軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十四話 シオンの決断5 ~決着・重たい荷物~

剣を構え直すと、一転、アベルが攻めに転じる。得意の斬り下ろしを中心にした連続攻撃。けれど、それをシオンは受け流すことなく、剣で正面から受け止め、弾き返した。

衝撃に顔をしかめつつも、決して身を 躱(かわ) そうとはしない。

アベルの猛攻をしのぎ、その隙を突くのではなく、それを上回る猛攻で圧倒する。

「くっ……」

腕に、足に、斬撃がかすめて、アベルが顔を歪める。が、歯を食いしばり、逆に一歩を踏み出した。

「まだまだっ!」

ここで引けば押し切られる。否、それ以上に……、強さの格付けが済んでしまう。

力押しですら勝てないなら、自身がシオンに勝ちの目はない。

そう思いを定めて、前に出る。

「なめるなっ!」

アベルの気迫を正面から受け止め、シオンもまた一歩を踏み出す。

引けぬ戦いは、シオンもまた同じ。正面から、アベルとぶつかることを決めた時点で、シオンは引くという選択を捨てていた。引くことはすなわち、敗北。

そう心に定め、決死の一歩を踏み出す。

それは、技術を凌駕した純粋な力と力のぶつかり合い。激しく衝突する二人の王子を見て、ディオンは喝采を送った。

「おー、若いなぁ。お二人とも。小手先の技術を捨てた力勝負とはね。しかし、さすがだなぁ。シオン王子は。純粋な力押しでもここまで強いとは。剣の天才というのは伊達じゃないね。まぁ、青臭いけど」

そうディオンが評するのを聞きながら、ミーアは違和感を覚えていた。

――今日のシオンは、少し様子が違いますわね。

アベルの愚直さを、堂々と真正面から迎え撃つシオン。

どのような状況にあっても、涼しげで、余裕に溢れる表情を浮かべていたものだが……。今日の彼は、感情任せに、がむしゃらに剣を振っているように見えた。

その理由を考えれば、考えるほど、ミーアは混乱の渦中にはまり込んでいった。

実は決闘が始まってしばらくした頃には、こんなではなかった。

ミーアは、それなりに、思考を回復させ、

――ははぁん、なるほど。つまりは、みなの前でわたくしにフラれて見せるつもりですわね?

などと、きちんと予想すらしていたのだ。

アベルに勝って、そのうえでミーアにフラれるところを見せる。それによって、エシャールを励ます。そんなつもりなのだ……、などと推測して……。

――って、そんなことになったら、この場のみなの前で、わたくしがお断りしなければならないですわ! 大変ですわ!

なぁんて、慌ててもいたのだ。

この場に集った人々の前で、シオンのお誘いを断るのは、なんとも胃が痛くなる事態で……。

――くっ! サンクランドの城内で王子の求愛をお断りするのは、なかなかのプレッシャー。ぐぬぬ、シオンめ、また、わたくしに厄介な役を押し付けてくるつもりですわね! やっぱり、シオンはシオンですわ! ああ、もう、いっそのこと、アベルが勝ってくれたら楽でいいですのに。

などと考え、さて、シオンが勝った時にどう返事をしたものか……? 角の立たない言葉はなにか? っと、ぐるぐる頭を悩ませていたのだが……。

それも、戦いを見守るうちに少しずつ変化していった。

そう……、ミーアは察したのだ。

どうもいつもとシオンの様子が違うぞ? と……。

さらに、

「ミーア姫殿下、どうか、シオン殿下の剣を見守っていてください」

その声に振り返ると、すぐそばにキースウッドが立っていた。

「あんなふうに、感情を露わにするシオン殿下は初めて見ました。あれは、ミーア姫殿下のために、振るわれている剣です」

なぁんて、言われてしまったのだ!

シオンの一番の忠臣、キースウッドに言われてしまったら、もう間違いない。

シオンは、あいつは……。

――なにか大切なものを懸けて戦っている……。いえ、そうではなくって、シオンはわたくしを、アベルと奪い合っているのですわ……。

そう気付いた瞬間、ミーアは、もう、アベルがあっさり勝ってくれればいいとは思えなくなっていた。

もちろん、アベルには勝ってほしい。それは変わらない。でも……なんだかシオンにも……負けちまえ! とは思えなくなっていて……。

――わっ、わたくし、おかしいですわ。なぜ、このように胸が騒ぐんですの……?

ミーアは戸惑っていた。これほど、胸が高鳴ったのは……、あの断頭台に向かう時以来である。

そう……、それは、未だかつてない事態、前代未聞の事態。

ミーアが……、あのミーアがっ! 正真正銘のヒロインとして扱われている極めて稀有な事態だったのだ! 戸惑うのも無理からぬことである。

――こっ、これは……わたくしは、どっ、どうすれば? あ、アンヌ、アンヌはどこに……。ぐっ、ダメですわ! そばにベルとリーナさんが……。くぅ、こんな時に恋愛軍師に話が聞けないだなんてっ!

慣れない事態に混迷を極めるミーアの思考。そんな彼女を尻目に、戦いは続いていた。

一合、二合、三合。

剣が交わるごとに、二人の消耗が蓄積していく。

刃引きした練習用の剣とはいえ、打たれれば痛み、ダメージは積み重なっていく。

一歩も引かぬ猛撃の応酬は、二人の体力を確実に奪っていた。

そうして、互いの剣が折れ砕けるかと思われるほどの激戦の後、まるで息を合わせたかのように、二人は引いた。

「大したものだな。アベル……、本当に。失礼ながら、セントノエルに入学した当時を考えると、信じられないよ」

肩で息をしつつ、シオンは言った。

一方、アベルは手に握りしめた剣の状態を確認しつつ、そっと肩をすくめる。

「はは、ボク自身もそうさ。まさか、君とここまで打ち合えるようになるとはね。ボク一人では、絶対に来られなかった場所だよ、ここは」

「これも、ミーアのおかげか……」

「ああ、間違いなくね……」

「……そうか」

シオンは、かすかに瞑目してから、つぶやくように言った。

「やっぱり、俺は君がうらやましいよ。アベル」

口にして、シオンは初めて気付く。

――ああ、そうか……、俺は、アベルのことを、うらやましいと思っていたのか。

こんなことにすら気付かなかったなんて……、認められなかったなんて……。

――やはり、俺は……自分で思っているよりも、さらに不器用のようだな……。

剣を頭上高く振り上げるアベル。

どのような状況にあっても変わることない……それ以外のすべてを捨てたような剣。

その純粋さを、シオンはなによりうらやましいと思う。

――その一途さがあれば、あるいは……、俺もミーアに……。

思いを断ち切るように、シオンは剣を振るう。

「いくぞ、アベル!」

踏み出した刹那、脳裏を過るのは、父である王の顔、母である王妃の顔、弟、エシャールの顔、忠臣キースウッドの顔、ランプロン伯、宰相、様々な貴族たち、王家を頼る民の顔……そして。

――ああ……やっぱり、そうだよな……。

シオンは苦笑いして……、次の瞬間、アベルの斬撃がシオンの剣を弾き飛ばした。

決着の瞬間……。アベルの目は、ただ真っ直ぐに、シオンを見つめていた。

しかしシオンは……その目は……、どこか遠くを見ていた。

ただ一人の少女を思い続け、そのためだけに戦った者と、捨てきれなかった者……。

勝敗は、ここに決した。

弾き飛ばされた剣は、くるり、くるり、と宙を舞い……、硬い音を立てて床に落ちた。

その無機質な音は会場内を、衝撃の波紋となって駆け抜けた。

「……シオン兄さまが……負けた?」

呆然とつぶやきを漏らしたのは、エシャールだった。

それを横目で窺いつつ、シオンは膝をついていた。そんな彼の目の前に手が差し伸べられる。

「シオン……、君は」

手を差し伸べたアベルは、どこか苦しげな顔をしていた。それを真っ直ぐに見上げて、シオンは言った。

「“君は負けていない、まともに戦えば君が勝っていただろう”などと言って、この勝負を貶めるなよ、アベル」

アベルに、最後まで言うことを許さず、シオンは言った。

「俺は君と、大切なものを懸けて正面からぶつかり合い、そして敗れたんだ。そのことは、戦った相手である君にも否定はさせない……」

真剣な目でアベルの顔を見つめてから……、不意に、シオンは表情を緩めて、

「……ということにしておいてくれ」

小声で付け足す。

次の瞬間、焦った様子のエシャールが駆け寄ってくるのが見えた。

「兄上……」

「エシャール……。見ての通りさ。負けてしまったよ」

そう言ってシオンは、肩をすくめた。

「お前が考えているほどには、俺は完璧ではない。負けることだってある。こうして、大切なものを懸けた戦いであってもな」

「いえ、兄上、でも……」

もの言いたげなエシャールにシオンは首を振った。

「それに、お前は見たはずだ。アベルの剣が、俺の剣を凌駕するところを。彼は、確かに俺よりも弱かった。セントノエルに入学した時点では、俺は彼に負けるとは思っていなかった。それがたゆまぬ努力と鍛練により、俺を凌駕するところまできた。これが、お前への贐だ。エシャール。お前も、努力次第でどこまでだって、高みを目指すことができる。俺を目指す必要もない。お前はもっと高みを目指し、自らを鍛え上げればいいんだ。そのことを忘れずに、しっかりと励め」

「シオン兄さま……」

小さくつぶやきを漏らすエシャール。そんな弟を励ますように、あるいは茶化すようにシオンは笑みを浮かべた。

「もっとも、俺とておめおめと負けはしないがな。お前にも、そして、アベル、君にもだ」

視線を向けられたアベルは困ったような笑みを浮かべた。

「ああ、またやろう。次もボクが打ち勝ってみせるとも」

二人の王子が握手したのをきっかけに、会場内に拍手が響いた。

激戦を繰り広げた王子たちを、人々の称賛が包み込む。

そんな中、シオンは、ミーアのほうに向かい歩き始めた。