作品タイトル不明
第149話 噛み殺した感情
前をもたもた歩いていた男は 異界人(いかいびと) で、何もない手元を見ながら歩いていた。それを避けて現れた、向かいから歩いてきた男も 異界人(いかいびと) で、何もない手元を見ながら歩いていた。
首都セルタゴは帝都オルフェニアに比べると小さな街だ。
しかし、街を貫く中央通りさえ道幅が狭いため、人口密度は帝都より高いと感じる。
さらに 異界人(いかいびと) の人口割合が、エデンが言うには帝都の二十倍近いので、彼らとの遭遇率も必然的に高くなっているのだ。
(それにしてもこいつら必死すぎないか? 帝都にも歩きスマホはいたが、こんな夢中になってる感じはしなかったんだが)
【それはセルタゴに住む 異界人(いかいびと) の方々が、クラン活動を活発に行っているためです。特殊な環境のミズトさんは、ステータス画面で自身の能力やスキル、クエストぐらいしか確認することができません。しかし普通の 異界人(いかいびと) はガイドも見ることができ、クラン所属者に限ってはクラン掲示板など所属者専用の機能が提供されています】
(なるほど、クランに所属してると違うってことか……)
ミズトはエデンの説明で、なんとなく彼らのやっていることが想像できた。
しかし、それが歩きスマホに寛容になることとは別だった。
しかもこの街の 異界人(いかいびと) は、歩きスマホをしていないときはジロジロとミズトを観察してくる。
いや、ミズト相手だけではない。 異界人(いかいびと) 同士で相手のステータスをジロジロと探り合っているようなのだ。
(こいつら周りを気にし過ぎなんだよ。ステータスをいちいち確認してるって丸わかりじゃん。若い女性が街で男に見られる感覚が、こんな感じなのか? マジで失礼だな)
【この街のクランは直接戦うようなことはありませんが、間接的なクラン間の勢力争いが多く、相手がいったいどのクラン所属なのか気になっている様子です】
(勢力争いねえ。なんちゃら卍会みたいに暴力で訴えたりしないにしても、クラン同士で競い合ってるってことか……)
ミズトには不毛な争いに思えてならないが、転移者にとっては大事なことなのかもしれないと感じていた。
「おい、お前! もたもた歩いてんなよ!」
突然、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
ミズトには、それが自分へ向けられた敵意だとすぐに分かった。
(あ?)
普段のミズトなら聞こえないふりをする選択肢もあったが、ちょっと精神的なタイミングが悪く、無意識に歩きながら振り向いた。
どうやら三人組の 異界人(いかいびと) のようだ。
「聞こえただろ? お前だよ! もたもた歩きやがって! どうせ『ながパネ』でもしてたんだろ!?」
(なんだ、このガキども……)
ミズトは無表情のまま、何も言わず三人の男を見回した。
【わたしと会話しながら歩いていたミズトさんを、彼らは邪魔に感じたようです。なお『ながパネ』とは『ながらパネル』の略で、ミズトさんが言う『歩きスマホ』に該当する、この街の 異界人(いかいびと) の表現です】
(はあ? ステータス見ながら歩いてなんかねえし。もたもたとか、さっきまでこっちが思ってたことを、逆に言われるのはマジ腹立つな)
ミズトは高ぶった感情をなんとか顔に出さないよう抑えた。
「おい、止まれよ! 聞こえてんだろ!? なんとか言ったらどうだ!? 子犬なんか連れて、ここは平和ボケした日本じゃねえんだよ!」
(このクソガキが……)
【以前、歩きスマホで揉めている少年を見て、邪魔になっていたのだから謝罪すれば良いとミズトさんはおっしゃっていました。それに沿うのであれば、謝罪すれば良いことになります】
(ふざけんな、エデンさん……。なんで俺が謝るんだ。これは言いがかりだろ。他に歩きスマホの奴らがいるんだから、あっちに言えばいいだろうが)
【それでは、二、三発殴り飛ばしてしまってください。ミズトさんの精神衛生の環境が悪化しているため、何かしらの対処が必要です】
(…………そういうわけにもいかないだろ)
ミズトは立ち止まり、感情を噛み殺すように歯を食いしばった。
「クゥゥゥン」
クロもミズトに合わせて止まると、主人を見上げて、珍しく心配そうな声をだす。
「お、おい。ちょっとこいつヤバそうだぞ? いくらステータス低くても、レベル50のウィザードだ。変な魔法使うかもしれねえよ。行こうぜ?」
絡んできた三人の一人が言った。
「ああ、なんかキモいし、行くか。おい、お前! また、もたもた歩いてたらぶん殴るからな!」
男は吐き捨てるように言って、去っていった。
(…………)
【ミズトさん、あちらに見えるお店は、ミズトさんがお好きな甘い食べ物を提供しております。あちらで糖分を補充するか、誰もいない場所まで移動することを再度提案します】
(…………)
ミズトは何も答えず、エデンが示した店に向かった。
誰も知る由もないが、この街の歴史が終わることさえあった可能性を、女神の叡智が潰したのだった。