軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十四話

傭兵達が魔獣達と相対していると、時々巨大サラマンダーやタイラントベアー、グリフォンにマンティコアといった強力な魔獣が現れる。

その度に俺はジンと共に駆けつけ戦い、倒したら次の強敵を求めて移動する。そんな行動を、一時間ほど繰り返した。

魔獣との戦いを重ねるごとに、俺とジンは傭兵達が形成していた防衛ラインから少しずつ離され、現在は深淵の森の中腹まで来ている。

浅瀬よりも背の高くなった木々が日差しを遮るそこは薄暗く、湿り気を帯びた空気が肌に纏わりつく。嫌な静寂が漂う中、俺とジンは道標のごとく現れる魔獣を倒し進んだ。

そうして目の前に現れたのは、真白の砦。

――『魔獣に誘導されている』という推測は正しかったってことだな。

薄暗い森の中、白く浮かび上がる建造物にそんな感想を抱く。

建造物とはいっても、そう立派なものではない。糸をよりあわせて作られているらしいそれは、砦というよりは大きなテントといった方が正しい風貌である。

サーカス団などが使用している、一戸建てが簡単に入りそうな移動式テントが木々や岩に伸びる糸で支えられているといった感じだ。

防衛拠点とするには頼りないそれを何故『砦』と称したかといえば、土を盛り上げ作られた土手のようなものに囲われ、見張りだろう数多の魔獣達に守られているからである。土手の上には、弓らしきものを手にしたコボルトの姿も見受けられ、見栄えは今一つだが『敵を迎え撃つ』という意志は十分感じられた。

森の中にあるには異質なそれに、ジンが目を見開く。

「ドイル様、これは……」

「砦、なのだろうな」

「……魔獣が砦を作るなんてこと、ありえるのですか?」

目と鼻の先に広がる光景に、ジンが信じられないといった様子で呟く。

その声に目を向ければ、ジンの顔には純粋な驚きが広がっていた。

砦を作れるほど高い知能を持った魔獣へ恐怖するのではなく、好奇心を抱くあたり流石ジンである。心配していたわけではないが、少し損した気分だ。

「ありえるから、あそこに砦らしき建造物があるのだろう」

興味深そうな目で砦を見ているジンにそう返し、俺は砦の観察にはいる。

――砦とそれを囲う城壁に弓兵。これも彼奴らの入れ知恵か?

一応の形を成している砦を見据え赤い髪の男やゼノスを思い浮べるが、その考えはすぐに消した。

王都を襲わせるために奴らが知識を与えたにしては、この砦の出来栄えはお粗末だ。

高地や切り立った崖が背を守ってくれるといった利点がある地形ならばまだしも、こんな森のど真ん中に砦を建てたところでたいした意味はない。

砦を形成している素材も、大蜘蛛が出したと思われる糸である。魔獣から生み出された糸なのでそれなりの耐久性はあるのだろうが、それでも砦の素材としては不十分。

城壁だろう土手は俺の頭を超えるかどうかといった高さだし、あれで敵の攻撃を防ぐのは無謀というものだ。

個人的な意見になるが、形としては城壁や砦を知っているが、それらが持つ意味や役割をわかっていないのだろうなという印象を受ける。

教えを受けている最中に離反したのか、はたまた統率者が元々持っていた知識か。どちらにしろ、統率者は中途半端な知識しか持ってないと思われる。

それなりの教えを受けていたのならば、実戦で魔獣達の性能を試す必要もなかっただろうしな。

あの赤い髪の男が諦めるくらいだからな……。

ここの統率者は他者に従うのを嫌う、かなり我が強い自信家なのだろう。

砦やこれまでの戦いを思い返しそう結論付ければ、驚き終えたジンが計ったように口を開く。

「防衛力はそう高くはなさそうなので正面突破できそうですが、どうしますか?」

「そうだな……」

若干の期待を浮かべながらどう攻略するか尋ねるジンに、俺は再度砦へと目を向ける。

砦を囲う城壁に高さはなく、俺とジンの身体能力であれば飛び越えられそうだ。見るかぎり土を盛って作っただけのものなので、壊すのも簡単だろう。

上に立っている弓兵も所詮コボルト、その弓矢を見るに射程距離も長くなさそうなのですぐに片付く。

どちらかといえば、下にいる魔獣達の方が厄介だ。数が多いだけでなく、大蜘蛛やオークといった強い種もいる。その上、毒性を持つ種も交じっているからな。

俺は毒への耐性が強いし、グレイ殿下の側仕えに選ばれたジンもそれなりの訓練は受けているはずなので即死といった心配はないだろう。だからといって、戦いに夢中になっている間に毒を受けるのは好ましくない。

ジンも言っているとおり強固な砦ではないので、俺かジンの魔法で殲滅できる。暴れたそうなジンには悪いが、距離を置いたまま戦うというのが正解だろう。

「毒を持っている種も見受けられるから、交戦するよりもここから魔法で片を付けた方がいいだろう。ジョイエ殿達もお待ちだしな」

期待した目でジンが俺を見ていたので、念のためジョイエ殿達の名も出しておく。するとジンも納得したのか、残念そうな表情を浮かべながらも同意した。

「そうですね」

「一掃するなら、氷魔法よりお前の炎魔法の方が適していると思うのだが、頼めるか?」

「お任せを」

ジンに殲滅するよう頼めば、少し気分が浮上したのか力強い声が返ってきた。

戦馬鹿も考えものだな……。

大きな魔法を使うため、槍に火を纏わせ集中するジンの姿にそんなことを考える。

思い起こせば、俺の部下はバラドや商人のルツェ、鍛冶師を目指すジェフに魔道具作製が家業であるソルシエに薬学科のレオ先輩方と戦闘を好まない職種ばかり。

戦闘職にあたるガルディは効率を考えるタイプだし、傭兵であるシオンは金にならない無駄な戦いを嫌う。

そのため、なにかと戦いたがるジンのようなタイプは新鮮、悪くいえば扱いにくい。

行動を共にすることは多いが、今まではグレイ様がジンの手綱を握っていたから気が付かなかった。

騎士団にはこの手のタイプが多いので、早いうちに扱い方を学ばなければ近い将来痛い目を見るだろう。手近な脳筋といえば、戦士科の生徒達がいる。予行練習というわけではないが、彼らを本気で従えてみるのも悪くない。

そうして新たに見つけた課題とその対策に俺が気を取られている間に、準備を終えたジンが叫ぶ。

「【炎龍】!」

吸うことを躊躇するような熱風と共に、三メートル以上あろう太さの龍が宙を飛ぶ。

放たれた炎の龍は火の粉をまき散らしながら、意志があるかのように真っ直ぐ砦へと向かっていった。

――ガ、ガウ?

――グルルルル!

――ニ、ニゲロ!

驚き目を見張るコボルトや逃げ出す魔獣達の鳴き声に混じり、大蜘蛛かオークのものだろう声が微かに聞こえた次の瞬間、炎の龍が真白の砦を呑み込み天へと舞い上がる。

砦をだけを狙ったのだろうが、結構な量の魔力を費やし生み出された炎龍は周囲を百メートル以上は焼き、生い茂った木々をぶち抜いて空高く消えていった。

残されたのは、燦々と注ぎ込む陽光に照らされる見晴らしのよくなった一帯と燃え盛る森。

目の前に広がる信じられない光景に、意識が遠のく。

――ミシ、ミシミシミシッ。

パチパチと火の爆ぜる音が響く中、根元を焼かれた大木が倒れ地を震わせる。

その衝撃でハッと我に返った俺はジンに負けず劣らない、いやそれ以上の魔力を込め氷の龍を生み出した。

「っ、【氷龍】!」

ジンが生み出したものよりも一回り大きい氷の龍は、炎龍が通った道をなぞるように飛び去る。その勢いは焦る俺の胸中を反映したかのように凄まじく、瞬く間に火を消し止め氷の世界へと変えていく。そして、空高く舞い上がると氷龍は砕け散った。

肌に触れた途端溶けるような極小の氷が辺り一帯に降りそそぐ中、俺は文句の一つでも言おうとジンへ向き直る。

とその時、俺達のすぐ側で成人男性よりも大きいサイズで一つと、俺達と同じくらいの大きさで二つの計三箇所に氷が降り注いでいないことに気が付く。

舞い散る細氷が陽の光を反射しダイヤモンドダストのような光景が広がる中、ぽっかりとあいた三つの空間は異質。

そう認識した後の行動は、条件反射のようなものだった。

オレオルに手をかけ、一番大きいソレに【初撃の一閃】を使う。次いでエスパーダを抜き飛刀を二つ、多めに魔力を込めて飛ばす。

手応えは、あった。

「あ゛ぁっ!」『ぐっ!』

ジンが目を見開くのと、男女の悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。

突如聞こえてきた声に、ジンは俺が攻撃した方向とは逆へ飛び退き槍を構える。

得物を構え直した俺とジンの目の前に姿を現したのは、人間の女性の上半身と同じ形をした豊満な体と、蜘蛛の腹部に足。白い腕からは血がポタポタと流れ、乱れた黒髪から覗く美しい顔は痛みに歪んでいる。しかしその眼光は鋭く、忌々しそうな目で俺達を見据えていた。

アラクネと呼ばれる魔獣、いや魔王である。

そのすぐ側には飛刀によって絶命した一匹と、足を一本失った大蜘蛛。アラクネと共に聞こえた声は、足を失った大蜘蛛のものだったようだ。

「ドイル様」

「目を放すな。アラクネは姿を消して巣に餌がかかるのを待つのが得意、と書かれているのを読んだことがある」

「はい!」

返事の後、ジンが全神経をアラクネ達に向けたのがわかった。

そんなジンに目を向けることなく、俺も彼女達へ意識を集中させる。

姿は勿論、足音も気配もないアラクネの接近に気が付けたのは偶々だった。ジンがやらかさなかったら、俺かジンのどちらかは致命傷を喰らっていただろう。

こうしてその姿を目にしていても、俺の気配察知では感知できないくらい、アラクネの隠密能力は高い。そして側にいる大蜘蛛も、近いスキルをもっている。

――先ほどの攻撃で仕留められなかったのが、悔やまれるな。

すでに氷は降り止んでおり、目視で行方を追うのは不可能。姿を見失ったら命取りになる。

そんなことを考えながら彼女達の動きを警戒していると、じっと俺達を睨んでいたアラクネが口を開く。

「――不意をつくため用意した砦を近寄ることなく一掃したかと思えば、こうも容易く私を傷つけ血を流させる。なんと危険な人の子らか」

強い決意を湛え俺達を見据えるアラクネは、酷く美しかった。