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病弱な妹だって許せないことがある

作者: 高月水都

本文

わたくしは悪名高い病弱な妹――と言われている。

それは、評判のいい公爵令嬢がわたくしの兄の婚約者なのだが、その兄がわたくしが体調を崩しているからという理由で約束をすっぽかして、デートやお茶会。夜会すら公爵令嬢を一人だけで参加させているのだ。

うん。病弱なのは認める。事実だ。

兄の婚約者とは会ったことない。手紙はもらっているし、こちらも返事は出してはいるが、体調がいい時にしか書けないから五回に一回書ければいい方だ。

そんなわたくしでも自分の評判は知っている。

「リリ。病院に行くわ」

声を掛けるとすぐさま控えていたメイドがそっと上体を起こすのを手伝ってくれる。

主治医を呼んで往診をすればいいと思われるかもしれないが、病院までの移動で少しでも体力をつける方がいいと判断されて、わたくしも家にずっと居たら気分が悪いのでそんなやり方をしている。

「ありがとうリリ」

いくら病人のわたくしでも上体を起こすのは体力的に難しいのでやや長身のリリしかできない。リリが起こしてくれたら次は着替えを他のメイドがしてくれて、その間にリリは馬車の用意をするために部屋を出ていく。

「グレース。体調はどうだ? 病院に行くのなら一緒に行こう」

呼んでもないのにすぐに来るのは病弱な妹を案じて婚約者との約束をキャンセルする兄。

「いえ、大丈夫です」

毎回きちんと断るのだが、

「遠慮するな」

(今日は遠慮ですか……)

気にするな。妹が心配なんだ。

その三つのどれかを返されるので今日はどれでしょうかねと内心諦め気味で予想をして、そんな兄が無理やり馬車に乗り込む。

わたくしとリリ。もう一人の侍女。兄の四人で馬車に乗り、病院までの道のりを会話なく過ごしている。

途中、馬車の代わりに馬がいない車という乗り物が増えてきたからか何台かすれ違う。父が欲しいと言っていたが、馬車のような箱型が無く、病弱なわたくしが乗ったらすぐに風邪を引いてしまうと母に反対されている。

ちなみに兄の婚約者の公爵家は馬車と車、両方保持していると兄の婚約者が手紙に書いてくれて、移動時間が馬車よりも早いとのことでお土産として身体にいいと言われる薬草を新鮮なうちに届けてくれたことがあり、何とか一行だけ手紙で感謝を伝えておいた。

そんなことを思いだしているうちにあっという間に病院に到着すると、

「グレースの様子がどうなのか。先生に話を聞いてくる」

と告げて兄はどこかに消えていく。

今からその先生に診察してもらうにも拘らず。

「あれで“病弱な妹を気遣う兄”ですか……」

リリが呆れるのも無理もない。

病弱な妹を気遣う優しい兄………という名目で兄は毎回毎回毎回病院に付き添って、病院に到着すると姿をくらます。そして、診察が終わる時間に戻ってきて馬車でともに帰宅する。

どこで何をしているのか。

それも把握済み。

なんてことない。この病院に勤めている看護婦に入れ込んでいて、人目のないところで逢瀬を楽しんでいるのだ。

兄の婚約者には手紙を出して真実をお伝えしている。もっとも会ったこともない婚約者の妹の出した手紙よりも、何度も約束を反故にされるが会っている婚約者だと婚約者の方に軍配は上がるようで、兄の婚約者は兄の言いなりである。

「妹は俺に甘えて我儘になってしまってな。君相手にも嫉妬してこんな嫌がらせをしているんだ」

などという言葉を信じてしまっているのだ。

迷惑な話だ。

兄のせいで病弱な立場を利用して引き離そうとしている悪女呼ばわりされているなんて……。

まあ、でもそれも終わりだろう。

「リリ。――証拠は?」

診察が終わり、まだ兄は合流しない。

「しっかり集めました」

リリのやや低めの声が返事をする。

「なら、もういいわね」

今までなら診察に時間が掛かった。

診察をして、その後点滴をしてという流れだったが、点滴の時間が短くなってきて、後は体力をつければ回復するだろうとお墨付きをいただいた。

兄はわたくしが診察の後に点滴をしてそれに時間が掛かっているのを知っているからこそ好き勝手に出来たのだが、わたくしの体調が良くなった事実を知らない。

………わたくしと別行動をしているのをリリがこっそり跡をつけて証拠を集めていた事実も――。

リリはわたくしの診察と点滴の時間が短くなっているのも把握している。だけど、兄は把握していない。

「帰りましょう」

兄を置いて。

兄がどうやって帰宅するかは分からないが、帰ってきた時が決着だ。

「グレース。なんで俺を置いてっ……!?」

兄の文句は途中で途切れる。

わたくしが居ると言われて向かった応接室には兄の婚約者のネルフィナさま。そして、ネルフィナさまのご両親が居られるのだから。

ああ、もちろんわたくし達の両親も揃っている。

「な、な、な、んで………」

まさか、いるとは思っていなかったのだろう。しかもテーブルにはリリが集めてくれた証拠の数々。

「病弱な妹さんを置いて、どこに行かれていたのですか?」

にこやかに……それでも目が笑っていないネルフィナさま。その彼女の手元には最近発明されたカメラというその瞬間を写し出すという道具で撮影された写真。………看護婦とリネン室で口付けをしている決定的なもの。

「こんなもの信じるのか? 困ったものだ」

やれやれと悪戯をした婚約者を窘めるような口調。だけど、目は僅かに泳いでいる。

「困ったのはこちらですよ。まさか、妹を気遣う兄の顔でこんな不貞行為を行っているとは」

兄がネルフィナさまの話を聞いてわたくしを睨んでくる。以前手紙で兄の浮気を報告した後にわたくしに二度目はないと脅したが、それが通じなかったからこそ怒りを宿した視線を向けてくるのだろう。

わたくしを労わる兄の仮面がしっかり剝がれている。

「グレースっ!!」

怒りのままわたくしの首元を掴んで殴ろうとする。が、

「――やめろ」

リリが兄の腕を押さえて止めに入る。リリが止めに入ったことで両親が今更気付いたように動きだして、わたくしを助け出す。

「遅くなってすまない」

首を押さえられたのが苦しくて何度も咳き込んでいるわたくしを案じるように覗き込んで謝ってくる。リリが悪いわけではないと涙目になりながら首を横に振る。

兄はこれはグレースがやったことだ。俺は何もしていないと必死に喚いているが、ここで 病(・) 弱(・) な(・) 妹(・) に暴力を振るった時点で兄の言葉は無視される。

以前病弱なわたくしが兄を独り占めしたいから嘘を言っていたという話はもう誰も信じないだろう。

兄は自室に強制的に連れていかれ、婚約は兄の有責で破棄となった。だけど……。

「婚約が破棄とはいえ、我々の共同計画をとん挫するわけには……」

「この計画をするための婚約で、中止となったら働き口が出来たと喜ぶ民たちが路頭に迷うことになるだろう……」

それぞれの父親が途方に暮れたように告げると、

「お父さま。その婚姻による契約、わたくしで構いませんか?」

「グレースっ⁉ だが、お前は病弱で……」

「今日の診察で後は体調を整えれば、3年後には健康になれると言われました」

病院までの移動など、僅かながらの体力づくりの結果や以前いただいた薬草の影響で身体はよくなってきた。

「………そうか。お前はどうする? リ(・) リ(・) ッ(・) ク(・) 」

公爵さまに尋ねられたリリー――リリックはメイドの格好のまま。

「僕も構いません。姉を蔑ろにしていると怒りのあまり文句を言いに行ったら証拠集めに協力してほしいとメイド服を着せて来たグレースのことが気に入っていますので」

病弱なわたくしを気遣うふりをしていた兄と違って、姉を大事にしていたリリはわたくしに文句を言いに突撃してきた。

そんなリリを巻き込んで兄の浮気の証拠を集めた。

姉のためとはいえ、わたくしの無理難題に応えてくれたリリのことは…………将来を共に過ごす相手として居てもらいたい。

リリが同じ気持ちなら嬉しい。

「子どもに関してはわたくしが産める保証がないのですが……」

「その場合わたくしの子を養子にすればいいのでは?」

婚約は白紙になったが、相手は探せばいくらでも見つかると公爵令嬢が微笑む。

その言葉に背中を押されて、わたくし達は婚約の運びとなった。

で、後日。看護婦と浮気をしていた兄は跡取りとして失格の烙印を押されて、領地で幽閉。もしもの時は兄の子供が領地を継ぐかもしれないのでそれ以上の処罰は出来ないが、子供を産んでも構わないという女性の準備はしており、兄はこりごりだと言われるまで搾り取られる予定だ。

そして、その兄の浮気相手の看護婦は勤務態度に問題があるということで病院を首になった。

その後は不明。

わたくしの健康管理をリリがしっかり行ってくれたことにより、結婚して5年後に無事に子供が出来るのはまだ誰も知らない――。