軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六章 邪神の復活

――『パッチ』、という言葉を知っているだろうか。

パッチとは元々『当て布』という意味の言葉だが、ゲームにおけるパッチとは、ゲーム本体にバグやバランスの修正を施す差分ファイルのことを指す。

詳しい語源は知らないが、バグや不具合という穴を塞ぐ、プログラムの『当て布』ということで、そのように呼ばれているのだと思われる。

日本で、いや、世界で発売された全VRゲームの中でも、この『修正パッチ』の恩恵を一番受けたゲームは、間違いなく『猫耳猫』だ。

杜撰すぎる作りでプレイヤーを呆れさせた『猫耳猫』だが、37におよぶパッチによってだんだんとまともになっていき、細心の注意を払えばかろうじてクリアが可能なレベルにまで到達した。

これはほぼ全面的に真実ではあるが、一方で大きな大きな誤解を生みかねない表現でもある。

パッチによってゲーム内容が改善されたのは間違いないが、実はそのパッチも杜撰な作りの物が多かった。

むしろパッチによって新たに生まれたバグや、バランスが悪化した要素も数限りなくあったのだ。

その度にパッチで修正した内容を修正するためのパッチが乱発されて、本当に少しずつ、牛歩のごとき歩みで改善されていった、というのが正確なところだと言える。

噂によると、ゲームの完成を前に『メインプログラマーが失踪した』らしく、ゲーム本体はもちろん、その発売後に出たパッチは技術的に未熟な面が多い。

パッチによる修正がどれだけ適当なのかは、ゲーム中には問題は起こらなかったものの、この世界で見事にバグを吐き出した辻ブッチャーの件を考えてもらえれば分かりやすいだろう。

それどころかおかしな修正の仕方をするため、小さな不具合をパッチで修正しようとして余計にひどいバグを生んでしまった、なんて例も『猫耳猫』のパッチではいくつも確認されている。

具体例を挙げると、特定進行度でパッチを当てると同じイベントが二回出来てしまうという『物忘れの多い騎士団長』バグ。

修正前のイベントフラグが残っているせいで、存在しないはずのイベントが発生してしまう『真夏の夜の夢オチ』バグ。

パッチでキャラデータをいじりまくった弊害で、同一キャラのデータがイベント中に最大三回も変動するという『フランケン男爵』バグなどだ。

このように数々の驚くべきバグを輩出した修正パッチだが、特に最初に出たver1.01パッチは本当にひどい内容の物が多い。

そのパッチで修正された項目の半分くらいは後に出たパッチで再修正が施されたと言えば、そのひどさも理解出来るだろう。

とにかく『猫耳猫』のスタッフは基本的に「目の前のバグがなくなればいいや」的な考えで修正をするので、根本的な所が解決されていないことが多いのだ。

例えば、『花金スカイウォーカー』と呼ばれる空中を歩けてしまうバグで有名になった『空中ジャンプ』は、『空中使用が出来なくなる』という謎の修正を施され、バグの発生が抑えられると共にスキルの存在意義も全くなくなった。

そしてもう一つ。

『夢幻蜃気楼』という壁抜けが出来るスキルにも修正が入ったのだが、この修正もかなりのやっつけで、はっきり言って不完全な物だった。

ただ、その雑さがプレイヤーにとってプラスに働くこともある。

今回俺は、その修正の抜け道を利用させてもらい、『蜃気楼の壁抜けバグver1.01』と呼ばれるバグ技を使って『生贄の祭壇』の中に入ったのだ。

そのバグ技を使ったのは、もちろん俺が『生贄の祭壇』の扉に挑んでいる時だ。

現状『猫耳猫』最強の技である乱れ桜が弾かれたのを見て、俺は扉の破壊をあきらめた。

せめて、『壁抜けバグ』を使って中に入ってみるという方向に方針転換したのだ。

忍刀の第八スキル『夢幻蜃気楼』による壁抜けバグは以前、『リヒト王家の仮面家族』の話をした時に説明した通りだ。

夢幻蜃気楼はランダム転移を繰り返しながら斬撃を繰り出す技だが、その転移先が『半径10メートル以内にある、プレイヤーが存在出来る空間』とされているため、鍵がかかっていたり、本来入れないはずの場所であってもおかまいなしに転移してしまう。

特に、最後の転移地点が幸運にも壁の向こう側だった場合、労せずして壁の奥に行くことが出来る、というのがこのバグ技の概要だ。

しかし、パッチによる修正で、『夢幻蜃気楼』のランダム転移によって一瞬壁の向こうに行けたとしても、スキルの最後には必ず元いた場所までもどるようにスキルが設定し直された。

つまり、夢幻蜃気楼による壁抜けは不可能になった……ように、一見思える。

ただ、パッチで修正されたのは『スキルを最後まで出した時に別の場所にいる』ことだけで、『スキルの途中で行けないはずの場所に転移してしまう』という根本的な不具合自体は直っていなかった。

なんとなく帳尻を合わせてバグの影響を少なくしただけで、バグ自体は完全に直していなかった、と言い換えてもいい。

だとすれば、話は簡単だ。

スキルを最後まで使えば元の場所にもどってしまうなら、スキルを途中で中断させてしまえばいい。

その方法を、俺たち『猫耳猫』プレイヤーはとっくに知っている。

――そう、ノックバックキャンセルである。

あの時、扉の前に陣取った俺は、まずプチプロージョンを詠唱した。

そして、夢幻蜃気楼のランダム転移が始まった頃に発動するように発動予約したのだ。

結果、ちょうどランダムテレポートで扉の向こうに行った瞬間にプチプロージョンが発動。

夢幻蜃気楼のスキルをキャンセルし、俺は無事に扉の向こうに行くことが出来た、という訳だ。

ちなみにだが、この『プチプロージョン+夢幻蜃気楼』のコンボによる壁抜けは、ゲーム時代から罠やバグで閉じ込められた時に何度もお世話になった小技だ。

以前、猫耳屋敷でリンゴと二人で閉じ込められた時にもこれを使って脱出しようとしたのだが、あの時はスキルが無効化されて失敗してしまった。

そういう意味では、ようやくあの時のリベンジが果たせたとも言える。

そうやって『生贄の祭壇』へ扉を傷つけることなく侵入を果たした俺は、祭壇の上にあった赤い石、つまりは『邪神の欠片』を取って、また夢幻蜃気楼を使って部屋の外に出た。

ただ、このバグ技の欠点は、移動する先が完全ランダムだということ。

また扉の前にもどろうと思ってスキルを使ったのだが、今度は部屋の側面と思われる場所に転移してしまった。

そのせいで少し道に迷ってしまったのは、まあ失態と言えば失態である。

しかしもちろん、そんな裏事情を知らない悪魔にとっては、俺が絶対に入り込めないはずの部屋から『邪神の欠片』を持って来れたのは不可解な訳で。

「なぜだ! なぜ貴様が、それを持っている!!」

さっきまでの余裕たっぷりな口調をかなぐり捨てて、粗野な地金を表しながら叫んだ。

それに留まらず、

「まさか貴様は、わたしたちの計画を全て知って……」

悪魔が勝手に深読みして、俺に恐怖の視線を送っているが、それは誤解だ。

まあここまで来たら、下手なごまかしをしても無意味だろう。

言葉を続けようとする悪魔を制する。

「いや、俺はこれが『邪神の欠片』だなんて知らなかった。

もちろん、お前たちが復活させようとしているのが邪神だってことを確信したのも、お前の話を聞いてからだ」

「なんだと…! だったらなぜ、貴様はそれを…!?」

さらなる驚きの表情を浮かべる悪魔に、俺は胸を張って答えた。

なぜか、なんて、そんなの考えるまでもない。

「――なんか目立つ場所に置いてあったからだ!!」

もうほんと、この一言に尽きる。

いや、だって想像してみて欲しい。

――ゲームでは存在しなかった未探索の部屋。

――中央に置かれた大きな祭壇。

――その上に鎮座する思わせぶりな赤い石。

そりゃあ取るだろう、常識的に考えて!!

その時に『邪神の欠片』だと気付かなかったのかと疑問に思われるかもしれないが、ある程度は仕方ないと理解してもらえるだろう。

見た瞬間、何だかリファの持ってる首飾りについている石に似ていると思ったし、没になったクエストアイテムかと当たりはつけたものの、想像したのはそこまで。

よくよく考えればゲームでの『邪神の欠片』の中心部も赤い宝石ではあったが、大きさが段違いだったし、あっちの方はもっとやばい感じの光を出していた。

というかそもそも、そんな大層な代物が剥き出しのまま置かれてるとは普通思わないだろう。

……うん、まあ、そうは言っても手に取ってからはちょっとおかしいなと思いはした。

どうしても鞄の中に入れられないし、手に持つとドクドクと脈打っているのが生物感を出していた。

それに、触っている時に頭の中に呼びかけてくるような声を聞いた気もしたが、そういうのは屋敷の赤い部屋で慣れてしまっていて、あまり気にしなかったのだ。

「そんな、そんな、理由で……」

俺の言葉を聞いた悪魔が震える。

ミツキの猫耳も「もう、聞いてらんないよぅ!」と丸まって自閉してしまっていた。

どうでもいいが超器用だ。

(い、いやしかし、結果オーライだ!)

真希とリファは何が起こっているか分からず混乱しているようだが、状況だけを見れば最善に近いと言ってもいい。

自分でもどうかと思う展開ではあるが、そのおかげで首飾りによる転移は不発。

厄介な転移能力の出どころであり、悪魔の力の源でもあった赤い首飾りは砕け散ったし、最後の生贄であるリファはこっちが確保している。

圧倒的にこちらが有利な情勢だと断言出来る。

「……終わらせない」

しかし、だからこそ悪魔の取った行動に、反応が遅れた。

「そんな理由で、終わらせるものか!」

身体を震わせていたその一瞬後、顔を上げた悪魔の顔は、決然としたものだった。

(来るか!?)

何かをする気配を感じて、俺もミツキも防御態勢を整えた。

ミツキは全体を守るような位置に立ち、俺はリファを背中にかばう。

だが、悪魔が行ったのは俺たちの予想を越えた行動。

大きく息を吸い、背後に向かって大音声で叫んだのだ。

「――殉教せよ!!」

たった一言のその言葉。

それが、ふたたび盤面をひっくり返す。

しまったと思っても、もう遅い。

流石の俺たちも、音速を越えて行動は出来ない。

悪魔の声が残った邪教徒に届くのを阻止することは不可能。

俺たちに出来たのは、せいぜいが顔を見合わせて危機意識を共有するだけ。

「ははははははははは!!

これで、終わりだ!

不完全ではあるが、ディズ・アスター様の封印は解かれる!

世界は、終わる!」

その不吉な笑い声と共に、壁の数字が、0へと変わる。

騎士たちの武装解除をしているという最後の邪教徒が、自らの命を絶ったのだろう。

『邪神の欠片』の封印が、解ける。

強制ゲームオーバーの文字が、頭の中を踊る。

「うわっ!」

左手に持った赤い石に、凄まじい熱と邪悪な息吹を感じた。

それは一瞬にして耐え難いほどの熱を帯び、手に収まらないほどの大きさまで膨張していた。

「捨てて下さい! 早く!」

ミツキのめずらしい、切羽詰まった叫びに、俺は激しい脈動を続ける左手の石を放り投げた。

「ディズ・アスター様!

とうとうわたしは……は?」

高笑いを続ける、悪魔に向かって。

笑い顔を凍らせる悪魔の方へ、放物線を描いて空を渡る石。

その間も、『邪神の欠片』の変化は止まらない。

質量保存則を無視し、無軌道なまでの膨張を続ける。

中心部から腕と思しい部位が生え、頭に当たる部分が突き出て、それらを黒い鎧が覆っていく。

しかしその身を特徴づけるのは、なんと言っても大量の触手。

まるでリボンのような平べったい触手が、大量に身体の中心から伸びていく。

それらはこの世に生まれ出でるや否や、獲物を求めて動き出す。

それは当然のように、もっとも手近な獲物、悪魔の身体に殺到した。

「ディズ・アスターさ、ま…?」

戸惑ったような声が、邪神の復活にその生を捧げた悪魔の最後の言葉となった。

リボン状の触手は次々に悪魔の身体に刺さると、その身体から生命力を吸い出した。

ものの数秒も経たずに、悪魔の身体が力を失い、粒子となって迷宮の瘴気に溶けていく。

――多くの人間を死へと追いやった悪魔の、あまりにあっけない最後だった。

俺たちはそれを、呆然と見ていたが、

(いや、呆けている場合じゃない!!)

すぐに自分を叱咤して立ち直る。

幸い、強制ゲームオーバーが起こる気配はない。

しかし、悪魔の身体を解放した触手の群れは、新たな獲物を探して蠢いている。

復活直後だからか、その動きは緩慢でサイズも裏ダンジョンほどではないが、とても楽観出来る相手ではない。

(まさか、こんな所でこいつと戦うことになるとはな)

最悪に近い事態だと言えるが、もう認めるしかないだろう。

――あの『猫耳猫』プレイヤーたちに、「存在自体がバグ」「スタッフ絶対テストプレイしてないだろ!」「クリアさせる気が全く感じられない」とまで言われた最強の敵が、今、よみがえった。