軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十五話

『――いや、犯人を追っている途中だったんだ。薬師巡りの本来の目的は別件だった。ただ、こちらの件に関しても何かしらの情報が得られないかと期待し、ついでに情報を集めていたことは否定しない。先ほど、縁あって長らく王都を住処にしている精霊に話を聞くことができた。その結果ゼノスが張本人だと判明し、駆けつけてきたんだ。ゼノスは白だと思ったんだがな……俺の読みが甘く、人を見る目がなかった所為でお前達には迷惑をかけた。すまない』

そこまで言い終えた俺は一度頭を下げた後、ガルディの目を見つめ返す。それ以上ガルディに告げることがなかったというのもある。

そんな俺をガルディは静かに見定めていた。

俺を見据え、観察するガルディの視線を黙って受け止める。

訝しみ疑惑に満ちた目で観察されるのは決して心地いいものではない。しかし先の言葉以外何の手立てもない俺は、黙ってその視線を受け入れるしかない。

結局のところ、俺の言葉を信じるか信じないかはガルディの心次第。ガルディと面と向かって言葉を交わしたのが昨日だということを考えれば、どう考えても分の悪い賭けである。

しかし、こうしてガルディと対峙している間にもゼノスは逃亡を続けている。今は一刻を争う事態なのだ。これ以上ガルディを説得している暇などない。

いざという時は――。

ガルディの視線を受け止めながら、俺を信じてもらえなかった場合を考え、さりげなくエスパーダに手を伸ばす。そんな俺の行動を目にとめたガルディが一瞬目を細めたのがわかったが、しかしこちらにも引けない理由がある。躊躇っている場合ではない。

折角お爺様や父上が譲ってくれた人材を手放すのは正直惜しい。その優秀さを目の当たりにした今、自己紹介時にガルディが告げた言葉を疑わずととっと抱き込んでおけばよかったという後悔ばかりが募る。

しかし過ぎた時間は戻らず、足踏みしている時間は既に無い。進むしかないのだ。

例えそれが、部下としてのガルディを失うことになったとしても。

……ガルディの信頼と危険分子になりうるゼノスの確保。どちらを取るかと問われればその答えは決まっている。

恐らくここで武力行使に出るような事態になれば、ガルディは俺から離れていくだろう。例え俺の言葉に偽りはなかったと判明しても彼は俺の部下にはならない。というより、なれないはずだ。己の存在が邪魔になった場合、説得もせず躊躇わず己を切り捨てていく相手を主と慕える酔狂な奴などそうそういない。

ここまでガルディが俺に示した能力を思えば、彼を部下にできないのは大変惜しい。

しかし、目的と手段を間違える訳にはいかない。

強い力が欲しかったのも、優秀な部下を抱き込みたかったのも、確固たる立場が欲しかったのも理由は一つ。

――俺はこの国を守り、生きていく。

思い浮かんだ人達の顔に、エスパーダを握る。守るものはもう間違えない。

俺の心情などどうでもよく、優先すべきはゼノスの確保。ならば、とる行動は一つだ。

決めた覚悟を行動で示す為、俺はエスパーダを握った状態でガルディの決断を待った。

そして、そんな俺の姿と覚悟をじっと見つめていたガルディが下した決断はというと――。

「――失礼いたしました。俺も大分混乱していたようで、くだらないことを考えてしまいました。思い返せば、俺がゼノスを連れていこうと進言した時ドイル様は反対なさった。その意見は最後まで変わりなく、その男との出会いがなければゼノスはこの場に来なかった。ゼノスの拘束はドイル様にとっても予想外だったはず。それをこのような結果になったからといって、深読みし、あまつドイル様を疑うなど俺が愚かでした」

という、謝罪だった。

「申し訳ございません」

「……いや、この結果では当然の流れだからな。謝罪の必要はない。それよりも今は、」

「ゼノスを追うことが最優先、ですね」

「そうだ」

平常心を取り戻したらしいガルディは俺の言葉を引き継ぐと、すぐに室内に手がかりが残されていないか検分し始める。

どうやら俺は、賭けに勝ったようだ。

ただし、勝因はよくわからない。

……ガルディは何を見たんだ?

九割方覚悟を決めていたので正直拍子抜け感が否めず、俺は何をするでもなくただ茫然とガルディを目で追う。

未だ混乱している騎士を蹴りあげ手がかり探しを手伝わせる姿は、いつものガルディそのものであった。

そんなガルディの変化に戸惑うと同時に、その原因を思案する。

緊張感が増す中、無言で俺を見定めていたガルディは不意にその目の色を変えた。疑心に満ちた目が動いたと思ったら、何かに驚いたように見開かれその後、ガルディは少し考え込むと肩の力を抜き、俺に謝罪したのだ。

その一連の動作を思い返す限り、ガルディが何か俺を信じるきっかけを見つけたことは確かである。しかし、部屋を見渡す限り証拠になりそうなものはない。

一体何が勝因となったのかは不明だが、俺の言葉を素直に受け入れてくれたらしい現在のガルディからは、俺に対する疑心は感じられない。

むしろ、俺を疑ってしまった事を深く後悔しているのか、目が合うと申し訳なさそうな表情を浮かべ、何処か悔しそうな雰囲気を漂わせている。

一体ガルディの中でどのような葛藤があったというのか。

俺にとって都合が良過ぎる展開に疑問は尽きない。本音を言えば、何がガルディの心境に影響を与えたのか滅茶苦茶問いただしたい。上手くいきすぎて逆に不安である。

しかしそれは今追及すべきことではない。今優先すべきことは別にある。

何が起こったのかさっぱり理解できないが、俺の立場からすれば四の五の言わず、ガルディが何の根拠もない俺の言葉を信じてくれたこと素直に喜ぶべきだろう。

お蔭で俺はガルディという優秀な部下を失わず、かつゼノスを追うことができるのだから。

……案外本音だったのかもな。

納得しきれない状況に納得する為、そんなことを思う。

今までの言動からガルディは狡猾で図太い印象だった。その為、初日に告げられた数々の言葉は所詮社交辞令だろうと聞き流していたわけだが、あれらは案外ガルディの本音だったのかもしれない。

いくら世継ぎでなくとも侯爵家ともなれば、貴族達の陰謀や汚い思惑を沢山見てきてことだろう。そのことを考えれば、あの押しの強さも豪胆さも許容できる。

何より、この状況で何の証拠もない俺の言葉を信じたこと。

何が決め手になったにしろ、たった今ガルディが見せた俺への信頼が、己の中にあったガルディという存在への印象を大きく塗り変えたことに間違いはない。

無理矢理ではあるがそう己を納得させた俺はエスパーダから手を離し、ガルディ達の元に向かった。

「ドイル様。ざっと見てみましたが、この部屋に手がかりになりそうなものは残されていません。今検分しながらこちらの騎士と話をすり合わせてみたところ、恐らくゼノスが脱走してからそう経っていません。話している途中で眠り薬の類が使われたようですが、俺もこちらの騎士も夕日が沈みだしたあたりで、鍛錬場から上がった火柱を二度見ています。外をみるに二度目の火柱から一時間経ったか経っていないかといったところです。恐らくゼノスはまだ王都内に居るはずです」

そしてガルディの言葉に外を見た。

容疑者の脱走を困難にする為、王都騎士団では二階に取調室が設置してあり、外の景色がよく見える。現在、夕日の七割ほどが沈んでいる状態だ。

ガルディの言葉の中には何やら大変気になる言葉があったが、そんなものを気にしている場合ではないし、ジンがいない以上犯人は一人しかいないので、詳しく聞きたい気持ちをぐっと堪えて俺はこの後の判断を下す。

気配察知を使えば、こちらに向かって走ってきている集団が二つあった。一つは密集して走り、もう一つは走りながら徐々にその数を増やしている集団だ。

恐らく前者はバラド達、後者は騒ぎを聞きつけた騎士達だろう。ここまで派手な音をたてて走ってきたからな。

この分ならばバラド達の方が先につくので、合流次第穴から追跡していけばいいだろう。

「いかがされますか? ドイル様」

「今、バラド達と騒ぎを聞きつけた騎士達がこちらに向かっている。バラド達の方が先に此処に着くから合流次第ゼノスを追う――――すみませんが、そういうことなので到着した騎士に事情説明をお願いしますね」

「へ? え、あ、かしこまりました」

「お願いします」

ガルディの問いかけを受け、思い描いた今後の動きについて話す。

突然話を振られた騎士が驚きつつも了承したのを見届け、俺はシオン達へ向き直った。

「ラファール、アルヴィオーネ。二人はついてきてくれるだろう?」

「『勿論』」

「シオン、お前はどうする?」

「行くに決まってんだろ?」

「そうか。まぁお前は好きにしろ」

「若様俺に冷たくねぇ?」

快諾してくれた精霊二人に礼をいって、念の為シオンにも尋ねる。思っていたとおりの返答だったので軽く流せば、なんだかシオンが喚いていたようだが、まぁ問題無い。

そうやって一通り意思確認したところで俺はガルディへと目を向けた。

「ガルディはどうする?」

そしてそう問いかけた。

お爺様には出掛ける際連れて歩けと言われているが、置いていっても俺がお爺様に怒られるだけである。ならば、どうするかはガルディに選ばせたかった。

ゼノスが催眠系の薬を使用したことは幸運だった。ゼノスが選んだ薬によっては、ガルディもあの騎士も帰らぬ人となっていた可能性もある。その可能性にガルディも気が付いていたからこそ、あれほど険を含んだ視線を向けられていたのだ。

今度のお説教では手が出るかもしれないが、その程度は慣れているので問題ない。乗り気じゃない者を危険な場に強制連行するよりはずっとましだ。

「俺も……いえ。俺はここに残ります」

「そうか」

「はい。事情説明もそうですが、ドイル様の後を追わせない為の足止めも必要でしょう? 俺なら近衛の部隊長がきても、多少の時間は足止めできますから」

「それはありがたいが、いいのか?」

「お任せください」

今後をどうするかガルディの判断に委ねれば、彼はここに残るというので了承の意を伝えた。歯切れの悪い言葉が気にかかったが、今の俺とガルディの信頼関係を思えば足止めしてくれるという申し出だけで十分ありがたい。

ガルディに礼を述べた俺は、徐々に近づいてくるバラド達の足音に意識を集中させた。

俺が「そうか」と告げた瞬間、ガルディが寂しそうな顔をしたのはきっと俺の見間違いだろう。

「それではラファール、バラドとソルシエ、ナディ達を頼んだぞ」

「任せて!」

「後は大丈夫だな?」

「「はい」」

「楽勝」

「大丈夫よ」

「平気です」

人一人分開いた穴の前で、俺は集まった彼等を見渡し最終確認する。

バラドが連れてきたのは、ルツェ達三人とワルドとリタとプラハ、そしてナディとレオーネだった。

ナディとレオーネまでついてきたのには正直驚いたが、「相手が薬師ならば僕等は捨て置けません」とのことだった。二人は薬に縁深いトレボル家とエンテス家の出身だ。色々思うところがあるだろうと、同行を許可した次第である。

相手が薬師である以上、薬に造詣ある者がいるのは心強いからな。

二階ということもあり、穴から地面まではそう遠くない。戦士科ならばまったく問題ない距離である。

薬学科の二人とバラド、ソルシエは厳しそうだったのでラファールに下ろしてくれるよう頼んだ。後の面々は大丈夫そうなので、いざ出陣である。

「いってくる」

「お気をつけて」

「ああ」

この場に残ると言ったガルディに出発を告げ、俺は穴から飛び降りる。

大した距離でもなかった為、一瞬の浮遊感の後には着地していた。体勢を崩すことなくザッと地面を着地した俺は、他の面々とバラドやソルシエ、ナディ達がラファールの助けを借り無事着地したことを確認する。

「全員怪我はないな?」

「大丈夫です」

俺の問いかけにバラドが代表して答える。バラドの言葉に全員が頷いたのを確認して、俺は一歩踏み出した。

が、何故か。後ろ髪引かれた気がして足を止める。

「どうした若様。忘れ物か?」

歩き出してすぐに足を止めた俺に、からかうようにシオンがいう。

何故そうしようと思ったのか、俺自身もよくわからない。ガルディ本人が残ることを選んだのだ。今回は迷惑をかけたことだし、その意思を尊重しようと思った気持ちに変わりはない。

しかしシオンがいった「忘れ物」の言葉に突き動かされたかのように、俺は今飛び降りてきたばかりの場所を見上げた。

見上げた先では騎士が一人、穴に手をかけこちらをみている。逆光で細かいところまではわからないが、その騎士に見つめられていると強く感じる。

その光景を、その視線を感じた瞬間、俺はこちら見ているだろう騎士に向かって声を張り上げていた。

「ガルディ! 俺達は今からゼノスを追う! まだ、俺の部下になりたい気持ちがあるのなら、お前もついてこい!」

「ドイル様!?」

俺の言葉にバラドが驚いたように名を呼ぶ。

急いでいるのに何をとか、ガルディはまだ信頼できるかわからないのにとか、概ねそんな感じだろう。これまでのやり取りを見ていたシオンは「随分と上から目線な誘い文句だな……」と苦笑いである。

……んなことはお前にいわれずともわかっている。

それに、あそこに立っている騎士はもしかしたらガルディではなく、もう一人の騎士かもしれない。俺が「いってくる」と行った時、ガルディは部屋の中ほどで頭を下げただけで、穴に近寄る素振りもなかったからな。

正直、一刻を争う事態なのに何やってんだと自分でも思う。ガルディがいっていたとおり、今近衛部隊長とやりあっている暇はないので足止めは必要である。そして、足止めにはガルディが適任なのも重々承知している。

しかしなんとなく。

本当になんとなくなのだが。

部下になりたいと告げた姿や俺に嵌められたのではと感情露わに憤る姿だとか、驚き拍子抜けしたような顔や深い後悔を感じさせる顔、見間違いだろう寂しそうな表情などを浮かべたガルディが思い出され、「お前もこい」と言ってやった方がいいんじゃないかと、ふと思ったのだ。

「お前は俺の部下になりたいのだろう? あの言葉が偽りで無いのなら、今ここで力を貸してくれガルディ!」

己でもよくわからない衝動に身を任せそう叫べば、ふらりと影が動くのが見えた。

次いでザクッと土を踏みしめる音が聞こえ、見えた姿に頬がゆるむ。

「――ドイル様」

逆光の所為で、ガルディがどのような表情を浮かべているのかはみえなかった。しかしはっきり聞こえた俺を呼ぶガルディの声に応え、俺は再度出発を告げる。

「行くぞ!」

己でもよくわからない感情ではあったが、その瞬間ガルディは俺の部下になったのだと感じていた。胸に広がる安堵や満足感に不思議なこともあるものだと首を傾げつつ、側にいる部下達を見回す。

「「「「「はい(おう)!」」」」」

俺の視線に応え、そこかしこから上がる力強い声達を合図に。

俺達はゼノスを捕獲する為、夜の帳が下りはじめた王都へと走り出したのだった。