軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 学長先生との決闘

魔法大学の学長先生との模擬試合。

相手が今の自分では計り知ることもできない実力を持つ魔術師であることを、アリアは感覚的に理解していた。

(ローレンスさんとも対等。状況によってはそれ以上かも)

しかし、相手の実力を途方もなく高く見積もった上で、それでもアリアには勝算があった。

赤髪ピアスの王宮魔術師さんと戦った一対一での模擬魔法戦闘。

魔法の早撃ち対決で、アリアは無詠唱魔法による突出した速度を披露した。

凄腕の王宮魔術師さんが磨き上げた簡易詠唱魔法を相手に、後から起動しても先回りして詠唱の妨害をすることができた。

学長先生の魔法は、王宮魔術師さんのそれより早いだろう。

しかし、ほんの少しでも隙があればアリアは互角以上の速度で魔法を放つことができる自信がある。

アリアには無詠唱魔法しか使えないから。

だからこそ、その速さでは学長先生にだって負けない。

加えて、勝負の形式もアリアにとっては戦いやすいものだった。

攻撃魔法を一発当てれば勝ち。

威力を出さないでいいのであれば、出力の面で不利だという無詠唱魔法の持つデメリットの影響も少なくなる。

《振動》

試合開始の合図と共に素早く魔法式を起動し、空気中の魔力を含んだ粒子を振動させる。

対して、学長先生はこちらに振り向くことさえできていなかった。

(取った!)

無防備な背中に向けて放つ振動魔法。

空気を振動させて物理ダメージを与える攻撃。

しかし、アリアの魔法は学長先生の身体に対して何一つ作用することができなかった。

振動波は起きず、何も無かったかのようにそのままだった。

(妨害された? いや、魔法式はたしかに起動していたはず)

混乱しながらも、アリアは次の魔法を放つ。

しかし、結果は変わらなかった。

ゆっくりと振り向く学長先生。

魔法式を起動さえしていないのに、アリアの魔法は学長先生に対して何の影響ももたらすことができない。

(なんで……どうして……)

予想外の事態に頭が真っ白になる中、アリアは不意に気づく。

(振動が起きていない)

空気中に漂う魔力を含んだ粒子。学術的には魔素と呼ばれる見えない何かを振動させることでアリアの魔法は作用している。

問題は、アリアが魔法式で粒子に働きかける力よりも学長先生が魔法式を使わずに粒子を制御している力の方が強いということだった。

異能の域に達した魔力操作能力。

肉体から近い距離であれば、魔法式を使っても干渉できない領域までその力は達している。

(だったら、身体から少し離れた空間で振動させて起爆させる)

魔力操作は肉体との距離が離れるほど難しくなる。

(魔法式を無力化するほどの力は、少し距離があれば出せない)

《強振》

《強振》

《強振》

ローレンスさんに教わった魔法を使う際のイメージ。

欠けているものへの願いを込める。

呼吸を止めて、目を開ける。

《解放》

眩い光が辺りを染め上げる。

会場が揺れる爆炎と業火。

見守っていた大学職員たちが慌てて魔法障壁を張って周囲の人を守る。

彼らの顔には焦りの色があったが、集中しているアリアは気づいてさえいない。

見えているのは目の前の学長先生だけ。

息継ぎをせず連続で七発の振動による爆発を学長先生の全方位で起爆させる。

視界を白く染める光。

しかし、学長先生は長いローブを少し揺らしただけでそれを受け止めた。

びくともしない魔法障壁が放つ異常なまでの魔力圧。

光の先にいる学長先生はアリアの魔法を少しも漏らすこと無く完全に止めている。

そこには余裕さえ感じられる。

(届いてない。これじゃ届かない)

途方もなく高く大きな壁。

(それなら強く――もっと強く――)

熱風が頬を焼く。

マフラーが激しくたなびく中、アリアの頭の中には魔法のことしかない。

◇ ◇ ◇

王立魔法大学入学式の恒例行事である模擬試合。

外目には華々しいこの試合は、一部関係者の間で『公開処刑』と呼ばれていた。

学長が一切の攻撃魔法を使わないにもかかわらず、実技試験首席の新入生が何一つできずに肩を落とす光景が毎年繰り返されていたからだ。

王国最高学府に入学した栄誉と誇り。

しかし、それは自らを天才だと錯覚する傲慢さと油断にも繋がりかねない。

高く伸びた新入生の鼻を折り、謙虚に学業に向かわせるのが学長の持つ狙いだと言われている。

(あの子が今年の犠牲者か……かわいそうに……)

そう思いつつ見つめた大学職員は、その子供にしか見えない小さな姿に息を呑んだ。

(あんなに小さい子が)

誕生日の関係で最速記録の十二歳二ヶ月を記録したリオン・アークライトを筆頭に、十二歳の三人が今回の入学試験で合格したことは知っていた。

しかし、壇上へと歩くマフラーの少女は同世代の天才二人と比べても際だって小さく見える。

真っ白な肌と銀髪。真朱の瞳。

ミステリアスで儚げな印象の彼女は、落ち着いた表情で壇上に向けて歩いて行く。

(あの年齢で……大したものだ)

感心しながら見ていた大学職員は、少女がぽとりと何かを落としたのを見てはっとする。

少女は気づいていないようだった。

終わった後で返そう、と思いつつ落とした何かに駆け寄って拾い上げる。

隙間から木の棒が覗く紙袋。

(いったい何だ?)

覗き込む。

広がったのは甘塩っぱい醤油の香りだった。

(え? いか焼き?)

明らかに持ち運びに適した食べ物ではない。

なぜ懐にいか焼きを入れているのか。

わけがわからなかったが、自分には式を滞りなく運営する仕事がある。

何も無かった風を装い、所定の位置に戻る。

少女が壇上に上がる。

互いに背を向けて立ち、十歩前へ歩いてから学長と向き合う。

かつて行われていた伝統ある決闘を元に作られた模擬戦闘の形式。

合図と共に少女が魔法を放とうとする。

しかし、何も発生しない。

動揺。

戸惑い。

(当然か)

毎年、実技試験首席の新入生がぶつかることになる高い壁。

学長は魔法を使ってさえいないにもかかわらず、一分間何もできずに立ち尽くす。

異能の域まで磨き上げられた魔法制御能力による詠唱と魔法式の妨害。

流れる沈黙。

残酷なまでの力の差。

(例年通り。あんな小さい少女では仕方無い)

彼が嘆息したそのときだった。

光が大講堂を染め上げる。

瞼の奥が白く染まる。

大地が揺れる。

質量を持った風が身体を叩き、熱風が頬を焼いた。

(爆発……!?)

連続で放たれる爆炎と業火。

(あの子、学長を相手に魔法を……!?)

ありえないはずのことが起きている。

学長の詠唱阻害を上回る速さの無詠唱魔法。

加えて、その出力も明らかに異常だった。

思わず身がすくむほどの魔力圧。

無詠唱であるにもかかわらず、その出力は完全詠唱の儀式魔法でも容易には出せない域まで達している。

同僚たちと咄嗟に魔法障壁を張る。

その背中には少しでも気を抜けば持って行かれてしまうという焦りがあった。

(厳しい採用試験を突破した王国最高学府の職員がこれだけいるのに……)

背筋を冷たいものが伝う。

(あの子、いったい……)