国の恥とののしられた聖女の私がいなくなると、暴動が起きました
作者: momotarou
本文
「お前はルミエール国へ行け」
父であるヴィクトール王の声が、玉座の間に冷たく響いた。
父と会うのは何年ぶりだろう。
もう、思い出せない。
父は私のことを、エリシアとは呼ばなくなっていた。
私は膝をついたまま、静かに頭を下げた。
悲しくはなかった。
むしろ、嬉しかった。
やっと、この国から離れられる。
やっと、この城から出られる。
「ルミエール国より、聖女を一人遣わしてほしいとの要請があった」
やっとこの日が来た。
あれほど恨んでいた神に、私は初めて感謝した。
父は続ける。
「お前を送る」
その声には、少しの惜しむ気配もなかった。
それどころか、父は笑っていた。
「兄には感謝しないとな。この国の恥まで引き受けてくれるとは。本当に馬鹿な男だ」
玉座の隣で、妹のロザリアが微笑んだ。
金の髪に、青い瞳。
神の生まれ変わりと呼ばれる、ベルグラント王国の誇り。
「あなたを欲しがるなんて、不思議ですわね」
ロザリアは、わざとらしく首を傾げた。
「だってあなたは、『国の恥』なのに」
その言葉に、玉座の間に笑い声が溢れた。
誰も咎めない。
咎める者など、この城にはいない。
「……ああ、お手伝いさんが欲しかったのかしら。きっとそうですわ」
ロザリアは鈴の鳴るような声で笑った。
『国の恥』。
それが、この城で皆が陰口に使っている私の名だった。
妹は、いつも私を見ると、勝ち誇ったようにそう呼ぶ。
しかたない。
私には、聖女の力などないのだから。
何を言われても、今日の私の心は沈まなかった。
むしろ、弾んでいた。
この地獄から抜け出せる。
それだけで、私には十分だった。
☆
私の母も、聖女だった。
聖女から生まれる子は、女しか生まれない。
そして、生まれる子も聖女の力を持って生まれる。
聖女が子を身ごもると、出産までに普通でも三年かかる。
けれど、私の出産には六年もの時がかかった。
私が授かった時、国は大いに沸いたと聞いた。
初めて誕生する聖女の子。
しかも、これほど長く母の 胎内(たいない) にいる子など、誰も聞いたことがない。
三年経っても生まれない。
四年経っても生まれない。
五年経っても、生まれない。
人々の期待は、日に日に膨らんでいった。
どれほど強い聖女が生まれるのだろう。
どんな奇跡を起こすのだろう。
病をすべて消すのか。
どんな怪我も治すのか。
もしかしたら、死者さえ蘇らせるのではないか。
六年目。
ようやく私が生まれた日、国中がお祭り騒ぎになった。
父は大々的に宣言した。
私の娘、聖女エリシアが誕生した、と。
それが、私の悪夢の始まりだった。
聖女は、三歳になる頃までに何らかの力の兆候が表れる。
人の体に触れると、癒やしの力の象徴である光が手からあふれる。
小さな体を、聖なる光が包み込む。
けれど、私には一切そういう兆候が出なかった。
むしろ、その頃の私は人に触れると気分が悪くなった。
六年かかって生まれた子だから、六歳までには力が出るだろう。
そう言われた。
けれど、六歳になっても、私は何の兆候も見せなかった。
父の目が変わった。
周りの目が変わった。
それを、幼い私は肌で感じていた。
灰色の髪に、地味な顔。
癒やしの光を持たない、無能な聖女。
私の名を口にすることは、父によって禁じられた。
名乗った者は罰せられる。
私を哀れんだ侍女も、次の日には姿を消した。
私は、自分の部屋から出ることさえ許されなくなった。
国の人たちは、いつしか私の存在すら忘れていった。
『国の恥』
城の人たちは、陰で私をそう呼んだ。
そして、城の中からも、エリシアという私の名前は消えた。
私が聖女でなければ、父は愛してくれただろうか。
聖女などに生まれなければよかった。
何度も神を恨んだ。
どうして私を聖女として生まれさせたのか。
どうして力をくれなかったのか。
どうして母を奪ったのか。
けれど、いつしか恨むことにも疲れてしまった。
私は窓辺に座り、外を飛ぶ鳥だけを見るようになった。
小鳥さん。
あなたは幸せね。
好きなところへ飛んでいける。
私もあなたのように、空を飛べたらよかったのに。
そう思いながら、私は何年も、閉ざされた部屋で空だけを見ていた。
☆
母だけは、私を部屋に呼んでくれていた。
城の中で、私の名を呼んでくれるのは母だけだった。
「エリシア」
そう呼ばれるたびに、私はまだこの世にいてもいいのだと思えた。
母は私を抱きしめて、よく言った。
「聖女の力など、ない方がいいのよ」
幼い頃の私は、その意味が分からなかった。
聖女の力がないせいで、私は嫌われているのに。
聖女の力があれば、父はまた私を見てくれるかもしれないのに。
そう思っていた。
でも母は、首を振った。
「奇跡が起こせるといっても、救えるのはほんの少しの人だけ」
母の声は、いつも寂しそうだった。
「貴族の人たちは、長生きしたいの。王家は、聖女で国の威信を高めたいの。そして、あの人は……自分が長生きしたいだけなの」
あの人。
それは、私の父であるヴィクトール王のことだった。
母には、本当に愛した人がいた。
父の兄であり、この国の第一王子だったレオナール様。
母は、時々その人の話をしてくれた。
「レオナール様は、私の力を年老いた貴族に使うのではなく、子供たちに、民に、国のために使うべきだと言ってくださったの」
母は、その時だけ少し笑った。
「数か月に一度、各地方に聖女が来ると民を集め、そこで数人だけ癒やしの力を使う。王家はそれを奇跡だと宣伝する。でも、そんなことのためにお金を使うくらいなら、そのお金で困っている人たちの暮らしを整えた方がいい。レオナール様は、そう言ったの」
「本当に国のことを第一に考える人だったの」
母はそう言った。
けれど、それがよくなかった。
第二王子だったヴィクトールは、その考えを王族と貴族への反逆だと言い出した。
聖女の力を、民のために使う。
その言葉が、玉座では罪になった。
母が愛した人は、この国の王にはなれなかった。
「レオナール様は私に謝ったわ。何度も何度も」
母は、窓の外を見ながら言った。
「結婚できなくなってすまない。でも、僕は自分の考えを曲げられない、と」
それからレオナール様は、荒れた北の大地であるルミエール国へ送られた。
母は何日も泣き暮れたという。
けれど、聖女である母はこの国からでることは許されなかった。
そして、ヴィクトール王と結婚させられた。
「私は、あの人を夫として愛することはできなかった」
私を産んだあとから、母は痩せ細っていた。
医者には、これ以上子を産むのは無理だと言われていた。
それでも、父は国に聖女が必要だと母に迫っていた。
「私がこの国を長く支えるためには、聖女が必要なのだ」
国を長く支える。
違う。
王としての栄華を長く保ちたいだけだ。
この国の人たちは重税で苦しみ、多くの人が飢えて死んでいる。
それでも、城は豪華で、貴族たちは栄華を楽しんでいた。
母は悲しそうに言った。
「でも、本物の聖女を生む必要があると言われると、拒むことはできなかった。私には、人を呪う力も、傷つける力もないから」
そうして母は、二人目の子を宿した。
その頃には、母の体はもう限界だった。
妹のロザリアは通常通り、三年で生まれた。
母はロザリアを産み、しばらくして亡くなった。
そしてロザリアは、父の期待以上の癒やしの力を持っていた。
二歳で癒やしの力の兆候を見せた。
手をかざせば、光があふれる。
傷は塞がり、病は消える。
その癒やしの力は、母よりも強かった。
死者以外なら、どんな病も傷も癒やせる。
失った手足さえ戻すその力に、人々は彼女を神の生まれ変わりと呼んだ。
父はロザリアを宝のように扱った。
王家の誇り。
国の希望。
神に愛された娘。
そして私は、国の恥として、この城で生きるしかなかった。
☆
けれど、それも今日で終わる。
私は聖女として、ルミエール国へ送られる。
母が愛した人の国。
どんな人なのかと想像する胸が躍った。
母の若い頃の話とか聞ければ嬉しと思った。
私はもう一度、深く頭を下げた。
「承知いたしました。ルミエール国へ参ります」
声は震えなかった。
初めて、自分の足で立てる気がした。
☆
ルミエール国に着いた時、私は馬車の扉を開ける手が震えていた。
何の力もない聖女。
この国でも『国の恥』と言われるのではないか。
そう思うと、扉を開けられなかった。
私は馬車の中で顔を伏せ、そのまま閉じこもってしまった。
外から、太いけれど優しそうな声がした。
「よく来てくれた、エリシア王女殿下」
その声に、私は顔を上げた。
エリシア。
名前で呼ばれたのは、何年ぶりだろう。
聖女エリシアではなく、エリシア王女殿下。
それでも私は、馬車の扉を開けられなかった。
外から扉が開いた。
そこには、日に焼けた、大柄でたくましい年配の男性がいた。
私の父のような金の刺繍も、宝石もつけていない。
「エリシア王女殿下。大丈夫ですか。お加減が悪いのですか」
心配して、開けてくれたのだ。
私がぽかんとしていると、その方は名乗った。
「失礼しました。私はこの国の王、レオナールと申します」
「どうか、馬車からおりてください」
私には一人でこの国までこらされた。
それに気づいたのか、王様の侍女が私を支え、馬車から降ろしてくれた。
この人が、王様。
私の中にあった王の姿とは、まったく違っていた。
身なりは整っている。
けれど、城で働く人たちとあまり変わらない。
「お恥ずかしい。この国は荒れ地が多く、民を食べさせるだけで大変でして。私の身なりにまで余裕がないのです」
レオナール様は、自分の服を見下ろして笑った。
「これでも、 一張羅(いっちょうら) なのですが。王には見えないですよね」
私は、いろいろな意味で驚いて口を開けていた。
それでも何とか返事をした。
「聖女エリシアです。ご要請により参りました」
「この国では、聖女ではなく、エリシア王女殿下として暮らしてください。何もない国ですが」
「聖女では、なくてですか?」
「はい。国に聖女は不要ですから」
ああ。
この人が、母が言っていた人なのだ。
年下で、自分の娘ほどの年の私に対しても、対等に話してくれる。
父とは真逆の人だった。
誠実で、常に周りと国のことを考えている人。
母がこの人と結婚していたら、どれほど幸せだっただろう。
そう思った瞬間、涙が出てしまった。
「エリシア王女殿下、泣かないでください。私が何か失礼をしたのなら、言ってください」
そんな優しい言葉をかけられたら、涙は止まらなかった。
そこに、若い男性の声がした。
「父上は顔が怖いのだから、そんなに近づいたら駄目ですよ」
「そうなのか。私の顔は怖いのか?」
私は慌てて否定した。
「顔は怖くありません。優しくされたので泣いてしまいました」
二人は困った顔をした。
「父上、ここでの話も何ですから。長旅で疲れているでしょうし、まずは今日はゆっくり休んでもらいましょう。話は明日に」
「そうだな。馬鹿息子なのに、よく気が付くな」
「馬鹿なのは父上です」
「馬鹿からは馬鹿しか生まれないのか」
「もういいです」
「どこの家に、親子で馬鹿と言い合う家があるのですか?」
二人は楽しそうに笑い合っていた。
私も、声を出して笑った。
声を出して笑うのは、何年ぶりだろう。
嬉しくて泣いたのも、何年ぶりだろう。
私は侍女に部屋へ案内された。
その年配の侍女は、私の世話をしてくれると言った。
「エリシア様、私一人しかお世話ができません。それでも、精一杯努めます」
また、私は泣いてしまった。
周りを困らせてばかりだ。
私は七歳になってから、侍女などいなかった。
その年に母も亡くなった。
それからはずっと一人で、存在していないものとして扱われていた。
あれだけ大きくおまえの名を国中に広め、あれほど祝ったのに。
何の力もないとは。
王に恥をかかせるな。
国の恥だ。
父から、そう言われ続けた。
そして父は、聖女エリシアという娘などいなかったことにした。
その夜、私は侍女と話した。
侍女は、私の話を聞くたびに顔を歪めた。
「ひどい……」
その一言に、私は驚いた。
ひどい。
そんなふうに言ってくれる人がいるのだ。
私はずっと、自分が悪いのだと思っていた。
聖女の力がない私が悪い。
父に恥をかかせた私が悪い。
そう思い込んでいた。
でも侍女は、怒ってくれた。
私ではなく、父に。
それが不思議で、胸が痛くて、けれど少しだけ温かかった。
翌朝、レオナール様とアルベルト様と話し合った。
私が閉じ込められていることを知ったレオナール様が、聖女が欲しいと言ってくれたのだという。
私を助け出すために。
「もっと早く気づくべきだった」
レオナール様は、私に頭を下げた。
「君の母を助けられなかった。だから今度こそ、君を見捨てたくなかった」
私は言葉が出なかった。
謝られることに慣れていなかった。
王が、私に頭を下げることなど、考えたこともなかった。
「何もない国だが、ここを自分の家だと思って住んでくれ」
レオナール様は顔を上げ、笑った。
「馬鹿息子の手伝いでもしてくれるとありがたい」
「父上」
アルベルト様が呆れた声を出した。
けれど、その声はあたたかかった。
そして私は、エリシア・ベルグラント王女殿下でもなく、聖女エリシアでもなくなった。
親戚の家から預かっている、エリシアという一人の人間として暮らすことを決めた。
私は十七歳にして、新たな人生を進む道を選ばせてくれた。
☆
ルミエール国は、豊かな国ではなかった。
北の大地は荒れていた。
土は硬く、井戸の水は濁り、畑の麦は背が低い。
けれど、閉じ込められていた私には、何もかもが眩しかった。
空が広い。
風が肌に触れる。
土の匂いがする。
鳥が、窓の向こうではなく、私の頭上を飛んでいる。
私は初めて、自分が生きていることを知った。
アルベルト殿下も、お父様と同じように、この国を何とか豊かな国にしようと懸命だった。
私は体力もなく、城とは呼べない小さなお城の周りを散歩することしかできなかった。
本当に何もできない役立たずだった。
アルベルト殿下の姿は、私にはまぶしすぎた。
誰かを励まし、国の未来を語り、人々に希望を送り続けている。
自ら先頭に立ち、井戸を掘り、川の流れを変え、道を整備して、土地を豊かにする方法を国の人たちと話し合っていた。
それに比べて、私は本当に情けない。
そう思っていたけれど、アルベルト殿下はいつも優しく声をかけてくれた。
「無理をしてはいけません。ずっと外に出られなかったのだから、体力がないのは当然です」
お父様も、アルベルト殿下も、この小さなお城で働く人たちも、みな真面目で、一生懸命で、誰かを悪く言う人はいなかった。
私は日に当たり、草木に触れ、せせらぎを流れる水に触れると、なぜか元気になった。
そして私は、アルベルト殿下のそばにいたいと思い始める自分に気づいた。
たぶん、私はアルベルト殿下を初めて見た時から恋をしていたのだろう。
でも、何の役にも立たない私など、見向きもされないと思っていた。
ある日、突然アルベルト殿下から告白された。
「君のことが好きだ。初めて見た時から、私の心は君のことばかり考えている」
私は何も応えられなかった。
こんな私がふさわしいわけがない。
そう考えてしまった。
臆病な自分が嫌だった。
けれど、私には自信も勇気もなかった。
☆
その告白のあとも、アルベルト殿下は普通に接してくれた。
そして私も、殿下のそばで仕事を手伝うようになった。
アルベルト殿下は国中を巡り、その町の問題を解決しようとしていた。
私も手伝った。
何の足しにもならないと思いながらも、頑張れた。
殿下といると、力が湧いてくる。
ルミエール国は、本当に岩だらけだった。
農地は少なく、農地があっても水が濁っていて耕せない場所が多かった。
それでもみんな、国王様がいつかこの国を豊かにすると言った希望の言葉を忘れていなかった。
私もその希望の言葉に救われ、少しずつ自信を持てるようになった。
いつからだろう。
濁った水が澄んだ水に変わり、田畑が少しずつ増えていった。
岩場だった所が砂に変わり、土地に変わり、肥沃な土壌に変わっていった。
私は、国王様とアルベルト殿下、そして国の人々が頑張ったからだと考えていた。
変化があるたびに、私はアルベルト殿下へ言った。
「おめでとうございます」
けれど殿下は、そのたびに首を傾げるだけだった。
この地に来て、三年の時が経っていた。
ある日、突然アルベルト殿下に抱きしめられた。
「分かった。やっと謎が解けた。君だ。エリシア嬢。君の力だったんだ」
「私の力、ですか?」
「私と君が巡った場所が、少しずつ変わっていたんだ」
「それは、殿下の改革が良かったのではないですか」
「違う。君なんだ。君の聖女の力なんだ」
「え……私に聖女の力はありません」
殿下が私の肩を両手で押さえ、まっすぐに見つめてきた。
私の鼓動が早くなるのを感じた。
「エリシア嬢。君の力は癒しの力ではなく、 豊潤(ほうじゅん) の力なんだ!」
「豊潤の力とは?」
「私にも分からない。私が名づけた」
「殿下が……?」
「ああ。土を改良し、水を清め、作物の成長をうながす力だ!」
殿下の声は熱を帯びていた。
「そう考えれば、すべてが納得できる。私がどれほど頑張っても、岩場を田畑にはできない」
「でも……」
「エリシア嬢。君の力なんだ」
殿下は言い直すように、強く告げた。
「いや、君は、豊潤の聖女エリシアなんだ!」
「私が、豊潤の聖女……殿下の勘違いです」
「間違いはない。あと数年で、この国は貧困の国ではなくなる」
殿下は私の手を取った。
「父と私の悲願をかなえてくれた。豊潤の聖女エリシア様。ありがとう」
私は首を振った。
「豊潤の聖女エリシアなどという名前は嫌です。私は、ただのエリシアです」
突然、殿下がひざまずいた。
そして、私を見上げた。
「エリシア。もう一度、君に告白させてくれ。僕と結婚してほしい」
私の心臓は破裂しそうだった。
顔が真っ赤になる。
でも、私の心は強くなっていた。
「はい」
それでも、この一言しか言えなかった。
☆
父のベルグラント王国は、父と妹と貴族たちの散財で乱れていた。
そこへ、私の噂が届いた。
豊潤の聖女エリシア。
殿下と同じように、私の力に気づいた人がいたのだろう。
荒れた土地を豊かにして、恵みを人々に与える力。
ルミエール国には、贅沢にふける貴族もいない。
重い税をかける王もいない。
民を見捨てる神殿もない。
誰かが吐き捨てた。
「豊潤の聖女エリシア様を、王は閉じ込めていたのか」
別の者が言った。
「国の恥と呼んでいたのは誰だ」
「恥は王ではないか」
「癒やしの光が出ないから偽物だと?」
怒りは市場から広場へ、広場から村へ、村から王都へ広がった。
国を豊かにできる力があった聖女は、城の奥に閉じ込められていた。
その事実が、今までの民の怒りに火をつけた。
怒りは王都を飲み込んだ。
「民を救える聖女を閉じ込めた王を許すな!」
「私たちを虫けらのように扱う者たちを許すな!」
「国の恥は誰だ!」
「恥は王だ!」
「恥は国だ!」
民は城門へ押し寄せた。
兵士たちは剣を抜けなかった。
彼らの家族も重税に苦しんでいた。
城門は破られた。
王城に火が放たれた。
ロザリアのために建てられた新神殿にも火が回った。
金箔の柱が燃えた。
聖女の像が倒れた。
ヴィクトール王は玉座の間で叫んだという。
「私は王だ!」
だが、民はもう止まらなかった。
王冠は火の中に落ちた。
その瞬間、ベルグラント王国は終わった。
ロザリアの姿は、混乱の中で消えた。
逃げたのか。
燃えたのか。
誰も知らない。
ただ、神の生まれ変わりと呼ばれた聖女は、その日を境に民の前から姿を消した。
☆
ベルグラント王国滅亡の報せが届いた時、私は麦畑にいた。
青い麦が風に揺れていた。
使者の話を聞いても、私は言葉を出せなかった。
悲しくないわけではない。
あの国は私を閉じ込めた。
名を奪った。
国の恥と呼んだ。
それでも、私が生まれた国だった。
人々には、何の責任もない。
アルベルト殿下が、私の肩を抱いてくれた。
「私と君で、ベルグラント王国を救いに行くのはどうかな」
「はい。私たちにできることをしましょう」
ベルグラント王国は、アルベルト殿下と私を受け入れてくれた。
そして今は、アルベルト国王と王妃として、小さな城で暮らしている。
私たちにも子供が生まれた。
六年もの間、私のお腹の中で元気に暴れていた子たちだ。
生まれたのは、双子の姉妹だった。
アルベルト国王は、二人を見ながら言った。
「この子たちは、どんな力を持っているのだろう」
「私は、この子たちを聖女として育てるつもりはありません」
「私もそのつもりだよ。でも、楽しみなのだ」
アルベルト国王は優しく笑った。
「王妃のように、民を幸せにする力があれば、他の国も豊かにできるからな」
「楽しみにするのは構いませんが、二人の幸せを優先してください」
「分かっている。君は強くなったな」
「はい。母となりましたから」
空には鳥が飛んでいる。
私はその鳥を見上げて、笑った。
この子たちには、自由に飛べる翼をあげよう。