軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34 光の聖女と裏切りの魔術師

「まず前提として、君は《白の聖痕》についてどこまで知っている?」

ベルナルドさんの言葉に、アリアは氷文字を浮かべる。

〖聖女の子孫に稀に現れる白い痣です。痣がある部位の身体機能の欠損を伴う。その原因は不明〗

「一般的に知られていることだな。それ以外には」

〖それ以外のことは知りません〗

「小さなことでもいい。何か関係がありそうなことはないか」

低い声で言うベルナルドさん。

アリアは考える。

しかし、アリアには何も思い当たるようなことがなかった。

〖ないと思います。それ以上の何かがあると考えたことがなかったので〗

「君の両親に、何か知っていそうな兆候はないか」

〖知らないと思います〗

「そうか」

声には、少しの落胆が含まれているように感じられた。

聖痕を持っているアリアから、何かヒントになる情報が得られることを期待していたのかもしれない。

「二千年前。《光の聖女》が魔王を封印し、聖痕を持った子供が最初に現れた頃は聖痕についてもう少し多くのことが知られていた」

ベルナルドさんは言う。

「聖痕を持った子供は、際だって強い魔法を使うことができる。その魔法の力は、聖痕のもたらす欠損によりもたらされている」

アリアははっとする。

欠けているものへの願い。

〖わたしの魔法もそうです〗

「君が使っている魔法は、かつて《反動魔法》と呼ばれていた。当時も秘術として一部の人しか知らなかったようだが、盛んに研究が行われていた痕跡がある。記録によると、最初に《反動魔法》を使ったのは《光の聖女》だった」

〖聖女様が使ってたんですか?〗

「《光の聖女》はアルビノだった。髪は白く、瞳は赤かった」

アリアは息を呑む。

〖わたしと同じ髪と瞳〗

「君の髪と瞳は聖女様から受け継いだものなのだろう」

ベルナルドさんは言う。

「だが、君と違って《光の聖女》は光を浴びられない体質だった。光に触れると肌は燃えるように赤く腫れ上がり、水ぶくれが全身に広がった」

〖でも、聖女様は光魔法を使ってたから《光の聖女》と呼ばれてるんじゃ〗

「その通りだ。彼女は異常なまでに出力の高い光魔法を使うことができた。光を浴びられない体質ゆえに生じた願いから生まれた光魔法。聖女は肌のただれと斑点を全身に作りながら魔王と戦っていた。自分の身体を焼く痛みが魔法を使うたび彼女を襲った」

ベルナルドさんは続ける。

「肌のせいで自分の容姿に自信が持てなかったという記録もある。旧王朝の王子と婚姻し第一子を出産した二十一歳のときには、全身に黒い潰瘍が広がっていた。当時の魔法医学ではわからなかっただろうが、彼女は皮膚癌だった」

低い声が階段下に響く。

「強い光を浴び続けた結果、彼女の身体は限界を超えていた。にもかかわらず、彼女は旧魔王領――【還らずの禁域】の最奥にある【無明の大空洞】で【黒の魔王】と戦った。そして、自分の命を対価として魔王を封印した」

(そこまで自分を犠牲にして……)

その話は、アリアが知る聖女様の物語よりもずっと壮絶なものだった。

聖女様は、自分のすべてをなげうって魔王から人々を救おうとしたのだ。

だからこそ、アリアたちは平和な時代を生きることができている。

「《反動魔法》の研究についての資料が最も多く残っているのは、聖女が亡くなってからの八年間だ。しかし、それ以降資料の数は急激に減少し《反動魔法》は人々の記憶から消えた。始まりの七魔術師の筆頭だった【裏切りの魔術師】――フレデリック・アレンハウスが旧王朝の王宮を塵に変えたのがそのあたりだ」

〖《反動魔法》を歴史から消したのはフレデリック・アレンハウスだったということですか?〗

「彼が破壊したとされるいくつかの魔法研究拠点で《反動魔法》の研究が行われていた痕跡が残っている」

〖いったい何のために?〗

「わからない。だが、八年後に現れたフレデリック・アレンハウスは魔人になっていたという記録がある」

〖魔人?〗

「魔王の血を体内に入れた人間のことだ。人間離れした力を手にした彼らは、魔王の配下として人類の敵になった」

〖人間が《反動魔法》を忘れている方が魔族にとっては都合が良いから、《反動魔法》を消そうとしたということでしょうか〗

「私はそう考えている」

ベルナルドさんは言う。

「魔人は自らの血を人間に入れることで、配下となる魔人を作ると言われている。おそらく、フレデリック・アレンハウスも行ったはずだ。彼の血を引く魔人は密かにこの世界に潜んでいる。そして、【裏切りの魔術師】の意思を継ぎ、この世界を再び恐怖に陥れようとしている」

〖何か兆候があるんですか?〗

「百年に一度、魔王の封印が弱まる時期がある。その時期に何者かが【無明の大空洞】の最奥に侵入しようとしている痕跡が残っている。魔王の封印を解こうとしているのだろう。そのたびに魔物は活性化し、少なくない被害が出る」

〖最近ではいつ頃だったんですか〗

「ちょうど百年前だ。そして魔物と大空洞の状態を見るに、これから同様のことが起きる可能性が高いと私は考えている」

〖魔王の封印が弱まっているんですか?〗

「今は過去に例がないほどに魔王の封印が弱まっているように見える。大空洞の最奥で封印の修繕と補強をするべきだが、議会も大臣もことの重大さを理解していない。二千年封印は維持されているのだから、今回も大丈夫だろうと平和ぼけしている。財政と税制の諸問題の方が彼らにとっては重要らしい」

冷ややかな声で言うベルナルドさん。

「魔王が封印されている大空洞の最奥に入るには、聖女と同じ《反動魔法》の技術が必要になる。封印の補強と修繕を行うために、方法がないか考えていたときに聞いたのが君の噂だった」

〖わたしですか?〗

「聖女の血を引き、《反動魔法》の使い手である君なら、大空洞の最奥に入るために必要な魔法式を描くことができる可能性がある」

アリアは息を呑んだ。

自分にそんな力があるかもしれないなんて。

あまりにも大きな話で、全然現実感がなかった。

嘘だと言われた方がずっと納得できるくらい。

〖ごめんなさい。心を落ち着けるために、いか焼きを食べていいですか?〗

「それは、別に構わないが」

〖いか焼きを食べます〗

アリアは懐からいか焼きを取り出して、もぐもぐと咀嚼した。

甘塩っぱい醤油の香りが階段下を包んだ。

〖食べ終わりました。続けてください〗

「わかった」

ベルナルドさんは表情を変えずに言った。

「私は君に接触するためにコンテストに出た。これから、さらに封印が弱まり大空洞から魔王の力が漏れ出す。魔物は活性化し、少なくない数の人が犠牲になる。君の力を借りることができれば、魔王の封印に対する修繕を行い、被害を未然に防げる可能性があると考えていた」

低い声が響く。

「だが、旧魔王領――【還らずの禁域】は高レベルの魔物が多く生息する大陸で最も危険な場所だ。最悪の場合、命を落とす可能性もある。今日君を見て驚いた。こんなに小さな子供に、私は頼ろうとしていたのか、と」

〖小さくないですし年齢より大人です〗

「そうだな。大人だな」

ベルナルドさんは無表情でうなずいてから続けた。

「封印については、私が必ずなんとかする。君は何も心配しなくていい」