軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十六話

【勇者】と【英雄】。

違いを問われた俺は一瞬思考が止まった。

英雄だと称えられる者すべてが勇者と呼ばれているわけではない。

セルリー様の武勇はお爺様に匹敵するし、勇者以外でも魔王まで進化した魔獣を討伐した者は沢山いる。オレオルをくださったオブザさんなんて、過去に龍を討伐したことがあるみたいだからな。

しかし彼らは勇者と呼ばれたりはしない。

すべての勇者に共通することは人外かと思うほど強いことだが、勇者と呼ばれている者達は得物の種類が違えば得意な魔法の属性も技も違うし、ただ武力に秀でていることが条件ならばセルリー様のような方もいる。それこそエルフなど種族的に優れている者達だってこの世には大勢いるのだ。

しかし強者であっても、英雄と呼ばれていても勇者だとは限らない。

それはなぜなのか。

神々に祝福されし【聖なる武器】を持っていないからだ。

お爺様がかつて愛用し、現在は父上が握られている【聖槍】のような――。

だから俺は【聖槍】を継ぎたかったし、その力を活かすためにも槍のスキルがほしかった。

「【聖槍】のような神々に祝福されし武器が必要だと聞いたことがあります」

ほろ苦い思い出を噛みしめながらそう応えれば、そんな俺の心を落ち着けるかのような穏やかな音色が耳を打つ。

「そうです。しかしただ所持しているだけでは、【勇者】として認められません。聖なる武器は主を選びます。武器に合った適性をどれほど持ち合わせていても、認められぬ者が握ればスキルは一つも発動しないでしょう。ですから神殿では、聖なる武器に認められ正しく扱えた時からその者を【勇者】と呼ぶのです」

それは初耳である。

スキル所持者がスキルを使っても発動しないなんてことがあるのか……。

武器に認められていない者が聖槍を振ってもその力を発揮できず、普通の槍を使用した時以下の腕前になるという事実にゾッと悪寒が走る。

もし槍の適性が有っても勇者としての素質がなかったら、それこそ地獄であっただろう。

「……そこまでは存じ上げませんでした」

衝撃の事実と過った想像に恐怖を覚えつつ大神官様に応えた声は、己で聞いてもわかるほど動揺が多分に含まれていた。

そんな情けない己を誤魔化すようにお茶へ口をつけた俺を知ってか知らずか、大神官様は変わらぬ調子で話を続ける。

「神々の祝福を受けた聖なる武器はその性質上、自ずと然るべき人物へ継がれていきますから一般の方々が知る機会などほとんどない情報です。恐らく勇者を擁する国々の大半が知らないでしょう」

そうしみじみと告げた大神官様は静かにお茶で喉を潤すと、姿勢を正した。そして真っすぐに俺を見詰めて、澄んだ声で俺に問う。

「では最後に、その聖なる武器がどのようにしてこの世に誕生するのかご存知ですか?」

大神官様のその言葉には一体どのような意味があるのか。

それを脳が考えようとした瞬間、茜色の光が室内に差し込み皆が座る机を照らしだしたかと思えば想像だにしなかった声が俺を呼んだ。

「「――ドイルお兄様!」」

――はい?

聞き慣れた、しかし聞こえるはずのないその声にバッと振り返れば駆け寄ってくるリェチ先輩とサナ先輩がまず目に入り、次いで開け放たれた扉の側でやらかしやがったといわんばかりの表情を浮べるレオ先輩の姿が視界の端に映る。

「リェチ! サナ!」

動じることなく静かに扉を閉めるアーバー神官の姿に見間違いかとも思ったが、静かだった空間を破壊する二人分の足音と悲壮な叫び声の主はたしかにマジェスタのアギニス邸に居るはずの先輩達で。

――なぜここに!?

予想外過ぎる展開に目を白黒させているうちに、サナ先輩とリェチ先輩が飛びつくことを許してしまった。不覚である。

「聞いてくださいドイルお兄様!」

「とにかくもう、色々大変なんです!」

――俺は今まさに大変だけどな!

二人分の衝撃を背後から受けたことで思わず目の前の茶器に頭から突っ込みそうだったのを寸前のところで堪えた俺は、机に片手をついたまま喉元まで出かかった叫びをグッと呑み込んで顔を上げた。

俺の目の前に居るのは大神官様なんだがとか、座っている人間に飛び付くなとか、話し中に横から割って入ってはいけませんなどなど様々な言葉が思い浮かび、なにから伝えるべきか迷うも彼等から微かに香る血の匂いにそれらの考えは霧散した。

よく見れば二人の姿はくたびれており、その顔にはハッキリと疲労が浮かんでいる。

一体先輩達の身になにがあったというのか。

なぜアギニス邸ではなくアグリクルトの大神殿に居るのか。

というかどうやってこの部屋へ案内してもらったのか。

新たな疑問が脳裏を過り様々な可能性が浮かんでは消えていく中、ようやく到着したレオ先輩がリェチ先輩とサナ先輩を俺から引きはがす。

「なにやってんだ! どう見たって声をかけちゃいけねぇ雰囲気だったろうが!」

二人を連れて俺の椅子の後ろにしゃがみ込み、気を遣っているのか小声で怒るという器用なことをしているレオ先輩には悪いが、雑音が一切しないこの部屋の中では全員に丸聞こえである。

「だってようやくドイルお兄様と会えたんですよ?」

「それに早くルーヴさん達のことを伝えないと!」

「それはそうだが挨拶が先だろう! それから学園じゃねぇんだから飛びつくなんて論外、それも会話に割って入るとかドイル様に恥じかかせんな。そもそもお前達は――」

俺が言いたかったことを代弁するだけでなく延々と続きそうなレオ先輩の説教に、学園を卒業したとはいえ三人の関係性に変化がなかったことがわかった。アギニス邸の面々も濃い人間が多いので、レオ先輩はきっと苦労されたことだろう。

そうは思えどこの場には大神官様や初対面のリエスもいるわけで、このまま彼らを見守っているわけにはいかない。今のところ大神官様のあとからやって来たアーバー神官も慈愛に満ちた表情を浮べてくださっているが、早く場の軌道修正をした方がいいだろう。

そう考えた俺はリェチ先輩とサナ先輩に懇々と言い聞かせているレオ先輩の肩へ手を伸ばし、軽く叩きながら先輩達の気をこちらに向けさせる。

「レオ先輩。とりあえずお話はそのくらいにして、大神官様に自己紹介をしていただけますか?」

「――お、おう。わりぃ」

ビクッと肩を跳ねさせたレオ先輩はぎこちない動きで俺を仰ぎ見ると、気まずそうなというか申し訳なさそうというかなんとも言えない表情を浮べて頷いた。レオ先輩の顔にはやはり疲れが滲んでおり、揺れ動いた髪からは血の匂いが香る。

俺の言葉に従い立ち上がる三人に違和感はなく、怪我はなさそうだった。ということは三人以外の血、しかし狩った魔獣や誰かと戦い被った返り血とは考えにくいので、どこかで重傷人と出会い治療をしたのだろう。血の匂いが残り香として残るほどの大怪我を負った者と出会うなど、一体どんな旅路だったのか大変気になるところである。

そんなことを考えながら俺は大神官様へと向き直り、三人を紹介すべく口を開いた。

「部下がお騒がせいたしまして大変申し訳ございません。こちらの三人は私が雇っている部下で彼が治療師のレオパルド・デスフェクタ、そしてあちらの双子がリェチーチ・テラペイアとサナーレ・テラペイアと申しまして薬師です」

「ご紹介に上がりましたレオパルド・デスフェクタです。先程は大変失礼いたしました」

「薬師のリェチーチ・テラペイアと」

「サナーレ・テラペイアです」

「「お話し中に失礼しました」」

深々と頭を下げた三人に大神官様の目が優しく細められる。そして、思いもよらない言葉がその口から飛び出した。

「ご丁寧に有難うございます。昨日はご挨拶ができず申し訳ございません。この神殿を任されておりますセレオスと申します。お三方が大神殿を出てから経った一日、されど数多の試練が待ち受けていたことかと思います。お疲れ様でした。しかしそれも神のお導きなれば、乗り越えたことで得たものも多かったことでしょう」

諭すような口調で紡がれた内容は驚くべきもので。

三人が昨日大神殿を訪れていたことも、神のお導きで大変な目に遭ったというのも聞き捨てならない。俺のあずかり知らぬところでレオ先輩達はなにをしていたのか。そして大神官様は何処までご存知で、なにが目的なのか。

疑問は募る。しかし労わりの言葉をかけられたレオ先輩達も驚いたように瞠目していたので、俺は様子を窺うべく彼らの会話を見守ることにする。ここでなにも知らない俺が口を挟んでも、収拾がつかなくなるだけだろうからな。

「――はい」

そうこう考えているうちに、一足先に我に返ったレオ先輩がなにか言いたげな表情を浮べつつも頷く。その表情から察するに文句を言いたいが大神官様が相手では言えないといったところだろう。一体何があったのかますます気になるところである。

そんな中リェチ先輩とサナ先輩はさすがと言うべきか、レオ先輩が言い淀んでいるというのに直球ど真ん中を投げ込んできた。

「大神官様は今回の件を」

「どこまでご存知だったんですか?」

「ばっ!」

レオ先輩が慌てて制止しようとするも二人の顔はこれまでになく真剣で、部屋の中に沈黙が落ちる。誤魔化すことは許さないと言いたげな強い視線に、二人の琴線に触れるなにかがあったのだということだけは理解できたが、それだけだ。

彼等の会話を整理すると、大神官様は俺が大神殿に来ることを知っていたが伝えずに三人をどこかへ送り出した。リェチ先輩の「ようやく会えた」という言葉から考えるに、レオ先輩達は俺に用があったにも関わらずだ。しかし大神官様の口ぶりからいって、それには高確率で神託が絡んでいる。

それに大神殿を経由したということは、先輩達が俺へ連絡もなくここまで来るのに神殿の転移陣が使われていた可能性が高い。手紙のやりとりをしているので長くアギニス邸を空ければすぐにわかる。しかし気が付かなかったということは、数日でマジェスタからアグリクルトへやってきたということだからな。

となると母上もどこかで一枚噛んでいるはずだ。先輩方と同じ家に住んでいたのだから、なんらかの形で神殿の間を取り持っただろうからな。もしかしたら事の発端は母上だったのかもしれない。

と、ここまではなんとなく推測できるが、恐らくこれではなにが起こっていたのか半分も理解できていないと思われる。

しかしレオ先輩達の体験やこれまで受けた厚遇すべてが、先ほど大神官様から頼まれた『お願い』に繋がるのだろうということはわかる。ただの勘だけどな。

この場ですべての経緯を知っているのはこの方だけ――。

一番多くを知っているだろう大神官様へと目を向ければ、彼は凪いだ瞳で静かに微笑んでいた。