軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22 決意

抱きかかえられて地上に戻ったアリアは辺りの景色を呆然と見つめていた。

当たり前の景色なのに、そこにはどこか違和感がある。

多分、当たり前じゃないものの存在を知ったからだろう。

自分の知る世界の常識を超えた存在。

怖いという気持ちもないわけじゃない。

だけど、それよりずっと強い何かが胸の中にある。

(なにあれ、すごい)

思いだしただけで胸が高鳴って仕方なかった。

秘密の地下室と人智を超えた力を持つ謎の結晶。

〖あれは何ですか?〗

氷文字を浮かせるアリアに、ローレンスは言う。

「《天泣の結晶》と呼ばれている。近づくものを自動で攻撃する謎の結晶。それ以外のことは何もわかっていない。単独で九万の軍勢を壊滅させたという話もある。現存する三つの《神級遺物》のひとつ」

〖《神級遺物》?〗

「現代の魔術師では解析できない遠い過去の遺物――《特級遺物》。その中でも、世界の理を改変しかねない力を持つ三つの遺物が《神級遺物》と呼ばれてる。魔法界の最上層にいる者たちしか知らないことだけどね」

ローレンスさんは言う。

「長い歴史の中でたくさんの魔術師があの遺物の解析に挑んだ。そして、ひとつの結論にたどり着いたんだ。今の魔法技術ではあれを解析することはできない。地下深くに封印して解析は未来の魔術師に託す、と」

〖なんだかすごいものなんですね〗

「すごいものだよ。あそこに入れるのはこの大学の教授と準特級以上の魔術師だけだ」

〖でも、わたしは入れましたけど〗

「だから困惑してるんだよね。本来、君が入れるはずがないんだけど」

〖わたしが世界一かわいいから、結晶も会いたくなっちゃったんですかね〗

真面目な顔で言うアリアに、ローレンスさんはくすりと笑う。

「とにかく、このことは他の人には秘密ね。あそこに入ったってことがバレたらいろいろと問題になること間違いなしだから」

〖わかりました〗

うなずく。

なんだかすごいものを見てしまったみたいだ。

結晶に施されていた見たことのない綺麗で不思議な魔法式の数々を思い返す。

〖魔法大学には他にもあんなものがあるんですか?〗

「他にもあるよ。この大学は大陸で最も進んだ研究機関だからさ。教授たちは実力者揃いだし、卒業するのも簡単なことじゃない」

〖楽しみです〗

「難しいのに楽しみなの?」

〖知らない魔法に触れられるってわたしにとっては一番楽しい時間なので〗

アリアは言う。

〖見ててください。魔法を楽しんで、楽しみ抜いて最高に素敵な毎日を送るので〗

「うん。応援してる」

アリアは目を細める。

簡単な詠唱魔法さえ使えなかった時間。

一番大好きなものは、振り向いてくれないんじゃないかと悲劇のヒロインじみたことを思っていたあの頃。

だからこそ、その先にあったたどり着きたかった世界が愛しくて仕方ない。

もっとうまくなりたい。

今より、少しでもできるわたしになりたい。

(行くぞ! 魔法を極めまくる最高の毎日へ!)

アリアは期待に胸を弾ませつつ、新しい世界へと踏み出した。

王立魔法大学の中心にある塔の最上階。

古書が並んだ棚の前で二人の魔術師が話している。

「アリア・フランベールの魔法には、他の誰とも違う特別な何かがある。学長はそう仰るんですか」

言ったのは魔法工学教授のレイネスだった。

ローズウッドの椅子に座った老魔術師――ダンテ・エルネスティは応える。

「ああ。あれはただの無詠唱魔法ではない。もっと魔法の本質に近いところにいる」

「魔法の本質?」

「魔法の根底にあるのは願いじゃ。人の心の中は世界よりも広い。心に描いたイメージが強い力を作り出す。我々が使う魔法の多くはそれを汎用的で共有できるものにして出力する。その上で大きな力を発揮するのが詠唱じゃ」

「詠唱という肉体の動きを通して、心の状態をコントロールするということですね」

「その通り」

ダンテはうなずく。

「しかし、詠唱ができない彼女の魔法にはそれがない。基本の型が存在しないというべきか」

「型を持たない魔術師は三流だと相場が決まっているものですが」

「普通ならな。だが、彼女はおそらく幼少期から異常なまでの練習と学習を繰り返したのだろう。その結果、魔法を起動する際の手順が異常なまでに洗練されている。他の魔術師では起動できない魔法式を彼女は起動することができる」

「彼女にしか使えない特別な魔法、ということですか」

レイネスは唇を引き結ぶ。

ダンテは続ける。

「加えて、そこには古式魔法に似た何かも感じられる。現代の魔術師で言えば、ローレンス・ハートフィールドのそれに見られるものじゃ」

「たしかに、あの二人の魔法には近いものを感じます。師事しているという話でしたね」

少しの間、押し黙ってからダンテは言った。

「入学式の後、もうひとつ彼女に動きがあった。何らかの方法で彼女は、《天泣の結晶》が封印された地下室に入り込んだ」

レイネスは息を呑んだ。

「本当にそんなことが……?」

少しの間押し黙る。言葉を選びながら続ける。

「あそこに入るためには準特級以上の魔術師資格が必要では」

「ああ。だが、彼女には入ることができた。微弱な振動を探知して見えないものを見る力。声が出せないがゆえに培われた観察眼。他にも、我々が気づいていない何かが彼女にはあるのかもしれない」

「彼女の動向を追いますか」

「ああ。だが、彼女は勘が良い。悟られないように最小限でいい」

ダンテは言う。

「焦る必要はない。時間が経てばより多くのものが見えてくる」

(まさか、あの地下室を見つけて入り込むとは)

アリアと別れた後、ローレンスは魔法大学研究棟の壁に背中を預けている。

透き通った結晶と少女のことを考えている。

(《光の聖女》が生まれるよりもさらにずっと昔。魔王に追い詰められた人類が作り出した切り札。無数の悲しみと怒りが込められた最終兵器――《天泣の結晶》)

ローレンスは頭を上げる。

建物の形に区切られた空が見える。

薄い雲が西へ流れている。

(おそらく、存在としての性質が似ているからだろう。欠けているものへの願い。君と僕、そして《天泣の結晶》と彼女に共通するもの。だからこそ、僕は世界を欺かないといけない。絶対に悲しい思いをさせないために)

ローレンスは思う。

(あの子に、《白の聖痕》の秘密に気づかせるわけにはいかない)

第1章終わり