軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百一章 悪魔のゲーム

真希は、『猫耳猫』を悪魔のゲームだと評した。

フリーダムの極みのような真希すら恐れさせるとは、流石の『猫耳猫』。

俺は最初、そんな風に思っていたのだが……。

「……だってね。

最初の緑の人が出てくる『いべんと?』からしておかしいと思うんだ!

わたし、あそこでいきなり殺されちゃったよー」

「緑の……ああ、『リザードマンの罠』な」

「あ、たぶんそれかなー。

だって、はじめっから五人も敵が出て来るなんてずるいよね!」

「まああれは……ん、五人?」

その辺りから、早速雲行きが怪しくなってきたのを感じた。

『リザードマンの罠』とは、一人の女性が四人のリザードマンに襲われていると見せかけて、実は女性の方がリザードマンを襲っているという引っかけ系イベントだ。

初めてプレイした場合、女性の方が盗賊だと分からずに殺されることが多いのだが、戦い自体は一対五。

こちらが人数的に有利な状況で戦えるはずだ。

「いや、あのイベントじゃ、そんな状況にはならないはずなんだが……。

ええと、お前はどうやって戦ったんだ?」

「え? どうって、ふつーにだよ?」

「普通?」

昔から、こいつの『普通』は信用出来たためしがない。

俺がいぶかしげに訊き返すと、真希はあっけからんと言った。

「うん。おそってきた女の人と緑の人、まとめて相手をしてやっつけただけだけど……」

「はいアウトォ!」

何だかおかしいと思ったら、案の定だった。

こいつは味方のはずのリザードマンごと、盗賊を倒してしまったらしい。

ラインハルト、お気の毒に……。

というか、あのメンツに1対5で勝つなんてゲーム初心者に出来るようなことではない気がするが、真希はゲーム音痴のくせに運動神経だけは異常にいい。

現実の運動神経のよさがゲームのうまさにも直結するVRゲームなら、一概に不可能だとは言い切れない。

「というか、それでどうしたんだよ?

リザードマン倒したら町に乗せていってももらえないだろ?」

「んー? 乗せていくとか分からないけど、ふつーに進んだよ?

馬車の中にある『どろっぷあいてむ?』を回収して、道を歩いていった」

いや、それはドロップアイテム回収じゃなくて、強盗殺人なんじゃないだろうか。

そんな風に脳内でツッコみながらも口には出さず、先を促した。

「そしたら塀に囲まれた怪しげな砦みたいなのを見つけてねー。

わたしはすぐにぴーんときちゃった。

これが、敵の基地だ、って」

「え、えーっと、敵の基地?」

突拍子もない発言にぽかんとなる。

王都だけでなく、この世界の少し大きめの町には街壁がめぐらされているが、それだけで基地というのはどうだろう。

というか、敵ってなんだろうか。

真希、お前は一体何と戦っているんだ?

「だって、門の所にいて槍を持ってた人が、わたしを追いかけてつかまえようとしてきたんだよ?

それって、『てききゃらくたー?』ってことだよね?」

「いや、お前、それ……」

それはたぶん、盗賊プレイヤーから町を守ろうとした正義感にあふれた町の衛兵だろう。

どんな町であれ、所属している善良な市民を殺すと、その勢力の友好度は最悪になる。

真希がリザードマンの商人を倒したことで、ラムリックの町の友好度が下がっているだけだ。

「そこでは頑張ったんだけどね。

なんか負けちゃって、また最初からやりなおしだったよー」

「そ、そうか……」

苦労自慢みたいな感じで嬉々として告げてくるが、この勘違いっぷりにはもはや言葉もない。

普通は町に着いていきなり衛兵に襲われた時点で、自分が何か間違ったのだと気付くと思うのだが、ゲーム経験のない真希には『そういうもの』だとしか感じられなかったらしい。

そこから、真希の勘違いプレイは本格始動する。

最初からゲームをやり直した真希は、今度は簡単に女盗賊とリザードマンを全滅させ、馬車の荷を奪い、敵の基地(ラムリックの町)を避けて、近くの山の中腹にある洞窟を根城にした。

このゲームでは、場所を問わず時間が経過すればHPやMPは回復する。

宿屋と違ってオートで時間を飛ばせないので面倒ではあるが、無理に宿屋を使わなくても休憩することで傷や疲れを癒すことは出来るのだ。

真希は根城にした洞窟や近くのフィールドの敵を狩って力を蓄え、夜陰に乗じて基地(何度も言うが、ラムリックの町)に近付いて、町の近くのモノリスで初のセーブ。

それから町に忍び込み、店を襲撃して物資を奪う。

途中敵の兵士(町の衛兵)に見つかるものの、全速力で逃げ出して、何とか事なきを得たらしい。

「最初はうまくいかなかったんだけど、だんだんコツがつかめてきてね。

それに、敵の基地の『あいてむ?』は一晩で補給されるから、すごく便利なんだー」

楽しげに話しているが、なんというか、あれだ。

山の洞窟を住処に、夜な夜な町に忍び込んで、店から金品を奪う。

(それ、完全に山賊じゃないか!!)

しかも、本人が特にロールプレイをしている訳でもなく、素でそれが正しいプレイ方法だと思っているところが救われない。

(違う! 違うんだ真希! 『猫耳猫』はそんなゲームじゃないんだ!)

しかし、俺の心の叫びは届かず、

「一番苦労したのは、武器かなー。

最初の剣が壊れちゃってから、基地にあったのをいくつか試してみたんだけど、どれも弱かったからやめちゃったよー」

「やめた、って?」

「うん、もう武器なくってもいいかなーって」

「素手戦闘かよ!?」

真希は武器の使用を放棄したことを宣言した。

しかも、武器が弱かったと言うが、最初のラスティロングソードより弱い武器なんて町にはない。

これは、もしかすると……。

「なぁ、真希。武器、ちゃんとメニュー画面で装備したか?」

「メニュー画面?」

「ログアウトとかする時に出す画面だよ!

お前、そこでちゃんと『装備』って選んだか?」

「そんなのやってないよ?

え、武器って手に持つだけじゃダメなの?」

この返答である。

RPGの基本、『武器は装備しないと効果が出ない』をこんなにも忠実に守っていないプレイを聞くのは初めてだった。

序盤で素手プレイなんて普通であれば続くはずもない。

しかし真希は、武器を持たない故の素早さを活かし、類まれな運動神経で野生の獣のように機敏に立ち回り、モンスターや人間を倒し続けたらしい。

とはいえ、素手の戦いにくさは攻撃力やリーチだけではない。

「でも、素手スキルって使いにくいのが多くないか?

そこら辺はどうやって……」

「え、スキルってなーにー?」

「な、に…!?」

時間が、凍った。

「お前、まさか、そんな……」

ありえない、ありえないとは思うが、

「お前、スキル、使ったことないのか?」

「…? うん」

何も迷わずに即答される。

むしろ、俺の方が「何言ってんだこいつ」みたいな目で見られた。

そりゃ、今まで一度もVRゲームも普通のRPGもやったことのない人間が、説明書も読まず、チュート爺さんにも会わずにゲームを進めればスキルという考え方に行き当たらないのも当然かもしれない。

いや、でも、だけど、そんなのってありなのか?

「ま、待てよ。でも、ほら、スキルとか魔法、使わなきゃクリア出来ないイベントとかも……」

「『いべんと?』って、最初のやつのほかにもあるの?」

「……あ、あぁあ」

衝撃、だった。

もはや言葉もない。

だが、それはそうだろう。

ずっと洞窟にこもり、町の人との友好度が最低だったらイベントが起こるはずもない。

いや、フィールドやダンジョンで起こるイベントもないではないから皆無ということはないはずだが、何かのイベントフラグを立てる必要があるイベントは起こらないだろうし、ラムリックの周辺から動かないとなれば、当然その数は限られる。

「ちょっと待て!

じゃあお前、何で『人間性が破壊される』とか、『悪魔のようなゲーム』とかって……」

「んー。だって、出てくる人も動物も、みーんなこっちを見るといきなりおそってくるんだよ?

すっごく野蛮っていうか、ひどいなーって思って。

わたしもゲームが『敵と戦うもの』だってそーまから聞いてなかったら、すごくびっくりしてたと思うよ?」

「お前の解釈に俺の方がびっくりだよ!」

というか、悪魔なのはゲームじゃなくてお前のプレイスタイルだ。

「じゃ、じゃあ、バグ、とかとは関係ないのか?」

「へ? バグってなぁに?」

なにそれおいしいの、な顔をされる。

「なんて、こった……」

俺はその場にがっくりと膝をついた。

『猫耳猫』にはバグが多い。

パッチを入れてもなお、犬が歩いて当たるくらいには無数のバグがある。

しかし、真希のプレイがあまりに 斜め下(・・・) すぎて、バグが発生する余地がないのだ。

真希はイベント一つ起こさず、武器を装備もせず、スキルすら使うことなくただひたすらに戦闘だけを繰り返している。

その状況では、バグが発生する要素なんてほとんどない。

いや、何かバグが発生していても、ゲームに疎い真希はまた『そういうもの』と適当に納得して、スルーしてしまったことだろう。

(何なんだよ、それは……)

俺は、悔しかった。

ありえないゲームバランスに悪態をつき、訳の分からないモンスターに度肝を抜かれ、性格の悪いイベントに振り回され、致命的なバグに涙する。

それが、俺の知っている『猫耳猫』の正しい楽しみ方のはずだ。

それを乗り越えたプレイヤーだけが、『猫耳猫』の意外に使えるシステムや、無駄に豊富なスキルや魔法、無数に存在するバグの有用性を発見出来る。

そして、『猫耳猫』の理不尽に反逆し、製作者の裏をかく快感を覚え、だんだんとゲームにはまりこんでいく。

それが『猫耳猫』プレイヤーの正道なのだ。

あろうことか真希はそれらを全部すっとばし、『猫耳猫』どころかRPGのゲームシステムをほとんど使わず、素手で延々モンスターと渡り合い、敵拠点に潜入して物資を奪う。

いわばサバイバル潜入アクションとかいうよく分からないジャンルのゲームにしてしまっている。

しかも、一番いらっとくるのが、

「それに、『悪魔のゲーム』って言ったのは、もう一つ理由があってねー。

こんなひどいゲームだけど、やってみるとちょっとだけ、ちょっとだけだけどおもしろくて、なかなかやめられなくなっちゃって……えへへ」

「えへへ、じゃねー!!」

こいつが、そんなプレイをしていながら、一人前に『猫耳猫』を楽しんでいる気になっているということだ。

もう、我慢の限界だった。

「……教えてやる」

「え?」

「お前に本当のRPGを、『猫耳猫』を教えてやる!!」

そう言い放って、俺は真希の手を引いて歩き出した。

「そ、そーま?」

あわてたような真希の言葉を聞きながら、俺は『こいつと趣味が合わなくなってしまったのはいつからだろう』と考える。

子供の頃は、俺とこいつでごっこ遊びなんかもやった。

俺が勇者、真希が囚われのお姫様になって、目には見えない邪悪な魔王や、空気で出来たドラゴンを倒したものだった。

あの時のように二人で同じ物を、なんてことまでは望まない。

ただ、真希がこの『猫耳猫』を『強靭な肉体を使ってひたすら暴れまわるゲーム』という風に勘違いしているのはまずい。

というかそもそも、真希は根本的にRPGという物を理解していない。

あれでは真希は、『ソロプレイ』『装備変更禁止』『スキル・魔法使用禁止』『アイテム購入禁止』の縛りプレイをしていたのと同じだ。

序盤でイベント戦闘なしだったから運動神経だけで何とかなっていたかもしれないが、この世界はそんなに甘い物じゃない。

俺に言わせれば、真希はゲームをしていたんじゃない。

ただ、仮想現実世界で暴れまわっていただけだ。

ゲームにはゲームの法則があり、術理がある。

それを理解するとしないでは、ゲームの効率には大きな差が出る。

「ど、どこ行くの?」

手をぎゅっと握り返しながら、真希が尋ねる。

俺もかなり勢いだけで動いてしまったが、

「別に遠くには行かないよ。ええと……あそこでいいか」

すぐに目的地を決める。

そこは、初日に俺たちが泊まることを決めた居間。

ソファーやテーブルなどがいい感じに配置されていて、適度に障害物がある。

俺は真希を連れてその部屋の端に行くと、

「なぁ、真希。ちょっとあの向こうの壁にタッチして、もどってきてくれないか?」

「え? なんで?」

「ん、まあ、ちょっとな。あ、出来るだけ速く頼むぞ」

真希にそんなことを頼んだ。

俺の計画は単純だ。

RPGの要素と言っても、イベントや装備の恩恵をここで見せるのは難しい。

だからてっとり早く、スキルの力を真希に見せつけてやろうと思っているのだ。

そうすれば、ゲームというのは現実と同じようにやっていてはいけないのだときちんと理解出来るだろう。

「じゃ、行くねー」

そんな思惑も知らず、真希はそう俺に一声かけて、

「はやっ!?」

疾風のような速度で走り始めた。

それはミツキの洗練された、流麗な動きとはまた違う。

野生の獣を思わせるしなやかな動きでテーブルを躱し、無茶な動きでソファーをかすめ、壁に手を打ちつける。

そのままターンして、行きとほとんど同じ速度で俺の所までもどってきた。

「これでいいのー?」

息一つ切らさずにもどってきた真希に、俺はああ、と上ずった声で答えた。

「それで、どうだったー?」

「え、いや、なんというか、人間離れしてるな……」

「えー?」

真希には嫌な顔をされたが、これは素直な感想だ。

真希の運動能力の高さは知っていたが、この世界で王女と入れ替わってからは、そのレベルは現実ではありえないレベルまで向上している。

俺は、ちょっと間違っていたかもしれない。

ゲーム理論を無視して天性の運動能力だけで『猫耳猫』を乗り切るのは無理だろうが、今の真希は王女だ。

ゲーム世界のシェルミア王女と同等のスペックを持ち、それを存分に使えるとしたら、それは実に驚異的。

王族の能力はNPCの中でも群を抜いているし、おそらく装備も優秀。

『王都襲撃』イベントでの戦いを見ても分かる。

もしかすると真希は、ゲーム的要素を全く使わなくても、充分な強さを発揮出来るだけの身体を手に入れたのかもしれない。

――だが。

「真希。これからの俺の動きを、よく見ておいてくれ」

「そーま?」

それは絶対に、ゲーマーの壁を越えるものじゃない。

はっきり言って俺は、運動能力では真希の足元にもおよばない。

切ない事実だが、これは真実だ。

高校時代、正月に羽根突き代わりのバドミントンをやって、顔中を墨だらけにされたあの日を俺は忘れていない。

二歳年下の、しかも女の子のはずのこの従妹にコテンパンに負かされたあの時以来、俺はこいつとスポーツで勝負するまいと誓った。

だが、ゲームの中では違う。

ゲームなら、誰だって一流になれる。

ちょっとボタンを連打するだけで世界記録で走れたり、ちょっとタイミングよくキー操作をするだけで名曲を奏でられたり、ちょっとしたショートカットを選ぶだけで、必殺技が使えたりする。

俺自身は陸上選手のように走ることは出来ないし、剣の達人のように凄まじい剣技を操ることも出来ない。

でも、スキルをオーダーすることは出来る。

見てろよ、真希。

「これが、ゲームの、『猫耳猫』の、『普通』だっ!!」

叫びながら、

(ステップ!)

俺はまず、ステップで普段の俺なら絶対に出せないほどの速度で前に跳ぶ。

加速していく身体。

しかし、このままでは正面のソファーにぶつかってしまう。

(ハイステップ!)

だからそのステップをショートキャンセル、ハイステップで慣性を無視して直角に曲がる。

普通、方向転換する時、人は、いや、生き物は必ず減速する。

今回の場合なら、まず足を踏ん張るなりして前に進む勢いを殺し、次に地面を蹴って横に進むだけのエネルギーを得て、ようやく直角に曲がることが出来るのだ。

だが、それは現実世界のルールだ。

ゲームのルールに則って、スキルをキャンセルした場合は違う。

トップスピードで前に進んでいる状態から、何の前触れもなく一瞬で横に移動することだって出来る。

跳びすぎなくらい横に跳ぶ。

しかしそれで、俺から壁までの間に、何も障害物がなくなった。

そこで、

(縮地!)

コンボの締めには、当然縮地を使う。

人間が普通に移動しようと思えば、トップスピードに達するまでに助走距離がいる。

だが、この縮地は発動から一瞬で最高速になり、しかもその速度は人間が走って出せる限界を軽々と越えていく。

しかし、それを使った後で硬直していれば世話がない。

だからそのまま向こうの壁にぶつかる。

「っし!」

その時にもちろん手が壁に触れる。

これで折り返し!

「そーま!?」

後ろから真希の驚いたような声が聞こえるが、気にしない。

見た目には派手な激突で、さぞや痛いだろうと思うかもしれない。

しかし、移動スキルの使用中に障害物にぶつかっても、大したダメージは出ない。

(エアハンマー)

俺が壁に激突した一瞬後、狙い澄ましたタイミングでエアハンマーが俺を真後ろに弾き飛ばす。

吹き飛ばされながら、次の魔法を詠唱。

帰りはもう、障害物をいちいち避けるつもりもなかった。

(瞬突!)

短剣スキルの瞬突は、上下左右どの方向にも使用することが出来る。

背後に吹き飛ばされている状況から、振り向き動作なしで一瞬にして逆を向く。

ソファーを飛び越えてそのまま空中に躍り出て、

(エアハンマー)

さっき詠唱していたエアハンマーで空を飛ぶ。

直線で移動すれば、部屋の広さは大したことがない。

そこからもう一度瞬突とエアハンマーをつないで、

「ま、こんなもんだな」

俺は真希の目前に降り立った。

タイムなんて、計らなくても分かる。

真希も人間の限界を超えたような速度で往復していたが、絶対に俺の方が早くもどってきた。

これで、真希もスキルの有用性に気付いてくれただろうか。

「どうだった?」

そんな期待を込め、俺が問いかけると、

「そーま、どうして人間やめちゃったの?」

「やめてねえよ!!」

何だかすごく失礼なことを言ってきた。

お前も大概だったからな、と言いたいのをこらえて、真希を諭す。

「な、これが、ゲームのシステムを利用した移動方法。

つまり、ゲームらしい移動の仕方なんだよ。

真希もこれを覚えて……」

「でも、わたしだって負けないよ!」

だが、聞いていない。

「さっきは少し手を抜いちゃったけど、本気出せばもっと速いから」

「いや、そうじゃなくて……」

何か真希の闘争本能みたいな物に火をつけてしまったらしい。

引き留めようとしたが、もう遅い。

「見ててね!」

そう叫ぶなり、真希は向こうの壁に向かって飛び出していってしまった。

本当に、引き留める暇もなかった。

俺は唖然としてそれを見守るしかない。

(そういえば、これが、真希だったな……)

俺のことで反省している間は多少しおらしかったが、それが終わったらすぐにこの調子である。

こんなことなら、もうちょっとしおれていた方がよかったんじゃないか。

そんなことを思って肩を落とす俺の視界に、一枚の紙切れがひらひらとしながら地面に落ちていくのが映った。

「あれ、これ……」

真希が飛び出した時に飛び出したのだろう。

紙切れだと思ったのは、例の短冊だった。

なんとなく拾い上げる。

そこにはあいかわらず、『お姫様になりたい』という、口から砂糖をジェット噴射したくなるようなメルヘンな願いがデカデカと書かれている。

が、

「あれ?」

よく見ると、それだけではない。

短冊の右隅に小さく、文字のような物が書かれているのに俺は気付いた。

「……リーア①?」

何かのメモだろうか。

小さい上に癖字なのでうまく読めないが、そんな言葉が書かれているようだった。

「なんだこれ?」

意味不明な暗号に、俺が首をひねっていると、

「どう、そーま? 今回はさっきより……あ、だ、ダメ!!」

もどってきた真希が、俺の手から短冊を奪い取る。

そして、

「み、見た…?」

何だか妙に挙動不審な様子で、そんなことを尋ねてきた。

見たというのは、あの端の方に書かれていたおかしな文字列のことだろうか。

「まあ……見た、けど」

俺がそう言うと、真希の顔が見る間に真っ赤になっていって、

「そ、そんなんじゃないからぁ!!」

なぜか大声で叫ぶと、後ろも見ずに部屋の外に駆けだしていってしまった。

「あ、おい、話し合い……」

無人になった部屋に、俺の言葉だけが虚しく響く。

「なんだったんだ、あれ」

真希はいつも訳が分からないが、今日はいつもにもまして意味が分からない。

異世界に来たところで、真希は真希だということだろうか。

安心出来るような困るような事実を発見したところで、とりあえず、今日の教訓。

――真希と俺は、やっぱり合わない!!