軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

解毒薬のゆくえ.4

バタン!!

大きな音がして扉が開いた。

エリオット殿下が身を起こし扉に顔を向けたその僅かな隙をついて、私は口を押えていた手に思いっきり嚙みつく。

「助けてください!!」

「ライラ!? そこにいるのか」

「アシュレン様!?」

走り寄ってくる人影が見えた瞬間、エリオット殿下の姿が消え近くの棚まで蹴とばされていた。棚に置いていた実験器具が、その振動でエリオット殿下の頭の上に次々と落ち、中にあった液体が零れる。

「ア、アシュレン様、どうしてここに?」

「先程、すべてを終え帰ってきたんだ。でも、別邸にライラはいなく、それならまだ研究室にいるのかもと来てみれば、言い争う声が聞こえてきて……顔を切られたのか?」

私を抱き起こすアシュレン様の眉間に皺が入る。暗闇にまだ目が慣れていないのか、床に落ちたカンテラを手にし、私の頬を照らす。

「……他に怪我は?」

ぞっとするほどの低い声に首を振って答えると、僅かにだけれどほっと息を吐き、まるで壊れ物を抱くように私を腕の中に閉じ込めた。

そのぬくもりに強張っていた全身の力が抜け、自分が随分無理をしていたことに気がついた。

「ライラ、この状況を説明できるか?」

「はい。エリオット殿下は解毒薬のレシピを盗み自分のものとして発表しようとされています」

「ほう、レシピを。この研究室から盗もうとしたのか」

にやりと薄い唇の口角があがり、目に鋭い光が宿る。

「それは本来、お前ではなく俺が開発するはずだったものだ」

「では盗もうとしたことは認めるのだな。ところで、何を勘違いしているのか知らないが、解毒薬を作ったのは俺ではない。ライラだ」

「はっ!? ライラが? だが、護衛騎士の話では二人で実験を繰り返していたと……」

「解毒薬が完成しなかったことを考え、俺は解熱剤を作っていた。多少は案を出したが、功労者はライラだ」

エリオット殿下は信じられないとばかりに口を開けていたけれど、やがてよろよろと立ち上がり、胸ポケットから一枚の紙をとりだした。

「そうか、お前では無理だったのか。ははは、アシュレンにも不可能なことがあったのだな。だが、そんなことは関係ない。レシピは俺の手元にあるのだから、あとはこれを公表するのみ。いっとくが、俺のすることを邪魔すれば、ターテリア国は石炭の輸出を止めるぞ」

「そこまでターテリア国が愚かだとは思わないが」

「強がるな。炭坑があるのは俺の祖父の領地というのは知っているだろう。祖父は俺を後継者にしたがっているからな、俺の計画に喜んでのってくれるさ」

エリオット殿下は相当、次期国王にこだわっている。多分、実績を残せば王太子にしてやると祖父から言われ育ったのでしょう。

ぴらぴらと手にしている紙を私達に見せつけると、エリオット殿下はもう片方の手を私に差し出した。

「ライラ、俺の手をとれ。他国より劣ったこの国にお前はもったいない。俺と一緒になればお前は次期王妃だ」

「お断りします。それに、お持ちなのは解毒薬のレシピではありません」

「なっ!? はは、そんな嘘を言っても俺は騙されんぞ。どう見ても、今ここで作っているのは解毒薬。レシピなしで薬を作れるはずがないだろう」

「お言葉ですが、自分が作ったレシピはすべて覚えております。そういうものだと思うのですが」

当たり前のことを言ったはずなのに、エリオット殿下は信じられないとばかりに目を丸くし私を見る。

隣ではアシュレン様がクツクツと笑っていた。

「エリオット殿下、ライラは今まで自分が開発した薬のレシピはすべて覚えている」

「そんなまさか。全部、だと」

「はい。覚えています。それから、今手にしている紙ですが……」

私はエリオット殿下が持つ紙を指差す。

そこには、 水蒸気(・・・) で抽出した植物の種類や量をメモしている。

「それ、香水のレシピです」

「はっ……?」

間の抜けた声が薄暗い研究室に響いた。

アシュレン様は、エリオット殿下のそんな様子に笑いをこらえながら、研究室の壁にある蝋燭に火をつけ始める。

灯の付いた蝋燭が増えるにつれ、机の上に並ぶビーカーや試験管、植物がはっきりと見えてきた。と同時に、エリオット殿下も気がついたようだ。

「薔薇? ユリ? 柑橘類の皮? こんなもの、薬には使わないぞ」

「ですから、解毒薬は作っておりません。エリオット殿下は副作用で鼻が利かないから気づかれなかったのかも知れませんが、今この研究室はあらゆる花の香でいっぱいなのですよ」

フローラさんとティックがわざわざ薬草課でアロマキャンドルを作ったのもそれが理由。

私が作っている もの(・・) も匂いが強いので、混ざらないように場所を変えたのだ。

「香水だと? なんで研究者がそんなものを作っているのだ!?」

アシュレン様が、もう耐えきれないとばかりに噴き出した。

「兄との話の流れで、ライラがスティラ王女殿下の誕生日パーティに合わせ、モニタレスの花を使った香水を作ることになったんだ」

確かに、研究者が香水を作るなんて、普通は思わないわよね。

そう考えれば、鼻の利かないエリオット殿下が勘違いしたのも当然だと頷ける。

机の上に並ぶのは、ビーカーや試験管、それから水蒸気蒸留法に使う器具で、どれも本来は薬づくりに使うものばかりでレシピをくしゃりと丸めて床に投げ捨てた。

「モニタレスの花の成分を抽出するところまでは解毒薬と同じ方法ですから、勘違いされたのですね」

鼻が詰まっていなければ、暗闇の中でも違和感に気付けたかもしれない。

だって、こんなに花の匂いに包まれて、薬を作ることなんてないもの。

「盗んだ薬のレシピを先に公表し、俺からの反論は石炭をちらつかせ封じる、というのがエリオット殿下の描いた策略のようだな。しかし、それはもう不可能だ」

アシュレン様が腹黒さ全開の笑みを浮かべる。どうやらすべてうまくいったらしい。

「不可能だって? そんなことはない。今すぐ国に帰って祖父に伝えれば……」

「解毒薬については、すでに俺からタ―テリア国王に報告済みだ」

「はっ? 嘘をつくな! お前はずっとハロルド領で副作用の研究をしていただろう!!」

エリオット殿下がアシュレン様を指差し唾を飛ばしながら反論するも、差された本人は泰然と構えている。

むしろ敢えて余裕をみせることで、エリオット殿下を煽っているようにも見える。

「幸い副作用はたいしたことなく、モニタレスの花に対するアレルギー反応だった。ライラと母で完成させた花粉症の薬を少し改良したものを患者に与えたところ、すぐに症状が落ち着いた。それが、ライラがハドレヌ領を出て二日後のことだ」

帰路の途中、ハロルド伯爵家の使用人が早馬で追いかけ届けてくれた手紙には、そのことが書かれていた。そしてその手紙の最後は「予定通りターテリア国に向かう」と締めくくられていたのだ。

「では、お前が帰ってこなかったのは……」

「ハドレヌ領から山を越えタ―テリア国へ行き、薬学研究者、医師、宰相、国王陛下に会い、バレイヌレーク病の解毒薬ができたと伝えてきたからだ」

本来なら国内で研究成果を発表し、諸国に向けそれを公表するというのが正式な流れなのだけれど、その手順を強引に飛ばし直接ターテリア国へ乗り込んだのだ。

「交渉の結果、カニスタ国で作った薬をターテリア国へ輸出する代わりに、石炭の安定した供給を取り付けた。これでカニスタ国の資源問題はひとまず解決だ」

治験も充分にしていない薬だけれど、それでもバレイヌレーク病に効果があったのは確か。改良の余地があることを説明しつつ取引を持ち掛けるつもりだと、頬に口付けした私に不敵な笑みで語ったことは記憶に新しい。

「どうやら、我が国の薬学は思ったより隣国で認められているようだな。昨年のジルギスタ国での騒動を、ターテリア国王陛下もご存知だった。当初、交渉は難航していたが、ライラがこの研究に関わっていると伝えると、風向きが変わったのだ」