軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十六章 本当の強さ

ゆっくりと振りかぶられ、次の瞬間、それに倍する速度で向かってくる、人造の巨人の腕。

「ステッ――くっ!」

身体に染みついた動作というのは、咄嗟の時にこそ出てしまう。

俺は反射的にステップで回避しようとするが、当然無意味。

それでも巨人の剛腕が俺の頭を捉える直前、俺は後ろに飛んで逃げた。

直後に轟音。

見ると、俺の二メートルほど前方、俺が数瞬前まで立っていた地面に、振り下ろされた鉄巨人の拳が突き刺さるのが見えた。

その一撃に塔全体が揺れた気がして、俺は身震いした。

(もし、避けるのがあと一瞬でも遅れていたら……)

この世界では、見た目の強さと実際の強さは必ずしも一致しない。

だが、データスペックから考えても、魔道ゴーレムの攻撃力は破格。

一度でもあの攻撃をまともにくらえば、俺もあの床と同じ運命を辿るだろう。

「ほほう。あの攻撃を避けるとは、流石英雄殿じゃな」

感心したような声は想像よりも上の方から聞こえた。

視線を向けると、イアスキーは老人とは思えない機敏さで魔道ゴーレムの背中によじ登っていた。

「土人形任せの癖に、随分と吠えるじゃないか」

そう虚勢を張って答えてみるが、俺にもあまり余裕はない。

こちとら根っからのインドア派ゲーマーだ。

俺を一撃で粉砕出来る腕力を持つデカブツと、殴り合いなんてしたくない。

しかし、イアスキーがゴーレムに乗った時点で、ゴーレムを迂回してイアスキーを倒す、というのは難しくなった。

それにフルビルド・ボブは破壊不可能オブジェクト。

破壊は試みるだけ無駄だろう。

打てる手が狭まってくる。

それでもどうにか戦いを回避出来ないか考える俺に、イアスキーは自慢げに言葉をかける。

「のう、英雄殿。おぬしは、『運命』という物を信じるかな?」

「運命……?」

突然何を言っているのだろうか。

予想外の話題に俺が眉根を寄せると、巨人の上に乗ったイアスキーは、重ねて言葉をつづる。

「運命でなければ、この世の『流れ』と言ってもよい。

おぬしは感じたことがないかの?

己の意志が歪まされ、自分の行動が世界によって規定される感覚を」

「行動が、規定される?」

そんな経験はしたことがない。

ないが、その一言で流せない引っかかりが、俺の頭の中にあった。

「例えば、おぬしが魔術師ギルドに入団しに来た時がそうじゃ。

儂は自然と、手ずからおぬしに洗礼を与えねばならんと考えた。

理屈で考えれば、そんな必然性は全くないのに、じゃ。

そして儂は、これらの不自然な行動はもしや、『世界が望む流れ』を生み出すための、世界からの干渉ではないかと考えたのじゃ」

「……イベント、強制力」

呆然と、つぶやいた。

この世界には、『猫耳猫』のゲームシステムや状況を再現しようとする力が働いている。

その中で、ゲームシステムに関するものと、イベントに関するものについてはその力が強い。

今まで、その強制力を自覚的に捉えた者はいなかった。

しかし、この男は……。

「ほう。やはり知っておるようじゃな。

儂は早期から、儀式の障害になるのはおぬしじゃろうと考えておった。

魔王討伐だけではない。あのヒサメ家の試練に打ち勝ち、王都に押し寄せた魔物の軍勢を打ち倒し、地下の迷宮で邪神崇拝者の野望を阻む。

その八面六臂の活躍は、まさに英雄と呼ぶにふさわしい。

放置すれば、いつかは儂らの計画に気付き、それを阻止すべく動くのは自明のこと。

じゃから儂は、『世界の望む流れ』を利用して、おぬしを倒す手段を考えたのじゃ」

そう、か……。

その言葉に、ようやくこの状況が腑に落ちた。

これは、イベントだ。

それも、王都の住人を全滅させる儀式イベント、その最終局面。

魔術師ギルドの最終イベントを発生させるには、複数のギルドイベントをこなし、キャラレベルを上げて魔術師ギルドの幹部になり、儀式に必要な材料を集める三つのクエストをクリアする必要がある。

当然ながら、洗礼の儀式を受けた直後のプレイヤーに達成出来るものではない。

しかし、イアスキーは事前にネクラノミコン以外の儀式の材料を備え、俺に「ギルドに加入した瞬間より幹部に取り立てる」と言っていた。

魔術師ギルドの幹部になり、儀式に必要な材料をそろえる、という条件は、もう満たされているのだ。

(だとしたら、まずいな。閉じ込められた、かもしれない)

魔術師ギルドの最終イベントは、イベント完了まで中断不可能だ。

魔法陣の間に転送されたが最後、儀式を成功させ、イアスキーを倒すまで魔法陣の間から下に降りることは出来なかった。

転移石や転移魔法も当然効かないはずだし、そもそもこの場に持ってきてはいない。

なら先にイアスキーを倒し、イベントを破綻させる、ということが出来ればよかったのだが、実はこのイベントには「イアスキーを倒して自分で儀式を行う」というルート分岐もある。

その場合でも儀式を完了させるまで外には出られなかったはずなので、意味がない。

いや、副ギルド長は外からやってきた。

中から外に出ることは出来なくても、外からなら……。

「――敵の前で考え事とは、余裕じゃの」

敵を前に、つい考え込んでしまった俺に、不機嫌な声と一緒に黒い鉄塊が迫る。

いや、鉄塊と思ったのは魔道ゴーレムの足。

無造作な、だが俺を殺せるだけの力を持った一撃に、身体がすくむ。

「舐め、るなぁ!」

だが、怯える身体をねじ伏せるように、俺は横に跳ぶ。

ギリギリのタイミング。

身体三つ分ほど横を流れる巨人の蹴りを横目で確認した俺は、不安定な体勢のまま無理矢理手を振り回し、握りしめた杖でその足を殴る。

姿勢も位置も軌道も、全てが最悪に近いひどい一撃。

それでも幸運にも、杖の先が巨人の足を捉える。

しかし、

「なっ!」

当たった杖は鉄巨人の足に拳ほどの大きさのへこみを作っただけ。

代わりに乾いた音を立て、強く握りしめていた杖があっさりと二つに折れた。

こうなればもう修復は不可能だ。

「くそっ!」

俺はせめてもの嫌がらせに杖の残骸を投げつけたが、そんなものがダメージになるはずがない。

それがゴーレムに弾かれるのを見て、イアスキーは笑みを深くした。

「無駄じゃよ。どんなに優れた戦士も、このフィールドの中では儂の巨人を打ち倒すことは出来ない。

それは、実験によって裏付けられた動かせない事実じゃ」

「どういう、意味だ?」

その言葉に含まれた毒に、俺は思わず問い返した。

すると、イアスキーは邪悪な表情を浮かべ、背後のムキムキの男の彫像を振り返った。

「この罠を仕掛けるのには儂も苦労したんじゃよ。

まず、戦士ギルドからこの彫像を借り受けるために、プロテインとかいう奇怪な食物の買い占めに大金をはたくはめになった」

忘れていた!

ミスリル不足と同時に、戦士ギルドの人間たちの大好物だったプロテインも品不足になっていたという話を聞いていた。

あれは、戦士ギルドが動いたせいではなく、イアスキーたちの買い占めが原因だったのか。

「それで、買い占めたプロテインを交渉材料に、その像を借りてきたってことか?」

「その通り。まったく、あの汗くさい奴らの巣を訪れるのは不快な経験だったが、思わぬ拾い物もあっての。

アレックズ、という男を知っておるかな? レベル200。この世界における最高レベルの人間じゃ」

「まさか……!」

思わず表情を変えた俺に、イアスキーは首を振った。

「心配せずとも、殺してはおらんよ。本命の前に騒ぎになったらたまらんからの。

ただ、ちょうどあの野人どもの巣窟にいたから、この像の近くでの模擬戦を依頼しただけじゃ。

結果は……ふふ。勝負にすらならなかったの。

奴は、儂のゴーレムに傷一つ負わせることが出来ず、悄然と帰っていきよった!

あの、レベル200の、国一番の戦士が、じゃ!」

「お前は……」

屈折している。

こいつはレベル至上主義を掲げているばかりか、いや、そのせいで、高レベルのキャラクターに対して強い劣等感を持っている。

イアスキー自身のレベルは確か180程度。

レベル200のアレックズは気に入らない存在だったはずだ。

そいつを自分のフィールドでとはいえ、一方的に叩き潰して、ご満悦なんだろう。

だが、こいつはある重要な可能性を見過ごしている。

「なぁ。だからって、俺がこいつを倒せないとは限らないんじゃないか?」

当然のことを訊く。

しかし、イアスキーは俺の言葉を聞いても、大きな声をあげて笑っただけだった。

「はははははは! これはまた、面白いことを言うのう!

確かにおぬしが様々な策謀で苦境を乗り越えてきたことは認めてやろう。

じゃがのう。武器、スキル、魔法、アイテム、そして、仲間。

おぬしが頼りにしていた物は、全て奪わせてもらった。

誰もが口ではレベルこそが強さの全てではないなどと言っても、結局生身の人間が最後に頼れるのは、ただレベルだけ。

そしておぬしのレベルは、儂のゴーレムに手も足も出なかったアレックズよりも低い。

つまりおぬしは、絶対にこの巨人には勝てないということじゃ!」

レベル至上主義のイアスキーらしい言葉。

だが、俺は首を横に振った。

「――それは、違う。あんたは、間違っている」

「なに?」

不愉快そうに眉をあげるイアスキーの前で、ゆっくりと手を袖に入れる。

「それは……!」

取り出したのは、袖に仕込んだ色とりどりのジェムだ。

俺はそれを、

「そうか! 魔法を封じられた空間で、アイテムを使って戦おうと言うのか!

こずるいおぬしに似合いの……」

壊さないよう丁寧に、地面に置いた。

「何の、つもりじゃ?」

その疑問には答えない。

ただそっと、ジェムの横に今度はネクラノミコンを置く。

「もう一度言うぞ。あんたは、間違ってる。

まず、あんたは俺から仲間を奪ったと言ったが、そんなことはない。

俺の仲間は、あの二人は、絶対にここまで俺を助けにやってくる」

「馬鹿なことを! この塔への入り方はディーキルとサアモンしか知らん!

そもそも、おぬしがここにいることも分からんはずじゃ!

この塔には探索の魔法も転移の魔法も遮断する!

じゃから……」

ヒステリックに叫ぶイアスキーを憐れみを込めて見つめながら、俺は手に残った最後のアイテム、クロノスウォッチを首にかける。

その裏をそっとなでると、時計につけた傷が、俺たち三人をつなぐ証が、俺の指に確かな感触を残した。

「それでも、あいつらはここまで駆けつける。

俺はあいつらを、信じている」

「っ、ふ、ふざけるな! 信頼など、力の前には無力じゃ!

仮に仲間が駆けつけようが、その前におぬしを殺してしまえば全て解決じゃ!

殺せ! 儂の魔道ゴーレム!!」

逆上するイアスキーに、俺は無造作に近寄っていく。

「そして、あんたの最大の間違いは、レベルの高さを本当の強さだと信じ込んでいることだ」

「黙れぇ! 結局、結局はこの世界を動かすのは力だ!

仲間や絆や、愛などでは断じてない!

ただ、力、レベルだけが、この世界で信じられる唯一の物!

そうでなければ、儂は、儂はぁ!」

先ほどまでの余裕はなんだったのか。

そんなイアスキーの姿を見て、俺は哀れだな、とすら思う。

「レベルだけが、信じられる……?

お笑い草だな。その考えが、大きな間違いなんだ。

いいか、一度しか言わないからよく聞けよ?

本当の強さって奴はなぁ……」

話している間も当然、鉄巨人が俺に破壊力抜群の一撃を放ってくるが、覚悟さえ決めてしまえば、そんな直線的な攻撃は大した脅威でもない。

俺は余裕を持って攻撃を見切り、かわしたところで裏拳気味に無造作に右手を振って、

「――個々のパラメーターを見なきゃ、分からないんだよ!!」

魔道ゴーレムの腕をぶったたいた。

その接地面から、バゴ、と不吉な音がしたのも一瞬、

「……は?」

鉄巨人の腕はそこから千切れ飛び、くるくるーと回転しながら、凄い勢いでぴゅーんと飛んでいき、壁にガチャンとぶつかって地面に落ちた。

「いま、なに……え?」

まさか反撃されると思わなかったのか、イアスキーは目が点になっている。

そのチャンスを逃さず、俺は演説をかます。

「いいか? ねこ……この世界では、レベルなんて大抵適当に決められてるんだよ。

下一桁に至ってはサイコロで決めてるって実際日記に書いてあったしな。

だから、あんまりレベルを基準に……」

「き、貴様ぁ! 儂のゴーレムを!!」

人が話している途中だというのに、イアスキーが吼える。

一瞬だけ固まっていたゴーレムが動き出し、無事な方の手を精一杯に伸ばしてつかみかかってくる。

……だが、当たらない。

当たるはずがない。

冷静に拳の軌跡を読んだ俺は、それを右に一歩、 歩いて(・・・) 避ける。

俺の速度は腐っても常人の 三倍(・・) だ。

落ち着いていれば、こんなパンチを避けるくらい、造作もない。

「ば、馬鹿な……! その速――」

「だから言ったろ。レベルが全てじゃない、って」

言いながら、拳をゴーレムの腕に振り下ろす。

ガシャン、と超合金ロボが壊れるような音がして、ゴーレムの左腕が砕け散った。

「ば、馬鹿な、馬鹿なぁ!

儂のゴーレムがやられるはずが……。

くぅっ! 引けぇ!」

引けと言っても逃げ場がある訳ではないが、イアスキーの指示を受け、ゴーレムは器用に後退していく。

後ろを向いたままなのに、凄い速度だ。

これは、普通にしていたら追いつけそうにない。

だから俺は、心持ち 早歩き(・・・) で後を追うと、すぐに追いついた。

「な、な、なぁぁ……!」

すでにイアスキーは口をパクパクさせるだけの置物になっている。

その姿に少しだけ罪悪感が湧いたが、こいつがこれまでやってきたこと、これからやることを考えると、手加減する理由もない。

「悪いな、イアスキー。俺は、レベルは180ちょいしかないが……」

距離を詰めた俺はまずゴーレムの右足をぶん殴ってよろめかせ、次に左足を粉砕して転ばせて、イアスキーがゴーレムから落ちたのを確認して、

「――素手の殴り合いなら、魔王よりも強い」

トドメに胴体に拳を叩き込んで、鉄巨人を完全に沈黙させた。

もはやただの鉄くずと化した魔道ゴーレムを見るとはなしにぼんやりと眺めていると、倒れていたイアスキーがわめきだした。

「こんな、こんなことが、あるはずがない!

スキルやレベルがどうとかいうような次元の話ではない。

生身でゴーレムを破壊するなど、ありえん!

なんじゃこれは……! なんなんじゃこれはぁ!!」

答える義理もないのだが、これ以上騒がれても面倒だ。

鉄巨人が完全に機能停止していることをもう一度確認して、イアスキーに向き直る。

「俺のことを調べたなら、あんたも聞いたことはあるんじゃないか?

俺の持ってるスキル、『憤激の化身』の力だよ」

「憤激の、化身? じゃ、じゃが、スキルは全て封じられて使えんはずじゃ!」

さらに激高するイアスキーに対して、俺は静かに答えた。

「いいや、使ったよ。……魔王を倒す、前にな」

……そう。

これが、『憤激の化身』の力。

そしてこれが、『憤激の化身』が あの(・・) 猫耳猫においてですら、「バランスブレイカー」と呼ばれ、「まさに桁外れ」の効果があると評された理由。

あまりの壊れ性能っぷりにゲームが死んでしまうという怒りを込め、『憤激の種死バグ』と名付けられた、禁断のキャラ強化技の効果である。