軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十三話 一歩も引けぬ戦い

すっ、すっと、髪の上を櫛が流れていく。

鏡の中、自らの髪を丁寧に梳いてくれているアンヌに、ミーアは微笑みかける。

「ずいぶん、手際が良くなりましたわね。アンヌ」

「ありがとうございます。ミーアさま」

まるでベテランメイドのようにすまし顔で頷くアンヌ。ふと、鏡越しに目が合うと、二人は同時に吹き出した。

「でも、ミーアさまの御髪は、ブラシがかけやすくて、いつも助かっています」

「ああ、あの馬印の洗髪薬が良いのですわね。うふふ」

上機嫌に笑って、ミーアは、ふとお腹をさすった。

「ふぅむ……」

つい先ほどまで胃もたれをしていたように感じていたのだが……、どうやら、気のせいだったらしい。ミーアの元気なお腹は、早くも空腹を訴え始めていた。

よく食べて、よく寝る。ミーアは健康優良児なのだ。

――はて、朝ごはんはまだかしら……?

ミーアがお腹をさすり、さすり、していると、アンヌが、心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか? ミーアさま。やっぱり昨夜の宴会でお止めするのが遅かったでしょうか?」

「ああ。いいえ、ちょうどよかったと思いますわ。やはり、出されたものを残さず食べるのが礼儀ですし。その分、少々食べすぎたきらいはありますけれど……ふふふ、これも仕事のうちですもの」

「でも、そんなことを続けていたら、ミーアさまのお体が……」

「その分は運動によって補えばよいだけのこと。辛いところですけれど、いつもあるわけではありませんし、そういう時もあるという話ですわ。あ、そうですわ。よろしければ、後で、運動に付き合っていただけますかしら?」

いけしゃあしゃあと、もっともらしいことを言うミーアに、感動した様子のアンヌはグッと拳を握り締めて、

「もちろんです。お手伝いいたします」

気合の入った声で答えるのだった。

ミーアたちは、林族の馬龍とともに朝食の席に着くことになった。

目の前に出されたのは、騎馬王国伝統のスープだった。ぴりりとした香辛料の香りがなんとも美味しそうなスープには、白い小麦の生地で具材を包んだもの「白月包」が浮かんでいる。

――このお料理の中身は、確か羊肉とお野菜……それにキノコでしたわね……。ふふふ、騎馬王国のキノコがどんなものなのか、たっぷり味わってやりますわ!

騎馬王国に来るに際して、下調べを欠かさないミーアである。っと、

「よぅ。嬢ちゃん。昨日は、どうだった?」

馬龍が声をかけてきた。

「ああ……、馬龍先輩。ご機嫌よう。ええ、そうですわね」

ミーアは昨晩の風族の宴を思い出しつつ、ふぅうっとため息を吐いた。

「事前に研究してきたのに、見事にしてやられた、という感じでしたわ」

サンクランドで、騎馬王国の食材と出会った時、それがとても美味しいものだとはわかっていた。けれど……。

――侮っていたということかしら……。まさか、あそこまで油断して好き放題食べてしまうとは……。それで、蛇の巫女姫に醜態を見せる羽目になっては、目も当てられませんわ。

「そうか。やっぱり、嬢ちゃん、事前にいろいろ調べてきていたのか。さすがだな」

「もちろんですわ。事前情報は大事ですもの」

いかにミーアとて、騎馬王国のすべてを食べ尽くすことは不可能。ならば、なにとなにを食べるのか、なには絶対に食べておかなければならないかを調べることは大事なことだった。

「ともあれ、してやられましたわ。ここは挽回できるよう、今から考えておかなければなりませんわね……」

「……挽回できるのか?」

その問いかけに、ミーアは力強く頷く。

「無論ですわ」

ミーアには覚悟があった。

なにしろ、アベルの姉と対面するのだ。その前にシュッとすることぐらい朝飯前。

などと考え、すぐに首を振る。

否、そうではないのだ。そもそも簡単かどうかは、この際、問題ではないのだ。

問題は、やるか、やらないか、である。

一歩も引けぬ戦いが、そこにあるのだ。

――やはり、大事なのは運動ですわ。この騎馬王国で、美味しいお料理を前に食べないということは、ほぼ不可能。

ミーアは己を知っている。

なるほど、確かに食べる量を制限すれば、ある程度はシュッとするだろうが……、この騎馬王国において、そんなことができるわけがない。無理だとわかっているならば、その可能性は考慮すべきではない。

ならば、ミーアにできることはただ一つ。運動である。

――アンヌにもお願いしておきましたけれど、やはり効率的な運動が肝要。問題は、どのように運動するのか、ということですけど……。ううむ、難しいところですわ。

「そうか……。さすがはミーア嬢ちゃんだな。まだ、諦めてはいないってことか」

「無論ですわ。引くことのできない局面というのは、ございますもの」

アベルの姉との対決は避けがたい。であれば、やるしかないのだ。

そんな、気合の入ったミーアの目をまっすぐに見つめて……馬龍は大きく頷いた。

「わかった。俺も……できる限りのことをするつもりだが、嬢ちゃんは嬢ちゃんの判断で好きにやってくれ。うちの親父殿もある程度は合わせられると思うぜ」

「? はて……? まぁ、協力してくださるというのならば、ありがたいことですけれど……」

それから、ミーアは思わず苦笑いする。

「しかし、馬龍先輩は、相変わらず面倒見が良いですわね」

アベルの姉と出会う前に、シュッとしたいと思っているミーア。その手伝いを、こんなにも真摯な顔で手伝うと言ってくれる馬龍。

さすがにそれは、面倒見が良すぎるだろう、と苦笑いのミーアである。

一方、ミーアの指摘に、なにやら、おかしな顔をする馬龍である。

「そいつは否定できないとこだが、俺以上にお人好しの嬢ちゃんに言われると、ちょっと微妙だな」

小さなつぶやきは、けれど、ミーアの耳には届かなかった。

――でも、そうですわね。まずは、族長会議で火の一族とを仲良くさせないといけませんわね。運動はその後……。今は気にしないのが良いですわ。うん……。

かくて、運命の族長会議が始まる。

最後の十二部族会議と言われる、伝説の会議が……。