軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十一話

いくら記憶を掘り起こそうとも、俺の中に一人孤立していた記憶はない。

陛下やお爺様、グレイ様にクレアなど離れていった人や遠ざけてしまった人達は確かにいた。しかしそれでも、俺の側には母上やメリル、セバスやアギニス家に仕える侍女や使用人達、バラドやルツェ達など多くの人がいた。

認めたくない現実にもがき世を厭うても、振り向けば笑顔で迎えてくれる人がいる。その安心感は計り知れず、こんな俺にも居場所があるのだと心のどこかで常に感じていた。

だから嫉妬や羨望を憎しみに変えず、ここまでこられたのだと思う。

無条件で受けいれてくれる存在がいる。

人は、きっとそれだけで頑張れる。

俺がそうだったように。

リェチ先輩もそう感じてくれるといいが……。

コツコツと曇り一つなく磨かれた王城の廊下を歩きながら、そんなことを思う。

リェチ先輩やサナ先輩のために何をしてあげられるかなど、わからない。そもそもゼノスの罪自体、どれほどのものなのか確定していないのだ。これから何が起こるのか、二人の身に何が降りかかるのかなど誰にも予想出来ない。

だから、せめて側にいようと思う。

何かあった時、側にいないと助言も手助けもできないし、リェチ先輩達の心の変化もわからない。なにより、常に側にいてくれる存在というものが、どれほどありがたいものなのか、俺は身をもって知っている。

だから、いつでも手を伸ばせる距離にいる。

この先何が起こっても一人ではない、居場所はここにあるのだと、リェチ先輩やサナ先輩が安心してくれるように。俺では力不足かもしれないが、いないよりはいいだろう。

無論、何かあれば全力で守る所存である。

「こっちが近道ですよ、リェチ先輩」

そんな決意を胸に、リェチ先輩を誘導する。

隣を歩き、きょろきょろと辺りを見回していたリェチ先輩に笑いかければ、ニコッといつもの笑みが返ってきた。

「流石! 詳しいですね、ドイルお兄様!」

そういって笑うリェチ先輩の顔に、ゼノスの元にいた時の悲痛さはない。

この短時間で立ち直った訳ではないだろうが、戻った俺の呼び名と好奇心に目を輝かせている姿に、胸を撫で下ろす。

同時に、強い人だなと思った。

死んだと思った兄が生きていて、その上あのような状態だったのだ。その衝撃と混乱はとても大きかったと思う。

それらの感情を押し込めて普段と変わらぬ姿を見せるのは、単に何も覚えていないサナ先輩のためだ。彼女に動揺や悲しみを悟らせないように、リェチ先輩はこうやって笑っている。

ならばその頑張りを、俺が無駄にするわけにはいかないだろう。

「まぁ、この辺りは散々グレイ様との追いかけっこに使いましたから」

「……この高そうな調度品の中を追いかけっことか、流石ですね!」

「その度に、宰相様とかに滅茶苦茶怒られましたけどね。『城内は遊び場ではありません! そんなに走りたいなら庭か鍛錬場にいきなさい!』ってグレイ様とよく叩きだされていましたよ」

「そりゃそうでしょう。だってあの壺とか、あそこに飾ってあるお皿とかいかにも高そうですもん。いくらぐらいするんですか?」

リェチ先輩の空元気を指摘することなく、気が紛れるようグレイ様との思い出を話す。

そんな俺に一瞬ほっとした表情を浮かべたリェチ先輩は、次いで呆れた表情を浮かべ、骨董品の一つを指さした。

「……あの皿は、まぁ金貨千枚くらいでしょうね」

「せ、千枚ですか!? もしかして他のも!?」

「しますね。あの正面に飾ってある大きな花瓶があるでしょう? 確かあれがこの通路の目玉で、金貨三千枚くらいしたはずです。とはいっても、ここは貴族なら自由に出入りできる通路なので、そこまで高価なものは置いていませんが」

「十分高価ですよ! っていうかそんなものがあるところを走るとか、ドイルお兄様も兄御も何考えてるんですか!? 非常識な!」

「……まぁ、俺もグレイ様も子供でしたしね」

質問に答えれば、リェチ先輩は大げさに驚いてみせる。

次いで今歩いている廊下の情報も告げれば、信じられないといった表情を浮かべ、己の肩を抱く。その様は、俺とグレイ様の無謀な行為に恐れ戦いているようにも見えるが、先輩の目は楽しそうに笑っていた。

いつもの調子が出てきたのか、つくった声で叱ってくるリェチ先輩に合わせ、俺も神妙な声を出してみる。

しかし、気を紛らわすために始めた会話とはいえ、普段は俺達よりもずっと非常識なリェチ先輩に常識を説かれるのは釈然としない。

というわけで、意趣返しがてらちょっと意地悪な提案をリェチ先輩にしてみる。

「ちなみにですが、グレイ様の寝所にはあの花瓶より高価なものが沢山ありますよ。折角王城にいますし、見せてもらいましょうか?」

「いやいやいや、それは勘弁してください! 金貨三千枚以上って! 何かあったら弁償のしようがないですよ!?」

「遠慮せずに。国宝とかもありますよ?」

「結構です!」

意地悪く笑って提案してやれば、リェチ先輩が若干本気で縋ってくる。折角なので追加の情報をあげれば、今度は本気で断られてしまった。残念。

そんな感じでリェチ先輩と戯れることしばし。

すっかりいつも調子を取り戻し、『あれは何? これは何?』と聞いてくるリェチ先輩に差し支えない程度の答えを返し、俺達は城の中を進む。

今日は他に予定もいれてないので、あとは客室に戻るだけである。

騎士団での実習が終わり、王城に上がって早二日。

グレイ様やクレアは忙しいらしく未だ会えていないが、部屋に戻ればバラドとシオン、あとレオ先輩とサナ先輩がいる。ラファールはアルヴィオーネと一緒に王城の隅にある湖におり、アインス達はブランと共に厩舎にいるはずだ。

ちなみに今回レオ先輩とサナ先輩とリェチ先輩の三方は、グレイ様の口添えのもと俺の部下として特別に招待している。

表向きの理由は式典に向けての体調管理、本来の理由はゼノスの身元確認とリェチ先輩とサナ先輩がどの程度事件に関わっているかを調べるためである。

今回の式典は俺とクレアの婚約式ということで、俺達を祝うため国の内外問わず多くの人間が城を出入りする。となれば、警備の隙も増えるわけで。

日帰りできる者はいいが、宿泊を余儀なくされる遠方の貴族や他国からやってきた賓客達が、体調不良や毒殺を警戒して専属の医師や薬師を連れてくることはよくある話。俺もそこに便乗させていただいた形だ。

何故そんな回りくどい方法をとっているかといえば、色々な理由が絡んでくる。

まず、生徒が在学中に学園を出るには、それ相応の理由が必要である。

婚約式が国を挙げての行事である以上、主役であるクレアや俺、俺の側仕えであるバラド、それから王太子であるグレイ様と側仕えであるジンが学園をでることは問題ない。俺達には『登城せよ』という王命がくだっている。

問題はリェチ先輩とサナ先輩であった。

ゼノスの身元確認は急務。ゼノスの関係者だと名乗りをあげれば、勿論許可は出る。

しかしその場合、二人は二度と城から出られなくなる可能性があるし、何よりリェチ先輩の唯一の願いである『サナ先輩にゼノスの存在を教えない』ということが不可能になる。

リェチ先輩の話を聞くかぎり、先輩方は事件と無関係の可能性が高い。二人の今後のためにも関係者であることは隠してあげたかった。

ならばどうするか。その結果が、俺の薬師としての登城である。

……レオ先輩が有能な人で、本当に助かった。

快く協力してくれたレオ先輩を思い浮べ、しみじみ思う。

城にいる薬師達が忠誠を誓っているのはこの国と国王陛下であり、守るべきは王の血筋だ。正式な婚約前、いわば部外者である俺を優先して守ることはない。彼らからすれば俺の身など二の次三の次である。

だからこそ、婚約式前の俺が己の身を守るために薬師を連れてくることは、なんら不自然ではない。

麒麟児と名高いレオ先輩を俺が囲っていることは、貴族の間では知れ渡っているし、学生の身でありながらレオ先輩の名は有名だ。多くの家が狙っていたし、未だ諦めてない家も多い。

それほど優秀な薬師を個人的に囲っている以上、アギニス家の薬師やフリーの薬師にお願いする必要はないだろうと誰もが思ってくれる。

一部の連中が渋っていたようだが、そこはグレイ様が『ドイルが優秀な薬師を連れてくると何か不都合があるのか?』という、お優しい言葉で解決してくださったとガルディから聞いた。

俺が気に入らないのか、クレアとの婚約が気に入らないのか、はたまた誰でもいいから言いがかりをつけたかったのかはわからないが、グレイ様に正面切って『疚しいことをする気があるのか』と問われては、賛同するしかなかっただろう。ご愁傷様である。

リェチ先輩やサナ先輩だけを招待しては角が立つが、レオ先輩を加えたことで俺の薬師とその右腕と左腕という構図が出来上がり、三人をバラドと同じ扱いにすることができる。お蔭で二人とゼノスの関係を、周囲とサナ先輩に隠しつつ、ゼノスの身元確認が可能になったわけである。今のところ、ゼノスと先輩方の繋がりを見抜いた者はいない。

この案を思いついた時、巻き込まれてくれるかと問うた俺に『勿論だ!』と即答してくれたレオ先輩には大変感謝している。

「そういえば、ドイルお兄様はよく平気ですよね」

リェチ先輩やサナ先輩を王城に連れてくるにあたりあった、もろもろのことを振り返り終わった頃。もう少しで客室がある区画に辿り着くだろう場所で、リェチ先輩が思い出したように尋ねた。

見覚えのある場所に出てからは質問されなかったので、反応が遅れてしまった。

聞き返しては不快にさせるかなと思ったが、返事をしない方が失礼だと思い直し、聞き逃してしまった言葉を聞き返す。

「すみません、聞き逃しました。何の話ですか?」

「怒った兄御、滅茶苦茶怖いじゃないですか。僕、兄御を見て『普段穏やかな人ほど怒ると怖い』って本当なんだなと思いましたもん。よく平然と受け入れらますよね、ドイルお兄様」

「別に平然としてるわけじゃ……でもまぁ、あれは相手を想っているからこそのお怒りですし。グレイ様は基本お心の広い、優しい方ですよ」

「――そのとおりだ、ドイル」

どのような思考の果てにその質問にいたったのか疑問に思いつつ、リェチ先輩の質問に答える。同時に聞こえてきたその声に、俺もリェチ先輩もピタリと足を止めた。

そしてゆっくりと、声のした方向へと目を向ける。

客室の区画に入ることを知らせるための、緑を囲んだ回廊。美しく整備されたこの回廊抜ければ客室が並ぶ廊下に出るのだが、何故か回廊が囲む緑の中にグレイ様とジンがいた。

俺達を驚かせようと身を隠していたようだが、ついでに今の会話をばっちり聞いていたらしい。

回廊を彩るために用意された緑を掻き分け出てきたグレイ様は、とても楽しそうなご様子である。

大きな荷物を抱えているジンは、グレイ様の空気の変化に気が付いていないらしく「お久しぶりですドイル様!」と元気そうな声が聞こえた。

「ぐ、グレイ様」

「俺のことをよく理解してくれているじゃないか、ドイル」

「それは――」

笑みを深め仰るグレイ様に、己が大きな墓穴を掘ったことを悟る。

先ほどの俺の言葉では、グレイ様のお説教は心配と優しさ由来だから別に受けてもいいといったようなものである。

冗談じゃない。心配かけたことは謝るが、好きこんで説教されたいと思ったことなど、一度たりともない。むしろグレイ様の説教など、お爺様の説教以上に嫌だ。遥か年上のお爺様ならまだしも、何が楽しくて同い年の幼馴染に懇々と常識を説かれなくてはならないのだ。

「……わざわざご足労いただき、申し訳ございません。御用でしたらお呼びいただければ、お伺いしましたのに」

「この辺りの人払いはすんでいるから、畏まらなくていいぞ。なに、用事というほどのことではないんだ。ようやく時間ができたからな? 是非、お前とゆっくり語らいたいなと思ってな?」

「ゆっくり」という部分をわざわざ強調したグレイ様に、嫌な予感しかしない。怒られそうな心当たりしかない今、とんでもないことをいってしまった。

どうにかして先ほどの言葉をなかったことにできないか苦心し、グレイ様の気を引けそうなものを探すが、人払いしたというだけあって俺とグレイ様とリェチ先輩とジンしかいない。残念だが、この回廊に近寄ってくる気配は皆無だ。

流石、王太子殿下。王城内において、その権力は絶大である。

「いくぞ、ドイル。美味しい菓子と軽食を用意してきたから、ローブに茶でも入れてもらおう。面子的にも去年の合宿の再来みたいで楽しみだな? 一人余分だが」

「……はい」

俺の肩を掴み、朗らかな声で仰ったグレイ様の言葉の裏で『時間を気にせず、一から十まで全部吐け。懲りずに一人で突っ走って心配かけやがって、覚悟はできているんだろうな?』という声がはっきりと聞こえた。