軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

使用人として育ってきたカトリーナには簡単なことだが、シャルルにとってはそうはいかないだろう。

けれどカトリーナはここに行儀見習いとしてやってきたのだ。

ならば少しでも役に立って捨てられないように、追い出されないようにしなければならない。

カトリーナは手早く着替え終わると慣れた様子で濡れた衣服を畳んだ。

「本日よりお世話になります。色々と邸を案内していただけると働きやすいのですが」

「えっ……あ、そうですね」

ニナに屋敷を案内してもらいながら内容を確認しようとした時だった。

視界がくらりと歪んで、足の力が抜けてしまいカトリーナはその場に座り込んだ。

「大丈夫ですか!?」

「……っ、はい」

カトリーナが頷くものの、立ち上がれずに困惑していた。

足先がジンジンと痛んでいたが、もう感覚はなくなっている。

指先は氷のように冷たくて、体は燃えるように熱いと感じた。

寒いような熱いような感覚にカトリーナは耐えつつも壁を伝って起き上がる。

なんとか足に力を入れて踏ん張ろうとするものの、次第に視界が歪んでいき意識が徐々に遠くなっていく。

(このくらい、大丈夫……なんてことない。仕事をしなければ、生きていけない)

カトリーナは言い聞かせるようにしていたが、どんどんと体の感覚がなくなっていく。

ニナが何かを叫んでいるのが遠くに聞こえたが、唇を動かすことすらできない。

カトリーナがズルリと倒れ込んだ瞬間に誰かが体を支えてくれた。

「おい……!しっかりしろっ」

「ぁ…………」

「大丈夫か……?」

どうやらクラレンスがカトリーナを支えてくれたようだ。

カトリーナが倒れ込んだのを支えた反動で真っ黒なローブがハラリと落ちる。

空の色をした髪と、宝石のようなロイヤルブルーの瞳と目が見えたような気がしたが瞼は重たくなり、下がっていく。

額にひんやりとした冷たさを感じていた。

(綺麗……)

そう思った瞬間にカトリーナの視界が真っ暗に染まった。

* * *

目を開けるとカトリーナの前には見慣れた景色が広がっていた。

(あれ……私、何をしていたんだっけ。あれは夢……?なんだか不思議な夢を見ていた気がする)

白い絨毯、空から振る粒、真っ暗なローブ、宝石の青。

カトリーナは本のページを捲っていたが、ふと自分の手が小さくなっていることに気づく。

いつもの暗くて埃っぽい屋根裏部屋で本を読んでいたはずのカトリーナの姿があった。

辺りを見回して破れた小さな鏡に映るのは幼い頃の自分。

ドタッという大きな音を立てた場所に目を向けるとそこには……。

(……どう、して?)

カトリーナの前で母が倒れている。

カトリーナは母に言葉をかけようとするが声が出ないことに気づく。

いくら母に手を伸ばそうとしても届かない。

ゆっくりと首が動いて母と目があった。母の瞳には憎しみが滲む。

『あの女と娘、あの男を殺して……!お願い、カトリーナ』

色がないはずの母の唇が血のように真っ赤に染まって弧を描いた。

いつの間にかカトリーナの前にはサシャバル伯爵夫人とシャルルが立っていて、カトリーナを見下ろしている。

『……気に入らないわ』

その言葉と共に二人がこちらに迫ってくる。

「───っ!」

カトリーナは目を見開いた。

無意識に息を止めていたのか、荒く息を吐きながら咳き込んでしまう。

全身、汗をかいて何故か体の震えが止まらない。

ずっしりと重たくなっている手足を動かして体を丸めてから口元を押さえた。

「ゴホッ……ゴホ、ッ!」

「大丈夫ですか!?今、お水をお持ちしますね……!」

涙でぐにゃりと歪んだ視界を向けると、そこにはニナの姿があった。

ニナが心配そうにカトリーナを見ている。

カトリーナは反射的に首を横に振っていた。

「着替えた後に倒れてしまったのですよ?覚えてますか?」

「……っ、ごほ」

御礼を言わなければと思ったが声を出そうとすると咳き込んでしまう。

埃っぽい屋根裏で暮らしていたせいか、カトリーナは体調を崩した時や掃除の時などにはよく咳がでていた。

『静かにしなさい』

母やサシャバル伯爵夫人の声が重なって聞こえた。

カトリーナは震える手で反射的に口元を押さえて音が出ないように咳き込むようにする。

指の感覚がないことにも気づかずにカトリーナは謝罪するために口を開く。

「ご迷惑を……申し訳、ござっ……ゴホッ、ゴホ!」

「無理をなさらないでください」

「ごめん、な……さっ」

「謝らないでください。ゆっくりでいいですから、お水を飲んでください」

しかしニナは怒ることなくカトリーナの背を撫でてくれた。

呼吸がしづらくなり、ヒューヒューと喉が鳴る。

今回は随分とひどくなってしまったようだ。

(早く、治れ…………はやくしないと、早くしないとっ!)

カトリーナはそう言い聞かせても咳は止まらない。

「お医者様が絶対に安静にするように、と。手足は凍傷になりかけていたのですよ?それからよく食べて、体を休めましょう」

「……ッ、うっ」

ニナが何を言っているのか、わからなかった。

意識が遠くなりながらも、カトリーナはベッドから足を下ろした。

「どこに行かれるのですか……?」

「働か、なきゃ」

「え……?」

働かなければ食べ物はもらえない。

食べ物を食べなければ体調はよくならない。

それはカトリーナがずっとあの場所にいて生き残るために必要なことだった。

「──誰かっ、誰か来てください!」

ニナの声が聞こえたがカトリーナは震える足を進め続けた。