軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第130話 生活の目的

レガントリア帝国の帝都オルフェニアは、フェアリプス王国の王都ルディナリアを大きくした印象だった。

屋根の色こそ 橙色(だいだいいろ) が多かった王都ルディナリアと、赤色が多い帝都オルフェニアで多少の印象の違いはあるが、ヨーロッパの街並みを思い起こさせる建物の造形美は似ていた。

フェアリプス王国の文化はレガントリア帝国の影響を大きく受けたのだと、ミズトでも容易に想像できた。

また、世界最大都市だけあって、スラム街も今まで見たどこよりも大きいようだった。

やはりこういうところでは、貧富の差が出てしまうのは仕方のない事なのかもしれない。

その日も目的もなく歩いていたミズトは、いつの間にか踏み入れたスラム街に、海の向こうの幼い兄妹を思い出しながら、興味本位に散策してみることにした。

(やっぱ臭うな……)

人々の生活臭が鼻につく。

こうなると、自然豊かな環境の方がいいと感じてしまう。

少し歩いているだけで、たくさんの人とすれ違った。

大きいだけでなく、人口密度も高いようだ。小さい住居が密集して建てられており、どんなボロ屋にも人が住んでいる気配を感じる。

住んでいる人々はせわしなく動き回り、ここにはここの暮らしがあるようだ。

物珍しさに歩いていたミズトは、とくに惹かれるようなものもなく戻ろうとしたところ、見ず知らずの中年女性に声を掛けられた。

「ちょっとそこのあんた。冒険者ならあれを助けてやりなよ」

「はい?」

ミズトが様子を窺うと、どうやら近くで争っている者たちのことを指しているようだった。

「あんた若いみたいだけど、一人でこんなとこ来るってことは、それなりなんだろ?」

「……」

(このババア、急に何言ってんだ?)

争っている者たちをよく見ると、二十歳ぐらいの二人組の男が、三十過ぎた気の弱そうな男から金目のものを奪おうとしているところだった。

スラム街だからと言って、必ずしも治安が悪いとは言えない。似たような立場の住人たちが支え合い、コミュニティの絆が強く犯罪を抑制することもある。

しかしここは違うようだ。ミズトとその中年女性以外も人影があるのだが、誰も関わろうとはしていなかった。

(おいおい、まさかこのババアは俺に助けろって言ってんのか? それに何で冒険者だって分かったんだ?)

ミズトは何の装備も持っておらず、マジックバッグも隠しているのだ。

【そちらの女性は、帝都に住む人々でこのような場所に来る者は、冒険者ぐらいしかいないと思ったようです。ちなみに、そちらの女性は四十歳で、前の世界のミズトさんよりも若いため、『ババア』という表現は適切ではありません】

エデンがミズトの疑問に答えた。

(…………)

ミズトは中年女性に営業スマイルを向けて会釈をすると、何も言わずに通り過ぎていった。

「チッ、なんだい、気取ったガキが」

女性は不機嫌にそう言った。

【ミズトさん、助けないのでしょうか?】

(は? 助けるわけないだろ。俺は正義の味方じゃねえんだ)

【なるほど、やはり老人や子供か、セシルさんのような美人しか手助けされないのですね】

(ああ、もう……。言っとくがセシルが美人じゃなかろうが、あの状況ならきっと手助けしたからな)

【セシルさんが美人なのは認めるのですね】

(またそんなことを……。いいか、普通の人間は意味もなく赤の他人を助けたりしないが、知っている人間が苦しんでいるところを見過ごしたりもしないんだよ。世の中、正義の味方か悪人の二種類しかいないわけじゃねえって)

【強すぎる力を持ったミズトさんは、この世界の事象に大きな影響を与え、一方的に変えてしまうことを怖れているってことですね】

(こいつ、全然人の話を聞かないときあるよな…………)

ミズトは一度立ち止まり、一瞬だけ三人の男を振り返ると、とくに何もせずスラム街を去っていった。

それから、取り急ぎお金に困っていないミズトは、冒険者ギルド以外の収入源を見つけたこともあり、冒険者ギルドへ足を運ぶこともなく過ごしていた。

ポーションの素材補充のために周辺ダンジョンへ 赴(おもむ) くこともあったが、A級冒険者という全ダンジョンフリーパスを持っているミズトは、冒険者ギルドから依頼を受けなくても入ることが出来るのだ。

そうなると、冒険者というより、ただの庶民のように帝都内で過ごすだけの日々だった。

毎日通っていた『日本食タクマ』の隣に住む老婆には、

「あんたら 異界人(いかいびと) ってのは遊ぶためにこの世界に来たのかい? どいつもこいつも何もせずダラダラと過ごしてさ。タクマちゃんをもっと見習いなさい」

とミズトが叱られる場面もあった。

(…………)

【どうされましたか、ミズトさん? 先ほどの老婆のお言葉を気にされているようですが】

(いや……なんか婆さんの言うことにも一理あるなと思ってな)

ミズトはタクマの作った抜群の味に仕上がっている浅漬けを、コリコリと噛みながらエデンに答えた。

【A級冒険者という大成功を収めたミズトさんは、ただいまスローライフを満喫中ですので、気にする必要はまったくございません】

(たしかにスローライフって言いだしたのは俺なんだが……)

ミズトがクレア達と別れ、一人で過ごすようになってから一週間が経っていた。

その間にバイアット公爵家にいるクレア達と会うことはなかったが、シュンタ達『オヤジ狩り』や、同じクラン集会所を利用しているクランのメンバーとは、ここ『日本食タクマ』で何度も会っていた。

彼らは老婆が言うように、遊んでいるだけのようにしか見えなかった。

そんな彼らを見て、ミズトも老婆と似たような感想を持っていたのだが、老婆から見れば自分も同じだと分かり、少し落ち込んでいた。

【ミズトさんには新しい目的が必要かもしれません。手に入れた大きな力を利用し、何かを成してみてはいかがでしょうか?】

(――――――この力を利用して何かをしようとは思わんが、何にもしないのも人間として何だよな……)

【ミズトさんはA級冒険者という、この世界では大変重要な役割をすでに担っております。その役割を果たすことをお勧めします】

(冒険者ねぇ……。偽装ステータスを書き変えて、J級からやり直そうかね……)

【残念ですが、ミズトさんの知名度を考えると難しいです】

(…………)

次の就職先を決めずに会社を辞めた時のような気持ちに、ミズトはなっていた。