軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十八話 ルードヴィッヒ、考察する

「自分の為すべきことを認識するのは大切なことだ」

その場所で、組織で、人間関係の中で自分の役割をしっかりと認識し、持てる力のすべてをもって為すべきことを行う。

それが叶った時、人は、疲労感にも増した達成感を得るものであると、ルードヴィッヒは、そう考えていた。

そして、帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンの臣下というのは、それを見出すのがなかなかに難しい立場だと、常々彼は感じていた。

なにしろミーアという人は、その知恵においては言うに及ばず、道義的な面においても、まず、非難のしようのない人物である。知恵者であり人格者でもあるという、ある種の完璧な超人である彼女のもとにあっては、下手をすると自分などいてもいなくても同じということになりかねないわけで。

知恵が足りぬなら、適切な助言をすればいい。道義的間違いを犯すなら、臆せず諫言を呈して正せばいい。

だが、道義的には文句のつけようもなく、極めて合理的な判断を下す者に、果たしてどのような助言ができるだろう?

ミーアのもとで働くようになってから、ルードヴィッヒは、いつでも「自分に求められる役割はなにか?」と考えるのが癖になっていた。

そんな彼にとって、先ほど、ミーアが視線を送ってきた意味を察することは、容易なことだった。

そして、今、自分がなにを求められているのかを察することも。

――なるほど。このメンバーであれば、たしかに俺が言わなければならないだろう、ミーアさまの代理として。

ルードヴィッヒは納得し、軽くメガネの位置を直した。為すべきことのために、自身の力を尽くせることは幸せなことだと、改めて噛みしめる。

さて、ミーアが求めていることはなにか? それは、端的に言えば「客観的なメリットの提示」である。

言い方を変えるならば、火の一族の族長、狼花を「納得させるための理屈」ということになるだろうか。

善意や情によって差し出された助けの手を取るのは、勇気がいることだ。それは相手の気まぐれで、いつ引っ込められてしまうかわからない、なんの保証もないものだからだ。

しかも、それは悪意を含ませやすいものでもある。少しでも知恵の働く者であれば知っていることだ。上手い話には裏がある、ただより高いものはない。

自分にとって都合がよすぎる話には、警戒してあたるべき、と考えるのは当然のことだった。

――だからこそ、支援する側の合理的利点を説けとおっしゃっているのだ。

狼花に気付かせることが必要だった。仮に狼花が気付いていても、こちらがその利点を認識していることを知らせることも必要だった。

もちろんミーア自身も、その利点を把握しているだろう。場合によってはルードヴィッヒ以上に正確に推察しているだろう。

されど、ミーアがそれを口にするのはまずいのだ。なぜなら、ミーアと慧馬を繋ぐものは、利害の一致ではなく「友情」だからだ。

昨夜のことを、ルードヴィッヒは思い出す。

「やめにしませんこと? そういう、どうでもいい話は……」

ミーアは、はっきりとそう言ったのだ。

では「どうでもいい話」とはなにか?

火の一族の重鎮の自己紹介のことだろうか? 否、そうではないだろう。そんな無礼なことをする人ではないし、もしそんなことを言うようならば、諫めなければならないところだ。

自身がミーアにお説教する場面を思い浮かべ、ルードヴィッヒは少しだけ不思議な気持ちになる。

そんなことは絶対にあり得ないはずなのに、どこか懐かしさを感じてしまって……、思わず苦笑い。

それから、改めて思う。

――ミーアさまがなにを「どうでもいい」と言ったのか……、それは、狼花殿がしようとしている「話の内容」ではなく「自己紹介をしなければならないという常識」あるいは礼節だ。

ミーアは、大国の姫として受ける過剰な礼節を、どうでもいいと言ったのだ。

この場に来たのは、そのような礼を受けるためではない、と。慧馬という友人のために、友情のゆえに来ただけだから、姫に対するような礼節など不要と……。

そのようなことを言いたかったのではなかったか?

――ミーアさまは、一人の友として、この問題に関わることを望んでおられる。

ルードヴィッヒはそう認識する。

であれば、ミーアが利害を口にすることはできない。それは、友情という繋がりを濁らせる。ミーアは、それを望まないということだろう。

利害関係の一致は、納得しやすい反面、壊れやすくもある。利害の不一致、合理的判断によって、簡単に状況は覆ってしまうからだ。

けれど、感情による判断はしばしば理を超える。

保証がない反面、なんの利益がなくとも助けをもらえることがある、それこそが友情という繋がりなのだ。

だからこそ、ミーアは慧馬との繋がりをその形にしておきたかったのだろう。

――いや、その考え方もまた理に偏りすぎているな。ただ単にミーアさまの個人的資質からくる判断かもしれない。

自身の主の少々お人よしの面を思い出し、それを好ましく感じている自分を認識して、ルードヴィッヒは再び苦笑を浮かべる。

――それはともかく、同じことが馬龍殿、ラフィーナさまにも言えるだろうな。

馬龍は同胞の情、ラフィーナは信仰のゆえ。それぞれに助ける理由はあれど、そこに利害を絡めることで、濁りが生じてしまう。

それゆえに、火の一族を助ける利点を、客観的に説明する者が必要となる。

――つまりは、それこそが俺に求められている役割、ということか。

ルードヴィッヒは自身の果たすべきことをきちんと意識しつつ、そっと声を上げる。

「ミーアさま、よろしいでしょうか?」

ミーアは、一瞬、考えるように黙り込んでから、

「ええ……。それでは、お願いいたしますわ」

すべて任せた、というように深々と頷いた。

それが、全幅の信頼のように感じられて、少しだけ嬉しくなってしまう。

――うぬぼれが過ぎる、かな……。

気持ちを切り替えるように、メガネの位置を直しつつ、ルードヴィッヒは息を吐いた。

そうして、改めて、その場のみなに視線を注ぐのだった。