作品タイトル不明
第百七話
「ぐっ!?」
振り下ろされた剣を一歩横にずれることで避け、エスパーダの柄を使って男の首裏を打ち気絶させる。
最後の一人だった男がゆっくりと崩れ落ちていく様子を見届けた後、先ほどまで酒盛りで賑わっていた古の蛇の根城を見渡せば、死屍累々といった光景が広がっていた。
先輩に窘められた一部の者達を除けば、俺が仕留めたので全員大した怪我はない。しかしあれだけ居た傭兵達は、先ほど崩れ落ちた最後の一人と同じく大半が地に伏し、気絶または軽いうめき声を上げて悶えている。
皆、起き上がれない程度のダメージは与えたはずだが、相手はそれなりに名の知れた傭兵団。倒れた演技をして急に襲いかかってきたり逃走されては困るので、地面を凍らせ動けぬよう地に縫い付けておく。
そして若干ボロボロになった根城が薄らと氷で覆われた頃、俺はエスパーダをおさめながら根城の隅へと目を向け、口を開いた。
「――出てきていいぞ」
「ドイル様! お怪我はございませんか!?」
「流石だなぁ、アギニス! 惚れ惚れする強さだぜ!」
『ドイル様、とってもお強いですね!』
『あっという間でしたが、とても見ごたえがありました!』
『主様、凄い!』
『人がゴミのようでしたわ!』
『ごはんー』
声をかけた途端、三者三様な反応と共に姿を現したバラド達を呼び寄せる。
最初から最後までその目で見ていた癖に俺の体を点検するバラドと、転がる傭兵達の体から決定打の痕跡を見つけては感心して頷くワルドはいつものことなので放置する。そして二人の元から離れ、きらきらした目で俺に群がるアインス達を腕に抱え、悔しそうに俺を見るシオンの元に向かった。
「ごはんだ。好きなだけ食べていいぞ」
『『『『『ごはん!?』』』』』
「動けない程度にな。まずは此奴だ」
「おい、待てドイル。ごはんって――」
『『『『『わーい!』』』』』
シオンの抗議を聞きながし、シオンの上にボトボトとアインス達を落とす。
氷でつくった拘束具で捕獲し転がしてあるシオンは、動く体力こそ無いものの喋る元気はあるらしい。ボトボトと落とされたアインス達が元気に魔力を食べ始めたのを眺めながら、これからシオンが見せるだろう反応を思い、俺は観察体勢に入る。
体の上を歩き啄むアインス達にシオンが顔色を変えたのは、それからすぐのことであった。
「ちょ、此奴ら魔力を喰って!?」
「意外と元気だな、シオン」
「何呑気に見てんだ! これ、ぜってぇ普通の鳥じゃっ――てか、魔獣だろ!?」
「魔獣とは、ちょっと違う。フェニーチェだ。珍しいだろ?」
「フェニーチェってあの!? ってか、此奴ら凄い勢いで喰ってるんだけど!?」
「成長期だから食欲旺盛なんだ。雛の時から面倒見ているから大丈夫。俺の命令を聞くようしっかり躾もしてあるから、精々動けなくなる程度だ。安心しろ」
勢いよく減っていく己の魔力を感じ取ったシオンが焦ったように叫ぶ。「フェニーチェがペットって……此奴頭大丈夫か?」といった心情がありありと読み取れるシオンの表情に若干ムッとしながら、優しくアインス達の安全性を聞かせてやれば、奴は頬を引きつらせた。
そしてしばし抗議の声を上げていたのだが、それを聞き流しアインス達を観察していると、ふと表情を変えたシオンが口を開く。
「……既に拘束してあるのに、魔力まで奪っておくなんて、ドイル様は随分、心配性なんだな? 知らな、かった、ぜ」
アインス達の食欲に頬を引きつらせていたシオンは、俺を見上げながら笑う。
しかし、徐々に上がっていく息と疲労を感じさせる声が、これはシオンが今はれる精一杯の虚勢なのだと俺に感じさせた。
どの口が言ってんだか。
シオンの虚勢はとても挑発的な言葉と笑みであったが、残念なことに俺が抱いた感想はとても冷めたもので。
というか、魔力を食い荒らすアインス達をどうにかして止めたいという魂胆が透けて見える挑発に乗ったりはしない。
身動きの取れない傭兵達の中、シオンの「魔力を喰ってる」の言葉にピクリと反応を見せた者が数名いた。そして俺と戦い負けたにも関わらず、アインス達を嗾けるまで何処か余裕そうだったシオン。どいつもこいつも全力で戦ったにしては魔力が残り過ぎである。
俺がセルリー様の教えを受けていると知っていて、魔力残量を誤魔化せると思っているのなら随分と見くびられたものだ。
此奴らに一度セルリー様の修行を味あわせてやろうかと少々不穏なことを考えつつ、俺は優しい笑みを浮かべてシオンに語りかける。
「お前も、他数名もこの期に及んでまだ逃げる気みたいだからな? ここまでしておいて取り逃がすなど、唯の恥。逃走用の魔力など与える訳ないだろう」
「っ!」
「お前達。此奴はこれぐらいでいいから手分けして他の奴らの魔力も喰ってこい。勿論、魔力が高い順にな」
『『『『『はーい!』』』』』
『まぁまぁだったわね』『でも、最近食べた中では結構美味しい方じゃない? 勿論ドイル様抜きで』『中々』『悪くはないんじゃない? ――あ、私あそこの人食べてくるわ』『ごはん!』等々、シオンの感想を言い合いながら散っていったアインス達の背を見送る。
そして俺の言葉に息をのみ、固まっていたシオンへと視線を移した。
「よかったな。お前の魔力はまぁまぁ美味しかったそうだ」
「嬉しくねぇ! てかお前、俺達が本気じゃねぇっていつから気が付いて」
「はじめから。俺は『テルモス元魔術師長のお気に入り』だからな。相手の魔力残量くらい見れば大体わかる。逃走など考えず最初っから全力で倒しにかかれば勝機もあっただろうに、変に手を抜くからだ」
「……俺達は傭兵であって、狂戦士じゃねぇからな。金にならない戦いに本気は出さねぇよ」
「なら、もう観念するんだな。最初にも言ったが、お前が協力してくれるなら悪いようにはしない。仲間達にもこれ以上手は出さない――ましてや、お前を人質に無理難題をふっかけたりはしないから安心しろ」
「本当か!?」
戦闘狂ではないと言い切ったシオンに、一番懸念していただろう点について告げれば意外とすぐに食いついた。
そんなシオンの様子に逃げ回っていた理由はやはりこれかと思いつつ、さらに安心させるべく言葉を紡ぐ。
「犯罪者でもない限り、誰も連れていかないと約束しよう。なんなら、誓約書でも書いてやる」
「誓約書まで……?」
「不安ならアギニス公爵家の名で書いてやる。まぁ、連れていかないとは言っても捕縛はしないという意味で、仕事を頼むことはあるだろうが」
「あんた、あたし達に仕事頼む気なの?」
公的な拘束力を持つ誓約書まで持ち出せば、シオンの表情が明るいものへとかわる。そんなシオンの様子に、後々文句をいわれないよう補足すれば、近くで倒れていた『姐さん』と呼ばれていた女性が驚いた顔で問いかけてきたので、俺は素直に答える。
「折角、顔見知りになったので。それに魔獣狩りの依頼はそろそろ終わる。シオンを待つ間、貴女達が食い繋ぐ為の仕事が必要でしょう?」
一応女性相手ということでシオンよりも少し丁寧な言葉で話しかければ、母と同い年くらいだろう彼女はぱちぱちと目を瞬かせ、何処か子供っぽい仕草で俺を観察し始める。
まじまじと俺を観察する彼女の視線を肌で感じつつ、俺は足元で転がるシオンへと視線を戻した。
シオンに協力する気があるのなら、クレアとの婚約式が終わるまで側にいてもらうことになる。自国の王太子が犯した暴挙を、エーデルの人間が何処まで認知しているかわからないが、もし知っている者がいればシオンの存在に度肝を抜かれるだろう。
そしてシオンが俺の側にいることで、あの一件の真相を俺がすべて知っており、その上証拠を掴んでいるというアピールにもなる。相手が余程の馬鹿ではなければ、今後クレアに手をだすことはないだろう。
またシオンの罪は公にはできないものの、重罪だ。ここで首を刎ねても、問題ないくらいである。
そこを敢えて、情報だけで目を瞑ってやれば古の蛇に貸しを作れる。もし古の蛇が仲間を切り捨てることを是とする傭兵団だったなら、シオンを切り捨てられて終わりだっただろうが、今までの言動を見る限りそれはなさそうだ。
姐さんと呼ばれていた彼女がシオンに随分な提案をしていたが、恐らく口先だけの戯れだ。此奴らは、仲間を置いて逃げるような連中ではない。かなりの高確率で、シオンの一件を恩に感じてくれるだろう。
そしてシオンを拘束している間、彼等へ仕事を斡旋してやるのは唯の下心。親しくなってオピスや他国についての情報を手に入れたいからな。
まぁ、オピスに関してはシオンの持っていたハルバートと傭兵団の名前だけなので、シオンから聞き出した方が早い気がしている。戦いの最中意識して見ていたのだが、あの時見たシオンのハルバート以外、誰一人『太陽を喰らう蛇』を彫った武器を所持していなかった。
ただ、疑いが完全に晴れた訳ではないので手元に置いておけるなら、置いておくに越したことはない。
信頼性は最後まで全員での逃走を実行しようとしていた此奴らと、シオンの「俺達は傭兵であって、狂戦士じゃねぇからな。金にならない戦いに本気は出さねぇよ」の言葉で十分だろう。
頑なに本気で戦うことを避けた彼等は、一個人として信頼できるかどうかは別として、傭兵団としてなら信頼できる。
まぁ、要するに色々な要因を加味した結果、此奴らは捕縛して国外退去させてしまうよりも取り込んだ方が俺にとって旨味があるのだ。
そして味方に引きずり込む場合は、まずはこちらから下手に出た方が後々やりやすい。人は不思議なことに、他人から施しを受けたら返さなくてはと思う生き物なのだ。確か、返報性の原理とかなんとか心理学で証明されていた気がする。
何より、本気ではなかったとはいえ此奴らは今、俺に負けて捕獲されている。此奴らが助かるか否かは俺の気持ち一つという状況なのだ。
仁義を大切にする傭兵団なら、この状況で此処まで破格の妥協案を提示されて「否」とはいえないだろう。
そう結論付けた俺は、あちらこちらから集まる視線に応えるようぐるりと周囲を見渡した後、姐さんと呼ばれていた女性に視線を戻し、尋ねる。
「何か、ご不満でも?」
まさか断らないだろう? と言外に含ませにっこり笑ってやれば、数秒間の静寂の後、明るい声が洞窟内に響く。
「は……ははははは! シオン! 断言するわ! こりゃ、あんたじゃ一生敵わないわね!」
「「「確かに!」」」
「あんた、姐さんの言うとおりいい男だなぁ! 俺達相手にいい度胸だ!」
「シオンとは器のデカさがちげぇわな!」
「ほんとになぁ! 相手に有無を言わせない交渉なんて、副統領を思い出すぜ!」
「……皆、酷くねぇ?」
「「「「「ワハハハハハ!」」」」」
「皆さんもこの身動きできない状況で、いい度胸だと思いますよ?」
地面や壁に氷で張りつけられているというのに、好き勝手なことを言い合う傭兵達に、思ったことをそのまま言ってやれば彼等は更に笑い出す。
恐らく、今笑っているのはこの中で幹部またはまとめ役と呼ばれる地位にいる者達だろう。現在進行形でアインス達に魔力を喰われている者もいるというのに、元気な奴らである。
もう、捕まえている必要はないな。
上機嫌に笑う傭兵達を眺めそう感じた俺は、未だ傭兵達の魔力を喰い歩いているアインス達へと目を向ける。
「アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ戻ってこい」
『『『『はーい』』』』
『あっ』
名を呼びつつ、フュンフを抱き上げる。此奴は名前を呼んだくらいじゃ食事を中断しないからな。名残惜しそうな声を出していたが、強制回収して腕に収める。
そしてパサパサと軽い音をたてながら他の四羽が俺の元に戻ってきたのを確認し、洞窟内を覆っていた氷を溶かした。
途端にあちらこちらから上がる、「おお!」「自由よー!」「あー、肩こった」といった声。その声達に先ほどまでの殺伐とした空気は無い。
「俺達は夜明け前には戻らなければならないから、そろそろ細かい交渉に移りたいんだが」
「ああ、そうよね。ちょっと待ってね」
軽くなった雰囲気にそろそろ細かい交渉に入ってもよさそうだと判断し、手近にいたシオンと姐さんと呼ばれた女性を中心に集まっている輪に声をかける。
すると、返事をしたのは屈強な体を持った男達の誰かではなく、美しい赤い髪を持つご婦人で。
「全員集合!」
――おぉ!
彼女の号令に従い、男達が綺麗に整列していく。
移動の最中こそ入り乱れバラバラに走っていた傭兵達だったが、みるみるうちに縦横揃った綺麗な四角へとおさまっていく。その際、気絶している奴は容赦なく引きずられ、叩き起こされていた。
そして一部ふらついてはいるものの、瞬く間に方陣を組んだ男達を見て満足気に頷いた彼女は、振り返る。
「――改めまして。初めまして、若様。この度は私の部下がとんでもないことを仕出かしたにもかかわらず、ご温情いただきありがとうございます。私達は古の蛇が一角、『炎』の名を持つ部隊。古の蛇の中では『炎蛇』と呼ばれているわ。そして私がこの部隊の責任者、ペイル・ジャーマ。得意な依頼は敵の殲滅! 攻撃力が売りの部隊よ。文字通り戦うしか能の無い奴ばっかりだけど、よろしくね」
紅のルージュで彩られた口元をきゅと上げ、妖艶といった表現が似合いそうな笑みを浮かべた彼女は、ぱちっとウインクしながら俺達にそう告げたのだった。