軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十八話

脈絡のない突然の謝罪に、俺は返す言葉が見つからず口籠る。

そんな俺に、お爺様はふっと視線を緩めた。

「儂の意気地がない所為でこれほど遅くなってしまったが……ジンとの模擬戦を見て以来、ずっとお前に謝らなくてはと思っておった。それから、お前には話しておかねばならぬことがある。聞いてくれるか?」

後悔と覚悟を秘めた瞳が、ひたりと俺に向けられる。

それ以上口を開く様子を見せないお爺様は返事を待っているらしく、じっと俺の様子を窺っていた。

それは初めての経験で。共に過ごした記憶は多々あれど、お爺様が誰かの顔色を気にする様を見たのは初めてだった。陛下ならまだしも、気遣う相手が俺というのが変な感じだ。

俺へと向けられる視線に鋭さはないものの、なにかを決意した姿には威圧感がある。常の鋭さがあれば気圧されていただろう。しかし今はなぜか、その視線に胸がざわつく。

――大事なことを、伝えようとしてくれている。

お爺様の表情と雰囲気に、そう思った。

期待と不安が入り交じり緊張する己を落ち着けるべく深呼吸した後、姿勢を正しお爺様に告げる。

「はい」

「……感謝する。年寄の感傷に付き合わせてすまんな、ドイル」

頷いた俺に息を吐き、お爺様は告げる。そうして安堵の表情を見せた後、悔いるように一度目を伏せた。

その表情の変化に一体なにを告げられるのだろうと身構える俺を他所に、お爺様はやや緊張した面持ちで口を開く。

「……ここから遥か遠く、エーデルシュタインやハンデル、アグリクルトやフォルトレイスを越えた先に儂の祖国がある。国の規模はマジェスタに及ばぬが、ここいらでは滅多に見ない獣人達も多く住んでいる国じゃ。そこのとある伯爵家で儂は生まれ育った。実家は武官を多く輩出している家でな、魔法を用いた武器の強化や魔力による身体強化を活かした戦い方が得意じゃった」

一息に告げたお爺様に、少し離れた場所で俺達の様子を窺っていた母上達から驚きを押し殺した声が聞こえた。

それもそのはず。お爺様の口から、故郷の話を聞くのは初めてだ。周囲と変わらず、俺の顔も驚きに染まっているのだろう。

そんな俺達の反応にお爺様は、まいったような表情を浮かべる。しかし、次の瞬間には腹をくくったのか、再び口を開いた。

「そこそこ歴史のある家じゃった。儂は、その一族の中では異端でな。一族の者は皆水や風の魔法が得意で、氷魔法まで扱える者も多かった。剣や槍、弓と様々な武器に風や氷を纏わせ敵を屠る。一族の戦い方は、今のお前とよく似ておったわ。そんな家に、儂は炎の適性を持って生まれたのじゃ。幸い一族の中でも一際武術が得意じゃったから、面と向かって言われたことはなかったが、それでも勇者に選ばれるまで肩身が狭くて仕方なかった――いや、選ばれた後も狭かったな。なにがしかの功を得る度に『あれで属性が炎でなければ』と陰で言われておったものじゃ。そんな育ちの所為か儂は祖国が、家が疎ましくて仕方なかった。じゃから、戦に乗じて国を出奔した。そうして、マジェスタに辿り着いたのじゃ」

お爺様の言葉に息を呑む。『一族の中では異端』という言葉が、俺の頭の中で何度も繰り返されていた。

母上やグレイ様、少し離れたところで座っていた人々も目を見張り、お爺様の言葉をよく聞こうとにじり寄ってきている。

そんな俺達を他所に、お爺様は語る。

「マジェスタは儂にとって、過ごしやすい国じゃった。実家のことを知る者はおらず、儂がどのように戦おうと誰もなにも言わん。功を上げれば誰もが感謝と尊敬の言葉をくれ、ついには『炎槍の勇者』と呼ばれるようになった。そうしてマジェスタに馴染みゆく最中、アメリアと出会った。彼女はいい女だったわ。芯が強い女で、頭二つ分は違う儂を前にしても決してひかぬ。あとにも先にも、儂を平手で打つような者はアメリアだけじゃて。すべての責任を放棄し、国も家も捨てた儂とはまったく違う。女だてらにアギニス公爵家を背負い立つその姿が、誰よりも美しかった」

当時のことを思い出しているのか、お爺様は目を細める。お婆様について語るその顔は緩み、声色が柔らかった。

語られる事実に思考が追いつかず、言葉を返す余裕もないままただその言葉に聞き入っていた俺だったが、お爺様はお婆様と出会って幸せだったということだけはよくわかった。

「帰る家や守るべき家族、マジェスタで生きる意味、アメリアは儂に多くのモノをくれた。アギニスの名も、その中の一つ。儂やアランの名が広まった所為で忘れられがちじゃが、元々のアギニス家は剣を得意とする者が多かったとアメリアに聞いた記憶がある。アギニス家の歴史は口伝だったため彼女の死と共に失われてしまったが、代々マジェスタに尽くした公爵家故、王家の歴史書を漁れば多少は書かれているはずじゃ」

お爺様はそこまで語ると、一度息を吐く。

その様子を俺達は、固唾を呑んで見守っていた。

アメリアお婆様が亡くなった今、お爺様が継ぐ以前のアギニス家を詳しく知る者はいない。なぜならアギニス公爵家の歴史は親から子へ語られ、受け継がれてきたものだったからだ。なんでも過去に本邸が火災に見舞われ全焼したことがあり、その時の当主から口伝という形をとるようになったらしい。

アメリアお婆様から、父上に継がれる予定だったアギニス家の歴史。ウィン大叔父様は学ぶ前に他国に婿入りしたため口伝の内容を知らず、唯一の語り手であったお婆様の予期せぬ死で永遠に失われてしまった。それ以前、アメリアお婆様の親世代もすでにいないので、誰にも知る術はなかった。

アギニス家の歴史については、セバスも深く後悔しており『私も冒頭の部分しか存じ上げません。すべてはアメリア様がいらっしゃるからと、ゼノ様に覚えさせることを諦めた私の失態です。監禁でもして、早いうちにゼノ様に暗記させておくべきでした。もしくはあの時私が、所詮ゼノ様に乗して家令に納まった身と遠慮などせず、アメリア様にご教授願っていれば、アラン様やドイル様にお伝えできましたのに』と謝られたことがある。

失われたアギニス家の歴史。お爺様の口から語られたそれは断片ともいえない些細なものだったが、俺にとってはとても重要で、聞きたかった情報だった。

お爺様は『炎槍の勇者』で父上は『雷槍の勇者』なのに、魔法適性も得意な武器もなんでこうなのだろうとずっと思っていた。グレイ様を筆頭に皆が認めてくれたから『槍の勇者』になる必要などないといいながら、棘のように心にあった疑問。

でも魔法適性はお爺様からで、剣の適性はお婆様からのものだった。

ならば、俺は――。

お爺様から与えられた情報を呑みこむため、思考に浸る。

しかしそう時間を置かず、鋭い声が飛んできた。

「ゼノ!」

聞こえたエルヴァ様の鋭い声で現実に引き戻された俺は、目の前のお爺様を見て驚く。

信じられないことに、お爺様は身を起こそうとしていた。ぎこちない動作で起き上がろうと体を動かす度に、巻かれた包帯に朱が滲む。

その光景に言葉が出ず、俺はただお爺様を見つめる。

「あれほど動くなとっ」

反応できなかった俺と違い、駆け寄ってきたエルヴァ様はお爺様をなじると再度寝かせようとする。塞がりきっていない傷の痛みに顔を歪めている患者を前に、それは宮廷薬師としてあたりまえの行為であった。

しかし、お爺様はエルヴァ様の手を払いのける。

「十分休んだ。これくらい問題ないわ」

「なに、馬鹿なことをっ」

その態度に当然エルヴァ様は憤った。

「つけねばならんけじめがある。邪魔立てせんでくれ、エルヴァ」

しかし、続いたお爺様の言葉に伸ばしかけた手を止める。

そうして一秒、また一秒と短くない時間お爺様と目で会話し、苛立たたしげに溜息を吐くと「ドイル君の晴れ姿を見られなくても知りませんからね」と言い捨てて母上達の側に戻っていった。

そんなエルヴァ様の背を「すまんな」と呟きながら見送ったお爺様は、ゆっくりとその身を動かすと俺と正面から向き合った。

「ドイル」

「はい」

俺を見据え、確認するように名を呼んだお爺様に応える。

次の瞬間、真っ直ぐ俺を見る真紅の瞳と視線がぶつかった。俺から目を逸らすことなく、お爺様は口を開く。

「魔法適性は儂の血で、剣の才能はアギニス公爵家の血が強く出ただけのこと。祖先を遡れば、お前の魔法や武器の適性、スキルにおかしなところなどない。じゃというのに、『槍の才能がない』と謗られるお前を、儂は一度も庇いだてせんかった。その上、重責に耐えかねたお前を、引き留める努力もせず見限った。アギニス公爵としての地位や名声は、アメリアから与えられた物であったというのに、自身やアギニス家の過去を知る者がいないのをいいことに、いつの間にか儂の後継として相応しいか相応しくないかでお前を見とった。その罪は重く、申し開きのしようもないことは重々承知しておる。過ぎた時間は戻らず、謝罪の言葉は儂の自己満足じゃと思うとる。故に、許してくれとは言わん。じゃが、この言葉だけはその胸に留めてほしい」

お爺様はそこまで言い切ると一旦言葉を区切り、息を吸う。次いで背筋を伸ばすと、真剣な表情を浮かべ告げた。

「たかだか二代続いただけの『槍の勇者』だけが、アギニス公爵家の歴史に非ず。故に『槍の勇者』を継げぬからといって、負い目に感じる必要など元からない。アギニス公爵として成すべきは、マジェスタに尽くし生きることなれば、王家の信頼厚く武勇に優れたお前に不足などない」

はっきりと毅然とした態度で言い切ったお爺様を見ていたはずが、不意に視界が滲む。同時に、喉元に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「己を誇り生きろ、ドイル」

お爺様から贈られたその言葉が、ただただ嬉しかった。

――俺は、これでいいのか。

湧き上がる感情は、安堵と充足感。

どこか不確かだった足元が、お爺様の言葉でしっかり地についた気がする。

胸のつかえが取れた所為か、目頭が熱くなる。慌てて目元を拭えばお爺様と目が合った。思わず涙を零しそうになった俺に、お爺様は苦しいような愛おしいような複雑な表情を浮かべた。

「儂が不甲斐ない所為で要らぬ苦労をさせて、すまなかった。『殿下の信頼を得た己を誇れ。御身を守れれば手段などどうでもいい』そう言ってやればよかったと気付くのに、これほどの時間を要するとは我ながら情けない限りじゃ――――本当にすまない。煮るなり焼くなり、お前の好きにしてくれドイル」

お爺様は申し訳なそうな顔で唇を噛むと、頭を下げた。身を屈めたことで、包帯がさらに赤く染まる。それでもお爺様は呻き声一つ上げず、痛みに顔を歪めることなく顔を上げ俺を見る。

俺が声をかけるまで頭を下げ続けなかったのは、許しを強要しないためだろう。この状況で平伏され続けられては、許すしかなくなるからな。であるなら、痛みなど感じていなそうな平然とした態度は、怪我を負わせた罪悪感と同情心を抱かせないようにするためだ。

先の言葉の通りお爺様に許しを求める気などなく、恨むも憎むも放置するも、それがどのような答えであれ、俺の選択を受け入れる気でいるらしい。

なんともまぁ、潔い人だ。

荒々しく豪快な気性は周りを巻きこみ振りまわすが、真っ直ぐ揺らがぬ心が見ていて気持ちいい。そんなお爺様だからこそ、マジェスタの民は受け入れたのだ。大戦の渦中でも揺るがぬ炎は、さぞ見る人に希望を与えたことだろう。

勇者の名に相応しく、身も心も強い人。

その圧倒的な熱量が、見る者を惹きつけ憧れと畏怖を抱かせる。だから俺も憧れた。強く憧れていた分、抱いた挫折感も半端無かったけれど。それでも、お爺様のように強くもありたいと思う気持ちは、消えなかった。

追い続けた英雄の背と今日対峙した炎槍の勇者、そして今目の前にあるお爺様。それらの姿を思い浮べ、そっと目を閉じる。

――憧れは、今も胸にある。

お爺様との戦いに勝った時抱いたのは、失望でなく誇らしさと僅かな寂しさだった。そして、過去を語り謝罪するお爺様の言葉に感じたのは、涙が零れそうなほどの喜びと安堵。

「お爺様。一つお聞かせいただきたいことが」

「……なんじゃ?」

そっと目を開け、お爺様に問いかける。

お爺様の言葉が、嬉しかった。憧れの人に肯定してもらえた安堵は計り知れず、俺に安心と充足感を与えてくれた。

「俺はこれからも、お爺様の名に恥じない孫であれると思いますか?」

だから俺は、幼い頃怖くて誰にも聞けなかった質問を口にする。

大切な人に、己の価値を尋ねるのは中々勇気がいる行為だ。好きな人に否定されるのはとても辛い。

でも今ならば肯定してもらえると、お爺様の口からでる言葉は俺を傷つけるものでなく充足感を与えてくれるものだと自信がもてるから。愛されていると、大事にされていると信じられるから。

俺はお爺様に、面と向かって問うた。そんな俺に、お爺様は迷うことなく口を開く。

「無論。今までもこれからも、お前は儂には勿体無い孫じゃ」

「ありがとうございます」

期待を裏切らない返答に己の顔が緩むのを自覚しながら、俺は立ち上がりお爺様の背を手で支えながら肩をそっと押す。お爺様はそんな俺の行動に抗うことなく、大人しく横たわった。

お爺様が再び横になるなり、エルヴァ様や母上達がやってきて一連の行動で開いた傷口の治療に入る。再び薬師達に囲まれようとしている中、俺はお爺様に告げた。

「今も昔もこれからも、俺にとってお爺様は憧れの英雄です」

俺の言葉に目を見張り固まるお爺様に、笑いかける。

「後のことは俺に任せ、安心してお休みください。式典まで後三日。それまでに一人で歩ける程度には回復してくださらないと困りますから、頑張ってくださいよ? お爺様」

「……ドイル」

「長らく道標でいてくださり、ありがとうございました」

お爺様に向かって丁寧に腰を折った後、俺は身を翻し歩き出す。

「本当に、儂には勿体無いわ」

「わかっているなら、これから三日間は安静にすることです。祖父である貴方が欠席では格好がつきません」

「わかっとる」

「ならいいですけどね――ゼノを患者用の部屋に運びます。観客の中から騎士達を見繕ってきなさい」

「「「はい!」」」

お爺様とエルヴァ様の会話を背に、グレイ様達の元へ向かう。お爺様の顔は見ていないが、聞こえてくる声に喜んでくれた気がして口元が緩んだ。

「全部、終わったか?」

「はい。皆様にはお手数をおかけしました」

「俺は大したことしてないからな。リブロ宰相達に感謝しておけ」

「勿論です」

離れた場所からお爺様達を眺めながら、グレイ様とそんな会話を交わす。

薬師に連れられ駆け寄ってきた騎士達が、思い思いの言葉をかけながらお爺様が乗っている担架の持ち手を握るのが見えた。

「三つ数えて合図するので、同時に持ち上げてください」

「「「「はい」」」」

「いち、にの、さん、はい! ――――ありがとうございます。それではそのまま、患者用の部屋に運んでください」

「「「「はっ!」」」」

青かった空が赤く染まりゆく中、薬師の一人に先導され、騎士四人がかりで慎重に運ばれていくお爺様を見送る。

徐々に小さくなるお爺様の姿を見ても、もう寂しさは感じなかった。