軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十七話

「クレアを待たせないよう、早く帰ってこい」

「我が娘が泣くことのないよう、無事戻るように」

そんなありがたい激励をグレイ様と国王陛下から賜った俺は、現在野外鍛錬所にいた。連日俺とオブザさんが朝の鍛錬に使っていたそこは、沢山の魔術師と騎士で溢れている。彼らは深淵の森に出発する第一陣と、転移陣を動かすための人員だ。

まずは住民の避難や防衛拠点作りということで、俺達のいる第一陣は全体的に魔術師の割合が多い。そのため、責任者はジョイエ殿となった。

森に到着するや否や襲われても対処できるよう、最前列にジョイエ殿、最後尾には俺とジンが待機している。到着後は周囲に危険がないか確認でき次第、ジョイエ殿達は住民の避難の手伝いや魔獣達を王都に向かわせないための罠や塹壕作り。俺とジンは傭兵達と合流し、魔獣の数を減らしつつ森の外にでないよう足止めに専念する予定だ。

第二陣の責任者は騎士団団長。こちらは魔獣の殲滅を目的としているため騎士団、魔術師団から攻撃に特化した者達が選ばれている。

これから出陣する俺達を見送る者はいない。

皆、陛下のお言葉通り各々の役目を果たしているのだ。

マジェスタ城を眺め、中で慌ただしく働いているだろうグレイ様達を思い浮べる。少し間をおいて城から視線を外した俺は、次いで自身の装備や持ち物に不備がないか確認する。

深淵の森に行くにあたり、バラドやレオ先輩達はグレイ様に預けてきたため、忘れ物があっても頼る者がいないからだ。

……そう言えば、バラドに渡されたアレには何の意味があるんだろうな。

腰にさげたエスパーダとオレオルから始まり、レオ先輩達から渡された治療に必要な薬一式、バラドが用意した野営に必要な道具確認したところで、携帯食と一緒に渡された飴玉を思い出す。

俺用と思われる小さな袋と、とりあえず量を揃えたと思わる大袋に入れられた飴。

バラドは『甘いものを口にすれば緊張もほぐれます』と言っていたが、大袋の飴は誰に向けた気遣いだったのか。慌ただしい出発だったため、真意を聞き損ねたのが悔やまれる。

騎士や魔術師達ではないだろうし……。

久方ぶりの大がかりな戦闘に、緊張と高揚が入り交じった空気が漂っている。彼らの表情を見る限り士気は高く、甘味で気分を慰める必要はないように思える。

しかし、バラドが無意味なものを持たせるとは思えない。

……まぁ、必要な時になったらわかるか。

そう結論付けた俺は、静かに出発の時を待つ。

隣を見ればやる気に満ちたジンがおり、前方には武装を終えた騎士や魔術師達が隊列を組んでいる。出陣の時を静かに待っている俺達の周囲には、転移陣を動かすため杖を持った魔術師達がおり、その中にはセルリー様の姿もあった。

着々と整う準備を眺めながら、朝特有の爽やかな空気を思いっきり吸い込む。燦々と降り注ぐ陽光に、今日はきっと暑くなるなと思った。

そうこうしている内に、その時はやって来た。

いい意味で緊迫した空気がピリピリと肌を刺激する中、杖を携えたセルリー様が居並ぶ魔術師達の間から歩み出る。

「それでは、第一陣の転移を始めます。皆、陣から出ないようお願いしますね? はみ出た部分だけ城に残ることになりますよ」

セルリー様の言葉に、魔術師や騎士達がザッと音を立て整列し直す。ギリギリまで広がっていた人々が一斉に中心に寄ったことで、足元に書かれた転移陣が顔を覗かせた。劇的な変化である。

セルリー様は、一分の隙もなく陣の中に収まった俺達に微笑むと杖を掲げた。

「いってらっしゃい。ご武運をお祈りしていますよ」

杖が降ろされると、足元に描かれた魔法陣が青白い光を放つ。

強まる光の眩しさに目を閉じれば大きな魔力が身を包み、次いでぐらりと揺れる。平衡感覚がなくなる気持ち悪さを感じたのは一瞬、気が付けば俺の足は地を踏みしめていた。

森林特有の、湿った土と草木の青臭い匂いが香る。

変化した空気にそっと目を開ければ、百メートルほど先に鬱蒼と茂る木々。

無事、深淵の森の入り口に到着したようだ。一年ぶりに見る深淵の森はどこか不気味で、耳を澄ませば様々な生き物の鳴き声が聞こえる。

【気配察知】を使えば、慌ただしく動き回る生き物の気配がいくつも感じられ、合宿の時とは状況が違うのだと思い知らされる。大きさからいって気配の正体は小動物だろうが、森の入り口付近でこの数は異常だ。

彼らは魔獣達に追い立てられて、ここまで来たのだろう。周囲に小動物以外の気配がないか念入りに確認し、俺はその旨を近くにいた隊長格の騎士に告げる。

「小動物が多いようですが、周辺に差し迫った危険はありません」

「承知致しました――総員、準備に入れ!」

騎士の号令に従い、近くにいた魔術師や騎士達が一斉に動き出す。

「俺達はジョイエ殿の元に向かって大丈夫ですか?」

「はい。ご協力、ありがとうございました!」

「いえ、それでは失礼しますね」

大げさなほど丁寧に頭を下げた騎士にどうにも決まりが悪く、ジンを連れて足早にその場から離れる。お爺様と手合せした成果か、騎士達から向けられる視線が熱くて困る。

背に視線を感じながら、ジョイエ殿を探し歩き出した。

辺りを見回せば、結界の準備に治療所や野営の設置、森に潜るための戦闘準備を行っている者達など、皆各々の仕事に取り掛かっている。よく見るとどこも五、六人ずつで隊を組み、事にあたっているようだ。仕事の内容によって魔術師の割合が多かったり、騎士ばかりだったりと様々だ。

彼らの邪魔にならないよう気を配りながら人ごみの中を進むこと数分、ジョイエ殿の声が耳を掠める。

「――ドイル様!」

足を止め辺りを見回せば、屈強な騎士達に埋もれながらも懸命に上げた手を振る魔術師団団長の姿。その側には、父上の部下らしき近衛の制服を着こんだ騎士が見えた。

「ジン、あっちだ」

騎士達の武器に目を奪われていたジンの首根っこを掴み、ジョイエ殿元へ向かう。

「お待たせして、申し訳ございません」

「大丈夫です。早速ですが、こちらの近衛騎士が傭兵達の元に案内してくれるそうです」

ジョイエ殿に紹介された近衛騎士は、俺達の姿を確認すると会釈する。どこか見覚えのあるその騎士は、王都の課外授業で会った近衛騎士達同様、幼い頃世話になったことのある人だった。

「――ご無沙汰しております、リヒター殿。よろしくお願いします」

そう言って礼を返せば、近衛騎士は柔らかな笑みを浮かべる。

「覚えていてくれて嬉しいよ、ドイル君。立派になったね。ジンも久しぶり」

「ありがとうございます」

「お久しぶりです、リヒター殿」

リヒター殿は、ジンとも知り合いだったようだ。

――当然か。

ジンは俺と入れ替わる形で、王城の鍛錬場に顔を出していたのだ。知り合いが被っていても、何もおかしくはない。

「積もる話もあるけど、とりあえず移動しようか」

「「はい」」

リヒター殿は並ぶ俺とジンを見ると、相好を崩す。しかし次の瞬間には、表情を引き締めた。

「それでは失礼します。ヘクセ魔術師長様」

「ええ。お三方とも、お気をつけて」

身を案じてくれたジョイエ殿へジンと一緒に頭を下げ、俺達はリヒター殿の後を追った。

「ここが常駐していた騎士達の野営地で、現在は周辺住民の避難地も兼ねてる」

案内された場所では、常駐の騎士達と数名の近衛騎士が慌ただしく動き回っていた。

ジョイエ殿達のいた森の入り口から走って十数分といった場所にある野営地は、生活感漂うテントがいくつも設置されていた。

その一角には、民間人と思わしき人々の姿が多く見られる。

皆、着の身着のまま避難勧告に従ったのだろう。身につけている物も様々で、彼らの顔には困惑と不安が浮かんでいる。忙しそうに走り回る騎士達に畏縮しているのか、所在なさげに身を寄せ合っている近隣住民達の姿に、俺は大量に用意された飴の行方を悟った。

――なるほど、彼らのためか。

相変わらず、バラドはいい仕事をする。

この辺りに住んでいる者にとって甘味は贅沢品、皆喜ぶだろう。

「傭兵達はあそこに」

「承知致しました」

示された一角をちらりと見て頷く。次いで亜空間から大量の飴が入った袋を取り出し、リヒター殿に渡した。

「リヒター殿、住民の方々にこれを」

「これは――飴玉?」

「甘いものを口にすれば緊張もほぐれるだろうと言って、私の従者が持たせてくれました。着の身着のまま避難させられて彼らも不安でしょうし、よろしければ配ってあげてください」

渡した大袋を開け中身を確認していたリヒター殿は、顔を上げると頷いた。

「――助かるよ。緊張したまま過ごすと、体力まで消費してしまう。どうにかしなければと他の騎士達とも話していたんだけどこんな場所だからね。不安を解してやりたくても、何もしてあげられなくて」

「私の従者は気が利くでしょう?」

「流石、公爵家の従者だ」

感心した様子で同意したリヒター殿は、飴の入った袋を閉じ大切そうに抱えると騎士の礼をとる。

「それでは、これで。この飴はありがたく配らせてもらうよ」

「はい。ご案内、ありがとうございました」

ジンと共に立ち去るリヒター殿に頭を下げ、俺達も傭兵達の元へ向かう。

周囲で騎士達が慌ただしく動いているというのに、彼らは地べたに座り込み武器の手入れをしたり、騎士達を観察している。この状況下において、どこかのんびりした空気を漂わせる彼らは異様だった。

傭兵業を営んでいるだけあって、修羅場慣れしているのだろう。頼もしい限りである。各々好きなことしながらくつろぐ傭兵達にそんな感想を抱きながら、傭兵達の間を進む。

途端、陽気な声が方々から聞こえてくる。

「よぉ、若様!」

「元気か?」

「今日はあの鳥達はつれてないのね」

「宿の親父さんが、食材と酒を用意して待ってるからまた来てくれって言ってたぞー」

「そんときゃ、また呼んでくれ。タダ酒呑みにいくからよ!」

「俺もな!」

俺達に声をかけてくるのは主にペイルが率いる『炎蛇』と、ワルドの実家で会った傭兵達だ。初見の傭兵達は親しげに声をかけられる俺を物珍しそうに眺めては、訳知り顔の傭兵に問いかけている。

次々と聞こえてくる声に答えながら進む。隣を歩くジンは、騎士達とは一味違う傭兵達の装備が気になるらしくしきりに辺りを眺めていた。

「ドイル様は傭兵達とも親しいのですね」

「それなりにな」

ジンと適当な会話を交わしながら進んでいると、見覚えのある傭兵が声を上げる。

「若様! 姐さんとアルゴの爺さんならあっちだぜ」

「ありがとう」

指示された一角見れば、ペイルが軽く手を上げ俺達を呼ぶ。

その傍らにはアルゴ殿の姿もあり、俺達は傭兵を掻き分け二人の元に向かった。

「お久しぶりです、ペイル殿」

「もうすぐ婚約式だっていうのについてないわね、若様」

出迎えてくれたペイルは、俺と顔を合わせるなり告げる。哀れむような彼女の視線に肩を竦めれば、すぐそばから陽気な声。

「元気か、公爵の坊主」

声のした方を見れば、からからと笑い杯を掲げるアルゴ殿が居た。