軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十一話 その頃のフェニーチェと精霊  フェニーチェのドライより

「ドライ。俺が迎えに行くまで、ラファール達の側から決して離れないように。人間を見かけても不用意に近づくなよ?」

『わかった!』

俺を腕に乗せそう言い聞かせるご主人様に、元気よく応える。

すると主人様は小さく笑って、空いている手で優しく撫でてくれる。雛の時から変わらない、柔らかく羽を整えるように撫でてくれるこの手が俺は大好きだ。

もっと、と強請るように撫でてくれる手にすり寄れば、笑いながらご主人様は再び口を開く。

「ん、いい返事だ。お前は大人しいから大丈夫だと思うがな、フュンフは心配だから気にかけてやってくれ」

温かな笑顔に心配を滲ませ、食べ物を目の前にすると我を忘れてしまう末の弟を案じるご主人様に、俺は胸を張って応える。

『当然!』

「――いい子だ」

元気よく告げた俺に、ご主人様は柔らかな笑みを浮かべる。

美味しい魔力が沢山詰まった魔石よりもずっと綺麗な紫色の瞳を細め、優しく撫でられるとこのまま身を預けて寝てしまいたくなる。

しかしそんな至福の時間は長くは続かず、そっと地面に降ろされる。そしてご主人様は、俺の代りにフュンフを抱き上げた。

そうして一羽一羽注意を受けた俺達は、刀の練習にいくというご主人様と別れ庭園の池にやってきた。なんでもアルヴィオーネ殿の住処だったらしく、池周辺なら目が行き届くので自由にしていいと言われたのだ。

花や木が人によって綺麗に整えられた庭園の端にある池。底が見えるほど透明で清らかな水は、精霊が住みかに選ぶだけある綺麗さだ。

俺達はご主人様とアルヴィオーネ殿の言いつけを守り、池から離れないよう気を付けながら、皆で追いかけっこに興じていた。

ラファール殿は途中でふらりと庭園の方に行ってしまったが、アルヴィオーネ殿が側にいてくれるので問題ない。

しばらくして周辺をうろつく人間達の気配を感じたが、どうせ空までは追ってこない。その辺に落ちている木の実を握り何か叫んでいたが、魔力の欠片もない木の実など俺達は食べない。それにご主人様にも近づくなと言われていたので、人間達などすぐに意識の外に追いやった。

久しぶりに全力で羽ばたき、兄妹達と戯れるのは楽しく。水面ぎりぎりを飛ぼうとして池に突っ込んだフュンフを笑いながら救出しつつ、俺達は心行くまま遊んだ。

そうして遊び疲れた俺達は、池のほとりで休むことにした。

勿論、人間達の気配がしない位置でだ。

熱の籠った体を池の水で冷やし、羽を広げて少し暑い日差しで乾かす。

池のほとりを吹く風が気持ち良く、久々に全力で飛んだ疲れも相まって眠気を誘う。それは皆も同じだったようで、うとうとしている兄妹達に釣られ俺もゆっくりと眠りの世界へ旅立った。

そして事件は起きる。

どうやら先に目覚めたフュンフが、餌に釣られふらふら人間達の元に行ってしまったらしい。気が付いた時にはすでに手遅れで、フュンフは人間が仕掛けた籠の中だった。

取り返そうにも奴らは俺達も捕まえたいらしく、手ぐすねを引いて待っている。

期待に満ちた目で俺達が降りてくるのを待ち構えている奴らから、どうやってフュンフを取り返すか残った兄妹達と相談する。

そうこうしているうちに、事態は取り返しのつかない方向へと展開していった。

『――この子はご主人様の大切なものだから、返してもらうわ』

冷たい声でアルヴィオーネ殿がそう告げると、池から伸びた水の手は弟が入った籠を人間から取り上げる。

その際、フュンフを捕えていた薬師達に彼女の声は聞こえなかったらしい。勘違いした彼らは、奪われた籠に手を伸ばしながら、側にいた魔術師達を睨み叫んだ。

「あっ」

「誰の仕業だ! 返せ!」

薬師達は精霊の気配を感じられないらしく、池の様子を恐る恐る調べていた魔術師達に食って掛かっている。

一方、言いがかりをつけられた魔術師達は、薬師達に向かって必死の形相で叫ぶ。

「貴方達の所為で、水の精霊様がお怒りなのよ!」

「風の精霊様が『私と同じくらい強いの』と仰っていた水の精霊様だ。命惜しくば、さっさと謝れ!」

ある魔術師は悲鳴を上げ、またある者は怒声を上げる。

どうやらあの魔術師達は、池に水の精霊がいると聞いて様子を窺っていたらしい。

先ほどの声は聞きとれなかったようだが、ざわめくアルヴィオーネ殿の魔力を感じているのだろう。フュンフに手をだされ、水の精霊が気分を害したと察したようだ。

「貴重なフェニーチェの幼鳥を横取りする気か!」

「あれを飼い馴らせればどれだけ研究が進むと!」

しかし、生きたフェニーチェの幼鳥に目が眩んだ薬師達にその声は届かなかったようだ。

その間に籠を壊したアルヴィオーネ殿は、果実を食むフュンフを空に放つ。

自由になったものの、身の丈ほどの果実を咥えている所為で上手く上昇できずにいる弟を、俺達は慌てて迎えに行った。

『む、むむ(お、重)』

『貴方いい加減にしなさいよ!』

『っとにお前は! というか、それは捨てろ!』

『むー!(やー!)』

アインスとツヴァイが怒声を浴びせるが、弟は意地でも果実を放さなかった。この状況でも食い物を放さないとは、我が弟ながら見上げた根性である。

呆れつつフュンフの羽を足で掴み、果実ごと持ち上げる。正直、重い。

『食べ物なんかに釣られて、あんなちゃちな仕掛けに捕まってんじゃないわよ!』

『フュンフ、馬鹿!』

フィーアの言葉に賛同するように俺も叫ぶ。

なんだかんだ言いながら全員でフュンフの羽を掴み、持ち上げてやる。

そしてようやく、俺達は空高く舞い上がることができた。手のかかる弟だ。

「折角捕まえたのにっ」

下から聞こえた声にちらっと視線を落とす。

薬師の一人が、悲しそうな表情でこちらに手を伸ばしていた。

その後言い争う人間達の声が聞こえたが、俺達は振り返ることなく安全な木の上へと逃げる。

「お前ら、私達の邪魔をしてただで済むと思っているのか!」

「だから俺達じゃねぇよ!」

「そうよ! そんなことよりもいいの? 貴方達早く精霊様に謝らないと、命がないわよ」

勘違いしたままの薬師達に、魔術師達は池の方をしきりに気にしながら言い返す。

俺達が無事木の上に避難したのを見届けたアルヴィオーネ殿は、次いで未だ池のほとりで言い争っている人間達に視線をやった。

『――うるさいわね』

「手遅れだ。逃げるぞ、お前達!」

彼女が煩わしそうに呟いたのと、一人の魔術師が叫んだのはほぼ同時だった。

しかしそこは精霊と人間。

膨れた魔力に反応した魔術師達が慌てて逃げようとするも、軍配はアルヴィオーネ殿に上がる。

「ひっ!?」

「たすけ――」

「結界をっ」

「間に合わないわ!」

池から伸びた無数の水の手が、言い争っていた者達は勿論近辺にいた人間達を薬師、魔術師関係なく引きずり込む。

「とりあえず、己の身だけ守っとけ! 無事を祈る!」

「「り、了解」」

人々の悲鳴が上がる中、覚悟を決めた魔術師達は互いの健闘を祈ると、己に魔法を施し水の中へと消えていく。

一人、また一人と池に人間が吸い込まれていく様子を、アルヴィオーネ殿は冷めた目で見つめていた。

静かに怒る彼女の側に、庭園の芝に並べられた貢物を眺めていたラファール殿がやってくる。そして池に引きずり込まれた人間達とそれを見下ろす彼女を見比べ、首を傾げた。

「何をしているの? あまり彼らに危害を加えると愛しい子に怒られちゃうわ」

『ちゃんと空気も一緒に引っ張り込んで死なないようにしてあるわ。あいつら煩いんだもの』

「でも」

問いかけに、アルヴィオーネ殿はしれっと答えた。

彼女の態度に困った顔を浮かべながら、ラファール殿はしゃがみ池の中を覗きこむ。

池に引きずり込まれた人間は、水の手によって池の底へと縛り付けられていた。しかしよくよく見てみれば、人間達の顔周りには空気が集められており呼吸はできているようだった。

水の手から逃れようと暴れもがいている者達と、静かに状況を観察している者とでは空気の大きさが違うが、それなりの空気はあるようなのでもうしばらくは大丈夫だろう。

人間達の無事な姿に胸を撫で下ろしたラファール殿は、彼らを解放させるべくアルヴィオーネ殿へと視線を向ける。

しかし先に口を開いたのはアルヴィオーネ殿の方だった。

『ご主人様の大事なフェニーチェ達を害そうとしたのよ? 罰は必要でしょ』

「愛しい子が可愛がっているアインス達を? それは、いけないわ」

ラファール殿は告げられた言葉に目を丸くすると、表情を変え呟く。

先ほどまでとは打って変わり、厳しい表情で池の底にいる人間を見つめ顔を上げたラファール殿に、アルヴィオーネ殿は得意げな顔で頷く。

そんな彼女にラファール殿は、拳を握り立ち上がった。

「手伝うわ!」

『そうこなくっちゃ!』

賛同を得ることができたアルヴィオーネ殿は、ぱっと表情を明るくすると嬉しそうな声を上げる。

「風の精霊様~」

真剣に罰を考える精霊二人の元に、数名の魔術師が走ってくる。

両手に魔石などの貢物を抱えた彼らは、先ほどまで芝生の上に持ち寄った品々を並べラファール殿に話しかけていた者達のようだ。池の方で魔力の高まりを感じたと思ったら、ラファール殿がいなくなってしまったので、追いかけてきたのだろう。

「風の精霊様! いかがされましたか――って、何これぇ!?」

「どうした?」

「おい、薬師達が池の中に引きずり込まれているぞ……水の精霊様を探しに行くって出ていった奴らも混ざっている」

「え」

意気揚々とラファール殿に話しかけていた魔術師達は、見つけた光景に各々の反応を見せ固まった。

元気そうではあるものの、池に引き込まれ助けを求める同胞達に凍りつく魔術師達。彼らを他所に、ラファール殿とアルヴィオーネ殿は水の中を覗きこみながら会話を続ける。

「どうしましょうか?」

『ちょっと混ぜてみる? 私が渦を作るから、死なないように空気で包んでちょうだい。速めに回せば人間を怖がらせるには丁度いいと思うの』

「そうねぇ。怪我はさせちゃ駄目よ? あの子が悲しむわ」

『わかってる。貴方より人間に詳しいんだから、そんなヘマはしないわ』

口調は実に呑気なものだが、話している内容はかなり物騒だ。

池の底で脱出しようと奮闘する人間達と水面で危ない会話をする精霊達、そして陸地から両者を見比べ唖然としている魔術師達。

三組の反応を安全な木の上からみていた俺達が、焦ったのは言うまでもない。

どんどん大事になっていく事態に静まり返る兄妹の中、口火を切ったのはフィーアだった。

『ねぇ、ちょっと! あれどうするのよ? このままじゃ、絶対ご主人様に怒られちゃうわ!』

『フィーアの言うとおりよ。アルヴィオーネさんを止めてくれるかと思いきや、ラファールさんまで混ざっちゃうとは予想外だわ……これ、どうする?』

いつも以上に早口で捲し立てるフィーアに、アインスが乾いた笑いを浮かべながら告げる。

そんな二羽に、ツヴァイは悲しそうな顔で嘴を開く。

『これは、どうもできないよ……』

ツヴァイの力ない呟きに、俺達の間に再び沈黙が落ちる。

末の弟が原因で起こった事態に、俺はこの後の展開を思い浮べ戦慄した。深く物事を考えるのが苦手な俺だが、この後の流れはわかる。ご主人様にかなり怒られるだろう。

普段はとっても優しく、俺達を大切に可愛がってくれるご主人様だが最近躾に厳しいのだ。特に人間には迷惑をかけないよう口酸っぱく言われている。

そしてそれは、俺達が害獣として狩られないようにという心配から行われているのだと、俺でもわかっている。

今日だって、『城には腕のいい騎士や魔術師が沢山いるから、大人しくな。俺と別行動でもいいが、その場合はラファールとアルヴィオーネから決して離れないように。人とは関わるなよ?』と何度も言われたのだ。別れ際、ご主人様は心配そうな表情を浮かべ、それぞれにしっかり注意を促してから去っていった。

アインスやツヴァイと違い、俺にかけられた言葉は少ない。けれども一羽一羽同じように腕に乗せ、それぞれが理解できる言葉を選び言い聞かせる姿に、俺達はとても大事にされているなと思ったのだ。

優しくて、美味しいごはんをくれるご主人様を嫌う理由などない。俺達はご主人様が大好きだ。だから、ご主人様の命は守るようにしているし、迷惑をかけないよう心掛けている。

だというのに、この事態。最大の原因であるフュンフは、未だ果実に夢中なのが一番癇に障る。

『フュンフの所為!』

『むぐ?』

沸々と込み上げる苛立ちを込めて、俺はフュンフを叱咤する。

しかし当人は俺の声に反応してちらりと顔を上げただけ。意地でも離さなかった果実を食べるのに必死で、気にした様子がない。

同じように育ち学んだはずなのに、なぜこの末の弟はこうも食べ物一直線なのだろうか。

俺とて、他の三羽に比べれば知恵は回らない方だ。しかしそんな俺でも、ご主人様に迷惑をかける情けなさと言いつけを守れなかった悔しさが胸を占め、その上これから怒られると考えるだけでとても悲しいのに。

この内心をフュンフに伝えたい。けれど上手く表現できる言葉が出てこない。

おしゃべりの上手いフィーアならば、この感情を余すことなく言葉にできるだろうか。こういった時、口下手な己が悔やまれる。

感情を言葉にできないもどかしさに嘴をぱくぱくさせていると、ツヴァイに背をポフッと叩かれた。

『食べてる時はいくら言っても無駄だから、ほっときなよドライ。彼奴は後でドイル様にたっぷり叱ってもらうから』

末の弟を見つめ棘のある声でそう言うと、ツヴァイは羽を広げ枝から離れる。そしてふわりと宙に浮くと、沈痛な面持ちで嘴を開く。

『僕、ドイル様呼んでくる』

『……それが一番ね。頼んだわ、ツヴァイ』

『うん』

複雑そうな表情でアインスと言葉を交わし、ツヴァイは空高く飛び立った。

ツヴァイは頭がよく、飛ぶのも上手いからすぐにご主人様を見つけて戻ってくるだろう。

話を聞いたご主人様は、きっと急いでこちらにきてくれるはず。そしてこの状況をどうにかしてくれる。

そう思えるのは、ご主人様がいれば絶対大丈夫という謎の安心感があるからだ。これは兄妹全員賛同している。

そういえば、ツヴァイが以前『これが刷り込ってやつかもね』なんて言っていたな……。

「た、たすけ――」

「誰――」

渦巻き始めた池と時折顔を出す人間達が上げる悲鳴を聞きながら、そんなことを思い出す。

ラファール殿が風で包んでいるので無傷のようだが、浮き沈みしながらぐるんぐるん回され、大変気持ち悪そうだ。止めてあげたいとも思うが、あれはご主人様以外どうすることもできないだろう。

「ど、どうする?」

「たしか、セルリー様が城にいらっしゃるはずです。私、さっきお見かけしました!」

「でも、仕事をさぼっていたのがばれたら殺されるんじゃ……」

「それは駄目だ! と、とりあえず、自力でどうにかしてみよう。風の精霊様気さくだったし、話しかけてみればなんとかなるかも」

果敢にも残った人間達がどうにかしようとしているが、やめた方がいいと思う。

そう思ったのは俺だけではないらしく、フィーアがそっと呟く。

『ねぇ、あの人間達ちょっと無謀じゃない?』

『あの人達、止めようとしてるけど絶対巻き込まれるよね』

『ん』

フィーアの言葉に付け足したアインスに、俺は頷く。

止めに入り、精霊二人に邪魔者認定されて巻き込まれる人間達の姿が目に浮かぶ。それは二羽も同じだったようで、再び俺達の間に静寂が訪れる。

悪化の一歩を辿る目の前の光景に誰も嘴を開くことなく、俺達三羽は神妙な顔でご主人様とツヴァイの到着を待った。

『むぐむぐむぐ』

その間も食べるのを止めないフュンフを、いの一番にご主人様へ突き出そうと思ったのは言うまでもない。