軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十五話

セルリー様ら計五名の教員から署名をいただき、学園長に夜間の外出許可書をいただいてから早五日。俺は現在、月明かりを頼りに馬牧場へと向かっていた。

夜分に一体なにをしに馬牧場へ向かっているかと言えば、最近目撃されている『青い人魂』と『すすり泣く木』の正体を確かめるためだ。

俺の前方にはバラドやルツェ、ジェフ、ソルシエが歩いており、頭上にはラファールとアルヴィオーネがいる。そして隣には、監督役に指名されたセルリー様の代役として派遣されたユリアと昨日の昼間に知り合った毛玉を肩に乗せたフィアが歩いていた。

「妖精さん達、寒くない?」

『大丈夫ですじゃ』

『お気遣いありがとうございます、火の精霊様』

「ん」

右肩と左肩の両側からフワフワした塊にすり寄られ、フィアはご満悦である。

昨日の放課後、山の妖精を捕獲しようと待ち伏せと突撃を繰り返した俺達だったが、彼らは想像以上に素早く結局その願いは叶わなかった。では何故、こうしてフィアの側に毛玉達がいるのかと言えば、ひとえにラファールとアルヴィオーネのお蔭である。

夕暮れの中、散々妖精達との追いかけっこに時間を費やしたのに手ぶら、という結果に意気消沈しながら戻った俺達を出迎えてくれた彼女達は頭や肩、膝と体中の至るところに山の妖精を乗せた状態で出迎えてくれた。

なんでも、菓子を片手に彼女達が呼びかけたら大人しく出てきたらしい。

もともと、山の妖精達は庇護を受けるため同じ土地に住まう精霊の元に侍ることが多く、その関係は良好なものらしい。ゆえに、フィアのように追いかけ回したりしなければ、妖精達が精霊達の呼びかけを無視することはほぼないそうだ。

俺の手に山の妖精をそっと乗せ、『この子達に聞きたいことがあったんでしょう?』と優しい笑みを浮かべたラファールに、思わず膝から崩れ落ちそうになったのは、もはやいい思い出である。

余談だが、俺が虚無感をぐっと堪えラファール達に礼を告げている側で、ユリアは両手両膝をついて落ち込んでいた。そしてフィアは逃げない毛玉達に手放しで喜び、ジェフとソルシエは乾いた笑い声をもらし、職業柄理不尽な客には慣れているのかバラドとルツェは苦笑を浮かべるに留めていた。

しかしあの時、精霊三人と山の妖精以外の心は確実に『先ほどまでの奮闘はなんだったんだ……』という思いで一致していただろう。

リンリンと澄んだ音で鳴く虫達の声が響く中、昨日の出来事を振り返っていると振り返ったジェフが満面の笑みを浮かべ告げる。

「昨日の放課後も楽しかったですけど、やっぱり夜に出歩く方がわくわくしますね」

「そうだな」

頷けば、ジェフの隣を歩いていたソルシエもこちらを向き、楽しそうに告げる。

「山の妖精達が言っていた、土の精霊様にお会いするのも楽しみです」

「土の精霊様は恥じらいのある方らしいからな……」

ソルシエの言葉にそう答えつつ、俺は先日判明したばかりの衝撃の事実を思い出した。

***

地平線の彼方に半分ほど消えかけた夕日で辺りが赤く染まる中、俺はラファールから手渡された山の妖精と見つめ合う。掌に乗ったクリーム色の毛玉は、綿のように軽く兎の毛のように柔らかだった。

……ふわふわだ。

想像以上の触り心地にひっそり感動していると、円らな瞳が俺を見上げる。

『初めまして、精霊様方の愛し子様』

先に口を開いた妖精は頭を下げたらしく、瞳が見えなくなると同時にくすぐったい感触が俺の掌を襲った。

サワサワ広がるこそばゆさに手を払いたくなったが、そんなことをしてはラファール達の仲介によって得た折角の機会が無駄になってしまう。そう思った俺は、込み上げるくすぐったさに耐えながら、山の妖精の挨拶に応えるべく口を開いた。

「初めまして、山の妖精殿。俺はドイルといいます。好きに呼んでください」

『愛し子様はドイル様と仰るのですね。了解です! 我々に名前はありませんから、好きに呼んでくださいませ。それで、我々に伺いたいこととは何でしょう?』

名乗れば、山の妖精殿はそう言いながら俺の手の上で跳ねる。

そのポフポフした感触と毛玉が跳ねる可愛らしさに頬が緩みそうになるが、時刻は夕暮れ、そろそろ寮に戻らなければ夕食を食べ損ねてしまう可能性がある。

俺とバラドは貴族特権でどうにでもなるが、ルツェ達はそうもいかないからな……。

早く質問を済ませなければ、と俺は表情を引き締めて山の妖精に尋ねた。

「ここ最近、貴方達が『菓子泥棒』という名で噂になっているのは知っているだろうか?」

『! その……はい。お騒がせて申し訳ございません』

俺の質問にシュンとした声で答える山の妖精は、本当に申し訳なく思っているのだろう。心なしか毛が萎れてきている。

「ああ、いや、そんなに恐縮しないでいい。別に怒ってない。ただ、去年はまったく噂を聞かなかったら、今年になってどうして活発に行動しはじめたのか聞きたいだけなんだ」

見るからに落ち込んでいる山の妖精の姿に、なんとなく早口になりながら用件を伝える。すると、意外な理由が彼の口から飛び出した。

『出歩くことの少なかった土の精霊様が、最近気になることがあるらしく学園中を歩き回っておりまして。そのため我々も彼の方を探しに校舎や寮の中に入ることが多くなり、つい見かけたお菓子を……』

どうしても誘惑に勝てなくて、と申し訳なさそうに謝る山の妖精には悪いが、彼らの菓子の盗み食いなどもはやどうでもよかった。

彼の口から出た驚きの言葉に、慌ててラファールやアルヴィオーネを見れば彼女達も驚いたように目を丸くしていた。

「ここに土の精霊がいるの? 私、全然気が付かなかったわ。ラファール、貴方知ってた?」

「いいえ。今初めて知ったわ。フィアは?」

「しらない」

いつの間にか毛玉達と一緒にお菓子を食べていた精霊達は、顔を見合わせると口々に知らなかったと告げる。

そんな反応に、彼女達の体に乗っていた山の妖精達は一斉に口を開いた。

『この学園という建物を人間が作るずっと前から、土の精霊様はこの地におりますじゃ』

『でも、土の精霊様は恥ずかしがり屋さんなのです』

『だから他の精霊様や人間達に見つからないよう、地中深くに潜られているの』

『普段は、土人形を使って地上のことを見守っておられる。用事がある時は、土人形を探して話しかけるといい』

『そうすれば、土の精霊様に伝わるわ。最近は人間の人形を使って、図書館で本を読んでいることが多いみたい』

そうして告げられたのは、衝撃の事実であった。

***

――しかしバラドと目撃したアレが、土の精霊様が作りだした土人形だったとはな。

山の妖精の証言を思い出し、図書館で見た『二人目の図書館司書』の姿を思い浮かべる。

ベージュ色のズボンとベスト。

清潔感のある白いシャツ。

それから、一つにまとめ左側へと流された栗色の長髪。

リーブル殿とそっくり、と言うよりもまったく同じ格好をしたその人が、土から作られたとは到底信じられなかった。

しかし、『二人目の図書館司書』が土人形だったとしたら納得できる点がいくつかある。

視界に収めるまで存在を認識できなかったのは、生き物でなく人形だったから。バラドと二人がかりでも追えなかったのは、術を解けば人形はただの土に戻り、使われていた魔力は地へ還ってしまうからだ。それに、床に砂が残っていた原因も解明される。

風魔法を突き詰めれば、人形を本物さながらに動かせるとラファールが証明してくれたように、土魔法を極めれば人と見紛うほど精巧な人形も作れるということなのだろう。

土の精霊が作る精巧な造形と、ラファールの人形を生き物同然に動かす技術があれば、様々なことができそうだ。

今度教えてもらえないか頼んでみようと思いつつ、俺は妖精達が言っていた土の精霊様の人柄について思い浮べる。

それにしても、引きこもりの精霊様か……。

人を厭い町から離れた場所に居を構えたり、孤独を好む精霊の話は過去の資料などで読んだことがあったが、恥ずかしがり屋であるが故に身を隠しているというのははじめて聞いた。

それも人間相手の場合だけでなく、同じ精霊に対しても人見知りが発揮されるというから驚きだ。この地に住まう土の精霊様は、余程人づきあいが苦手らしい。

――流石に契約は無理だろうが、土人形の作り方を教えてもらえるくらいには、親しくなれるといい。

そんなことをつらつらと考えていると、ソルシエがおもむろに口を開く。

「約束した場所に来てくれるといいですね」

「ああ」

その言葉に頷けばソルシエは顔を戻し、隣を歩くジェフと話し始めた。

用意した菓子と引き換えに土の精霊への伝言を頼めば、山の妖精達は二つ返事で頷いてくれた。お願いしたのは『本日の夜、月が中天に昇った頃に正門の前でお待ちしております』という言付け。正門にしたのは照れ屋な土の精霊様が、教師や生徒達へ目撃されないようにというささやかな配慮だ。

本当に来てくれるか不安だが……。

妖精達は確かに伝えてくれたらしいので、期待しておくことにする。ただ、土の精霊との約束時間まで時間があるため、それまでは『青い人魂』と『すすり泣く木』の解明だ。

「しっかし、今晩はやたら明るいな」

「もうすぐ満月だからね」

灯りを必要としないほど照らされた辺りを眺めたジェフの呟きに、煌々と輝く月を見上げたソルシエが小さく答える。

雑談を交わす二人とその後ろを歩くルツェとバラド、それからなにやら上空で盛り上がっているラファールとアルヴィオーネ、山の妖精と戯れるフィアとユリア、それぞれの様子を確認しつつ、俺は静まり返った道を進む。ちなみに、今俺達が歩いているのは学園商店街などにも使われる大通りだ。

バラドやルツェ達が集めてきた情報によると『青い人魂』はこの辺りを徘徊し、馬牧場の方に消えていくとのこと。大通りは寮の裏手にあるため、夜中に厠や飲み物を取りに部屋を出た生徒達に、結構な頻度で目撃されているそうだ。

日差しのある昼間と違い、日が落ちた夜は冷たくなりはじめた秋風が随分と身に染みる。この様子ならばあっという間に秋が深まり、やがて冬が来るだろう。

逃亡中のマリスやゼノスが動くならば、恐らく春先。今頃彼らは次の獲物を探し、準備に勤しんでいるはずだ。

彼らが事を起こす前にどうにか見つけられれば最良だが、現状の成果は思わしくない。ならばせめて、次に対峙した時に無様な姿を晒さないよう、きたるべき日に向け力を蓄えておかなければなるまい。

――次は逃がさない。

ゼノスを抱え、あっさり城から逃亡したマリスを思い出しながら、心の中で誓う。

と、その時だった。

「ドイル様!」

「あちらをご覧ください!」

俺を呼ぶ声にハッと前を見れば、バラドとルツェがなにかを指さしていた。そんな二人の前では慌てた様子で駆けだすジェフとソルシエの姿。そして彼らの視線の先、俺達から少し離れた前方では『青い人魂』が宙を舞っていた。

目に映った光景に、俺は声を張り上げる。

「ジェフとソルシエはそのまま真っ直ぐ行け!」

「「はい!」」

「ラファールとアルヴィオーネは上から追ってくれ!」

「いーわよ」

「任せて、愛しい子」

「ユリアとフィアは俺と来い。右から回り込むぞ!」

「うん!」

「ちょ、まって!」

ようやく出会えた怪奇現象を見失わないよう注意しつつ、皆にそう命じれば前や上、横とそこかしこから元気な返事が聞こえてくる。

「バラド、ルツェ、追跡は任せた!」

「承知いたしました!」

「お気をつけて!」

二人にフォローを頼み、俺も走り出す。

別れ際に見た皆の顔には、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。

――今だけは、皆と過ごすこの時間を楽しみたい。

澄んだ夜空に映える青い光を追いかけながら、俺はそんなことを思った。