軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話

魔法憲兵は基本、激務というわけではない。というか、そもそも残業を許さない風土だ。今もフレイジーユの事件に大半の人員が割かれているが、残業しなければならないほどの量ではないので、明日に持ち越せる。

だからエリックも日没前には家に帰ってきて、夕食を家族とともに囲むのだ。

「…………」

「お姉ちゃん、サラダ取ってー」

「はーい」

「…………」

「オスカー、そっちの肉料理を取ってくれ」

「うん、これくらい?」

「ああ、ありがとう」

エリックの家では男女で向かい合って食卓を囲む。

そうなると、たとえ 斜(はす) 向かいでも相手の顔がいやでも飛び込んでくる。

((き……気まずい!!))

恋心を自覚(片方は半信半疑)した二人に、この席は拷問だった。

(食事の味がしねえ……! 大おばあさまたちが作ってくれたからいつも美味いのはわかっているけど!)

(どどど、どうしよう……ご飯を選ぼうにもどうしてもエリックさんの顔がどうしても見えてしまって意識してしまう!)

動揺が指先まで伝わり、二人ともぎくしゃくした動きでナイフとフォークを動かしている。それが見えてしまっている妹と弟たちは呆れているし、両親は怪訝そうな顔で二人を見ていた。ロゼットは背を向けてしゃがみこみ、全身をプルプルと震わせている。

「エリック、シャルロットさん、具合でも悪いのかね?」

「い、いやっ……」

「い、いえっ……」

否定のために顔を上げた拍子に、ばっちりと目が合う。

相手の髪の一本一本が鮮明に見える。

目の色も、唇の動きも、今まで霧の中から見ていたのかと思うほど、色鮮やかに見える。

「「――っ!!」」

ハッと我に返り、二人同時に顔を逸らした。顔がいやというほど熱くなる。

それを見たリアムとフローラも察した。

「あー……。二人とも、あとで夜食でも作ってもらいなさい」

「……はい。先に失礼します」

思わず敬語になってエリックが席を立った。

「わ、私も、ごちそうさまでした」

慌ててシャルロットもそれに倣う。

《ちょっと追いかけてきますね》

笑いをひっこめたロゼットが、顔を引きつらせて後を追った。

ぱたん、とドアが閉まって。

エミリーの唇が大きく弧を描いた。

「お姉ちゃ~ん、お兄ちゃんとシャルロットがすっごい初々しいんだけど~!」

「わかる。あれは兄さんの方も誰かに発破をかけられたと見た」

「どうする? どうする!? このまま一気にゴールインとか!?」

「それははしゃぎすぎじゃない? あの調子だと、デートと告白で一年くらいかかるね」

「え~、気が長いよ~」

「こほんっ」

リアムの咳払いで、二人の口が一回閉じられる。

「……他人があれこれ喋ることじゃないぞ。特にエミリーは、助けを求められたらアドバイスをする程度にしておきなさい」

「え、なんであたし?」

「お前が一番面白がって茶々を入れるタイプだろう」

「たしかに」

「うっさい天邪鬼!」

頷いたオスカーにエミリーが噛み付いた。

騒がしい食卓を後にして、シャルロットは小走りで自分のあてがわれている部屋へ飛び込む。はしたなくベッドにダイブして、毛布をかき集めてその中に引っ込んだ。

《シャーリー? 入るわよ?》

ロゼットの声がする。返事がなくても勝手に入ることはシャルロットも承知していた。

《あらあら。すっかりお山を作っちゃって。シャーリー、話せるかしら?》

「……はい」

毛布の中からもごもごと返事をする。

《エリックのこと、気になっちゃう?》

「……はい」

《そっかー。まあ、一つ屋根の下にいるものね。嫌でも顔を合わせちゃうから、冷静に考えられないか》

「……はい」

同じ言葉しか返ってこない。それくらい動揺しているということだろう。

ロゼットは自分の初恋を思い出して、なにかアドバイスできないかと思考を巡らせる。

《うーん……。シャーリーとしては、できるだけ早くこの恋に決着をつけたい感じ? それとももうちょっと味わっていたい?》

「決着をつけたいです」

即答された。

「いつまでも不自然に避けていると、エリックさんも困ってしまうと思いますから」

玉砕した後の方が気まずいと思うのだが、本人としてはこの宙ぶらりんな感情を早くはっきりさせたいのだろう。

《となると、告白するしかないわねえ》

「告白……?」

《シャーリーの気持ち次第だけど、『私はあなたのことが好きです』って気持ちを伝えるのよ。できる?》

「…………」

黙ってしまった。ロゼットは山になった毛布の傍に座って、シャルロットの返答を待つ。

「……好き、って」

ゆっくりと、山の中から声がする。

「好きというのは、こういう気持ちなんですか?」

《うぅーん……難しい質問ね。好きって気持ちは一人一人、ちょっとずつ違うから。そうねえ、たとえば、エリックのことを考えると、シャーリーはどんな気持ちになる?》

「……心……胸のあたりが、ざわざわします」

《それはいい感じ? それとも嫌な感じ?》

「嫌な感じでは、ないです」

《じゃあ、少なくともシャーリーはエリックのことが好きってことかもね》

「で、でも、私はあくまでも保護観察中の半人前で、私なんかがエリックさんのことを好きになっても、迷惑になってしまわないですか?」

《それは相手次第だけど……、私から見たら、エリックとシャーリーは相思相愛っぽいわよ?》

「そ、相思、相愛……」

《デートも恋する特権の一つよ。一緒に行ってみたい場所を探してみたら?》

「……はい」

そこへ、ノックの音がする。

「シャルロット、ロゼットさん、今、大丈夫ですか?」

話題のエリックの声に、シャルロットが毛布ごと飛び上がる。ロゼットがそれに思わず笑う。

《私が出るわ。いいかしら?》

「はい」

ドアをすり抜けたロゼットは、顔に緊張を滲ませているエリックが不自然に左手を隠していることに気付いた。

《なにかしら?》

「あの……シャルロットと、今度の休みに遊びに出かけたいんです」

(あらあら、早速デートのお誘い?)

どうやら誰かにせっつかれたようだ。ロゼットの目が細くなる。

「もちろん、ロゼットさんは守護精霊でもありますので、同席していただいても構いません。……というか、一緒にいて、野次馬ににらみを利かせてもらえませんか? 特に妹たちが尾行してきそうな気がして」

《それくらいお安い御用よ》

娘の恋を応援するのは親として当然のこと。相手がエリックだったら、人柄としても申し分ない。むしろ早くくっつけ、と思っている。

だが他人の恋路を覗き見する輩はちょっといただけない。ジャネットはそのあたりわきまえているだろうが、エミリーを止められず(ついでに好奇心に負けて)ついてくる可能性はある。二人の恋路に親が首を突っ込むなんてナンセンスだ。喜んで防壁になろう。

頷いてくれたロゼットに、エリックは安堵の表情を見せた。背中に隠していた左手には、折り畳まれた紙が握られていた。

「ありがとうございます。いくつか場所の候補を挙げたので、こちらを俺の部屋に返してくれればありがたいです」

《わかったわ》

エリックがドアの隙間から部屋の中へと手紙を滑らせる。

《ちなみに、日程は?》

「来週の木の曜日に。安息日までに手紙を返してくれたら、こちらでプランを立てます」

《わかった、シャーリーにも伝えておくわね》

二人は頷き合って別れた。

《シャーリー、エリックから手紙が来たわよ》

「て、手紙?」

《そう。私は触れないから、拾いに来て》

やっと毛布の山から抜け出したシャルロットは、絨毯の上に置かれた紙を拾い上げる。

二つ折りのそれを開くと、綺麗な字が綴られていた。

『親愛なる シャルロット

翌週の木の曜日に、一緒に色々な場所を見て回りませんか。

下に、興味のありそうな場所をリストアップしておきました。行きたい場所を囲んで、安息日までにこの手紙を返しにきてください。

返事をお待ちしております。

エリック』

「……ええと、これは」

《デートのお誘いね》

戸惑うシャルロットにロゼットがずばっと答える。

「で、で、デート……!?」

《プランはエリックが考えてくれるって言うし、私も邪魔をしないから安心して。それで、色々と候補を挙げてくれているけれど、どこがいいかしら?》

ロゼットに問われ、シャルロットはドアの前から机に移動する。

十は書かれているデート候補地。しかし見たところ、シャルロットでもわかる有名な場所が多い。国立図書館や博物館、カフェの名前などが並んでいる。

「これ、一つじゃなくてもいい感じでしょうか」

《そうね。三つくらいに絞っておくと、エリックもプランを立てやすいでしょうね》

「……じゃあ」

お言葉に甘えて、行きたい場所をピックアップする。

ジャネットたちと行く場所も楽しかった。でも、それは彼女たちの行きたい場所にシャルロットも連れて行ってもらっていただけ。自分の意思で、じっくりと見て回りたい場所を選ぶ。

一日で回れる範囲も限られると思うと、自然と候補は絞られた。

「できました」

《じゃあ、一言添えておこうかしら。こういうのは、なんらかのリアクションがあると相手も嬉しいものよ》

ロゼットのアドバイスに従って、言葉を綴る。

『私も楽しみにしております。シャルロット』

余白にそう書いて、手紙を折り畳む。

「お手紙、明日届ければいいですかね?」

《そうね。タイミングが見つからなかったら、私が隠してエリックの部屋まで案内すればいいんだし》

二人でくすくすと笑う。

こんなところで隠蔽魔法が役に立つとは思わなかった。だって、エミリーたちに見つかったら囃し立てられること間違いなしで気まずいし恥ずかしい。

《楽しみね、シャーリー》

「はい」

シャルロットは頷く。

卒業パーティーのあの瞬間よりも楽しみだった。