軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

060 マギド・ゼブラス②

私の頭がまるで追い付かないまま、時間だけが容赦なく過ぎていく。

その間にも、マギド・ゼブラスは当然のように、私へ決断を迫ってきた。

「さあ、サキ。こちらに」

「ちょ、ちょっと待ってください……いきなり過ぎて……理解が追い付かなくって……」

「何も案ずる必要はない。貴殿はただ、私と共に 黒冥府(ニュクス・フロント) へと赴けばよい。何度も言うが、悪いようにはせん」

そう言いながら、マギド・ゼブラスがゆっくりと距離を詰めてくる。

……ダメだ、どうすればいいのか全然わからない。

まあ知力1なんだから当たり前なんだけどさ。

──このまま流されるのだけは、たぶん一番ダメだよね。

「ちょっと待ってくださいっ!!!」

反射的に私は大きな声を張り上げていた。

その瞬間、マギド・ゼブラスの足がぴたりと止まる。

──よし、一旦落ち着こう。ちゃんと考えよう。

えーっと、そもそも私が 黒冥府(ニュクス・フロント) に行かないといけない理由ってないよね?

向こうが「力が必要」とか「迎え入れたい」とか言ってるだけで。

それに、このままついて行ってしまえば、今度は向こうの本拠地だ。

そこで黒ギルドに参加しろ──マギドとかいうのになれ、なんて言われたら、今よりもっと断りづらくなるに決まってる。

もちろん、行ってみて、話を聞いてから決めるって考え方もある。

でもそれは、私の中に「黒ギルドに入ってもいいかも」って気持ちが、少しでもある場合だけだ。

──うん、決めた!

「すみません! 私、黒ギルドに入る気はありません! だって私、グランベルジュのみんなが大好きだし、なにより──」

私は大きく息を吸い込んだ。

「黒色ってあんまり好きじゃないんです!」

「いや言う順番逆やろ!? そこは溜めて『なによりグランベルジュが大好きなんです!』で締める流れやん!? なんで色の好みが勝つねん!?」

「結構大事ですよ!! 私、あんまり黒似合わないと思うんです。黒ギルドの制服、きっと黒ですよね?」

そう言ってマギド・ゼブラスの方を見ると、彼は黙って小さく頷いた。

「ほら頷いた! ですよね、黒ギルドなんだし! じゃあやっぱりお断りということで!!」

「ちょ、ちょっと待て……」

マギド・ゼブラスの戸惑ったような小さな声を置き去りにするように、今度はリンドールさんが会話へ加わる。

「色の好き嫌いで決める……というのは斬新ですわね。でも、言われて見ればサキさんに黒のイメージないですわね」

「ですよね!」

「まあ、確かに。制服の可愛さで職場選ぶみたいなもんか」

「ですです!」

「やったら、グランベルジュも可愛い制服作るんアリかもしれんな。これまではルルと二人やったから制服いらんかったけど」

「あ! それ面白いかも!!」

「色は選べるようにしたいですわね」

そんな感じでわーわーやってると、

マギド・ゼブラスがしびれを切らしたように口を開いた。

「……そういうわけにはいかない。貴殿には 黒冥府(ニュクス・フロント) へ来てもらわねばならん。……やむを得ん、実力で従ってもらうとしよう」

──ま、まさか、今度は私にもあの不可避の精神干渉を……!?

ぞくりと背筋が冷えた、その瞬間。

私を庇うように、すっと一人の影が前に出る。

──アルテミスだ。

「──アルテミス!!」

私の前に立ったアルテミスの横顔は、はっきりわかるくらい怒って見えた。

「……貴殿が何者かは知らぬが、邪魔だ──」

その直後、重たい沈黙が場を支配する。

息の詰まる一瞬──

きっと、マギド・ゼブラスがアルテミスにも精神干渉を仕掛けたんだと思う。

イッシキさんをあんなふうに変えてしまった、あの不可避の精神干渉を。

だけど……

「マスター、あの男、殺していいでしょうか」

「──!?」

まるで何もなかったかのように、アルテミスはいつも通りの声でそう言った。

「し、信じられん……! ラールセン以外に……こんなことが……」

その声には初めて、はっきりと狼狽が混じっていた。

どうやらマギド・ゼブラスは、自分の精神干渉が通じない相手なんて想定していなかったらしい。

狼狽えるマギド・ゼブラスに畳みかけるように、アルテミスは私の目の前から一瞬で消えると──

気が付けば、全身鎧の巨体が、片手で頭を掴まれたまま宙に吊り上げられていた。

か、兜ごとメキメキと軋んでる……どれだけ握力あるの、アルテミス……。

「ぐ、おおおおっ!!」

「貴様、マスターに手を出そうとしたな?……殺す。マジで殺す」

アルテミスの手に更に力がこもり、指先が食い込んでいく。

悲鳴みたいな金属音を立てながら、兜がみるみるひしゃげていった。

マギド・ゼブラスも両手でアルテミスの手首を掴み、必死に引き剥がそうとしている。

けれど、アルテミスの腕はぴくりとも動かない。

力の差がありすぎて、正直、抵抗になっているようにも見えなかった。

このまま放っておいたら、本当に頭ごと握り潰されてしまうんじゃ……。

「──ッ!」

次の瞬間、マギド・ゼブラスの脚が、凄まじい速度で跳ね上がった。

その一瞬で、足には色んな色の光が幾重にも走り、術式みたいな線まで絡みついている。

たぶん、魔法の力まで上乗せした、渾身の蹴り……なんだと思う。

そんな一撃が、アルテミスの身体へまともに叩き込まれる。

……のだけど、アルテミスは眉ひとつ動かさなかった。

「マスター、どうしますか。このまま殺すか、もっと苦しめて殺すか」

「いや殺さないで!?」

「えっ、殺さないのですか、マスター」

「当たり前だよ!? なんでそんな意外そうな反応なの!?」

「なるほど、殺さないという選択肢もありましたか。流石です、マスター」

「普通最初に出てくる選択肢だよ!? あとそんなので褒めないで!?」

……アルテミスはちょっと脳筋なところがあるね、うん。

でも、やっぱり一番頼もしい。

「──ということだ。命拾いしたな。マスターの慈悲に感謝しろ」

アルテミスがそう言った直後、凄まじい衝撃音が響く。

──遅れて、とんでもない突風が受付ホールを吹き抜ける。

私たちの髪や服がばさばさとはためき、思わず目を細めた次の瞬間──景色が変わっていた。

黒塔の壁には、さっきまで存在しなかった大穴。

そして、ついさっきまでアルテミスが片手で掴んでいたはずのマギド・ゼブラスの姿が、どこにもない。

「……あのー、マギド・ゼブラスは?」

「吹きとばしました」

「ええええええ!? い、生きてるんだよね?」

「……多分」

いやいや死んでないあれ!?

壁にすっごい穴空いてるよ!?

ここ一階だけど、穴の角度的に空に打ち上げたよね!?

「マギドなら、きっと生きていますわ。この世界のどこかで……」

「せや、マギドやし大丈夫や。……一応、手を合わせとこか」

──合掌。

って、それ死んでるやつじゃん!!

……そうだ、イッシキさんは!?

そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、私たちは一斉にイッシキさんの方を振り向いた。

「……一体、何が……」

イッシキさんは頭を押さえたまま、黒塔の壁に空いた大穴を呆然と見つめていた。

とりあえずイッシキさんは大丈夫そうで良かった……。

状況説明は後でしとかないと。

穴の修理費用とかも……要相談ってことで。

……いや、安心してる場合じゃない。

「あの、マギドって黒ギルドの偉い人なんですよね? 吹きとばしちゃいましたけど、大丈夫ですかね……」

「大丈夫か大丈夫やないかで言うたら、まあ、大丈夫ちゃうか」

「大丈夫なんですか!?」

「まあ正当防衛やしな。というか、あの感じやと遅かれ早かれ敵対しとったわ。……それより、ウチはゼブラスはんの言うとったことの方が気になるわ」

「五大ギルドがグランベルジュへの接触を図っている、でしたわね」

「それってつまり、五大ギルドみんなから狙われてる……ってことですよね……」

その言葉を最後に、受付ホールが沈黙に包まれる。

五大ギルドに狙われる──それがどれだけ大変なことか、実感が沸かないけど。

少なくとも、これまでみたいにのほほんと日々を過ごしていられる状況じゃなくなった……気がする。

──その張りつめた空気を、やっぱり最初にぶち破ったのはパンさんだった。

「よっしゃ! もうこうなったら、名実ともに巨大ギルドになるしかないで! 覚悟決めよか!」

「──え?」

「これまでみたいに、ギルドポイントを稼ぎすぎんようにして、こそこそしとっても潰されるだけや。やったらもう、ギルドポイントを大量に稼いで、戦力を整えて、地力をつけて、本気で五大ギルドに肩を並べるんや。簡単には手を出せないようにな」

「ええええええ!?」

今日一番の私の絶叫が、黒塔の壁に空いた大穴を通って、外へと気持ちよく吸い込まれていった。