軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十話

人とは違う美しさを纏った幼い少女が満面の笑みを浮かべ、ふわふわしたものを握りしめた手を差し出す光景は微笑ましく可愛らしい。そう。大変愛らしいのだが、問題はその手の中のものが喋ったという点である。

い、今、あの毛玉喋ったよな?

聞き間違いであってほしいという願いも込めて、俺はそれを凝視する。しかし再び耳を打った声に、淡い期待は吹き飛んだ。

『火の精霊様、わしには行かねばならんところがありましてっ』

やはり毛玉から声が聞こえる。

ネズミやリスといった小動物とは違う、綿毛やポンポンのような姿はまさに毛玉。毛足の長いクリーム色に包まれたその身は、かの有名なケセランパサランに似てなくもない。

実家や学園で学んだ知識を漁るも、該当する生き物や魔獣はおらず。新種か、はたまたセルリー様の実験による副産物か、と様々な考えが頭を過る。と同時に、なんだかよろしくないことに首を突っ込んでしまった気がひしひしとした。

そんな俺の胸中を知ってか知らずが、ハムスターほどしかないそれは、フィアの手から逃れようと必死に身を捩っている。

『むむむ。なんのこれしき!』

彼女の手の中で、細く柔らかな毛がもふもふと揺れる。その感覚がくすぐったいのか、フィアの口からくすくすと笑い声が零れた。

「ふ、フィア。その生き物は一体?」

もしかしたら彼女はその正体を知っているかもしれない、という期待を込めて問いかける。初めて見るその生物について尋ねる己の声は、思った以上に震えていた。

未知の生物との遭遇に動揺する心を落ち着けようと努める俺を他所に、彼女は無垢な目でこちらを見上げながら答える。

『わかんない。外を歩いてたら見つけたの』

『む?』

コテンと首を傾げ答えたフィアに、毛玉が振り返る。すると、ふわふわした毛の隙間から覗く円らな瞳と目が合った。

目とかあったのか……。

もはやなにに驚けばよいのかわからなくなる最中、毛玉は俺の姿を捉えると目を見開いた。

『――人間!』

毛玉が叫び暴れ出す。

先ほどまでとは打って変わる激しい抵抗に、丸々とした体がポンと音を立ててフィアの手から抜けた。時同じくして、彼女の口から声が漏れる。

『あっ』

『逃げねば、逃げねばっ』

拘束から抜け出た毛玉はそう言って床に落ちると、スッと吸い込まれるように溶けて消える。

『いっちゃった……』

残念そうなフィアの声を聞きながら俺は、茫然とその光景を眺めていた。

***

……あの生き物はなんだったんだ?

ザワザワと賑わう談話室で、昼間の出来事を思い出す。

あのあと、我に返った俺はすぐさま毛玉が消えた場所を調べた。しかし、例の生き物が消えた場所に異常はなく、辺りを探ってみても俺やフィア、バラド、それから図書館司書の気配しかなかった。

バラドには見えていなかったようだし、あれは精霊の類いだったのか?

慌てて周囲を調べる俺に、バラドはなにごとですかと尋ねた。すなわち、あれはフィアと同じ精霊もしくはそれに近しい生き物だと思われる。フィアに心当たりがなかった点から省みるに、セルリー様の線は薄いのが不幸中の幸いといえよう。

ただ、毛玉が消えたことで興味が失せたらしいフィアは、さっさと図書館から出て行ってしまった。どういった状況で発見したのか、またどれくらいの間追いかけていたかなど色々聞きたいことがあったのに残念である。

まぁ、明日の放課後にグレイ様とセルリー様の研究室に行く予定なので、その時にでも彼女に詳しく聞いてみようと思う。

「気が付いたらお菓子がなくなっているそうなんです。他にも深夜に聞こえるすすり泣く木や人知れず踊る水とか青い人魂、消える扉に動く人形とか色々目撃情報があって、学園の七不思議だって最近噂になっていて――ドイル様? 大丈夫ですか?」

昼間の毛玉についてそう結論づけたところで、ソルシエの声が耳を打つ。ハッと顔を上げれば、ルツェやジェフ、バラドといった共に夕食を取っていた面々が俺を見ていた。

――やってしまった。

聞き役に徹することが多いソルシエにしては珍しく話題提供してくれていたというのに、考えに耽るあまり彼の言葉を聞き逃してしまったようだ。

久々に部下達と交流しようと食堂にやって来たというのに、誘った本人が上の空など失礼にもほどがある。

そう思った俺は、素直に非を詫びた。

「すまない、ソルシエ。途中までしか聞いてなかった」

「いえ、僕のはたいした話ではないのでいいんですけど、なにか気になることでもあるんですか?」

ソルシエのその言葉に、俺の脳裏にクリーム色の物体が思い浮かぶ。

ルツェ達ならば、なにか知っているかもしれないな……。

ルツェ達は商家や鍛冶屋、魔道具店とそれぞれ専門的な知識を必要とする職種を目指す者達だ。俺やバラドに身に覚えがないことでも、彼らならば知っているかもしれない。

そう思った俺は、三人に毛玉について心当たりがないか聞くべく、口を開く。

「話を中断させて悪いが、未知の生物と遭遇してな。害意は感じなかったから、そう危ないものではないのだが、詳しく観察する間もなく逃げてしまったから、気にかかったんだ」

「どんな生き物だったんですか?」

未確認生物と聞いて興が乗ったのか、ソルシエが楽しそうな笑みを浮かべ話の先を求める。見渡せばルツェやジェフも身を乗り出してきたので、こちらの話題に移っても問題なさそうだ。

皆の反応にそう判断した俺は、身振り手振りを交えながら、図書館で遭遇した生き物について語る。

「このくらいの大きさの、毛玉のような生き物だった。毛足の長いクリーム色の毛に覆われていて、話すんだ。小動物のような円らな瞳をしている。セルリー様のところにいる火の精霊が捕まえていたんだが、俺と目があった途端、彼女の手から逃げようと暴れ出したんだ。そうして脱出すると、床に吸い込まれるように消えてしまった。バラドの目には映らなかったようだから、恐らく精霊に似たなにかだとは思うのだが、そのような生き物の噂を聞いたことあるか?」

俺の言葉にルツェとソルシエが顔を見合わせると、首を振り知らないと態度で示した。次いで、ルツェはバラドへと目を向ける。

「バラド様も心当たりがないのですか?」

「……ええ。残念ながら」

ルツェの言葉にバラドが心底悔しそうに頷く。おおかた、折角俺の役に立つ機会だったのに、とでも考えているのだろう。

フィアが去ったあと、毛玉について尋ねた俺に大変申し訳なさそうな表情で「お力になれず申し訳ございません」と告げたバラドを思い出していると、ジェフがおもむろに口を開いた。

「……ドイル様が見たのって、山の妖精じゃないですか?」

「山の妖精?」

ジェフの口から出た単語に首を傾げれば、ジェフは軽い調子で頷く。そんなジェフによもや知らなかったのは俺とバラドだけかと焦り、慌てて皆の反応を見る。

横目で確認したところ、ルツェやソルシエも目を瞬かせていたので、そうメジャーな話ではないらしい。己が世間知らずなわけではなかったことに胸を撫で下ろしつつ、俺はジェフに続きを促す。

「山の妖精とは、どういったものなんだ?」

「ドワーフの間に伝わる古い言い伝えですよ。綿毛やワーラビットのしっぽのような姿をしていて、彼らがいる山では質のいい木材や鉱物がとれるって言われてます」

山の妖精の説明を聞きながら、そういえばジェフがお世話になっている鍛冶工房のフェルリエラー夫妻はドワーフだったなと思い出す。

「山の妖精は甘いものが大好きで、蜂蜜とか砂糖菓子を供えると鉱物が発掘できる場所を教えてくれるらしいですよ。親方が育った村では新しい採掘現場を探す時に、菓子とかをお供えする風習があるとか。子供の頃、お供え物をよく盗んで食べた、と笑ってました」

「そんな言い伝えがあるんだな……ありがとう、参考になった」

「いえいえ」

話終えたジェフに礼を告げ、バラドを見れば「調べておきます」という声が返ってくる。頼もしい従者に頷いたところで、俺は手元にあったお茶に口付ける。

と、その時、ルツェが不意に口を開いた。

「……案外、七不思議の一つはその山の妖精かもしれませんね」

ルツェの言葉にパチリと目を瞬かせたジェフやソルシエ、バラドまでもが納得したように頷く。

「ああ、確かに」

「言われてみれば」

「山の妖精が、件のお菓子泥棒である可能性は高いですね」

得心がいったという表情を浮かべる四人に首を傾げれば、疑問符を浮かべる俺に気が付いたバラドが説明してくれる。

「先ほどソルシエがしていた学園七不思議の話です」

「七不思議?」

学校の七不思議はどこの世界にもあるんだなと思いつつ、俺はバラドに話の先を促す。

「はい。教室や談話室、自室に置いておいたお菓子が知らぬ間に消える『菓子泥棒』、風も吹いていないのにすすり泣くような音が聞こえる『すすり泣く木』、水魔法を使っている人の姿はどこにもないのに中庭のため池の水が突然宙を舞う『踊る水』、馬牧場の林で目撃されている『青い人魂』、通った時は確かに見たのに帰りにはなくなっている魔法科の『消える扉』、生徒達が作った作品が保管されている展示室の人形が夜な夜な動く『動く人形』、誰も顔を見たことがない『もう一人の図書館司書』の七つです。どれも多くの生徒が目撃していて、最近もっぱらの噂なんですよ」

「……そうか」

バラドの説明に、苦いものが込み上げる。

なぜならば、今しがた聞いた七不思議のうち、三つは思い当たる節があったからだ。

まず『踊る水』。

これは、十中八九アルヴィオーネの仕業だろう。実際に目撃したわけではないが、彼女は昼間中庭のため池で生徒達の観察に勤しんでいると聞いている。見るついでに生徒達を驚かせて遊んでいても何ら不思議ではない。

次いで『消える扉』。

こちらは、セルリー様が俺との修行用に作った隠し部屋のことだろう。セルリー様の研究室と同じ並びに作られており、仕掛けをいじると扉が出現する。時折、フィアがあそこでラファールやアルヴィオーネ達に力の使い方を教わっているそうなので、その時に目撃されたのだろう。器に入っていない精霊の姿は一般生徒には見えないので、あたかも扉だけが出たり消えたりしているように見えたと思われる。

そして『動く人形』。

これに関しては、以前ラファールが「はじめてやったけど、人形遊びって楽しいのね」と喜んでいた記憶がある。おおかた、姿を消して遊んでいたところを生徒達に見られたのだろう。

となると、『お菓子泥棒』はいいとして、ほかの七不思議についても確認しておいたよさそうだな……。

七つ中、三つが身内の仕業である可能性が高い以上、残りも推して知るべし、である。現にそれらの噂は、俺が彼女達を連れ帰ってきた最近、流行り出したものらしいしな。

「ドイル様。なにか気になる点でも?」

黙り込んでしまった俺に、バラドがそう問いかける。

「いや、噂のうち三つほど、原因に心当たりがあってな……」

俺がそう答えれば、ルツェが楽しそうな笑みを浮かべた。

「それはそれは」

「え」

「本当ですか?」

ルツェに続き、ジェフとソルシエが驚きの声を上げる。次いで、わくわくした表情を浮かべた彼らに俺は、一つの案を思いついた。

――ルツェ達と共に七不思議の確認をするのも悪くないな。

思えば、最後に彼らと行動を共にしたのは、王都の騎士団の時である。それも、初日の方のみで、途中からは俺はガルディやシオン、ゼノスの件で奔走していた。

その後は、クレアとの婚約式の関係で俺は登城してしまったし、学園に帰ってきてからはラファール達やユリアにかかりっきりだった。

俺の予想が外れていなければ、噂はどれも危ないものではない。本当に危険なものだったのならば、セルリー様やグレイ様辺りから情報が入ってきているはず。

あの毛玉について調べなければと思っていたところだし、男は冒険とかを好むもの。彼らとの交流を深めつつ、七不思議を調べるのは存外楽しいかもしれない。

そう結論付けた俺は、心当たりを聞きたそうにしている三人に告げる。

「心当たりのある『踊る水』、『消える扉』、『動く人形』の真相を確認がてら、一緒に他の七不思議も調べてみないか?」

「「「ぜひ!」」」

提案に喰いついた三人に笑みを浮かべ、俺は再度お茶を口にした。