軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

序章

20××年、7月1日。

「あ、あなたが悪いのよ。あなたが、浮気なんてするから…!」

声が、降ってくる。

地に伏した俺の胸元には、深くまで差し込まれたナイフ。

(うそだろ、俺、こんなことで……)

そして、俺……『相良操麻』は死んだ。

まあ、ゲームでの話だけどな!

俺が今プレイしているのは『New Communicate Online』。

かつて、ある意味では一世を風靡したVRゲームだ。

もちろんゲームなので、たとえ死んだ所で単に最後のセーブポイントに死に戻りするだけ。

そんなことを思う間にも画面は切り替わり、最後に立ち寄ったモノリスの前に俺は立っていた。

「それにしても、あんなことで殺されるとは……。

流石は『New Communicate Online』。

今世紀最大のクソゲーの名は伊達じゃないぜ!」

さっき俺がやっていたのは、あるNPCの女性と仲良くなって一緒にダンジョンを攻略するというクエスト。

かなりの苦労をして、何とかそのキャラ(レイラという名前だ)と親しくなることは出来たのだが、ダンジョンに行く前にアイテムショップに寄って回復アイテムを買おうとした所、急に後ろから刺されて殺されてしまった。

今思えば、ショップの店員が女性だったのが気に入らなかったのだろう。

……どんだけ嫉妬深い設定だよ。

俺が改めてこのゲームの理不尽さを噛み締めていると、ポーンという軽快な音が電話の着信を告げる。

「あー。 真希(まき) からか」

俺はウィンドウを操作して、通話のボタンを押す。

すぐに電話がつながって、従妹の真希の間延びした声が空から降ってくる。

「そーま? 聞こえてるー?」

「ああ、聞こえてるぞー。

どうかしたのかー?」

このゲームの数少ないいい所は、ゲームをしながら現実世界と電話やメールが出来ることだ。

VR空間の中であるおかげで、特に機械を持ったりしなくてもフリーハンドで通話が出来るのは便利と言えば便利かもしれない。

「どうかしたのかー、じゃないよー。

今日はうちの倉庫の整理、手伝ってくれるって約束したのにー」

「え? あれ、そういえば……」

そんな約束をしていたような、そうでもないような……。

そもそも、一人暮らしをし始めてからずっとゲーム漬けの毎日だったから、日にちの感覚がなくなっていた。

「もういいよー。

そんなことだろうと思って、一人でもう始めちゃってるから」

「あ、ああ。そっか、悪いな」

真希は俺より二つ年下の従妹で、そのくせ俺のことを呼び捨てで呼ぼうとする生意気な奴だ。

背が低く華奢な体つきながら異様に力が強く、虫も殺さないような顔をして結構なトラブルメイカーでもある。

はっきり言って、俺が真希から受けた被害の数は両手と両足の指を合わせても足りないくらいだ。

大学進学を機に俺が一人暮らしを始めてから少し疎遠になったが、それでもメールのやり取りくらいはする仲である。

「それよりねー。倉庫で変な物見つけたんだけど……」

「変な物?」

「うん。えっとまずはねー、オレンジ色の、ボール、みたいの?」

「オレンジのボール?」

それ普通にみかんとかじゃないよな?

あ、倉庫にあるんだったらとっくに腐ってるか……。

「たくさんあるよ?

ええと、1、2、3、4……全部で7個かな?」

「7個? ……7個のオレンジのボール?!

な、なぁ。それってまさか、中に星が入ってたりしないよな?」

いや、そんな馬鹿なことはって思うが……。

「んー? ちょっと調べてみるねー」

「は? 調べるって、どういう……」

俺の疑問は、ガシャン、という音によってあっさりと晴れた。

「あれ? 中に誰もいないよ?」

「おっ、おまっ! 今、何して…!」

「え? 中になんかないかって聞かれたから、とりあえず割ってみたんだけど……」

さらっと答える真希。

これだからこいつは油断出来ない。

のんびりした顔してやることはいつも過激なのだ。

「あのなぁ、真希。それはもしかすると……」

「もしかすると?」

「……いや、何でもない」

俺は口にしかけた言葉を飲み込んだ。

このご時世だ。

下手なことは言わない方がいいだろう。

「他には何かないのか?」

「ん? えーとね」

俺の言葉に、真希が何かを探る音が返ってくる。

「あったよ。これは……何だろ、ミイラの手?

しかもちっちゃい。人のじゃないかも。

もしかするとお猿さんとかかな?」

「そ、それってもしかして、願い事を三つまで叶えるっていう有名な猿の手……」

言いかけた言葉は、ガサガサという袋の音に遮られた。

「え? なにー? 今ミイラの手を燃えるゴミに入れた所なんだけどー」

「お前って奴は……いや、もういい」

猿の手は確か、所有者の願いを望まぬ形で叶えるっていういわくつきの代物だったはずだ。

本物とも思えないが、どちらにせよ関わらない方がいい。

「それ以外には?」

「んー」

しばらくの間。

そして、

「電話ボックスと、井戸があるよー」

意外過ぎる返答が来た。

倉庫にそんな物入れるとか、真希の家の人は何を考えてたんだろうか。

というか、どうやって倉庫に電話ボックスと井戸なんか運んだんだろうか。

「あ、でも電話ボックスは電気来てないみたいだし、井戸もかれてるみたいだよー。

ほかを探すねー」

「あ、ああ……」

電話ボックスと井戸の用途は分からないが、まさか電話ボックスでもしもの設定を吹き込んだり、井戸の水をがぶ飲みしたりして願いが叶えられる訳がない。

たぶん本当に邪魔だから倉庫に放り込んだだけなのだろう。

なんか既に倉庫の整理という目的を見失っているような気がするが、倉庫に眠っている物については気にかかるので、指摘せずにおいた。

やがて、新たな物を見つけたのか、真希の弾んだ声が俺の耳を打つ。

「また見つけたよ!

これは……何だろ?

ただの細長い紙みたいだけど」

「細長い紙?」

細長い紙で願いごとというと何だ……あ、そうか!

「なぁ、それ、短冊じゃないか?」

「短冊? あー、うん、そう、それっぽいかも!」

しかし、一気に物が卑近というか、俗っぽくなった。

いや、別に構わないんだが。

「せっかくだから、お願いごともう書いちゃおうかなー」

「あ、おい! あんまり不用意なことは……」

俺は慌てて止めに入るが、

「できたー!」

「早いな、おい!」

遅かった。

普通に考えれば短冊には何の危険性もないが、あんな怪しげな代物と一緒に入っていたなら話は別だ。

俺は正直びくついていたのだが、真希は何も感じてないようだった。

というか、たぶん何にも考えていないようだった。

「……なにも起こらないよー」

だから、その声が聞こえてきた時は、正直少し安心した。

「当たり前だろ。

そんな物で願いなんて叶わないっての。

……それで、何て書いたんだ?」

「お姫様になれますように、って」

「……お前はいつまでも夢がいっぱいでいいな」

「でしょー?」

皮肉も通じなかった。

まあ、それでこそ真希と言える。

「なんでお姫様になれなかったんだろ。

やっぱり七夕じゃなかったのがいけなかったのかなー」

なんて妄言を吐きながらも、真希の捜索は続く。

「あ、なんかまたすごいの見つけたよ。

なんだっけ、こういうの。

ええと……ピコピコハンマー?」

「ピコピコハンマー?」

流石にピコピコハンマーで願いが叶う言い伝えに心当たりはない。

俺が首をかしげていると、真希が全く関係ない話を振ってきた。

「あのさー。短冊で思い出したんだけど、もうすぐ七夕だよねー?」

「うん? ああ、そう、だな……」

まあどうせ俺は、授業以外ではずっと家にこもってゲームしているだけなので、関係ないが。

と思ったら、真希がおかしな要求をしてきた。

「そーまもさー。

七夕の日はうちに遊びに来なよー。

ほら、今日の倉庫整理、さぼった埋め合わせとしてさー」

「はぁ?! 無理無理無理!

今年は七日に授業あるしさ!

帰ってきたらゲームやるからそっち行く暇ないって!」

予想外の提案に、ずいぶんと強い口調で断ってしまった。

それを口にした途端、しまったと思った。

電話の向こうの雰囲気が変わる。

「ふぅん、そう、なんだぁ。

そーまはわたしたちなんかより、そのゲームの方が、大事、なんだぁ……」

「あ、いや、その、真希?」

真希の声が低い。

これは怒りの兆候だ。

俺がVR世界で耳をふさぐのと、世界全体に響くような大声が降ってきたのはほぼ同時だった。

「そんなにゲームが好きならゲームの中にでも行っちゃえばいいでしょ!!

ばかぁぁあ!!」

同時に、バキーンと何かが盛大に壊れたような音が遠くに聞こえた。

思わぬ真希の剣幕に呆然とした俺の耳に、これまた呆然とした真希の声が届いた。

「あれ? ピコピコハンマー壊れちゃった。

結構堅そうな木でできてたのになー」

「木で出来た、ハンマー?」

その言葉に、俺の中で何かがつながった。

木で出来たハンマーというのは、つまり木槌だ。

願い事を叶える木槌と言えば、一つしかない。

つまりそれは、ピコピコハンマーなどではなくて……。

「なぁそれ、もしかして打出の――」

だが、俺はその言葉を最後まで真希に伝えられなかった。

視界が回る。

作り物の世界が折りたたまれ、姿を変えていく。

(なに、が……)

疑問の言葉も音にならない。

全てが渦を巻き、大きな何かに飲み込まれていく。

意識を失う、最後の瞬間。

『そんなにゲームが好きならゲームの中にでも行っちゃえばいいでしょ!』

悲痛な真希の叫びが、なぜかもう一度俺の頭に響いたのだった。