軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十四章 水中都市

――ボーン、ボーン……。

屋敷の中に、古時計のぼやけた音が響く。

その数は十二。

真夜中を知らせる鐘だ。

そのどこか不吉な響きをやり過ごして、ミツキが口を開いた。

「本当に、これが水中都市なのですか?」

「ああ。誰も水中都市の場所を見つけられなかったのも無理はない。

このケースの中の世界が、水中都市と呼ばれる街なんだ」

俺の目の前には、両手で抱え込めるくらいの大きさのガラスのケースがある。

そこには水が満杯に入っていて、その水の中にミニチュアの街が見える。

しかし、そのケースには接ぎ目が全くない。

滑らかなその表面を見る限り、外からこの中に干渉するのは不可能なように見える。

ただ、これは魔法のアイテムだ。

大きさの問題も考えれば、中に入るのに普通の方法を使うはずがない。

「まあ、論より証拠だ。

みんな、こっちに来てこの上に手を置いてくれ」

俺の言葉に従って、くまを含めたその場の全員が水中都市のガラスケースに触れる。

(ん? 何か、忘れているような……)

一瞬だけそんな考えが頭をよぎったが、

(いや、今はとにかく、急がないとな)

あまり時間を無駄にはしたくない。

俺は気を取り直すと、出来るだけはっきりとした発音でこう口にする。

「――『水龍の身許へ』!」

瞬間、視界が暗転した。

「お、っと……」

一瞬だけだが、世界から弾き出されたような、あるいは自分が消えてしまったような、いわくいいがたい奇妙な感覚を覚える。

それは、どことなくこのゲーム世界に入り込んだ時とも似ていた気がした。

(なるほど、転移ってのはこういう感覚な訳か)

そんなことを実感しながら、辺りを見回す。

目に映る景色は、もうすっかり住み慣れてしまったあの洋風の屋敷の物ではない。

四方を囲むのは、辺り一面の水。

まるで水族館の水槽の中にでも入り込んでしまったような光景が、俺の目の前に広がっていた。

そう、ここはもうガラスケースの中。

俺たちは、水中都市へとやってきたのだ。

とにかく、まずは仲間たちが全員無事に来れたかを確認するのが先決だろう。

俺はそう思ってみんなの姿を探して、

「みんなちゃんと……あ」

そこで、ようやく自分が何を忘れていたのかを思い出した。

俺の視線の先にはきょとんとする仲間たち。

その中には当然、猫の耳を生やした『彼女』もいる。

そして、水の中に現れたことで、その『彼女』の薄手の服はいつぞやのように身体にぴったりと張りついていて、

「――や、ゃあぁああああぁああ!!」

久しぶりに聞いたミツキの女の子らしい悲鳴と共に、水中都市の冒険は始まった。

この水中都市のクエストはゲームの中盤に発生する物で、ダンジョンのレベルは130程度。

敵のレベルは決して高くはないが、水中ダンジョンであるがゆえに、その難易度は数段上に跳ね上がっていると言っていい。

確かにゲームの仕様のおかげで水の中なのに息が苦しくなるということもないし、ゴーグルなどがなくても普通に物が見える。

しかし、水の抵抗で動きが若干鈍くなっているし、こうしている今もHPがすごい勢いで減っていっているはずだ。

メニュー画面でHPを確認出来ない今、油断して回復を怠れば死ぬこともありえる。

特にこのダンジョンは転移石などのアイテムでの脱出が出来ない。

外に出るためにはダンジョンの外壁、ガラスの壁にまでもどって、そこに触れながら『光の大地へ』とキーワードを口にしなければならない。

その救済措置に、休憩地点として大きな空気の泡のような物がいくつかあって、その中に入れば自動的にHPが回復していく。

つまり、空気の泡から次の空気の泡に素早く辿り着いてHPを回復させるというのがこのダンジョン攻略の定石になる訳で、そのためには敵の殲滅速度と移動速度は重要だ。

重要、なのだが、

「これは……参ったな」

そのための主力となるはずのミツキが、何も始まっていない内からいきなり戦闘不能になってしまっていた。

一応はミツキには俺のあまっていた鎧を貸して、とりあえず服の問題はどうにかしたはずなのだが、

「…ミツキ、だいじょうぶ?」

無口なリンゴに心配される程度には、すっかり弱ってしまっていたのだ。

真希なんかは、

「あー、そっか。猫ってお風呂とか嫌いだもんねー」

などとうなずいていたが、それはどうだろうか。

たぶん透ける服とか猫尻尾とかの関係で、水に濡れることがトラウマになっているのだと想像出来る。

しかしどちらにしろ、ミツキが水フィールドが苦手なのは確かなようで、いつもの凛々しさが欠片も見えない青ざめた顔と、頭の上で「おうち・・・かえうぅ・・・」と全力で自己主張しているへたった猫耳が、それを如実に表していた。

戦力ダウンの要素はそれだけではない。

幸いリンゴは水の中でも元気そうで、むしろ物珍しそうに辺りを見回していただけで異常は見当たらなかったが、水の中で雷撃を使うのは控えてもらうように頼んだ。

雷撃、という名前の通り、あれは電系の攻撃だ。

仕様上は物理属性の通常攻撃だから問題ないとは思うが、使った瞬間感電、なんて可能性だって否定出来ない。

無用な危険は冒さない方が賢明だろう。

そして、水の中に入ったことで動揺しているのはほかにもいて、こんな場所なのにたっぷり水を吸いそうな黒いローブを着たままのバカもその一人だ。

「ぐっ! やはり真に恐るるべきは、目に見えぬ脅威ということか!!

まるで生者に群がる亡者の群れのごとく、我が体の自由を奪おうと纏わりついてくる!

しかし、邪悪なる力に祝福され、闇を住処とする僕にそのような拘束は……」

さっきからサザーンもしきりに何か騒いでいる。

言ってることは概ね意味不明ではあるが、不本意ながら慣れてくると理解出来るようになってしまう。

今の発言も、ゲーム時代に培った脳内のサザーン語翻訳エンジンによると、こうなる。

『ろ、ローブが水を吸って重い! で、でも、僕は負けないぞ!』

何をするにも大げさな奴である。

いいからその服脱げよ、と思ったが、物理的な意味でもっと水の影響を強く受けているのが、俺の隣にいた。

「くま、お前……大丈夫か?」

身体全てが水を吸う素材で出来ているくまである。

くまは重そうな身体を引きずり、よたよたと俺の身体をよじ登ってきたかと思うと、

「あ、おいっ?!」

俺の制止をものともせず、俺の腰に提げた冒険者鞄の中に潜り込んでいった。

もはや声は届かないと知りつつ、呆れた声が漏れるのを止められない。

「お前、もう何でもありだな……」

確か鞄に生き物は入れないはずだが、ぬいぐるみだから無生物ということなのだろうか。

くまはあっさりと鞄の中に消えてしまった。

NPCなのかアイテムなのか、はっきりしてほしいところだ。

とにかくまあ、このように全員がほとんど問題を抱えていて、今まともに戦えそうなのは俺と真希くらいだろう。

こうなったら二人で頑張っていくしかない。

俺は「頼むぞ」という意味の視線を真希に送ったのだが、

「そ、そーまのエッチ!」

その意図は全く伝わらず、真希は自分の胸の辺りを両腕でかばう。

それを見た俺は、誤解に腹を立てるよりも何だか切ない気持ちになった。

(どうしてこんな変な奴らばっかり俺の仲間になってんだろう……)

俺は頭がくらくらするのを感じたが、何をおいても水中適性アイテムの入手は急務だ。

文句をかみ殺して、叫んだ。

「とにかく時間が惜しい。駆け抜けるぞ!」

この水中都市クエストは、最初に言った通りストーリー中盤のクエストだ。

その最終的な目的は、ダンジョン中心部の宝物庫にあるアイテムの入手になる。

宝物庫は水中都市の中央の一番大きな建物にあり、スタート地点から直進するのが近道のように見えるのだが、その周りには黒い水が渦巻いている。

これはプレイヤーたちに『毒ヘドロ』と呼ばれている厄介な代物で、何も対策なしにそこに入ると、『強い継続ダメージ、視界不良、移動速度低下』の三つのペナルティを受けた上、結局は水流によって押しもどされてしまう。

普通にやってもこの毒ヘドロはまず抜けられないので、その前にこのエリア内限定の装備であり、毒ヘドロを無効化出来る『水龍の指輪』を手に入れる必要がある。

まずは『水龍の指輪』を取りに都市の反対側の端に移動。

指輪を装備して毒ヘドロを抜け、宝物庫の番人であるボスモンスター『ポセイダル』を倒して宝物庫へ、というのが一般的な流れだ。

この宝物庫には、装備者に水中適性が付加されるユニークアイテム『水龍の首飾り』のほかに、クエストアイテムである『水の宝玉』などもある。

というか、通常のプレイであれば『水の宝玉』の入手が主な目的で、ほかはおまけという扱いになるだろう。

しかし、時間停止させられた人から回収したアイテムがあれば、『水の宝玉』が必要なクエストはショートカット出来る。

今回、『水の宝玉』の回収にこだわるつもりは全くなかった。

とはいえ、『水龍の首飾り』を手に入れるなら『水の宝玉』も手に入るだろうし、このダンジョンの道は大体記憶している。

レベル的に考えても、二時間もあれば宝物庫に行くのは余裕だろう。

なんて考えていたのだが、甘かった。

俺は、俺のパーティの抱える大きな問題に気付いていなかったのである。

俺のパーティが抱える致命的な弱点、それは――

「みんな、あんまり俺から離れないでくれよ。

ここには水流が発生している所があるから、下手に動くとおかしな所に流されて……」

「あ、な、なんだこれ、身体が流される!

やめろ! 僕は偉大なる魔術師サザ……うわぁあああ!!」

「このダンジョンは、進んでいる間にもHPがどんどん削られていく。

足を止めると後で回復するのに時間がかかるから、出来るだけ急いで……」

「ふ、ふむ。偉大なる魔術師サザーンが進言しよう。

そ、その、足が疲れたので、もうちょっとゆっくり歩いてほしいなー、なんて……」

「偉大なる魔術師にして極炎の繰り手、サザーンが命じる。

悪しき闇より出でし業火の……」

「もうとっくに敵倒し終わってるんだよ!

というか、ここで炎魔法使ったって効果ないからな!」

「偉大なる魔術師にして至水の導き手、サザーンが命じる。

呪われし闇より出でし水魔の……」

「だから詠唱長すぎなんだよ!

というか、水魔法も敵に耐性あるから効果ないって!」

――それは、サザーンの存在だった。

罠があるとその度に引っかかり、敵が出てくると長い詠唱を試みて進軍スピードを遅らせ、何もなくてももう歩けないと駄々をこねる。

ゲーム時代に散々見せられた姿ではあるが、屋敷で見せた立派な態度は一体なんだったのかと言いたくなるようなダメ人間っぷりだった。

(くそ! 魔王を倒すためには、こんな所でつまずいてる訳にはいかないってのに……)

余裕かと思われたこの水中都市のダンジョンだが、サザーンのせいで出発から一時間を過ぎてもまだ都市の向こう側まで辿り着くことも出来ていない。

俺の苛々がピークに達しようとした時、サザーンがまた口を開く。

「ふん! そんなに僕が気になるというのなら、あ、あれをすればいいじゃないか」

「あれ、って何だよ」

不機嫌さを隠さずにそう返答する。

その口調にサザーンは一瞬だけ怯んだが、結局言った。

「その、だから……僕をまた、君がおぶっていけばいいだろ!」

こいつは、こいつは一体、どこまで俺たちの足を引っ張るつもりなのか!

逆ギレ気味に発せられたサザーンの台詞に、俺は目の前が真っ暗になったような気がした。