軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十三話 ベル、村をただけんがくする

一方、その頃、ミーアベルとシュトリナは、火の一族の集落を見学していた。

探検でも冒険でもなく、ごく普通に見学である。

といっても、そこまで変わったものがあるわけでもなく、二人の足は自然、群れを成している馬たちのほうへと向かっていった。

「うふふ、この前、馬に乗ったの、楽しかったですね。リーナちゃん」

ふと、先日の乗馬体験を思い出し、ニッコリ笑顔のベルである。

シュトリナも、嬉しそうな笑みを浮かべて、

「うん。すごく楽しかった。またベルちゃんと一緒に、遠乗りに行きたいな」

「そうですね。ここの問題が解決したら、またみんなでいきましょう」

と、一転、ベルは表情を暗くする。

「それにしても、ミーアお姉さまたち、大丈夫でしょうか。話し合い、上手くいっていればいいんですけど」

「ベルちゃん、心配?」

そう問われて、ベルは小さく首を傾げた。

「んー……、ミーアお姉さまがいて、ルードヴィッヒ先生がいて、ディオン将軍がいる。リーナちゃんもいるし、アベルおじ……王子も。だから大丈夫、と思ってますけど……」

なぜだろう……、ベルは、いつになく奇妙な胸騒ぎを覚えていた。

なにか良くないことが起こるような……そんな、嫌な予感がして……その時だった。不意に馬が、鳴き声を上げた。

「え……?」

「今のは……」

「行ってみましょう」

鳴き声を上げた馬は。すぐに見つかった。

それは、白い毛並みが美しい、一頭の仔馬だった。

そのそばには、火の一族の女性がかがみこみ、仔馬の前足を見ていた。

「あ……、あそこ、足が、腫れてます」

その仔馬の前足は、傷が化膿したのだろうか、かすかに膨らんでいた。

「ホントだ。折れてはないみたいだけど……」

二人の声を聞いて、仔馬の手当てをしていた女性が立ち上がった。

「傷口が膿んでしまったみたいなの。困ったわね……。すぐに薬草を取りに行きたいんだけど……」

と、年配の女性はため息を吐いた。

「手が足りなくって、なかなかすべての馬に目が行き届かないのよ。こんなことではだめなのに、馬たちに迷惑をかけてしまっているわ」

寂しげにつぶやく彼女に、ベルは、なんとかしてあげたくなって……、そばにいるシュトリナのほうを見た。それを受け、シュトリナは小さく頷くと、

「少しいいですか?」

女性に断りを入れてから、仔馬に近づいた。

そうしてシュトリナは、真っ白のハンカチを取り出し、薬瓶の中のペースト状のものを含ませる。

「それは?」

少し驚いた顔をする女性に、

「体に入った毒を浄化して、痛みをとるための薬草をすりつぶしたものです」

説明しながら、馬の足にそれを近づけようとして……、そこで、ベルが一歩仔馬に歩み寄った。

「大丈夫だよ、大丈夫。リーナちゃんに任せていれば、大丈夫だから」

そうして、仔馬の首筋を優しく撫でた。仔馬はシュトリナのほうに目を向けてから、すぐにベルのほうに顔を向け直し、そっと目を閉じた。

それを見てから、シュトリナは仔馬の足にハンカチを素早く押し当てる。

ひときわ高い鳴き声を上げる馬だったが、暴れることはなかった。

布が外れないようにしっかりと結び付けてから、シュトリナは女性のほうを見た。

「これ、少ないですけど、お薬です。二、三日塗り込めば大丈夫だと思います」

そう言って、薬瓶を手渡した。

女性は、きょとん、と目を瞬かせていたが、

「ありがとう。助かったわ」

優しい笑みを浮かべてくれた。

シュトリナは……、ちょっぴり気まずそうに頭を下げると、さっさとその場を離れてしまった。

「リーナちゃん」

追いかけてきたベルは、シュトリナの顔を見て、楽しそうに笑った。

「ふふふ。リーナちゃん、いいことしたんだから、照れなくってもいいと思いますけど」

「べ、別に、照れてなんか……」

などとブツブツ、何事か言っているシュトリナである。基本的に、まだまだ、いいことをしてお礼を言われるのには慣れないシュトリナであった。

「でも、ハンカチ、だめになっちゃいましたね」

ちょっぴり困り顔をするベルに、シュトリナはしたり顔で言った。

「心配しないで。まだ、何枚もあるから。ほら……」

そうして、ハンカチの束を取り出して見せる。

「わ。すごい! でも、どうして、何枚も持ってるんですか? リーナちゃん」

目をまん丸くするベルに、シュトリナはにっこにこで答える。

「もちろん、ベルちゃんがケガしてもいつでも手当できるように、たくさん持ってるのよ」

「……え?」

「リーナ、お友達の性格はちゃーんと知ってるんだから。ベルちゃん、冒険とか探検とか好きでしょう? ふふふ、安心して。ベルちゃんがケガをしてピンチの時にも助けてあげるんだから」

そうして、可憐な花のような笑みを浮かべるシュトリナである。

「えへへ、ありがとうございます。リーナちゃん」

ベルも、そう微笑もうとして……、ふと、胸に疼きを覚える。

それは、ベルの中に生じた、小さな罪悪感。

自分は、お友だち――たった一人の親友に大きな秘密を持っている。

それはもしかしたら、自分がこの世界のことを、いつか去る夢の世界だと思っていたからではないだろうか。それは、屈託のない笑顔で、自分をお友だちと言ってくれるシュトリナに対して、とても不誠実なことをしているような、そんな気がしてしまって……。

――リーナちゃんの気持ちに、応えられてない。

それが、なんだか、すごく嫌だったから……。

ベルは、そっと顔を上げる。

もしも、この世界でずっと生きていくのなら……、自分の秘密を打ち明けることが、第一歩になるのかもしれないと思ったから。

――この世界に責任を持つということ……。

今までは、ただのお客さんのつもりだったのだ。いずれ去ることになる世界。いつかなくなってしまう夢。だからこそ、楽しいだけでいいし、いつでもいなくなれるよう、できるだけ繋がりを作らないようにしてきた。そのはずだったんだけど……。

それじゃあ、ダメだと思ったのだ。

尊敬する祖母、ミーアのように自分も精一杯生きて、決して簡単にはあきらめずにしがみつこうと、決めたのだ。

それは、つまり、繋がりを作るということ……、この世界に責任を持つということなんだって……そう、思った。だから、

「ねぇ、リーナちゃん」

ベルは、ちょっとだけ勇気を出して、一歩を踏み出した。

「どうかしたの? ベルちゃん」

「お話したいことがあるんです……」

声を潜めて、ベルが言った。

「とっても大事なこと……ボクの秘密をお話ししたくって……。帝国に戻ったら、聞いてくれますか?」

「ベルちゃんの、秘密……」

シュトリナは眉をひそめていたが……、

「うん。わかった。それじゃあ、帝国に戻ったら……」

と、その時だった。

「アベルっ! ちょっと、お待ちになって!」

ミーアの、少し慌てたような声が辺りに響き渡った。