軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十三話 うーん! もう一枚!

「火……ということは、やっぱり、失われた火族の末裔か?」

慧馬の名に反応を示す馬龍……だったが、当の本人である慧馬は、つーんっと顔を背けるのみだった。

「ええと、慧馬さん? あなたは、騎馬王国の失われた一族? の火族の方なんですの?」

仕方なく、ミーアが聞いてやると、

「ああ、そうだ。我は、騎馬王国第一の部族、火族が長、 火 星馬(カ・セイマ) の末裔だ」

ドヤァっと胸を張る慧馬。それから、さらにクッキーをドヤァっと頬張る。

「だが、その誇り高き火の一族が、なんで、盗賊なんぞやってるんだ?」

「それは……っ!」

再びの馬龍の問いかけに、一瞬、答えそうになった慧馬。だったが、すぐに言葉を飲み込み、プイッと顔を背けた。

ちらり、と馬龍に視線を向けられたミーアは、

――ふむ、これは……なかなか面倒くさいですわね。そして、このクッキー、なかなか美味しいですわ。

食べかけていたクッキーをサクリサクサクっと飲み込んで……。じんわーり、と舌に広がる濃厚なクリーミーな甘み……、コクのあるミルクの香りに、思わず、ううん、っと満足げな声をこぼしてから……。うーん! もう一枚! サクリサクサク……。うーんっ!

などと、無限ループに入りそうになり……、背中に向けられた、ディオンの生暖かい視線にハッと気付いて咳払い。それから、

「……なぜ、あなたのような誇り高き方が、盗賊などに身をやつしているのです?」

「我々を盗賊などという、恥知らずな集団と一緒にしないでもらおう。我々は、必要に駆られて仕方なくやっているのだ」

待ってました! とばかりに、慧馬が言った。

……そんなに、言い返したかったなら、意地なんか張らなければいいのに……などと思いつつ、ミーアはもう一つクッキーに手を伸ば……そうとしたのだが……。

「ミーアさま、食べすぎです。もう、十枚は食べてます」

アンヌが、険しい顔でお皿を取り上げた。

「ああ……」

「もとはといえば、今回の乗馬は、サンクランドでの食べすぎが原因だったはずです。もう危ない目に合わないためにも、少しお控えください」

「うう……」

いつになく厳しいアンヌ。その顔を見て、ミーアは、ぐっと我慢する。

――今日は、アンヌにも心配かけてしまいましたし……。くぅ、仕方ありませんわ。

忠臣の熱い、アツーイ心遣いに心の中で涙を流しつつ、ミーアは、慧馬のほうに視線を戻した。

「今年は例年にない凶作で、食糧が不足してしまったのだ。このまま飢えるに任せていれば、幼子や老人たちが死んでしまう。だから、我が戦える者たちを率いて、食べ物を得るために行ったのだ。そこらの悪党と一緒にしないでもらおう」

慧馬は悪びれる様子もなく、堂々と胸を張った。

「……エイブラム陛下との会談で聞いたのだけど、騎馬盗賊団の中には、村人に乱暴を働かずに、もちろん家や田畑を焼きもせず、ただ、食料のみを奪い取っていった者たちがいるそうよ」

ラフィーナが難しい顔で言った。それに頷いて、慧馬は続ける。

「我らは戦士。ゆえに、戦う意思を持たぬ者たちを殺めたりはしない。田畑を焼くなどもってのほか。食べ物が取れなくなってしまうではないか」

ふふん、っと鼻を鳴らし慧馬は腕組みする。

「座して死を待つことを潔いとは思わない。我々は命を賭して、戦い、奪い取ることを選んだ。それだけだ」

「それだけっつってもなぁ……」

馬龍がなんとも言えない顔で、ガシガシ、頭をかいた。

どんな理由があれ、略奪は略奪。村人に暴力をふるうようなことがなかったとしても、それが悪事であることには違いない。違いないのだが……。

「ふむ……、なるほど」

一方で、ミーアは納得の頷きを返していた。

なるほど、食べるものがなく、戦う力があったら、そういう選択をとることだって、十分にあり得るだろう、と……、帝国の姫たるミーアは思うのだ。

事実、帝国の末期において、他国を侵略し、食糧を奪うことは検討されたことがあった。

けれど、様々な事情から、それが実行されることは結局なかった……。

当初、派兵が検討された際、行先はペルージャン農業国だった。けれど、軍を持たぬ無抵抗の国に攻め込むことは、ヴェールガ公国をはじめとした諸国の不興を買う。そこまでする価値があるのかどうか……、と一部の文官が苦言を呈した。

……その頃には、まだ余裕があったのだ。

ガヌドス港湾国も、グリーンムーン家に代わる新しい担当者が上手くすれば食糧の供給を再開するはず。そうして、ある程度の兵站が確保できてから行動するのでも問題ないだろう。むしろ、そうしている間に、ペルージャンが悔い改めて、食糧供給が回復するかも……?

そんな甘い幻想にとらわれているうちに、内戦が激しくなり、軍が組織的な行動をとれなくなってしまったのだ。

今までだってずっと上手くできていたのだから、また元に戻るに違いない。今の危機さえ乗り越えれば……、と。その変化を一時期のものと考え、軽視して、対策を怠った。

その結果、軍事的な選択肢をとることができなくなってしまったのだ。

――今にして思うと、完全に蛇の手の上で踊らされておりますわね。蛇に手はないでしょうけれど……。

などと、蛇手的ならぬ蛇足的なことを考えてしまうミーアである。

さておき、どうせ、ヴェールガやサンクランドとの関係が悪化するならば、動かせるうちに軍を動かしておくべきだったのだ。国内の紛争で疲弊しきってしまう前に、動かしておくべきだったのだが……。

――ああ、でも、レッドムーン家も、派兵には反対の立場だったはず……。ルヴィさんも味方ではありませんでしたし……、となると、軍を動かしてどうにかするのも難しかったのかしら……?

つくづく帝国は、どうにもならない状況にあったのだと思わされるミーアである。

――しかし……ことはなかなかに複雑ですわ。

改めて、火族の問題を考えつつミーアは、ラフィーナ、アベル、そして、馬龍へと視線を移動させる。

状況が理解できているのか、三人とも非常に難しい顔をしている。

――これは火の一族がどこの国の民か……、それによって責任の所在が変わってきますわ……。

火の一族はもともとは騎馬王国の一部族だった。けれど、はるか昔に、その関係は断絶している。むしろ敵対的であると言って良い。となれば、騎馬王国の責任といえるかどうか……。

では、サンクランド、レムノ、ヴェールガの民かといえば、恐らくそんなことはない。

火の一族……彼らは、どの国にも属さない独立した民なのだ。

仮に、彼らがどこかの国に属しているのであれば、責任の所在は明白だ。彼ら自身にも罪はあろうが、彼らを飢えさせた統治者にも罪があるといえる。

あるいは、彼らが小国であると見做すならば、火の一族そのものに罪を問うことになる。

けれど、彼らが「国」としての責任が取れるかといえば、おそらく、それも難しく……。

――さて、どのように問題を解決するのやら……、まぁ、わたくしには関係ありませんけれど。

そうして、ミーアは気楽に、紅茶を一口飲んだ。

そう……、今回に関して言えばミーアは、もう文句なく、完全無欠の部外者である。

完全な外野である。面倒なことに頭を悩ます立場にないのだ。

ゆっくりお茶も楽しめようというものである。

――まぁ、あとは馬龍先輩がなんとかするでしょう。わたくしは、とっとと、羊バターの情報を収集して、帰るとしましょう。

などと油断していたのだが……。

お茶会が終わった時、馬龍が、静かに近づいてくるのが見えた。

「ミーア嬢ちゃん、ちょっといいか?」

「あら? 馬龍先輩、どうかなさいましたの?」

いつになく真剣な顔をしている馬龍に、首を傾げるミーアだったが……。

「すまないが、嬢ちゃん、慧馬と一緒にうちの族長に会ってもらえないか?」

その申し出には、わずかばかり眉をひそめた。

「林族の族長さんに、ですの?」

「ああ、あの様子じゃあ、あいつ、族長と話なんかしねえだろうが……、これはちょっと放っておけない問題みたいだからな」

そう言う馬龍だったが……、正直なところ……、ミーア的には大変気が進まないことだった。

ミーアとしては、羊バターさえ手に入れてしまえば、騎馬王国に行くメリットはあまりないわけで……。さて、どうやって断ろうかしら……? と思っていたところで、

「ところで、嬢ちゃん、甘いものは好きか?」

不意に、ミーアの耳をくすぐる、悪魔の囁きが聞こえてきた。

「もしも来てくれたら、お礼に、甘くてすごく旨い、とっておきのミルクをご馳走しようと思うんだが……。バターもチーズも新鮮なのがあってな、もしも来てくれたらお礼にご馳走するぜ」

「ほう……詳しく」

……まぁ、アベルが呼び出されてるのも気になるし……、などと胸の内で言い訳しつつ。

まぁまぁ! 騎馬王国の美味しいミルクがわたくしを呼んでいるみたいですわ! などと……、腹の内で、グルメ妄想をたくましくするミーアなのであった。