作品タイトル不明
第二百四話
エルフの少女リエスと話し合った結果、互いの目的を果たすために協力し合うことで同意した翌日。昼食を食べ終えた俺はリエスと共に、フォルトレイス城へと続く跳ね橋を歩いていた。
器から出たラファールとアルヴィオーネが橋の下を通る堀を興味深そうに観察しているのを横目に、俺は初めて間近で見たフォルトレイス城に達成感を噛みしめる。
ハンデルでシオンとすれ違ってから三十日弱。リエスのお蔭でようやく城に入ることができる。伯母上との面会の際に黒蛇の面々と会えるよう頼んでみてくれるそうなので、ようやく彼らと交渉することができそうだ。
これまでの日々を思い返しながら、先頭を歩く兵士の後ろをエリス、俺、ラファール、アルヴィオーネの順で進めば、やがて木製の橋は終わり、石畳と茶色い土へと変わる。
「――案内の者を呼んで参りますので、こちらで少々お待ちください」
「わかった。ここまでの案内感謝する」
城壁の大きな門の前で足を止めた兵士に礼を言ったリエスに倣い、俺も頭を下げる。そんな俺達に兵士は敬礼を返すと、背にあった黒い翼をはためかせながら開け放たれた門を潜り瞬く間に城の中へ消えていった。
飛び去って行った兵士を共に見送った途端そわそわし出したリエスにどうしたのかと隣を見れば、彼女の視線は楽しそうに堀の水を覗き込むラファールとアルヴィオーネへと向けられていた。
少し聞かせてもらった話によると、過去なんらかの理由で里を移さなければならなくなった時、聖木や住処をラファールや仲間の風の精霊達が運んでくれたらしい。『ラファール様が力を貸してくださったお蔭で一族の中で争わずに済んだんだ』とも言っていたので、移住の際に色々あったのだろう。
ラファールは聖木や住処を仲間達と運んだあと、一人エルフ達の旅に同行したらしい。当時百歳、人間で言うと十歳くらいだったリエスはラファールによく遊んでもらっていたそうで、俺との話し合いが終ったあと互いに再会を喜んでいた。
アルヴィオーネも加わり夜遅くまで話し込んでいたようだが、百年もの時間は昨日今日では語りきれまい。きっとまだ話し足りないのだろう。
そう思った俺はリエスにだけ聞こえるように、そっと声をかける。
「俺はここにいるから見てくるといい。堀が珍しかったと言えば誤魔化せるだろう」
「そ、そうか? では少しだけ行ってくる」
いそいそとラファール達の元へ向かうリエスの背は、とても二百年近い時を生きてきたようには見えない。エルフは人間の十倍くらい生きるそうなので人間に換算するとリエスは二十歳前後、それにしても幼く見えるのは種族の差か彼女が一際童顔なのか……。
しばし真剣に考えたところで、エルフの平均がわからなければ無駄だということに気が付き俺は考えるのを止める。そして答えの出ない疑問を軽く頭を振って消した俺は、灰色の石を積み上げて作られた城を見上げながら今度はリエスから聞いた彼女の伯父と伯母について思い出した。
出生率の低いエルフにしては珍しい双子としてこの世に生まれ落ちた二人はその力を持て余し、百五十歳を迎えたその日に里の外へと旅立った。そして人間という種族に出会い、その生き様や生活を気に入るも、エルフは亜人の中でも長寿で有能な種族であるため一か所に留まると様々な問題が生じる。それ故、十数年単位で人間の国々を渡り歩いているらしい。
優秀な能力を持つエルフが、長らく住み着いているとなれば国や悪人達が殺到するのは目に見えているので、さぞかし大変な思いをしたことだろう。
二人が旅に出たのが今からおおよそ百五十年前。そしてリエスが叔父達と最後に会ったのは、エルフ達がラファールと知り合うきっかけとなった大移住が行なわれた百年前が最後だそうだ。
ちなみに伯父のムスケ殿は火力一辺倒な魔術師で、伯母のスコラ殿は諜報や結界など繊細な魔法に長けた方らしい。伯父は筆不精なのでなにをしているかは不明だが、伯母からは一年に一回は里に手紙が届くそうで、ここ数年彼女はフォルトレイスの城内で外交などを手伝っているとのこと。
三百歳は過ぎているという彼らは里を出てからの百五十年の間、一体この世界で何を見てどのように感じて生きてきたのか。そしておおよそ五十年前に起こった大戦の最中、何処で何を思っていたのか機会があれば尋ねてみたいと思う。ただ、気になる点が一つ。
ムスケとスコラ……なんか聞き覚えがある気がするんだが……。
一体どこで聞いたのだったか。いくら記憶を掘り起こしても浮かばぬ人物像に、俺の気の所為という可能性が脳裏を過る。
そうして喉に小骨が引っかかっているような感覚に首をひねりながら待つこと十数分。思考に耽っていた俺を呼び戻すかのように、パカラ、パカラと蹄の音が近づいて来る音が耳を打つ。
「――リエス。案内人が来られたようだぞ」
徐々に大きくなる蹄の音と人影を眺めながらそう告げれば、ラファール達と共にしゃがみ込んでいたリエスは顔を上げて立ち上がる。次いで素早く身なりを整えると、俺の隣に立った。
そんなリエスに倣い己の身だしなみを確認し、間近に迫っている馬へ視線を戻す。するとその背に跨っていたのは――。
「待たせたな客人方。本日貴殿らをスコラ殿の元まで案内させてもらうお役目を賜ったスムバ・シャムスだ。よろしく頼む」
鬣を思わせるくすんだ黄褐色の髪を風に靡かせながらやってきた案内人は、軽やかに馬から飛び降りると金茶の瞳を細めてそう言った。
「ああ。世話になる。スコラの姪のリエスだ。里の外は不慣れなため非礼もあろうが、大目にみてもらえると嬉しい」
「その点は気にしないでくれ。スコラ殿にはいつも世話になっているからな」
「感謝する」
知らぬが仏とはこのことか。彼のことを知らないらしいリエスは、和やかに自己紹介を済ませると、大きい体躯を屈めたスムバ殿と握手を交わしていた。
『あら。どこかで見た顔ね』
『え? どこで?』
『ほら。ご主人様とお姫様の婚約式の時に――』
頭上で交わされるアルヴィオーネとラファールの会話を何処か遠くで聞きながら、俺は予想外なご仁の登場に心の中で叫ぶ。
――案内人が王弟だと!?
これは一体どんな状況なんだという驚愕と様々な疑問が脳裏を駆けめぐる。それだけリエスの伯母が重要な人物なのか、エルフとの友好をフォルトレイスの王家が望んでいるのか、それとも俺の同行を知ってなのか。
正解はどれだと惑う胸中を隠して表情を引き締めれば、リエスとの挨拶を終えたスムバ殿の金茶の瞳がひたと俺を見据える。そして、ニィと口元が弧を描いた。
「久しいな、ルイド殿。ずいぶんと我が国を満喫しているようでなによりだ」
俺の行動はすべて知っていると言わんばかりの挨拶に引きつりそうになる頬を気合で留めて、優雅に腰を折る。
「お久しぶりです、スムバ様」
驚きはしたが、スムバ殿の登場は俺にとって都合がいいものだ。どのような経緯で実現した状況なのかは不明だが、この僥倖を慌てふためいて無駄にはすまい。
そんなことを考えながら焦げ茶の瞳をしっかり見返して微笑めば、楽し気な笑い声が辺りに響く。
「――ハハッ。焦り一つ見せぬとは、相も変わらず可愛げのない方だ」
「お誉めの言葉として受け取らせていただきましょう」
案内人が俺へ親しげに話しかけてきたことにリエスが目を瞬かせる。しかしアルヴィオーネに一言二言囁かれると、まじまじとスムバ殿を観察しながら会話の邪魔にならないように一歩さがった。
スムバ殿は突然態度が変わった彼女に気が付きながらも追及することなく、俺の頭からつま先まで目を走らせると感心したように頷く。
「年に見合わぬ余裕。ふてぶてしいと言いたいところだが、私もシオンも強く肝が座った男は嫌いではない。此度の訪問、歓迎しよう」
「――ありがとうございます」
サラッと告げられたシオンの名に驚き、一拍返事が遅れてしまった。そんな俺にスムバ殿は満足そうな笑みを浮べる。
「ようやく少し動揺したな」
「いえ、」
「ルイド殿の来訪にはすぐ気付いたのだが、少し事情があってな。情報は逐一上げさせていたが、こちらが招く準備を整える前に城へ来るというからさすがに驚いた。体裁を保つためになんとか予定を調整して出迎えたというのに、涼しい顔をしておるから焦ったぞ」
シオンの名に反応してしまったことを誤魔化そうしたが、俺が言い訳を口にするよりも早くスムバ殿がそう言葉を紡いだ。
告げられた言葉を信じるならば、俺に恩を着せたかったが諸事情により動けず。そうこうしているうちに、俺がリエスという伝手を使って登城しようとしていると知り、慌ててスムバ殿が迎えにきたってことだ。となるとシオンの件を含め、出会い頭からの牽制ともとれる様々な情報の開示は、俺の目的を知りながら協力が遅れたことへの言い訳なのかもしれない。こちらが不快に思う可能性が高い方法だが、フォルトレイスの王族としての立場を考えればこうするしかなかったのだろう。
これまでの会話から考えて、スムバ殿はあくまでも俺のことは『ルイド』という名の王弟の友人として扱い、身元は伏せてくれる気でいる。見た目の変化には触れず、事あるごとに偽名を呼ぶということはそういうことなのだろう。スムバ殿の友人というだけでフォルトレイス内での自由度が跳ね上がるし、この対応は正直ありがたい。
スムバ殿がこちらの意を汲んでくれるというのなら、俺も相応の対応をすべきだ。そう結論付けた俺は、頭一つ半分高いスムバ殿の顔を見上げながら口を開く。
「レヴィ殿からの忠告はスムバ殿が?」
俺の問いかけにスムバ殿は僅かに目元を緩めて答える。
「ああ。不備がないよう命じておいたのだが、問題はなかっただろうか?」
「ええ。連日良い値をつけていただきましたよ」
「俺は問題が起きないよう手続きは速やかにと指示しただけだ。値に関してはルイド殿の腕前があってこそだろうよ」
「ありがとうございます」
お礼の言葉をもって雑談を手短に切り上げた俺は、本題に入るべくスムバ殿が望んでいるだろう言葉を紡ぐ。
「ところで、今城内にシオンがいると伺っているのですが、会わせてもらうことは可能ですか?」
「ああ。スコラ殿とリエス殿も久方の再会故、二人で話したいこともあるだろうからな。その間に俺がルイド殿をシオンの元へ案内しよう」
すでに決めていたのか、迷うことなくそう告げたスムバ殿へ俺も心得ているとばかりに頷いて、彼が望んでいるだろう台詞を口にする。
「スムバ殿の細やかなお気遣い、恩に着ます」
望みは理解していると伝えるべく、わかりやすい言葉を選んだ。もちろん、フォルトレイスでなくスムバ殿への個人的な借りだと主張するのも忘れない。ここでスムバ殿に頼まなくてもリエスの伯母に頼むという選択肢が俺にはあるからな。
台詞に込めた意味を正しく理解したらしいスムバ殿は、小さく安堵の息を吐いたあとしっかりと頷いた。
「承知している。たいしたことはしていないのに悪いな」
「いえ。こういったことはお互いさまでしょう」
他国との外交では弱みを見せず牽制し合うこともあれば、譲歩し合うこともある。ここが俺とスムバ殿の落としどころだろう。
そんな意を込めて笑みを浮べれば、スムバ殿は「礼を言う」と小さく呟いて、俺達の会話に疑問符を飛ばしているリエスへと目を向ける。
「お待たせしてすまないリエス殿。遅くなってしまったが、スコラ殿の元へご案内しよう」
「かまわない。人は身分が高くなればなるほど、回りくどい会話を好むものだと長老が言っていた。私にはわからぬが、今の会話は二人とって必要なことなのだろう」
「そう言ってもらえるとありがたい」
リエスの物言いに思うところがあるもののおおっぴらに笑うことは憚れたのか、スムバ殿はなんとも言えない笑みを浮べてそう返す。次いで気を取り直すかのように咳払いすると、俺達に告げた。
「――では、行こう。城壁の向こうに馬車を用意してある」
その言葉に頷けば、スムバ殿は馬を連れながらその体躯に相応しい堂々たる歩みで城壁の中に入る。その背を追ってリエスと俺、そしてラファール達も大きな門を潜ったのだった。
――アメリアの日記のとあるページより。
○月○日 晴れ
戦況報告しにやってきたセルリーお兄様に今日もムスケが喧嘩を売って、叩きのめされていた。いい加減諦めればいいのに……。
×月×日 曇りのち晴れ
今日はゼノが提案した陣形を皆で試してみた。初めての試みだというのにムスケとスコラの隊の息はピッタリだった。さすが双子ね。
△月△日 雨のち晴れ
朝から大雨だったので鍛錬は中止して、スコラから色々な魔法を教わった。風魔法を使った伝令や諜報の印象が強く、彼女があんなに色々できるなんて知らなかったから驚いちゃった。中でもエルフの里で使っているという生活魔法は興味深くて――。