あは、あははは……」

笑いが止まらない。

押さえようとしても、どうしようもなく気持ち悪いにやにや笑いがあとからあとから湧いてくる。

「そ、そーま? ど、どうしたの?」

さっきからなぜか俺を遠巻きにしている真希が、おそるおそる尋ねてくる。

だけど俺は大丈夫だ。

……本当に大丈夫に、今、なった。

「分からないのか? これは、メモ帳だ。

そして、このメモ帳に文字を 打ち込める(・・・・・) 人間は、この世界に三人しかいない」

メモ帳に文字を書くのではなく、文字を打ち込むには、俺の世界の技術『オーダー』が不可欠。

そのオーダーを習得しているのは……。

「――向こうの世界から来た、俺と真希。それから……リンゴだけだ」

現金なことにさっきまで靄がかかったような頭の中が、クリアになっていた。

すると、すぐに一つの可能性に思い当たる。

リヒテルの街に、一ヶ所だけ、あるのだ。

ミツキの探索者の指輪の目からも逃れられる、孤立したエリアが。

「……魔術師ギルド本部、通称『魔道の塔』」

データ的に独立しているあの塔の中に入るには隠し扉を開けるしかなく、そしてリンゴは以前の騒動で、魔術師ギルドの幹部を脅しつけて塔への隠し扉の開け方を覚えていた。

全てから隔絶した空間、あの魔道の塔の中なら、邪神から隠れていることも不可能ではないかもしれない。

そして、全ての通信が出来ないあの場所でも、一つだけ。

マジカルポケットを使ったアイテムのやりとりだけは、出来る。

そして、そして!

リンゴのポケットには、トラップ部屋で俺が渡した、マジカルポケットのジェムが残っていたはずなのだ!

全ては、つながった。

ここに来て、進むことをためらう理由はもう何もない。

「……行こう、魔道の塔に。

邪神の欠片を、倒しに。

そして、俺たちの仲間を、迎えに」

待っていろよ、邪神の欠片。

ここからが、俺たちの反撃の時だ。