軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四話 勇ましき姫の雄叫びに、観衆は熱狂し

ざか、ざかっと、大地を蹴りつけ……。

びゅびゅうっと、風の壁を割りながら……。

わぁわぁ、っという観衆の熱狂の渦の中を、ひたすらに進む。進む。

吹き付ける風圧の強さに目を細めながら、ミーアは懸命に前方を見据える。

ゴール地点である星草の岩、そこへと至る坂道は、曲がりくねった過酷な道。

馬合わせの最終盤に訪れた過酷な坂道に、迷うことなく、東風は向かっていく。

ぐん、ぐぐんっ。体にかかる加速に、手綱から外れた手が天を掴むように高々と掲げられた。

「ふひゃああああっ!」

っと、ミーアの上げた気合の雄叫びに、坂道の両脇に詰めかけた観衆が、うぉおおお! と地鳴りのような声援を送る。

……雄叫びというか、実際には、落ちそうになって上げたただの悲鳴なのだが……。

ともかく、勇猛果敢に馬を駆り、坂道を駆け上がるミーアに、人々の興奮は高まる一方だった。

なにしろ、これは、まごうことなき番狂わせ。

誰がどう考えても、先に来るのは落露でなければおかしかったわけで……。それが、蓋を開けてみれば、やってきたのは異国の姫君だった。しかも、荒天の中、荒れた道を走破して、想定外の速さでゴール地点までやってきたのだ。

そんな姫君が、ラストスパートに合わせて、雄叫びを上げたのだ。

盛り上がらないわけがない!

しかも、である。

その後方からは猛然と、対抗馬が追いかけてきているのだ。

盛り上がらない、わけがないっ!

そんな濃密な声援の中を、東風は一心不乱に駆け抜ける。

ゴール地点が見えたこと、背中の重りが若干軽くなったことなどをきっかけに、まるで解き放たれたように、ぐんぐん、ぐんぐん加速していく。

大地を蹴る音が徐々に速くなっていき、ミーアは、懸命にその動きに合わせていた。

「くっ、と、東風、急にやる気になりましたわね」

駿馬、荒嵐を知るミーアにとってもその加速は驚異的だった。

なにしろ、坂道である。にもかかわらず、速度がほとんど落ちていないのだ。

力強く跳ね上がる脚、躍動するしなやかな首筋を見ていると、心強さすら覚えてしまうミーアであった。

「まぁ、いいですわ。あなたの速さにも慣れてきましたし、このままいきますわよ! 東風」

その声かけに、東風が再度、嘶いた。

けれど、そんなミーアの後ろから、ざか、ざかっと足音が近づいてくる。

雨上がりのぬかるみ、泥をはね上げつつ、落露がやってくる。

坂の入り口、その差はおよそ五馬身ほどだ。

「ようやく追いついた、ですの」

鼻の頭を泥で汚した小驪が、ミーアに笑みを浮かべた。

出発前は見惚れるほどだった、美しい仕立ての騎乗服も、ちょっぴりお嬢さま然としたすまし顔も今は鳴りを潜め、そこにいたのは、一人の馬好きな子どもだった。

ただただ、馬に乗って、速く走って、勝負して……それが楽しくて仕方ない、純粋な馬バカの姿が、そこにあったのだ。

「さぁ、勝負ですの!」

ぐいっと、頬についた泥をぬぐって、小驪が言った。

その無邪気で、楽しげな笑みにミーアは勝利を確信する。

勝利――そう、すなわち、最高の条件で負けること。それこそが、ミーアの当初のプランだ。

そして、それが達成された今となっては、ミーアは気楽になれた。

これで気楽に――勝負に挑むことができる。

「負けませんわよ! 小驪さん」

ミーアとて、別に負けるのが好きというわけではない。

たまには、純粋な勝負に興じてみるのも悪くはない、と気合が入る。

「さぁ、勝利して、美味しいキノコ鍋をいっぱい食べて、甘い乳粕酒で祝杯をあげますわよ!」

ちなみに、大切なもう一つの目標であった、運動をしてシュッとするほうに関しては、ぽーんっと記憶の彼方へと放り投げているミーアであった。

FNYからは簡単には逃げきれないのである。

まぁ、それはともかく……。

落露の接近を察知したのか、東風の耳がピクリ、と動いた。

けれど、その目はただひたすらに前のみを見据えていた。

雨で湿った坂道である。よそ見をするなど論外。堅実に、着実に、ゴールを目指すのみ。それが東風の走りなのである。

こうして二頭の馬は坂道に突入する。

上り坂に入ってなお、東風の脚は力強さを失ってはいなかった。さすがに、ペースが落ちた落露に対して、東風はほとんど速度を落とさない。体にかかる重さなど、一切感じさせず、まるで飛んでいるかのように、登坂をこなしていく。

それゆえ、駿馬たる落露との差は少しずつしか縮まらなかった。その差は、およそ四馬身。

これこそがテールトルテュエ種の力。

雨上がりのぬかるみも、大きな石が転がる山道も、上りも下りも、どのような荒れ地であったとしても……!

踏み越え、かまわず駆け抜ける強靭な脚。

苦境に歯を食いしばる――ことすらせず、いつもと変わらぬ走りで応えるタフネス。

帝国が誇るワークホースの名をいかんなく発揮する東風であった。

決して、落露に抜かれることなく、ミーアはついに最後の直線へと辿り着く。

天に伸びる急坂、その頂上にあるゴールを見上げる。

まるで、馬合わせの勝者を祝福するかのように、空には大きな虹がかかっていた。