軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十一話 ミーアベル、洗脳される 前編

「では、ベルさま、これが今夜の分の課題です」

そう言って羊皮紙を渡してくるルードヴィッヒに、ベルは小さく首を傾げた。なにか急いでいるような……、そんな印象を受けたからだ。

「あの、ルードヴィッヒ先生、どこかに行くんですか?」

可愛らしい問いかけに、ルードヴィッヒは苦笑をこぼした。

「先生はやめてください。しかし、そうですね。少し出かけてこようと思います」

と、そこで、ルードヴィッヒは首を傾げた。

「ところで、シュトリナさまは、どこに?」

「あ、はい。実は、リーナちゃんも出かけてしまいました。ボクだけお留守番なんです」

「そうなのですか……? ふむ」

ルードヴィッヒは一瞬考える。

同行している皇女専属近衛隊の者たちは、ミーアについていった者以外、この屋敷にとどまっていた。となると……。

「ディオン殿の姿が見えなかったが、なるほど。それでか……」

などと頷いていると、ふいにベルが話しかけてきた。

「あの、ルードヴィッヒ先生、もしよろしければ、ボクも一緒に連れて行ってもらえませんか?」

「ああ、そうですね……」

うなりつつ、ルードヴィッヒは検討する。

ここに残していったからといって、はたして、目の前の少女が素直に課題をやるだろうか?

誰も見張る者のいないこの状況で残していって……やるだろうか?

……正直なところ、サボる可能性が、かなり高いように思われた。

それに、彼女はミーアが大切にしている少女である。

近衛隊員を数名残していくとはいえ、決して味方ではないランプロン伯の屋敷に置いていくことは少し心配だった。

――それに、ベルさまにはむしろ、実地で、いろいろな政治的駆け引きを見ていただいたほうが良いのかもしれない。

ルードヴィッヒは、ベルがミーアの異母姉妹だとは信じていない。けれど、ベルには、どこかミーアの面影があるようにも見える。

恐らくは遠縁の者というのは、嘘ではないのだろう。

――加えて、ミーアさまの絶対の信頼と、イエロームーン公爵令嬢をはじめ、セントノエルでの人脈。恐らくミーアさまは、将来的にこの少女にもなんらかの役割を与えようとされているはず……。

思考の末、ルードヴィッヒは確認するように言った。

「ベルさまは、ラフィーナさまとも面識があるのでしたね?」

「あ、はい。ある意味で、因縁の相手です!」

腰に手を当てて、そんなことを言うベルに、ルードヴィッヒは首を傾げた。

「……因縁、ですか?」

「あ、いえ。その、とても仲良くしています。でも、どうしてですか?」

慌てた様子のベルに、ルードヴィッヒは、ふむ、と鼻を鳴らす。

「簡単なことです。これから行くのはラフィーナさまのところですから」

そうして、ランプロン伯邸を出たルードヴィッヒは、まず、王城、ソルエスクード城へと向かった。

ミーアに付き添っているアンヌと合流するためだ。

幸い、事前に声をかけておいたため、アンヌは城門のそばで待っていた。

「すまない。待たせてしまったか?」

「いえ、それは大丈夫ですけど、いったいどうしたんですか?」

不思議そうな顔をするアンヌに続いて、ベルもきょとんと首を傾げながら、

「そうです。ラフィーナさまに、なんのご用なんですか?」

「そうですね……。先ほど、ラフィーナさまのことを話題に出した時の、ミーアさまの表情が気になりました。なにか、まずいことを知られてしまったかのような……あのお顔が……」

ヴェールガの聖女、ラフィーナがこの国にいると聞いた時、ルードヴィッヒの頭にはある打開策が浮かんでいた。

ラフィーナの協力さえ得ることができれば、グリーンムーン公爵家とエシャール王子派という、反対勢力に対して揺さぶりをかけることができる。

――しかし、ミーアさまは、その選択をされなかった。なぜか……。

あの時のミーアの顔に、その答えがあるように、ルードヴィッヒには思えた。

ラフィーナがいるということを、ルードヴィッヒに知られることはまずいと思った。つまり、ラフィーナに協力を求めることは望ましくない、と……、ミーアは考えたのではないか。

だが、その理由がルードヴィッヒにはわからなかった。

ゆえに、そのことを確認しに行こうと考えたのだ。

話を聞いたアンヌは深々と頷いた。

「なるほど……。ミーアさま、お一人で抱え込んでしまうところがありますし……。確認したほうがいいと思います」

「はい、ルードヴィッヒ先生、質問があります」

と、そこで、ベルが手を挙げる。

ルードヴィッヒは思わず苦笑して、

「なんでしょうか、ベルさま」

どうやら、先生呼びに関しては、すでに諦めたらしい。

「ミーアお姉さまは、帝国の叡智。だからすべてのことを把握していて、必要なことはすべて指示していただけるのではないかと思うんですけど……」

不思議そうな顔をするベルに、ルードヴィッヒは、諭すような口調で答える。

「いいですか、よく覚えていてください、ベルさま。言われたことだけをやっていればいい、というのは怠慢だと、私は考えます。それはミーアさまの信頼をも裏切ることになるのです」

「信頼……?」

「そうです。ミーアさまが我々の同行を許されたということは、すなわち、そこに期待するものがあるということ。ベルさま、我々には思考することができる頭があります。それを使わずにいることは、怠慢であると私は考えます」

「……ミーアお姉さまに言われずとも」

ベルは、なにか思い至ったのか、小さく頷いた。

「それなら、わかります……。みんな、そうでした……。みんな……ボクのために……」

そのつぶやきの指す「みんな」が、誰のことなのかはわからなかったが……。

静かに顔を上げたベルに、ルードヴィッヒは、触れがたい高貴さを感じ取っていた。

まるで、人の上に立つ者のような……、その風格に、わずかに息を呑む。

「では、参りましょう」

そのベルの言葉に、ミーアに負けないぐらいの威厳を感じてしまうルードヴィッヒであった。