軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

モニタレスの花と樹液.4

部屋に戻ったところで、意外な方が声をかけてきた。

扉の前で待機している護衛騎士の彼は、その白髪交じりの頭を私に向かって下げた。

「エリオット殿下の度重なる行い、申し訳ありません」

突然のことに私は首をぶんぶんと振る。

よく見れば、お城の薬草研究室にエリオット殿下を迎えにきた人で、護衛騎士の中でも一番位が高いように見える。そんな身分の方から頭を下げられる覚えはない。

「気にしてはいません。顔を上げてください」

その顔は、なんだか苦労がにじみ出ている。鈍い私でもいろいろと察するものはあった。

「エリオット殿下はお若く体力もあります。熱も上がってはいないそうです」

「実はさきほど水をもらいに行ったとき、使用人たちの話を聞きました。殿下の軽はずみな行動がこのたびの事態を起こしたそうで申し訳ありません」

アシュレン様とグレイはエントランスで話をしていた。あそこは声が響くものね、使用人が聞いていても不思議はないと騎士が知っていることに納得する。

それでも騎士がこうして謝るのは珍しい。

「エリオット殿下の護衛は長いのですか?」

「ええ、殿下が生まれた時からですのでもう二十年になります。私がもっとうまくお支えしていれば、殿下もこのようにはならなかったかもしれない」

最後の声は消え細るように小さく、自身に向かって言っているようだった。

*(エリオット視点)

身体が重い、熱い、誰か何とかしろ、と手を伸ばすと握り返してきたのはごつい男の手だった。こういう時は冷たく柔らかい女の手で看病するものだろう。

思い出すのは、白く細い指。子供の時の俺は身体が弱く頻繁に熱を出して寝込んでいた。

そんな時、母は乳母や侍女に任せることなく、ずっと俺の傍にいてくれた。身体を起こし、水や果実水を飲ませてくれ、額の汗を拭いてくれる。

俺はそんな母の期待に応えたいとずっと思っていた。

二人の兄と俺は腹違いの兄弟だ。兄達の母親が病でなくなり、翌年、母が王妃として迎えられた。

ターテリア国にある二大公爵のひとつが前王妃の実家。ふたりの婚約は国王陛下――当時は王太子が、十八歳の時に決まった。

なんでも三歳年上の前王妃に一目惚れをして数年にわたって口説き落とした結果の婚約だったそうで、二人はとても仲が良かったらしい。

それにも関わらず、前王妃が亡くなった翌年には俺の母と再婚したのは、数代前の王族がバレイヌレーク病で大勢亡くなったからで、ようは王族の血筋が絶えぬよう増やすためだ。

それともう一つ。俺の母の実家でありもう一つの公爵家の後押しが激しかったから、と聞いた。

母は国王陛下と同じ年で、かつては王太子妃の最有力候補だったらしい。

そのため昔から王太子妃になるべく教育をされていたらしいが、結果、選ばれたのはもうひとりの候補者だった。

自分の一族から国王を出したいというのが祖父の野望らしい。

母がそれをどこまで望んでいるのかは不明だが、結果として王妃として国王陛下の隣にいる。

祖父はまだ幼い俺に「儂がお前を国王にしてやる」と口癖のように言っていた。

本当に小さい時はその言葉を信じていたけれど、五、六歳にもなるとそれは無理なのではないかと思った。だって俺には兄が二人もいるのだから。

でも、祖父は言い続けた。そして十歳の時、その言葉の真意に思い当たり、激しい高揚感が全身を駆け巡った。

祖父の言葉の真意は「阻害する要因をすべて取り除き、周りを説き伏せ、なんとしても俺を国の頂きに立たせる」だ。ありとあらゆる手を使って俺を押し上げ引っ張り上げるつもりだと思った。

そのせいだろうか、祖父は俺に完璧であることを求めた。

文でも武でも兄に負けるなと会うたびに言われ、期待していると肩を叩かれた。

幼いときこそ身体が弱かったが成長して寝込むことが減ると、祖父はすぐに俺に剣術を学ぶよう命じた。

俺の護衛騎士に、騎士団の中でも手練れと言われる男を選んだ理由はこのためだったらしい。

剣の稽古はつらく、その合間にはあらゆる文学を学んだ。

五年間、子供らしい時を過ごした覚えはない。ただひたすら祖父の希望に応えることだけを考え、母も応援をしてくれた。

でも、結果は思うようにいかない。

剣技で長兄に勝ったことは一度もない。もちろん年齢差もあるが、騎士団で行われた大会で軒並み騎士をなぎ倒し優勝した長兄には、一生勝てる気がしない。

では文学はというと、神童と呼ばれた次兄にばかり注目が集まり、俺は日陰の身だった。こちらは剣とは違って、充分優秀と言える成績を取っていたのだが、相手が悪い。

その中で唯一、次兄に勝てたのは薬学の知識だけだった。祖父が植物の知識に長けていて、母も詳しかったからだろう。小さいときから絵本代わりに薬草の本を読んでいた。

しかし、このままでは俺を次期国王に押し上げることはできないと言われてしまう。

押し上げ引き上げるには、それだけの理由が必要だから、俺が二人の兄より優れているところを示せと言われた。

そんな祖父が考えた手段が異国への留学だった。

ターテリア国の貴族学園を出ただけでは次兄と比べられ負けてしまう。

それならいっそ、異国に留学してその国の貴族学園を首席で卒業、ついでに得意の薬学で論文の一つでも書いて褒章されてこい、というのが祖父から言われた言葉だった。

選んだのは我が国より五十年も遅れていると言われるカニスタ国。

十六歳になって、それなりに剣の腕も上がってきた俺は、カニスタ国なら文でも武でも余裕で一番になれると思った。ついでに論文の一つや二つサラッと書けるだろうと。

箔を付けて帰国し、祖父の七光りで国王へと昇り詰める。

祖父は、俺が留学している間にもう一つの公爵家の勢力をそぎ落とし、下準備を整えておくと笑って送り出してくれた。

その頃、兄達の祖父が亡くなったのも追い風となって、俺は意気揚々とカニスタ国へと向かったのだった。

しかし、浮かれていたのも束の間。

カニスタ国では剣の授業は必須。

余裕で優勝だと思っていた俺は、油断したこともありアシュレンの一撃で一回戦敗退。

呆然としつつ見た試合の決勝戦にもアシュレンは勝ち、優勝した。しかも、さも優勝して当然といった飄々とした態度ではしゃいで喜ぶこともない。

油断することがなければ、あれぐらい俺の相手ではない。

所詮脳筋だと思っていたが、次に行われた学期末テストでアシュレンはほぼ満点を取り一位だった。

当然のようにアシュレンは学園の中心的な存在となっていくが、当の本人はそんなことにまったく興味はないと、平然としている。その態度がさらに気に食わない。

俺は、昔から兄達より顔は優れており、貴族令嬢から人気が高かった。

カニスタ国でも、当然のように女達は俺を取り巻き媚びを売ってきたが、次第にひとりまたひとりと離れていく。

彼女達はアシュレンを追いかけ始め、すり寄っていったが、あいつはそれを鬱陶しそうに振り払った。

なんだ、あいつは。

なんでも斜に構え、努力もせず興味もなさそうなのに、一番よい結果をくすね取っていく。さらには女にもて、友人も多い。

このままでは祖父からの期待に応えられない。俺はこの国で優秀な成績を修め優れていることを証明しなくてはいけないのだ。

それが祖父の望みであり、母の望みでもある。

母は口にこそ出さないが、王太子妃に選ばれなかったことを悔やんでいるだろう。その無念を果たすには、俺が兄達を押さえ国王になる必要があるのだ。

俺は三年間、努力し続けた。でも、成績は常に二位、剣技では五位以内に入るのがやっとだった。

最終学年、俺は薬草の研究に多くの時間を費やした。

カニスタ国では卒業の際に論文を提出し、その中で一番優れているものが表彰されるのが慣例。

それに選ばれれば、それがあれば、祖父も納得してくれるだろう。

それまでの成績は当然、母や祖父も知っており、祖父からは頻繁に手紙が届くようになっていた。

万年二位の成績では俺を国王に推薦するのは難しい、儂がどれだけ地盤を固めてきたと思っているのかと、叱責とも怒りともとれる言葉がひたすら並べられている手紙は、俺を追い詰めていく。

ひそかに学者を雇い論文を書くのを手伝わせたが、表彰されたのはアシュレンだった。

アシュレンはカニスタ国王の甥、きっと忖度が働いたのだろうと帰国した俺は祖父に説明をしたのだが、言い訳をするなと言い放たれ、以降は耳を貸してくれなかった。

俺は見放されたのだ。

すべてはアシュレンのせいで、祖父の、母の夢でもある国王の座を手に入れることができなくなった。

「儂がどれだけ苦労したと思っているのだ。せっかく地盤を作ったのに、お前が不甲斐ないから、これでは国王に押し上げることなどできぬ。あのカニスタ国ですらトップに立てぬとは、お前には幻滅した。二度と顔を見せるな」

それが、大好きだった祖父の最後の言葉だった。

俺はすべてを諦めた。それでも、第三王子で兄達より見目のよい俺の周りに集まる女は絶えることなく、やけになったように俺は彼女達と関係を結んでいった。

それが例え一瞬のことだとはいえ、認められたような気になり、自分には人より優れている部分があるのだと思えた。

だらだらと日々を消費するように過ごしていた俺は、ある日、国王陛下に呼ばれた。

長兄が正式な後継者になってからは俺のことなんて忘れていたくせにいまさら、と思いつつ向かった先で言われたのが、カニスタ国の王女との縁談。

国王は、俺にはカニスタ国への留学経験がある、王女とは同時期に学園に通っていた、なかなかの美人だと噂に聞いているとそれらしい理由を連ねたが、ようは厄介払いなのだろう。

特に目ぼしい産業も技術もない国と友好を深めてもターテリア国にはこれといったメリットなどないのだ。

でも、それも悪くないかと思った。

あんな国であっても、一国の王になるのだ。そうなれば、俺はアシュレンを超えられる。

「非公式はであるが、王女の婚約者候補の一番にお前の名前が上がっている。頼んだぞ」

初めての国王陛下からの頼みがこれかと思いつつ、俺は胸に手を当て「畏まりました」と答えた。

久しぶりのカニスタ国、王女は学生時代にくらべ綺麗になっていて、これでも悪くないかと思っていた時に聞いたのが、アシュレンの婚約者の話。

なんでも、ジルギスタ国からきた才女で、あのアシュレンが溺愛するほど美しいとか。

ふーん、俺が国王になるのと、その婚約者を奪われるの、あいつがより悔しがるのはどちらだろう。そんなことを思いつつライラに近付けば、アシュレンから予想以上の反応が返ってきた。

あのアシュレンが、俺を初めてライバル視してきたんだ。

学生時代は気にかけることもなかった俺を牽制するあいつに、笑いがこみ上げてきた。

そして思いついたんだ。国王になったうえで、ライラを側妃にすればよいのだと。

カニスタ国は、しょせん我が国の石炭に頼るしかない小国。

祖父の領地から出る石炭を途絶えさせれば、国の産業は行き詰まり、国民たちは冬を越せない。

アシュレンが地団駄踏む姿が目に浮かぶようだ。

飄々とした顔で俺からすべてを奪っていったあの男を、俺は決して許さない。

存分に後悔すればよいのだ。