作品タイトル不明
第6話
それから三日間、シャルロットは姿を消したままティムルンを満喫した。
港町であるティムルンは、漁業はもちろん他国と船で行き来できる。外国との交易も盛んで、国内ではお目にかかれない珍しい品も運ばれてきた。
貴族用に持ち込まれただろう、煌びやかな宝石が木箱に何十個分と積まれているのを見た時は目を疑った。あれがすべてドレスの装飾やピアスなどに変わるのだと思うと眩暈がした。
綺麗な織物に、見たことのない野菜や果物。それらが、港に集められた王国の品々と交換されていく。
(なるほど、魚を塩漬けにして保存させる方法もあるのね)
魚を開いて内臓を取り、大量の塩で漬け込んで保存する工房にも顔を出した。真剣にやっている人もいれば、手を抜いて怒られている人もいる。
港の端に行けば、釣りをしている子どもたちがいた。水の入ったバケツに釣った魚を入れて、家に持って帰る。今日の晩御飯だろう。
最初は目新しかった港町の光景も匂いもすっかり慣れた。
それに魚料理も堪能できた。
さまざまな料理店に忍び込み、売れ残った料理をちょっとずつ拝借する。味がごちゃまぜになって、甘かったり酸っぱかったり苦かったりする時もあった。それでも素材の味が調味料に負けておらず、総じて美味しく食べられた。
中でもシャルロットが気に入ったのは、魚の切り身と野菜を酢漬けにしたものだ。酸っぱいのに甘くて、魚もほくほくしていて美味しかったのだ。同じ液体に漬けられていたのに、食材のぜんぶが違う味をしていたのには驚いた。
(あれをもう一回食べてから、船に乗ろう)
港からは毎日船が出る。中には商売ではなく旅行や留学を目的にした人たちが乗る船もある。それが出航するのは今日の昼だ。
ついでに長期保存がきく瓶詰も盗めたら嬉しい。
シャルロットは魚と野菜の酢漬けを出していたお店に向かった。この店は旅行者にも人気のお店らしく、お昼や夕方になると人でいっぱいになる。まだ朝方なので店はオープンしていない。開店準備中だろう。
だがシャルロットの目的は食材をくすねること。広くて清潔な店内ではなく、裏口から厨房に入った。
厨房には料理人が二人だけだった。ピーク時はここに五人くらい加わる。一人は魚を捌いたり、大鍋のスープの様子を見ている。もう一人は付け合わせのパンを焼いているようだ。小麦のいいにおいがする焼きたてのパンがどんどんかごに盛られていく。
シャルロットは山積みのパンから一つを手に取った。
(あちっ、あちっ)
まだ熱を持っている。素手では長く持っていられないから、ハンカチの上に載せた。
それの側面をナイフで切る。完全に切るのではなく、半分ほどで留めるのがポイントだ。
続いて、酢漬けの魚と野菜を探す。これは氷を入れて冷やす箱の中にいくつも入っていた。
氷の箱と呼ばれるこの箱は、大きな氷の塊を入れておくことで食材を冷やし、傷みにくくさせる。他国からの輸入品のようで、シャルロットも王城でしか見たことがなかった。
冬場ならともかく、夏でも氷を卸せる場所なんて限られてくる。年中それが可能なのは、万年氷窟から定期的に氷を届けてもらうか、氷を生成できる良き魔法使いが近くにいるのだろう。
魚と野菜の酢漬けも、何枚もバットを重ねて入れられていた。この店の人気商品なのがよくわかる。
バットを一枚取り出して、布巾をちょっとめくって魚にナイフの先端を突き刺す。そこから切れ込みを入れたパンの隙間に挟み込ませた。野菜も同様にして、魚と野菜でパンの中を満たす。
布巾を戻して、氷の箱の中にバットを戻す。
さあ、あとは退散するだけだ。
――がし、と。
(え?)
触れられるはずのない肩に、誰かの体温。握力。体重。
「つっかまーえた」
おどけるような声。死刑宣告のような声。
シャルロットの体から血の気が引く。
「駄目だよ、悪いことをするなら、自分だけじゃなく周りにも隠蔽や認識疎外の魔法をかけなきゃ」
親切そうにアドバイスしてくれるが、肩に置かれた手は離す気配がない。
(逃げなきゃ)
そう思っているのに、体が動かない。まるで石になったかのようだ。
手からパンが落ちる。
「ありゃ、もったいない」
後ろにいる誰かが言う。若い男の声。シャルロットもそう思った。
「逃げなかったのは偉いね。ちょっとこっちでお話ししよっか」
男と思しき肩に置かれていた手が、シャルロットの手を取る。
(ああ)
引きずられるように歩きながら、シャルロットは思った。
(案外、すぐに終わってしまったな)
楽しかったのに。
その気持ちはすっかり消えてしまっていた。