軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十六話 友=とも=親友?

――あれが、兄上のご学友……。帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーン殿下……。

エシャールは、心の底から驚いていた。

皇女ミーアの、その、泰然自若とした態度に。

父の謝罪を平然と受け入れたばかりか、その後、ごくごく普通に食事に移ってしまった。

――それにしても、すごいな。父上を前にして、あんな風に食事ができるなんて。

エシャールは、サンクランドから出たことはない。ゆえに、彼の世界とはサンクランド国内に限られる。そして、自らの父である国王は、サンクランドで最高の権威を持つ者だ。

そんな父と会食する者たちには、いつでも少なからず緊張があった。ランプロン伯や、伝統を重んじる貴族たちの間では、緊張以上の畏怖があった。

実子であるエシャールでさえ、たまに父の放つ気配に緊張してしまうことがあった。

――それなのに平然と食事してる……。心から食事を楽しんでるみたいだ。

そのことが、まず驚きだったのだが……、その驚きは次の瞬間、さらに大きなものになった。

「実は、我が家臣の中には、貴国が領土の拡張を狙い、戦争をするために糧食をため込んでいるのではないか、と考える者もいてな」

父の、大国サンクランド国王の剣呑な探り……、わずかばかり鋭さを増したその声を、ミーアは、

「のんきですわ」

の一言で、切って捨てたのだ。

戦争だなんて、のんきな話、と。

小揺るぎもせず、ただただ確信に満ちた言葉で。

――帝国の叡智か……。ランプロン伯は、まぐれだの偶然だのと言って、風鴉の一件を苦々しげに言っていたけれど……。

エシャールは、父の顔を窺う。そこに浮かぶのは好意と好奇心の色。

――父上は、高く評価されているのだろうな……。

これが兄、シオンが共に学んでいる友人。選ばれた者である兄が、その知恵を認め、褒め称える人。

その智謀の片鱗を見たエシャールは、思わず顔を歪めた。

胸に湧き上がるのは、苦い劣等感。じくじくと身を浸す暗い感情を持て余して、エシャールは小さくため息を吐き……、それから、会食の席に腰掛ける別の少女に目を向ける。

――そして、こっちが、僕の許嫁になる人……。

エシャールの視線の先には、緊張に固まっている少女の姿があった。

『ティアムーン帝国の四大公爵家、星持ち公爵令嬢といえば、王子殿下のお相手として申し分のない身分でございます』

ランプロン伯は、胸を張って豪語していた。

たしかに身分としてはこの上ない。エシャールもシオンが王位を継いだ後は、公爵の爵位をもらうことになるだろう。爵位的には釣り合いが取れている。

『年齢は十八歳と、少しばかり年上ではございますが、それでも素晴らしい相手ではないかと……』

なるほど、身分ある者として、世継ぎを産むことは大切な責務。その点、八歳の年の差というのはマイナスの要因にはなるのだろうが……、それでも政略のためには、しばしばそうした縁談が組まれることもある。

王族の縁談とはそういうものだと、エシャールは教育され、納得もしていた。だから、相手がだいぶ年上のお姉さんであることには特に思うところもないのだけど……。

おどおどと、慌てふためいた様子を見せるエメラルダ。緊張に身を縮こまらせる小心ぶりは、皇女ミーアと比べてしまうと、なんとも情けないものだった。

いや、さらに言うならば、その隣に座る少女、ティオーナ・ルドルフォンのほうが、まだしも堂々としているようにさえ見えてしまう。

帝国皇女はおろか、辺土伯の令嬢にすら後れを取る、その心の弱さに、エシャールは、なんとも言えない苦み走った思いを抱く。

――仮に、兄の縁談の相手であったなら……、あの人が選ばれるかな?

どうしても、そんなことを思ってしまう。兄の相手に選ばれるのは、きっと、あの皇女ミーアのような、知性と勇気に富んだ女性なのではないか、と……。

いけないことだとわかっていても、どうしても比べてしまう。

――やっぱり、兄上は……、すべてを与えられた人だ。僕では、とてもかなわない。

ふいに……、いつか言われた言葉が、頭をよぎる。

『なぁに、少し恥をかかせてやるだけですよ。完璧な人間には誰もついては来ないもの。これはシオン王子のためになることなのですよ』

耳元で囁かれた言葉が、するりとその心に忍び込んでくる。それは、まるで蛇のように。

『いらなければ、どうぞ、私と別れてからすぐにお捨てなさい。捨てることなどいくらでもできるでしょう? それはただの薬。軽い腹痛を起こすだけの、無害な毒にございます。持っていたところで、噛みつかれも襲われもしません』

甘く、優しい声色で……。エシャールの心を魅了する。

「我が友、エメラルダの縁談の相手が気になったからですわ」

その時、凛とした声が響いた。声のほうに目を向けたエシャールは、そこに輝く月を見た。

――あの人のことを友と呼ぶのか……。

おどおどと怯えるエメラルダの姿は、到底、帝国の叡智の友には相応しくないように思えた。にもかかわらず、ミーアは躊躇いもなく言った。

我が友の縁談の相手が気になるから見に来た、と。そのために、わざわざ足を運んだのだ、と。

エシャールの目に映るのは、選ばれた者の持つ余裕と、選ばれなかった敗者に対する哀れみ……。

ざりっと……、エシャールの心に異音が響く。

兄シオンと対をなすかのごとき、叡智の輝きを放つ少女。その光に照らし出されるのは、隠しようのない、エシャール自身の敗北感……。

『少し恥をかかせるだけです。そのほうがシオン王子のためになる』

甘い響きを持つ言葉が、いつまでも、彼の耳に響いて離れなかった。

――うう、も、もう駄目ですわ……。吐きそう……。

一方のエメラルダは、緊張の極致にあった。

サンクランド国王の雰囲気にあてられて、すっかり、その心は震えあがっていた。

食事など楽しんでいる余裕はない。自分がどこにいるのかさえ、見失ってしまいそうなほどの極限状態。黒い霧に包みこまれ、怖じ惑うがごとき心境に、今にも、倒れそうになっていた。

――ああ、もう、本当に、駄目かもしれませんわ……。

などと、弱音を吐きそうになった、まさにその時……、

「我が 親友(とも) 、エメラルダの縁談の相手が気になったからですわ」

その言葉が聞こえてきた。

思わず、エメラルダはハッとした。

「我が親友」と……、はっきりと、彼女の耳にはそう聞こえた。

――そうですわ。私は、ミーアさまのトモ……親友なのですわ!

その声に、目の前の霧が一斉に晴れたように感じた。

彼女は今まさに、自分が何者であるのかを思い出したのだ。

――背筋を伸ばしなさい、エメラルダ・エトワ・グリーンムーン。私は、帝室を支える星持ち公爵の長女として、そして、それ以上にミーアさまの親友として、無様な姿を見せることはできませんわ。

そうして、背筋を伸ばしたエメラルダは、改めて自らの縁談相手、エシャール王子に目をやって……。

――あら、可愛らしいお顔。それにとっても賢そうですわ……。まぁ、ボーっとして、照れてるのかしら。うふふ、とても可愛いですわ。でも、将来はきっとシオン王子に負けないぐらいイケメンになりますわ! 有望株ですわね!

……大変、調子が出てきた、面食いエメラルダなのであった。