軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十三話

『探知用に組んだ魔法陣に反応はあるんですが、姿が確認できないんです。でも反応のあった陣の場所から、対象の行動範囲は絞れてきたので、明日からはもっと高度な陣を使う予定です――期待していてください。僕にお力添えしていただいたこと、後悔はさせません』

リブロ宰相から受け取った許可書をジョイエ殿に渡してから、昨日で早三日。昨晩、とりあえずの成果を報告に来たジョイエ殿は俺にそう告げた。

揺るぎない自信を窺わせるジョイエ殿のもの言いと悪戯な笑みは、セルリー様を彷彿とさせた。

きっとジョイエ殿とセルリー様は、周囲が思っている以上に似ているのだろう。これからが楽しみであり、同時に恐ろしくもある発見だった。是非ジョイエ殿とは、友好的な関係を築いていきたいものである。

そんな発見もあり、当初は手伝おうと思っていた侵入者探しに関しては、現在静観するに留めている。ただ、どんな様子なのか、本当に上手くいっているかは俺の目で確認したいので、本日の午後それとなく客室棟を訪ねる予定である。

そんなこんなで迎えた今日は、式典四日前。

式典が間近に迫る中、俺は以前訪れた野外鍛錬場で、剣を片手に悠然と佇むオブザさんと対峙していた。

現在は太陽がようやく顔を覗かせはじめた、くらいの時分。遠くの空には、まだ星が輝いている。

そんな中、俺とオブザさんの手にはそれぞれの得物が握られていた。

行っているのは、スキルや魔法は使わない、純粋な剣技のみの応酬。

己の持つ技術以外に頼るものがない状況は、経験の差を目の当たりにさせる。基本は勿論多種多様な応用の仕方、フェイントや受け流す技術、絶妙なタイミングで繰り出される蹴りや拳を用いた戦い方は、学園や騎士からは学べないだろう。

オブザさんとの早朝修行は、彼が冒険者として積み重ねてきた経験と剣にかけた年月の長さを俺に体感させてくれた。

――次が最後だな。

どうやら結構な時間オブザさんと斬り結んでいたようで、真っ暗で人気がなかった開始当初と違い、空は明らみ始め鍛錬場の外からは騎士やメイド達の声が微かに聞こえるようになってきた。

俺の息も荒く、掌まで汗ばんでいる。余裕があるように見えるオブザさんの顔にも、汗が流れている。今がまだ早朝であることを考えれば、ここら辺が止め時だろう。これ以上の鍛錬は日中の行動に影響がでそうだ。

あがる呼吸を軽く整え、手ぶらだった左手でもう一本携えていた刀を抜く。

俺が右手にエスパーダ、左手にオレオルを持ったことで、オブザさんは構えを変えた。切っ先を下に向け、自然な感じで腕を垂らしていた先ほどまでと異なり、剣先を俺に向け体の前で構え直したその表情は真剣だ。

向けられる強い視線に俺も両手に持った刀を構え直し、腰を落とした。

俺とオブザさんの間にある距離は、目算で三メートル弱。遠くも短くもないその距離を、俺は己の脚力のみを使い一気に詰める。

勝負は一瞬だった。

オブザさんの間合いに入った瞬間、剣が斜め上から振り下ろされる。

その初撃を俺は受け流そうとした。剣は重いが太刀筋に程よい角度がついていたので、綺麗に流せると思ったのだ。

俺はエスパーダの刃を寝かせ、鎬地から平地辺りを使って袈裟懸けの形で振り下ろされた剣を捌こうとした。しかし俺が受け流す間もなく、加速したオブザさんの剣とエスパーダがかち合う。スピードと体重の乗った一撃、その重さに急いでオレオルを加え支えようとしたがそれさえも遅く、力ずくで刀ごと薙ぎ払われる。

足が地を離れる感覚に、次いでくるだろう衝撃に備え受け身をとる。その最中、慌ててそえた所為で握りが中途半端だったオレオルが俺の手から離れそうになるが、刀を傷つけたくなくて必死に握り締めた。

正面からではなく斜めから払われたため、横向きに受け身をとらざるをえず、その上、両手がふさがっていたのが痛かった。

殺しきれなかった衝撃が体内に響くのを感じながら、俺は少しばかり地面の上を滑る。

痺れる両手と体に響く衝撃、半身に感じる摩擦の痛み。これは擦り傷ができると思いながら、俺は先ほどの出来事を反芻した。

俺も教わったオブザさんの流派が使う型通りの剣技から、冒険者として旅をして行く上で体得したと思われるフェイクなどを加えた応用編、剣の合間に繰り出される体術。散々巧みな剣術や戦略を見せた上で、最後は技術もなにもない力技。

――凄い。

ただただ、そう思った。

剣と刀、オブザさんと俺の体格と筋力の差。それらを考えれば、なるほど一番簡単であり、防ぎようのない攻撃である。オブザさんの底知れぬ手数の多さに、すっかり油断していた。先ほど用いられた『力で押し切る』という手法は、スキルや魔法での強化ができないという状況下では俺がもっとも警戒すべき手だった。

オブザさんがどの辺りから計画していたのかは不明だが、まんまと嵌ってしまった。

世界は広く、上には上がいる。

そんな言葉をぼんやり思い浮べながら、俺は天を仰ぐ。

塀が邪魔で行く末までは見えないが、中天から地平線にかけて紺色から青へとグラデーションを描いているだろう空に、橙色の雲が浮かんでいた。まるで夕暮れ時のような景色だが、橙色から白に変わりゆく雲と徐々に姿を見せ始めた太陽が、朝なのだと主張する。夕焼けと朝焼け、二つが作りだす光景はさほど変わらないというのに、夕日は人をもの悲しい気分にさせ、朝日は溌剌とした気分にさせるから不思議なものだ。

予想だにしなかった展開に衝撃冷めやらぬというか、どこか愕然としていた俺は、明るい心持ちにさせる朝焼けに思わず魅入っていた。

昇りはじめた太陽が放つ光に、目を細める。そんな俺を呼び起こすようにオブザさんの声が鍛錬場内に響く。

「――ドイル君! 大丈夫かい?」

「大丈夫です!」

聞こえてきたオブザさんの声に、幻想的ともいえる空から地上へと視線を戻し答える。

――しっかし、結構飛んだな。

随分離れた場所に立つオブザさんを見て、つい笑う。

まったく警戒していなかったとはいえ、飛ばされすぎである。同年代と比べて劣る体格をしているわけではないが、成長期に入りたての俺の体では少年の域をできらず、武人として考えると軽いのだろう。だから純粋に力比べすると分が悪く、こうも簡単に飛ばされる。

今後将来に向けての体作りを行うのは勿論だが、早々に結果が出るものではない。とりあえず、この体格差や筋力差をどうにかする術を考えておいた方が良さそうだ。

まだまだ、鍛錬不足ってことだな……。

そんなことを考えながら、俺は立ち上がり身についた土を払う。多少痛かったがこの程度なら問題ない。元々頑丈だし、吹っ飛ばされることなど日常茶飯事だったので慣れている。

あまりに見事な己のやられっぷりと、これからの消化すべき課題をみつけたお蔭か、俺はすっきりした気分でオブザさんの元へと戻った。

「結構飛んでいたけど……大丈夫そうだね」

オレオルやエスパーダに傷がないか確認しながらオブザさんの元に戻れば、なんともいいがたい視線と共にそんな言葉をいただいた。オブザさんの心境を代弁するなら『怪我がなくてなによりだけど、あれだけ飛んでほぼ無傷って……』といった感じだろう。

「慣れていますから」

「そっか」

戦士科や薬学科の生徒達、教師方からもらい慣れているその視線に軽く返せば、オブザさんは苦笑した。

「大丈夫ならいいんだ。その顔なら、なにが悪かったかはわかってるね?」

「はい。先立って見せていただいていた手数の多さを気にするあまり、一番警戒すべき体格差や筋力差を忘れ正面から向かってしまいました」

俺の答えに頷いたオブザさんは、真剣な表情で告げる。

「そうだね。普段は氷魔法とかを使って、重さと強度を補強しているから不利を感じてこなかったようだけど、純粋な力比べはなるべく避けるべきだ。背は高くなったけど、ドイル君の体型は全体的に薄くて筋力量が不足しているからね。戦うために鍛えてきた成人男性と戦う時なんかは、一番気を付けるべき点だ。傭兵稼業の女性にも競り負ける可能性が高いと思っておいた方がいい。それから、オレオルとエスパーダならそう簡単に折られることはないだろうけど、刀で剣に正面から挑むのは無謀。あの場合なら横をすり抜けて背後をとるか、手や足を警戒しながら剣を使い難くするためにもう一歩深く踏み込んでから勝負にでるべきだったね」

肉体的な欠点やよくなかった行動を、オブザさんは躊躇いなく告げていく。正直、耳に痛い話だがここで逃げても成長は望めない。

「はい」

真っ直ぐ向けられる言葉と視線を受け止め、力強く頷く。

そんな俺にオブザさんはさらに、話を続けた。

「余裕があるうちは正面突破もいいけど、いざという時の戦い方は早いうちにものにしておいた方がいい。明日は速さを活かして手数を増やしたり、相手の虚をつくような戦い方を重点的にやっていこう。そういった戦い方はドイル君みたいな立場だと、好まれないし卑怯だと批判を受けることが多いけど、誰もが騎士達みたいに綺麗な戦いをしてくれるわけではないし、むしろ少数派だよ。傭兵や冒険者みたいに生き残ることを第一とした連中なら、隠し武器の一つや二つ仕込んでいる。俺も当然仕込んでる。よく使われる手法や隠し武器は絶対知っておいた方がいい。対策も立てやすくなるし」

躊躇いは、一瞬だった。

「――なによりドイル君にも、いつか命か誇りかを選択する日がくる。選択肢が己の命と誇りならどちらを選ぼうと個人の自由だけど、当然天秤にかけるものが己以外の命という場合もある。グレイ殿下の側にいる気なら、ドイル君は誇りを捨てる覚悟をしておかないといけない。王の命以上に優先すべきものなど、近衛騎士にはないからね」

ぼかすことなく明確に、オブザさんは俺に告げる。言葉を詰めたのは、息継ぎしただけと思えるような、一拍もない間だった。

否応なく現実を突きつけるオブザさんの言葉は、耳に痛い。でもこうして厳しい言葉を投げかける一方で、オブザさんも心痛めていると知っている。

――長い間、俺を気にかけてくれていたことを、知っている。

誰だって厳しい言葉をぶつけ、嫌われる役目などやりたくない。でもオブザさんは優しすぎるから、甘い言葉で煙に巻き責任逃れすることができない。隠さず、誤魔化さず、正面からぶつけるしか選べない、融通の利かない誠実さ。

そんな人の言葉だからこそ信じられるし、真剣に向かい合いたいと思う。

言うだけ言ったオブザさんは、若干不安そうな色をその瞳に宿しながらも、俺から目を逸らさない。だから俺はその目をしっかり見返し、頭を下げる。

「はい。明日からもよろしくお願いします、師匠」

「……うん、色々準備しておくよ。場所と時間は同じでいいかな?」

ほっと息を吐いたのを誤魔化すように、明日の時間と場所を指定するオブザさんに、了承の返事をする。

「はい。むしろ早朝とも言えぬ時間帯から、お手をわずらわせてしまい申し訳ないです」

同時に謝罪の言葉を口にする。

まだ月が空に残っているような時間から朝日が昇るまで。それが現在の、俺とオブザさんの修行の時間である。

俺とオブザさんの立場上、この時間しかなかったともいえる。

護衛としてきているオブザさんは、日中ウィン大叔父様の側を離れるわけにはいかない。オブザさんはあくまでも『東国の使者の護衛』だからな。

そして俺も立場上、表立ってオブザさんの指導を受けるわけにはいかない。指導を受けるなら、自国に相応しい使い手が居るだろうと言われかねないからだ。

オレオルをいただいた時のようにウィン大叔父様も同席していれば『東国の使者殿の接待』や『血縁者だから』でとおせるのだが、使者には色々な予定や付き合いがあるのでそれも難しい。

結果、皆が起床する前しか選択肢がなかったのだ。ちなみに、なにか言われた時は『たまたま早く起き鍛錬を始めたが、早すぎてオブザさんしか相手が居なかったのでお付き合い願った』と返す予定である。

「いや、師匠にしてくれって言ったのは俺だから、気にしないで。それにあと何日、ドイル君に指導できるかわからないし」

「早朝からなにかご予定が?」

朗らかに答えたオブザさんの、聞き捨てならない言葉に思わず聞き返す。朝日が昇る前に時間がとれないようなイベントがあっただろうか、と記憶を探るもなにも思い当たらない。俺の記憶違いか、誰かがわざと情報を止めているのか。前者だったら大問題なので、戻り次第バラドに確認しなければ。

予定を見落としていたかもと焦る俺を知ってか知らずか、オブザさんはとんでもないことを言いだした。

「あれ、聞いてない? 明日の昼頃、セレナさん達がいらっしゃるはずだけど」

「……母上が、いらっしゃる?」

思わず復唱した俺に、オブザさんは不思議そうに聞き返す。

「明日はもう式典三日前だろう? セレナさん今回の式典とても楽しみにしていて、早くから泊まりこんで備えるんだって言っていたよ? だから、ドイル君も忙しくなるだろうと。ウィンも明日の昼食前後は、セレナさんを出迎えるために時間を空けていたから間違いないはずだけど……もしかして、誰からも聞いてない?」

途中から『ドイル君に、教えてはいけないこと言っちゃったかも』といった表情を浮かべていたが、一応最後まで教えてくれたオブザさんは、徐々に語気を弱めつつ大変気まずそうな表情で俺に母の来訪を知らなかったのか尋ねてくる。

しかし、俺にそんなオブザさんを気遣う余裕などなかった。

――いやいや、初耳ですが!? しかもとても楽しみしているだと? いや、それよりも気になるのは『泊まりこんで備える』という点だ。え、早くないですか母上。宣誓で待っていてくれって言った手前、俺は城に滞在していますが王都にあるアギニス家から城って、馬車で一時間ないんですが。準備があるとしても、通いでなんとかなる距離ですよ? というか、父上夜勤ある時以外そうしていますよね? お爺様だって通っていたはずですが? なぜ泊まりこむ必要が? 母上、明日から城に滞在するの? 本気で? え、部屋はどこ予定ですか?

瞬く間に広がる、驚きと困惑。

王家の主催の式典に、母上がこないわけがない。そして、色々張り切っているらしいのは聞いていたが。しかし目と鼻の先に家があるのに、城に泊まりこむとは予想外もいいところである。グレイ様やバラドは勿論、父上や母上も宣誓を聞いているし、応援してくれるはず。まさか隣とか、すぐ会える距離にある部屋に母上が滞在とかはないはずだ。

母上達は俺の気持ちを軽んじる方ではない。俺と交流したいという理由ではないだろう。

ではなんのために、泊まりこむ必要があるというのか。まさかとは思うが、泊まりで三日も時間が必要なほど大がかりな仕掛け、というか演出をするつもりなのか。それも聖女様の力が必要な……いや、もしかしたらメリルという可能性がある。

そこまで考えた瞬間、ぞくりと背筋を悪寒が走る。

先ほどオブザさんは母上『達』といった。セバスはどうかわからないが、まず間違いなくメリルは母上と共に来るだろう。少々世間知らずな母上が偶にやらかすのは仕方ない。あれは大抵素なので対処が難しいのだ。しかしメリルは違う。彼女は、自身の厳格そうな雰囲気を逆手にとって真顔でやらかすタイプである。そして害にならない面白そうなことは全力で煽りにいくのだ。もし、母上と王妃様がなにかを企んでいる場合、張り切って手伝う可能性が高い。それもより面白い、俺にとっては恥ずかしい方向に。

なんだか嫌な予感しかしない。このままでは母上達が好みそうな、のちのち羞恥に悶えそうなことを式典中にさせられそうな気がする!

「オブザさん、少し嫌な予感がするので、そろそろ失礼させていただきます。勿論、恩を仇で返すような真似はいたしませんので、ご安心を」

浮かんでは沈んでいく幼い頃の思い出を思い返しながら、オブザさんに退出の旨を伝える。

今日はスキルも魔法も使っていないので片付けは必要なさそうだが、オブザさんの返事を待つ間に土魔法で場内を均しておく。これで後は部屋に戻るだけだ。

部屋に戻る準備を済ませ、オブザさんの言葉を待つ。といっても大した時間ではなかった。

「そうかい?」

「ええ。申し訳ございませんが、失礼致します」

俺の言葉にほっと表情を緩めたオブザさんに、力強く頷く。

次いで深く頭を下げた後、俺は足早に鍛錬場を後にしたのだった。

その時の俺は、母上とメリルの動向が気がかりで仕方なかった。午後にはジョイエ殿と約束しているので、周囲を問い詰める時間が午前中しかなかったというのも焦った要因だ。

だから俺は聞いていなかった。

「ドイル君! ゼノ様もセレナさん達と一緒にいらっしゃるらしいよ! ――って、あの様子じゃ聞こえてないかな? まぁ、伝えるのは明日の朝でもいいか」

俺が慌てて立ち去った後、オブザさんが教えてくれていた、もう一つの重大な情報を。