軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【ぼくらのアルコール戦争(後編)】

ミネルヴァの談話室で、ロザリー・ヴェルデは黙々と茶の用意をしていた。

食器を並べ終えたら、中央の大皿に手製のスコーンを並べる。この手の物は作り慣れていないのだが、今日はまずまずの出来栄えだった。綺麗に膨らんだし、焼き色も悪くない。

こんなところかしら、とロザリーが机を眺めていると、談話室の扉を乱暴に開ける音が聞こえた。

振り向けば、あちらこちらに包帯やらガーゼやらを当てた、傷だらけのルイスと目が合う。

いつもパサパサの短い栗毛はいつも以上に乱れて、あちこちに跳ね、灰紫の目はギラギラと剣呑に輝いていた。控えめに言って近寄り難い。

すれ違った人間に見境なく殴りかかりそうな雰囲気を漂わせている。そんな不良の登場に、談話室で談笑していた生徒達は、そそくさと部屋を出ていく。それを横目に眺めながら、ロザリーは椅子に座った。

ルイスはズンズンとロザリーに近づくと、さも当然のようにロザリーの向かいの席に座る。

ロザリーは自分のカップにだけ紅茶を注いだ。

「貴方の大事な大事なお酒は、取り戻せたのかしら」

「……見りゃ分かんだろ」

「満身創痍ね」

全身擦り傷だらけのルイスだが、一番酷いのは右手だ。包帯がぐるぐると巻かれている。

おおかた、ラザフォード教授にやり込められたのだろう。

雑に巻かれた包帯は後で巻き直してあげようと密かに思いつつ、ロザリーは紅茶を一口啜る。

するとルイスが左手をポケットに突っ込み、何かを取り出してロザリーに差し出した。

「やる」

「……?」

ルイスの手のひらの上にあるのは、髪を留めるピンだ。だが、昨日ルイスがロザリーの髪から抜き取ったピンとは違う。

ロザリーのピンは何の装飾もない質素なピンだったが、ルイスが差し出したピンは花を模した繊細な細工が施されていた。

日雇いの仕事で得た収入は、ほとんど食費と酒代に消えるとボヤいている苦学生のルイスが、こんな買い物をするなんて……とロザリーは目を丸くする。

「どういう風の吹き回し?」

ロザリーの疑問の声に、ルイスは気まずそうに目を逸らした。

そしてしばしの逡巡の末に、彼は口の中でボソボソと呟く。

「ラザフォードのジジイに聞いた。お前の父親、七賢人の……〈治水の魔術師〉なんだろ」

ルイスの言う通り、ロザリーの父親は〈治水の魔術師〉と呼ばれる七賢人だ。

〈治水の魔術師〉の名が示す通り、ロザリーの父は国内の治水事業を安定させた他、上下水道の発展にも貢献している。

今、リディル王国内で水道が普及しているのは、ロザリーの父のおかげと言っても過言ではなかった。

それなのに、昨日ルイスはロザリーにこう言ってしまった。

水道なんて信用できるか──と。

「……悪かった」

あのミネルヴァの悪童が、唇を尖らせて気まずそうに謝るなんて!

(貴重な光景ね)

ロザリーはしみじみとそんなことを思いながら、ヘアピンを受け取る。

可憐な花を模したピンは、地味で冴えない容姿の自分には分不相応な装飾品だ。

それでもロザリーは、ルイスの謝罪をしっかり受け取ったという意思表示がしたかった。だから、受け取ったピンを己の髪に挿す。

「素敵ね。ありがとう」

ロザリーが淡く微笑むと、ルイスは照れ隠しのようにスコーンを掴み、大きな口を開けてガブリと齧る。

「……変わったパンだな」

「スコーン。パンよりもビスケットに近いわね。真ん中で二つに割って、ジャムを塗って食べるのよ」

「口ん中がパサパサする」

ロザリーは空のカップに紅茶を注ぎ、ルイスの前に置いた。

ルイスはしかめっ面でティーカップを睨んでいる。やはり、水道から出てきた水に抵抗があるのだろう。

「煮沸した水を使っているから、心配しなくていいわよ」

「……いや、そうじゃなくて……」

ルイスはティーカップを持ち上げると、難しい顔でカップの水面を睨んでいた。

やがて覚悟を決めた様子でルイスは紅茶を一口飲むと、眉間に深い皺を刻む。

そうしてルイスはティーカップをソーサーに戻して呻いた。

「俺は、紅茶だのコーヒーだの、渋いモンとか苦いモンが苦手なんだよ」

ルイスは、スコーン用のジャムの瓶を手に取ると、スプーンでたっぷりとジャムをすくい、ティーカップにドボドボと投入する。

それをカチャカチャと乱暴にかき混ぜて一口啜り、ほぅっと息を吐いた。

その顔が、なんだかいつもより幼く見えて、ロザリーは密かに笑いを噛み殺す。

「お酒が好きなくせに、子ども味覚なのね」

「誰にも言うなよ」

「そうね、ミネルヴァの悪童の弱みを独占するのも悪くないわ」

そう言ってロザリーがスコーンを手に取り二つに割ると、ルイスも真似してスコーンを割った。

ルイスはスコーンにジャムを塗りたくりながら、何でもないような顔でボソリと呟く。

「お前にだから、言えんだよ」

「…………」

そういうのは、ずるい。

なんだか、自分が特別扱いされてるみたいではないか。

ロザリーは動揺を隠すように、カップを持ち上げ紅茶を啜る。

すると、お行儀悪くテーブルに頬杖をついていたルイスが、ニヤリと口の端を持ち上げて笑った。

「やっぱいいな、そのピン。似合ってる」

「………………」

「しばらく、それつけてろよ」

「………………」

「ロザリー?」

ロザリーは平静を装ってカップをソーサーに戻しながら「なんでもないわ」と硬い声で返す。

(……あぁ、どうか頬が赤くなっていませんように)

そんなことを胸の内で呟きつつ、ロザリーはスコーンを齧った。