軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十八話 そのドレスの秘密……

ランプロン伯の客室にて……。

ミーアは、アンヌに手伝ってもらってパーティーの準備をしていた。

ちょっぴりきつめのドレスで、お腹がキュッとしたことで、ミーアの気持ちもキュッと引き締まった。瞳を閉じて、じっくりと確認する。

――昨日、ベッドの中でよくよく考えましたけれど、ちょっと状況が複雑ですわね。

ミーアはベッドの上で横になり、目を閉じてじっと考えたのだ。耳にした膨大な情報を、じっくり整理していたのだ……ちなみに人は寝ている時に、記憶を整理するものであるらしい。まぁ、だからどうした、ということもないのだが……。

さておき、そうして整理して、じっくり考えた結果、改めて思ったのは……、

――今回のこと、シオン自身に教えて、なんとかしてもらうのが手っ取り早いんですわよね。シオンとキースウッドさん、二人がいれば、そうそう毒なんか飲まされないでしょうし……。

ということだった。

現在、ミーアの手元には皇女伝だけでなく、シュトリナからの情報も届いている。エシャールに蛇が接触した可能性、毒を用いた暗殺計画。おそらく、あの二人のどちらも、その結論に行きつき、対処をするだろう。

だけど……、なぜだろう……、それは、ちょっぴり気が進まなかった。

――うーん、おかしいですわね。それが一番だってわかっているはずですのに、なんだか、それではダメな気がするんですのよね。なぜかしら……?

「あの、ミーアさま……?」

アンヌの声を合図に顔を上げる。いつの間にか、準備は終わっていた。

「ふむ、完璧ですわ」

立ち上がり、鏡の前で、くるりん、と一回転。それから、満足げに一つ頷く。

ミーアが身にまとっていたのは、かつて、新入生ダンスパーティーに着て行ったシンプルドレスだった。

ちょっぴり成長したミーアに合わせて、仕立て直したドレス、さらに、今回は頭にリボン、首にワンポイントのネックレス、耳にも小さなイヤリングを付けた完全装備である。

最後に、シースルーの優雅なショールを巻いて……。

「ご苦労さま。いい仕事ですわね、アンヌ」

「ありがとうございます。ミーアさま」

恭しく頭を下げるアンヌに、ミーアは小さく微笑みを浮かべた。

「あなたもすっかり、立派なメイドですわね」

「はい。もう、パンだって焼けますし、馬にだって乗れます」

「ふふ、馬に乗るのは、メイドの仕事ではないような気もしますわね」

そうして、二人は、小さく笑いあう。

「あの……ミーアさま?」

それから、アンヌは少し気遣わしげな顔で言った。

「なにか、気になることがあるのではありませんか?」

「あら? そう思いまして?」

「はい。先ほどから、沈んだ顔をされております。立派なメイドのアンヌにはわかります」

そうして、アンヌはおどけた顔をする。

「あら、うふふ、さすがはわたくしの専属メイドのアンヌですわ。すべてお見通しですわね」

「そうです。私はミーアさまの専属メイドで、なんでもお見通しなんです。だから、ミーアさまなら、きっと大丈夫だってこともお見通しです。それに、もしもなにかあっても、私たちがおそばにおります。だから、安心して、ミーアさまが正しいとお考えのことをなさってください」

グッと握りしめ、フンヌスっと鼻息を荒くして、アンヌは言った。

「いつだって、私はミーアさまの味方ですから!」

「アンヌ……」

自らの専属メイドの力強い激励に、ミーアは小さく微笑んだ。

「そうですわね……。わたくしも、頑張らないといけませんわね」

そんなミーアの顔を見て安堵したのか、アンヌは表情を緩めて、

「それでは、ミーアさま、私はベルさまとシュトリナさまのお手伝いをしてきますね」

「ええ。お願いいたしますわ。リーナさんはともかく、ベルはあまりドレスに慣れていないでしょうから」

「かしこまりました」

そうして、アンヌが出ていくのと入れ替わりに、エメラルダが入ってきた。

「ご機嫌よう、ミーアさま」

エメラルダは、大貴族に相応しい豪奢なドレスを優雅に着こなしていた。

緑を基調にした、フリルをふんだんに使ったドレス、ところどころに金糸を用いて、グリーンムーン家の家紋が刺繍されている。

ミーアは、その、しゅっと引き締まったお腹を見て……。

――ふむ、あれはコルセットですわね……。コルセットに違いありませんわ。コルセットであんなに締め付けてたらあまり美味しく食事ができないでしょうに……。お可哀想に……。

うんうん、と納得し、エメラルダを憐れんでいると……、

「あら、ミーアさま、そのドレス……」

エメラルダが、ミーアのドレスに目を留めた。

「ええ。これは、わたくしのお気に入りですわ」

このドレスを着ていると、楽しかった思い出が甦ってくるのだ。

――今日はアベルとダンスする機会もあるかしら……。うふふ、あの日の再来ですわね。

っと、ニヤニヤしていると……。

「もちろん存じておりますわよ。ミーアさまのお母さま……皇妃アデライードさまがお作りになったドレスですわね」

「……へ?」

ミーアは、首を傾げた。

「あの、それは、どういう……?」

「あら? ご存知ありませんでしたの? 我がグリーンムーン家に出入りしている仕立屋がそんなようなことを言っておりましたわよ? ミーアさまのお母さまが作られたものだから、仕立て直す時に緊張で手が震えたとか……」

「きっ、聞いておりませんでしたわ!」

「そうなんですの? アデライードさまの故郷には、母から娘に手作りの服を送るという風習があるとか……、そんな話も聞きましたけれど……」

「そう……なんですの?」

呆然とつぶやいて、それからミーアはしみじみとドレスを撫でた。

「これを、お母さまが……ああ、そうか。それで、お父さまは、あんなに喜んでおられたんですのね……」

ミーアは、新入生ダンスパーティーのことを話した時のことを思い出した。

あの時、なぜだか、大喜びしていた父のことを……。

「なに、そのドレスを?」

父から、ぜひに! と頼まれたミーアは、仕方なく新入生歓迎ダンスパーティーのことを話したのだが……。

「ええ。いいドレスで、わたくし、すっかり気に入ってしまいましたわ……あ、もちろん、最初はお父さまが用意してくれたドレスを着ようと思っておりましたのよ? ですけど、事情があって汚れてしまったので、こちらに着替えましたの」

言い訳がましくそう言うが……、父はそんなこと気にしちゃいなかった。

「おお、そうか……そうか!」

それどころか、なぜかものすごーく喜んでいたのだ。

「ミーアが、あのドレスを……、そうか」

それこそ、とろけそうな満面の笑みを浮かべて、喜んでいた。

――てっきり自分の選んだドレスを着なかったから、不機嫌になるものだと思っておりましたけれど……、どうして、こんなに喜んでるのかしら?

などと、ミーアは首を傾げるばかりであった。

さらに、若干、身長が(身長が!)伸びてサイズが合わなくなったと言うと、すぐに仕立て直し、いつでも着られるようにしてくれたのだ。

さらにさらに!

「ふむ……しかし、このドレス、少しばかり露出が……。ああ、そうだ。それに合わせたショールを用意しよう。よし、すぐに手配しようではないか」

さらにさらに、さらに!

「せっかくなら、このドレスに合ったアクセサリーも用意させよう。値段に糸目はつけぬ。大陸で一番の……」

「いえいえ、お父さま、それはなりませんわ。無駄づか……じゃない。えーっと……、そう! このドレスが目立たなくなってしまいますわ。ここは、控えめなアクセサリーを……、宝石とか、あんまり使ってないやつがいいですわね!」

「そうか? だが……」

「とっ、ともかく! アクセサリーはわたくしが選ぶので、お父さまは気にしないでくださいませ!」

「そうか……」

皇帝は、そう言ってから、なにやら、口をもごもごさせて……、

「ああ、ミーア、それでだな、その……、そのドレスは、な……」

「え?」

きょとりん、と小首を傾げるミーアに、父はゆっくりと首を振って、

「……いや、なんでもない。大事に着てやってくれ」

「……? ええ、それはもちろんですわ」

なぁんて、やり取りを思い出してしまうミーアである。

「お父さまったら、言ってくれればいいのに……。恥ずかしかったのかしら?」

思わず呆れつつも、ミーアは、そっと目を閉じる。

母の記憶は、ミーアにはほとんどなかった。けれど、ドレスの優しい手触りは、なんとなく懐かしい感じがした。

「ありがとう……お母さま。これからも、わたくしを守ってね……」

つぶやいた瞬間、しょうがないなぁ、と困った顔で笑う母の顔が見えたような気がして……。なんだか、母にお尻を蹴っ飛ばされた気持ちになったミーアは、キリッとした顔で、

「では、参りましょうか。お母さまの前で、無様な真似はできませんわ」

気合いを新たにするのだった。