軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十三話 レオパルド・デスフェクタ視点

――密約など端から存在しない。

物騒な響きを含む叫びに鳥肌が立つほど空気が凍りつき、息苦しいほどの緊張に包まれたその場を動かしたのはルーヴの唸るように低い声だった。

「――それは、どういうことだ」

「どうもこうも今言ったとおりだよ! 竜王の息子は本物みたいだが、使者として来ているつもりなんて微塵もないんだ。あのエラトマって奴が上手く言いくるめてそれっぽく行動させていただけで、竜王の息子の目的はエルフがどうとか……とにかく間近に迫った戦とは別にあるような口ぶりだった。あの様子じゃ長達が交わしたつもりでいる竜の国との密約は果たされない。いや、そもそもそんなもの結ばれていなかった!」

騙された悔しさを顔に滲ませながら憤るヴァルクの言葉に、獣人達の間に動揺が広がる。

まったく彼らの事情を知らないわけだが、とりあえず竜の国と獣人達の国との間になんらかの約束があったがそれはエラトマとかいう男の狂言で、恐らくそれを知ったことでヴァルクは口封じに遭って大怪我を負ったということは理解できた。

そして俺やリェチやサナとは違い、なんらかの情報を掴んでいるらしい神官様と神殿騎士達は険しい表情を浮べて囁き合っている。

「フォルトレイスと獣人の国々の連合軍が竜の国との境に在る山の麓に集う予定でしたね」

「ええ。密約の内容は恐らくフォルトレイスだけを戦わせる代わりに、獣人の国々は荒らさないといった類のものかと」

「遠征先で孤立した軍など簡単に下せます。瞬く間に兵力を欠いた城塞都市は立て直す間もなく落ち、竜の国は易々とアグリクルトやハンデルまで進軍してきますよ」

――そういうことかよ。

盗み聞いた神官様達の会話から状況を把握した俺はよくわかったぜと心の中で呟きながら、乾いた笑みを零しつつドイル様の行動を想像する。

恐らく、竜の国とフォルトレイスの進軍はすでに知っているに違いない。というか下手したらがっつり首を突っ込んで暗躍してそうというか、しているのだろう。そして同時に衝突自体を止めるべく奔走中で、セレナ様からの届け物はそんなドイル様の役に立つというわけだ。

ゼノスやマリスとかいう犯罪者を追って旅に出たはずなのに種族を越えた戦の渦中とは、呆れを通り越してもはや感嘆の域である。ドイル様がそんな状況ならば、そりゃ届け物するだけの俺達も襲撃くらいは遭うだろう。滅茶苦茶納得したぜ。

「……兄貴」

「今ドイルお兄様が居らっしゃるのって……」

「間違いなく、最前線を突っ走ってるんだろうよ」

「「ですよねー」」

獣人達や神官達の話から同じ想像に至ったリェチとサナに太鼓判を押してやれば、乾いた笑いが耳を打つ。滅多にないことだが、今間違いなく俺と二人の内心は同じことを思っているんだろう。

「「さすがドイルお兄様」」

俺の心の声を反映したかのようなリェチとサナの台詞が聞こえたその時、動揺から脱した獣人達が焦りから騒ぎ立てはじめる。

「おいおい。それはまずいぞ」

「なに暢気なこと言ってんの!」

「そうだぜ。早く知らせに帰らないと大変なことになっちまう!」

「ルーヴ! ヴァルクの話が本当なら、俺達の国は無抵抗のまま踏み荒らされるぞ!?」

慌てふためく獣人達の中から歩み出てきた虎のような獣人が考え込んでいたルーヴの肩を掴み叫べば、彼は集団の長らしい冷静さで頷き絶望する鳥人に語りかけた。

「ああ。ヴァルク、お前と一緒にエラトマ達の護衛についていた者達はどうした?」

ヴァルクはルーヴの問いに首を横に振る。

そんな彼の顔に浮かぶ悲痛な表情がその答えを雄弁に語ってた。

「――飛べる俺が伝えに戻れと」

「わかった。もういいから休め」

なんとかそう答えたヴァルクに、ルーヴは短く応えたあと寝かせるようにその体を押す。しかし「すまない」と謝るヴァルクはその優しさを拒み、ルーヴはそんな彼の心境を汲んだのか「そうか」と呟き一つ頷くとゆっくりと立ち上がった。

そんな二人のやり取りを見守りながら、俺は彼らの仲間の命を奪っただろう男の名を記憶に刻む。

――エラトマ、か。

歳も外見も知らねぇ相手だが獣人の国々の長を手玉に取り、企みが露見すれば躊躇なく目撃者を屠ったって話だけでも碌でもねぇ性格をしていることはよくわかった。

ドイル様と合流できた暁にはしかと伝えておかねぇとなと一人心に決めていると、立ち上がったルーヴが騒めく獣人達をグルッと一度見渡して吠えた。

「皆、ヴァルクの班員が命を賭して持ち帰った情報を聞いたな! 竜の国との密約が狂言だった以上、我々の任務は無意味。よってフォルトレイスへの工作は中止し、ここから撤退する! 各自速やかに荷物をまとめ自国の長に事の次第を伝えよ!」

「「「「「はっ!」」」」」

空気を震わすルーヴの言葉に多種多様な獣人達が一糸乱れぬ動きで敬礼する。

その光景は鳥肌が立つほど統率が取れており、彼ら全員が盗賊なんかではなく厳しい訓練を受けてきた兵士だと証明された瞬間だった。

――圧巻だな。

感心する俺の横でリェチとサナもすごいと褒めていたが神殿騎士達の感想は違ったようで、難しい顔で獣人達を見詰める彼らから不穏な発言が聞こえてきた。

「……やはり彼らは獣人の国々の連合隊だったようですね」

「しかし噂の盗賊団が連合隊だったとなると大問題だぞ」

「人命が失われたという話は聞きませんでしたが、被害に遭った者は多いと聞きましたから禍根は残るでしょうね」

神殿騎士達の言葉に神官様は憂いを帯びた表情を浮べると、スッと目を細め俺達三人の背後へと目を向ける。

「どうするおつもりですか? ルーヴ隊長」

毅然とした態度で尋ねた神官様の視線の先を追えば、これまた動揺一つ見られない顔のルーヴが立っている。

獣人達が忙しなく動いているというのに、此奴は一体なにしに来たのか。そんな疑問を抱くが、どうにも口を挟めそうな雰囲気ではないので大人しくリェチやサナと共に数歩下がって様子を窺う。国や大神殿なんてもん背負っている奴らの言い争いに巻き込まれたら、大変だからな。

「それは長達がフォルトレイスやアグリクルトの王族と決めることであって俺がここで判断することではない。今俺が行なうべき任務は貴殿らを速やかに送り届けたあと、フォルトレイスの王城を訪ね現状をつまびらかにすること。謝罪するにしても交渉するにしても、我が身では不足だ」

「お約束を忘れてないようでなによりです。しかし、フォルトレイスへの勝手な情報開示はしない方が獣人の国々にとって利となるのでは?」

淡々と応えたルーヴの言葉に神官様が返したのは、身を案じているとも責め立てているとも取れる台詞だった。

「長が交流のあるフォルトレイスを裏切り、竜の国の密約に頷いた時点でこの身の末路は覚悟している。これまで築いてきた信頼を捨てて自国の安泰を祈ったことに悔いはなく、騙されていたという気もない。自業自得であり、時は戻らぬからな。しかし、これ以後はどうなるかなどもはや誰にもわからぬ状況だ。ならばもとより裏工作などは好かぬ性質故、最後くらいは我々を信じ進軍の準備をしているだろうフォルトレイスの民に誠実でありたい」

胸中を語ったルーヴの表情は揺らぐことなく、その瞳にはまっすぐな光が灯っていた。

どうやら彼もまた、神官様達と同じくドイル様側の人種らしい。

――っとに、どいつもこいつも!

治癒師という立場柄、死ぬ覚悟なんざ簡単にするもんじゃねぇと怒鳴りつけてやりたいところだが、国を背負って生きる人々を間近で見る機会が多かった所為か安易な気持ちで言ってるわけじゃねぇことがわかっちまうから嫌になる。

しかしドイル様やグレイ様と接したことで国を動かし守ることの大変さを薄っすらとだが感じており、綺麗ごとだけじゃどうにもならない時もあると知っているからこそ口を挟むことなんて俺にはできなかった。

そうして迷いのないルーヴとそんな彼を真意の読めない瞳で見据える神官様を静かに見守ること、しばし。

「――いいでしょう。正しい道を歩まんとする人々を助けるのも神に使える者の役目。貴方が犯した罪を告白し償いたいと仰るならば、道半ばで諦めることのないよう見守り必要があればこの手を貸しましょう」

厳かに言い放った神官様の言葉が意外だったのかルーヴは目を瞬かせていたが、俺も似たような顔をしていたに違いねぇ。

――試してたってことか?

そしてルーヴは合格したから、助けてやる。簡単に言えばそういうことなのだろうが、できれば事前に教えてくれと思ってしまうのは俺だけなのか。そんなことを考えつつ横を見れば、リェチやサナもなんとも言い難い表情を浮べていたので、なんとなく胸を撫で下ろす。

「……まったく展開について行けない」

「僕もー」

俺の内心を代弁する二人の台詞に深く頷いていると、いつの間にやら話がまとまったらしい神官様とルーヴが俺達の元へ歩み寄ってきた。

「お待たせして申し訳ございません。準備や休息も必要ですし、出発は夜が明けてからにしようと話していたのですが大丈夫ですか?」

「日が昇ると同時にここを出れば昼前にフォルトレイスへ辿りつけるから、あと数時間しかないが身を休めておくといい。部下達が無理やり連れてきた上にヴァルクの治療と続いて疲れただろう?」

洞窟の中、それも色々とあったため気が付かなかったが、あと数刻で夜が明けるほど獣人達と過ごしていたことに驚くと同時に、自覚していなかった疲れがドッと押し寄せてくるのを感じる。リェチやサナへ目を向ければ二人も同じような状態らしく、眠たげな様子で目を細めているのが見えた。

体を大事にしろと説く側の俺達が倒れちゃ、ドイル様になにも言えなくなっちまうしな……。

なにより俺達はこういった荒事の経験が浅く、体力なども劣る。周りの足を引っ張らないためにも自己管理は必要不可欠だ。

「俺も二人もそろそろ限界だからお言葉に甘えさせてもらう」

「ああ。無理はしない方がいい。主君が前線に居るのならば届け物して終わりというわけにはいかんだろうからな」

その言葉に思わず目を瞬かせれば、ルーヴは得意げな表情で動く黒い獣耳を指差した。

「我々は人間よりも遥かに耳がいい。それ故ここにいる者の呟きや囁きはすべて聞いていた。高潔で人助けを是とする自慢の主君なのだろう?」

「……ああ。まぁ」

これだけの人数がいても聞き分けることのできる獣人の高い身体能力への驚きもさることながら聞かれていたことがなんとなく気恥ずかしくて、曖昧な返事が口から零れ出た。

俺達の会話からドイル様の人柄をルーヴは的確にまとめたのだろうが、改めて聞かれると照れるもんだ。ローブならばここで溢れる主人愛を喜々として語るのだろうが、俺にはそんなこと無理、というか正直ああはなりたくねぇ。

ドイル様の部下としては先輩にあたる彼の従者を思い出して微妙な気分になっていると、休める場所に案内するといってルーヴが歩き出したので神官様達と共にその背を追う。

「貴殿らの主君の名は確かドイルと言っていた気がしたが合っているか?」

「ああ」

「居場所を把握していないような会話もしていたようだが、フォルトレイスに送るだけで大丈夫なのか? 貴殿らがヴァルクを救ってくれたお蔭で我々はエラトマの企みを知ることができたのだから、主君を探すならば手伝うぞ」

その道中ふとルーヴが口にした提案に、俺とリェチとサナは顔を見合わせて頷き合う。フォルトレイスで工作していたのならば噂話も色々仕入れているはずなので、聞いてみて損はないだろう。

「俺達と同い年くらいで滅茶苦茶強い奴の噂を聞いたことねぇか? なにかと目立つ男だし、旅費は現地で稼ぐって言ってたから素材の換金所なんかに顔出してると思うんだが。ああそれから男女一人ずつの伴を連れてる」

「金髪に紫色の目をしてます。あ、でも色変えて変装するって言ってたかも?」

「言ってたね。あ、顔は整っていて女性にもてますよ!」

思い当たる特徴を口にすれば、先頭を歩いていたルーヴは勿論神官様や神殿騎士達、それから近くにいた獣人達数名も足を止め俺達を凝視する。

……なんだ?

漂う微妙な空気に首を傾げるも、振り返りやや硬い表情を浮べたルーヴが告げる情報に意識を持っていかれたため抱いた疑問はすぐに霧散した。

「…………男女一人ずつの伴を連れた貴殿らと同い年くらいの、銀髪紫眼に姿を偽っているルイドという腕の立つ男ならば会ったことがある」

「それです!」

「お母様が綺麗な銀色の髪と紫色の瞳をしているんですよ!」

本人を知っていれば丸わかりな偽名と変装に、リェチとサナが嬉しそうに頷く。その一方で、神官様と神殿騎士達が驚愕の表情を浮べたあと、焦った様子で囁き合っていた。

「神官様。レオパルド殿達はマジェスタからの客人だと言ってませんでした?」

「マジェスタにお住いの銀の御髪に紫色の瞳の女性と言ったら」

「ご子息のドイル様は御年十七歳。御髪は雷槍の勇者様と同じく金色で、瞳はセレナ様譲りの美しい紫色だと伺っています。大変お強い方で、マーナガルムを一刀両断したそうだとアーバー上級神官様が嬉しそうにお話してらっしゃいましたね……セレナ様と縁がある方々だと伺っておりましたが、まさかご子息を主君と仰ぐ方々だったとは」

神官様が告げたドイル様の出自にルーヴや獣人達がサッと顔色を変えた。

獣人達の若干青くなった顔とルーヴの「会ったことがある」という言葉。そしてドイル様の性格を考えれば、なんとなくどのような出会いだったのか想像がつくわけで。

「盗賊として襲撃中にドイル様と顔を合わせて追い払われた、ってところか?」

「……まさしく。聖女セレナ様の色を騙るとはどういうつもりだと、傭兵や冒険者の間でも大変噂になっていた。恐ろしく腕が立つ上に、フォルトレイスの上層部直々に『手を出すな』と傭兵や冒険者達にお達しがあったという情報があったから何者なのかと思案していたが、まさか雷槍の勇者様と聖女様のご子息とは。知らなかったとはいえ、大変なご無礼を働いてしまった……」

愕然という言葉が似合いそうなルーヴや獣人達の表情に、リェチやサナ共々驚いていると神官様がそっと俺達に耳打ちしてくれる。

「伝え聞いた話ですと獣人の国々は聖女セレナ様が賜った御神託の恩恵を幾度となく受けていますし、二十年前に雷槍の勇者がアグリクルトで魔王討伐にいたるまでの間に、フォルトレイスの周辺で人を襲っていた魔獣達も討伐していってくださったそうです」

「魔獣の被害も大きかったそうだからな。お父上のお蔭で助かった者も多いのだろう」

「それに獣人という種族は強き者を崇め称え、仲間を大切にし、受けた恩は生涯忘れない義理堅い性格なのです」

「「「……なるほど」」」

神官様と神殿騎士達の説明に図らずとも二人と声が重なり、次いで流れるように顔を見合わせた俺達三人はさもありなんと頷き合う。

さすがマジェスタ一の武勇を誇るアギニス公爵家の面々、としか言いようのない武勇伝だ。

「おい、ルーヴ。お前んとこの姫君って聖女様達と一緒に旅して何度も命を救われたって事あるごとに自慢してたよな」

「ああ……」

「私の村、雷槍の勇者様のお蔭で助かったのよね」

「俺んところもだよ」

耳をペタリとへたらせ尾を丸める獣人達は見るからに落ち込んでおり、放っておいたら収拾が付かなくなりそうだったので、目で会話した俺達は火消しに入ることにした。

「あー。そんな気にしなくても大丈夫だと思うぜ? ドイル様は自分が受けた被害は結構どうでもいいって感じの人だし、盗賊を撃退したって話を言いふらすこともねぇよ」

「そうですよ。というか他のことに忙殺されてそれどころではないでしょうし」

「ドイル様は戦を止めるために奔走してると思うので、協力してもらえると喜びますよ」

続いたリェチとサナの言葉に獣人達の耳が僅かに上向いたのを確認した俺は駄目押しとばかりに、ドイル様の人柄を語ってやった。

「話のわからない男じゃねぇから、あんた達が国を守るために行動した気持ちは酌んでくれる。償う気があるなら、悪いようにはしねぇよ」

「……そうか」

主人に叱られた犬のような力なさは、エラトマの企みが明らかになった時さえ揺るがなかった男とは思えぬ姿だが、少し気持ちが上向いたようなので余計なことは言うまい。

「とりあえず、届けなきゃならねぇもんがあるからフォルトレイスまで頼む。んで、目立つ人だからすぐ見つかると思うが探すのも手伝ってくれると嬉しいんだが」

落ち込むあまり約束を忘れられないよう念のため、また気を逸らすためにそう告げればルーヴは耳をピンと立たせる。そして、これまで聞いた中で最も力強い声で応えたのだった。

「ああ、わかった。任せてくれ。我々が必ずや貴殿らを主君の元へ送り届ける!」

***

ルーヴの力強い宣言から数時間。つかの間の休息を取り、日が昇ると同時に再び幌馬車で空路を進むことおおよそ二時間ほどでフォルトレイスへ到着した。

そしてマジェスタを出発して一日と少ししか経たず城塞都市に辿り着いた感動もそこそこに、ルーヴ達獣人や神官様達の伝手を使ってドイル様探しが実施されたわけだが。

「――――ドイル様はアグリクルトの大神殿に?」

「ええ。今彼はエルフとハンデルの衝突を防ぐために行動してくれてまして。朝方その知らせが届いて、精霊様の力借りれば一日足らずで着くと書いてありました」

「手紙を書いたのは昨日の昼前みたいだったから、恐らくもう着いてるんじゃねぇか?」

憐憫の滲む瞳を俺達に向けるスコラというエルフと、その美貌を歯牙にもかけない男らしい動作で髪をかき上げた彼女の双子の兄であるムスケという傭兵の言葉に、俺とリェチとサナは揃いも揃って城の門前であることを忘れて崩れ落ちた。

――これまでの苦労はなんだったんだ!?

たった一日。されど短い人生の中で一、二を争うほど濃い体験をした昨日の出来事が走馬灯のように脳裏を過る。あのままアグリクルトの大神殿に居れば襲撃等の苦労なく合流できていたなど、そりゃないぜと心の底から叫びたい。

しかも竜の国とフォルトレイスだけでなくエルフの里とハンデルの間にも戦が起ころうとしており、その裏にはマリスという男とゼノスがいて、ドイル様はそれらを止めるべく奔走中だと? 下手すりゃ大戦を越える規模の争いが起こるって、壮大過ぎるわ!

「……さすがドイル様」

「僕らの想像を簡単に超えてくるね……」

ハハハ、うふふ、と乾いた笑いを零すリェチとサナを横目に、俺は地に着いた手を握り締め湧き上がる感情を呑み込みながら己へ言い聞かせる。

――ここは考え方を変えるべきだ。

余計な苦労など俺達はしていない。むしろ大神殿を出たからこそヴァルクの命を助けられたし、エラトマとかいう男の企みが暴かれ、フォルトレイスは獣人達と足並み揃えて竜の国を迎え撃つことができるんだ。ドイル様と契約したっていう傭兵達の話からいって、俺達の働きは役に立った。あとはセレナ様からの届け物を渡して、獣人の国々の動きやエラトマって男のことを伝えれば半人前な身でありながら頑張った方だろう。そうであってほしいというか、そうでないとやってらんねぇ!

想像を遥かに超えるドイル様の働きに、頭が痛むのを通り越して打ち震えていると心配そうな神官様や傭兵の声が耳を打つ。

「……レオパルド殿」

「休憩室の準備をした方がいいでしょうか?」

「あー、なんだ。大丈夫か? ドイルの部下だっていうなら無下にはしぇねし、なんなら大神殿まで送ってやるぞ。だからそう気を落とすな」

「いや、大神殿へ向かうならラプタの者達に送らせよう。地を走るよりもずっと早いからな。彼らの翼ならば夜になる前には着く」

ルーヴの提案に顔を上げれば、心配そうな表情を浮べた面々と目が合う。労わりや憐みが滲む視線に感じることは多々あるが、ドイル様を取り巻く状況を思えばこんなところで時間を食うわけにはいかない。俺らなんかよりもあの人の方がずっとしんどい思いや経験をしているはずだ。

そう己を奮い立たせながら俺は両足に力を籠める。

「行くぞ、リェチ、サナ。この程度で心折れてたらドイル様にはついて行けねぇ」

「「そうですねー」」

立ち上がりリェチとサナにそう呼びかければ、疲れた笑みを浮べながら二人も立ち上がった。

「そんな大事なら僕達の出番かもしれませんしね」

「ドイルお兄様がいるならいかないわけにはいきませんもんね」

「そのとおり。ってことだから、大神殿まで送ってもらってもいいか?」

そう言いながら気合を入れ直した二人に頷いたあと、ルーヴにそう頼めば間を置かず了承の言葉が返ってきたので、俺達は荷物を背負い直す。

「もう行かれるのですか?」

「ドイル様が待ってるんで」

そしてスコラという名のエルフとそんな言葉を交わし。

「こちらの神殿騎士をお連れください。私は共に行けませんが、レオパルド殿達へ神々のご加護があらんことを祈っております」

「ありがとうございます」

獣人達とフォルトレイス王家の会合を見守るという神官様に別れを告げ。

「貴殿らには世話になった。礼を言う。命があれば直接お詫びに向かうが主君殿に、御迷惑をおかけして申し訳なかったと伝えてくれ」

「ああ。ドイル様にはちゃんと伝えておくから、しっかりやれよ」

すべてをつまびらかにするというルーヴへ激励を送り。

「獣人達と神官様は俺達が面倒みるからドイルによろしく伝えてくれ。こっちはどうにかするから、そっちは頼んだってな」

「了解です。預った情報はちゃんと渡しますんで」

ムスケという傭兵団の頭領から渡されたドイル様充ての手紙をしっかりと懐にしまった俺は、リェチやサナと共にアグリクルトの大神殿へ戻るべく幌馬車に向かって歩き出したのだった。