軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十三話 サナーレ・テラペイア視点

全速力でシオンさんの背を追いかけ走っていた私達の行く手を阻んだのは、大小様々な太さの蔓が絡まりあった木型の魔獣だった。

足を止めて魔獣と対峙するシオンさんの後ろで兄貴やリェチと一緒に荒い息を吐きながら額を流れる汗を拭い、軟弱な自分の体に心の中でため息を零す。呼吸する度にひりつく喉とズキズキと痛む肺やわき腹に、体力のなさを痛感するばかりだ。

もっと強くなりたい。

師匠やセレナ様、それからマジェスタを出てから出会ったエルフのリエスさんやスコラさん、傭兵団の部隊長であるペイルさんや獣人の国の兵士さんだという女性達のように身も心も強く。

ドイルお兄様とも肩を並べていた女性達の姿を思い浮かべながらグッと顏を上げて進路を阻む敵を見据えれば、浅緑色の瞳と視線がぶつかりドクッと心臓が跳ねる。

四方に伸びる枝の上から私達を見下ろす、白衣を羽織った男性。

乱雑にまとめられた少し痛んだ黒髪も私やリェチと同じ浅緑色の瞳も、冷たい表情を浮べているその顏に見覚えはない。

「――ゼノス」

シオンさんが紡いだその名に聞き覚えはないし、初対面のはず。

なのにどうして。

懐かしい、と感じるのか。

不可解な感情だと思うのに、私の目は暗がりを照らす光に集う虫達のように吸い寄せられ、瞬きすら忘れて同じ色の瞳を持つその人を見詰めていた。

この状況下で、先ほど襲って来たのと同種だろう魔獣を従えているのだから、あの人は私達の敵であるに違いない。背中しか見えないけどシオンさんがあの男の人を警戒しているのが伝わってくるし、この先に進むために戦い倒さなければならない相手なのだろう。

そう、わかっているのに、あの人を目にしてから私の胸には駆け寄りたい、会いたかったという感情が広がっている。

……なんで?

わからない。

記憶にない知らない人だ。

なのに、この胸を焦がすような衝動はなんなのか。

「――ナ。サナ!」

理解しがたい自身の感情に混乱している私を呼び戻したのは、大切な片割の声だった。

耳に届いた聞き慣れた音によって呪縛から解き放たれたかのように私の目はこちらを見下ろしている男性から外れ、隣に居るリェチや兄貴を映し出す。

「大丈夫? サナ」

「ぼやっとしてねぇでいつでも走りだせるように準備しておけよ」

男性と対峙するシオンさんの方に体を向けたまま視線だけをこちらに寄越したリェチと兄貴の顔は立ちはだかる敵への緊張が滲み強張っているけれども、私を心配する二人の声はどこか柔らかかった。

こんな時に考えることではない気もするけど、針を構えて辺りを警戒している兄貴はもちろん、リェチも随分と男らしい顔をするようになったなと改めて思う。実際、親にも見分けがつかないと言われるほどよく似た顔であったはずなのに、最近は見間違えられることが減ってきていた。

成長に伴い男女の差が出てきたっていうのもあるんだろうけど、一番の原因はきっと内面の変化によるもので、私にはない覚悟をリェチが持ったからなのだろう。

――私も、頑張らきゃ。

炎槍の勇者様とドイルお兄様の戦いの観戦をした日から、リェチや兄貴の態度や行動が変わった。卒業の日が近づきアギニス公爵家でお世話になると決まった頃には、グレイの兄御に臣下の礼を取る時のドイルお兄様やジンの兄貴のような、主にすべてを捧げると決めているバラド様のような雰囲気を二人から感じるようになった。

私は、そんな二人の変化が怖くてたまらなかった。

取り残されていると明確に感じてしまい、不安で仕方なかった。

同じように皆と出会い、同じように日々を過ごしてきたはずなのに生じた片割れとの違いに動揺したし、覚悟のない私がリェチや兄貴と同じ道に進んでいいのか悩み、一人村に帰ろうかと考えたこともあった。

でも、ドイルお兄様もグレイの兄御もこのままの私でいいと言ってくれた。

覚悟ができるまで、守ってくれると言った。

私はそんな彼らの役に立ちたいと思ったし、同じ世界を見てみたいと思った。

――だから私は今、ここにいる。

理解しがたい自分の感情に頭を悩ましている場合ではないのだと自身に言い聞かせて、私は前を見据えた。どうにかこの場を切り抜けて、ドイルお兄様達と合流しないといけないからね。

また見入ってしまったらどうしようと少し不安に思ったけれども、木の上に居る男性へ視線を向けても、先ほどのように目を奪われることはなくてちょっぴりホッとする。相変わらず心は騒めいているけど、これなら大丈夫そうだ。

「大丈夫」

人知れず安堵の息を零したあと二人にそう応えた私は、兄貴の言う通りいつでも走り出せるように薬瓶が詰まった荷の肩紐をきつく握ると地面を踏みしめて足元を確かめた。

これで準備は万端。シオンさんから合図があってもすぐに走り出せる。

なんとなくソワソワするような、じわじわと不安に似た感情が滲み広がっていく感覚なんて私の気の所為。そうやって波打つ感情の理由を再び考え出さないようにしながらシオンさんへと意識を注げば、ハルバートを握る指先が白く色づくほど力を込め直している姿が目に映った。

「久しぶりだな、ゼノス。会いたかったぜ? お前にはウチを利用したツケをきっちり払ってもらわないといけねぇからな」

カチャリと微かに音を立てながらゆっくりと動き出したハルバートと共に投げられたシオンさんの言葉は険があり、込められたその怒気に背後に庇われている私達ですら思わず喉を鳴らす。だというのに、ゼノスと呼ばれた人はなんとも思わなかったらしく、そんなシオンさんを高みからせせら笑った。

「ハッ! 利用される馬鹿が悪いんだろう?」

「……お前を推した奴は除名になったぜ。まともな傭兵はそんな人間を仲間にしねぇし、別の就職先を探そうにもこの辺りの国ではまず不可能だろう。うちは結構有名だからな」

「だからなんだ? 元々使い捨てるつもりだった駒がどうなろうが興味ない」

悔しさと怒りを湛えたシオンさんの声も恐ろしかったが、それに応えるゼノスの歪な笑みに冷たいものが背を走る。しかしシオンさんにとっては怯むに値しなかったようで、嘲るようにゼノスへ言い返していた。

「それがお前の本性か。イイ性格してんじゃねぇか」

冷ややかな会話に釣られるようにピリピリと緊張感が増していく中、シオンさんが放った言葉がゼノスの琴線に触れたのか彼の顔から表情が消える。

「俺の本性? なにも知らないくせに知った気になって俺を語るな。虫唾が走る」

――なにも知らないくせに!

吐き捨てるように告げられたゼノスの台詞に、誰かの声が重なる。

どこか懐かしい声だった。

しかし間を置かず木型の魔獣が動き出したため、脳裏に響いた声は一体誰のものだったのか考える暇なんてなく、私は脳裏に過ったその感情をすぐに忘れてしまった。

四方から迫りくる蔓をハルバートで一掃したシオンさんが、小さな声で私達に告げる。

「道作るから振り返らず走れよ」

「「「はい」」」

頷きつつ辺りを見渡せば私達はいつの間にか囲まれていたようで、ゼノスが乗るものよりも小さな木型の魔獣が森の木々の陰から顔を覗かせている。

「サナ!」

「後ろだ!」

重なり響いた兄貴とリェチの声に反応した体が反射的に掴んだ薬瓶を放り投げれば、一拍後にガラスが割れる音が聞こえ、ほどなくして魔獣から「オォオォォ」っとくぐもったうめき声が上がる。地面には腐食して千切れ落ちた蔓がいくつも転がっていた。

しかし大地や自生している植物に影響はなく、落ちた蔓だけが塵となって消えて行く。村で教わった薬を学園で得た知識を元に改良を重ね、去年の夏頃兄貴がドイルお兄様に解析を頼まれた劇薬の組成も参考にし、師匠の助言と微調整によって仕上げられた対魔獣用の腐食薬。その効果は完璧だった。

周囲にまで影響が出ないのは、師匠の言う通り浄化作用のある聖水を加えたからなんだろうけど、一般的に普及させるには材料費が高すぎるんだよね……。

アギニス公爵家にはセレナ様がいらっしゃるから聖水も簡単に揃えられるけど、普通に買おうと思ったら大変な値段になる。なんとかならないかなと考えつつリェチ達へと視線を戻せば、感心した様子の二人とは違いシオンさんは顔を引きつらせているようだった。なにかあったのかな。

「これすごいね」

「うん。周囲に影響が出ないよう調整したのは師匠だけどね」

「師匠が手を加えてくれたのか? 珍しいな」

シオンさんの反応を不思議に思いつつも同じ薬瓶を投げてその効果に感心するリェチに頷けば、別方向から迫っていた蔓を針で地に縫い付けていた兄貴が驚いたように呟く。

まぁ、師匠は基本的に習うより慣れろ、自分で試行錯誤することに意味があるって感じの人で助言はくれても答えをくれることはないから兄貴の反応も当然だと思う。私もすごく驚いたからね。

つまり、それだけ今回の状況は特別ってこと。

だから私達は早くドイルお兄様の所に戻らなきゃいけない。

「ドイルお兄様のところに行くなら完成させた方がいいからって。でも、手を貸すのは今回だけだって言ってましたよ」

「だよな」

それでこそ師匠だと言わんばかりの表情で頷いた兄貴とリェチも、私の口から出たドイルお兄様の名によって似たようなことを考えたんだろう。顔つきが変わり、針や荷の肩紐を握る手に力が籠る。

「ドイル様が大怪我する前に行かねぇとな」

兄貴が零した呟きに同意しようと口を開く。けれども私の声はリェチでもシオンさんでもなく、ゼノスと呼ばれた人によって遮られた。

「魔獣だけに効果がある魔法薬……才能に恵まれて……忌々しい」

切れ切れに耳に届いたのは怨讐に満ちた声。低く地を這うようなその音に勢いよく顔を上げれば、悪意の籠った浅緑の瞳が私達を見下ろしている。

忌々しい。お前達がいなければ、俺だって――。

また、誰かの声が聞こえた気がした。