軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジルギスタ国での日々6

カーター様の言葉が言い終わる前に、私の腕を掴んでいた手をアシュレン様が捻り上げた。その瞳には明らかに憤怒の色が浮かんでいる。

「それは君の目が曇っているからだろう」

「何を! 離せ」

アシュレン様は捻り上げたカーター様の指をじっと観察する。傷やかぶれどころかペンだこ一つない手。

「随分綺麗な指をしていますね。ミラーレという薬草はご存じか?」

「はぁ?」

突然薬草の名前を聞かれ虚を衝かれた表情を浮かべるも、すぐに眉間に皺を寄せアシュレン様を睨みつける。

「急に何の話だ」

「有名な薬草だと思いますが」

「もちろん知っている、だがそれがどうしたというのだ」

ミラーレは小麦の大量枯れを防ぐ農薬を作るのに使用した薬草で、肌をかぶれさせる。

アシュレン様の質問の意図は私には分かったけれど、カーター様はそれすら理解できないようで、さらに眉間の皺を深くした。

「もういい。お前と話すことはない、いくぞ、ライラ」

旗色が悪いと見たのか、私が必要な本当の理由を言えないからか。

カーター様は私に視線を合わすと、横柄な態度でついてこいとばかりに顎でグイッと会場を指す。でも、私は首を横に振った。

「嫌です」

「はぁ!? どうしてそう素直じゃないんだ。今ならまだ間に合うから殿下に謝るんだ」

「何のため?」

「何のためって、これからも研究所で働くためだろう」

この男は何を言っているのだろう。

どうして私が頭を下げないといけないの?

そして再び貴方の影として働けと?

「私は研究所を辞めると申したはずです」

「だからどうして意地を張る。辞めてどうするんだ、その歳で新たに婚約するのは難しい。仕事までなくしてはウィルバス子爵家に居辛いだろう。俺が気にかけてやっているのにそれが分からないのか」

「お気持ちはありがたいですが迷惑です」

「め、迷惑!?」

唾を飛ばしながら、私の言葉を復唱する。この人はどうして自分が正しいと思うのだろう。どうして私が従うと疑いもせず思えるのだろうか。そもそも自分から婚約解消を言い出しておいて、何を心配するというのだ。

「私はカニスタ国に行きます。そこでやっていけるかは分かりませんが、それは私の問題ですのでお気になさらず」

「研究所はどうするつもりだ! やりかけの研究は? 新薬は? 全て放り投げるというのか、無責任にもほどがある」

「あら、私がしているのは資料整理と片付け程度。私がいなくなっても研究に差し支えはございませんよね?」

私を雑用係と言ったのはカーター様。お茶も碌に淹れられない気の回らない女なんていない方がいいでしょう? お望み通り目の前から消えてあげるわ。

「私はこの国を出ても仕事があるので困りませんわ。ところで、カーター様は何か困ることがおありなのかしら?」

「そ、それは」

「碌に仕事も出来ない元婚約者なんていない方が良いと思うのですが」

カーター様は赤い顔で口を開けては閉める、を繰り返す。騒ぎを聞きつけ周りに人も増えてきた。そろそろこの場を立ち去らないと。

「では、カーター様の今後のご活躍、楽しみにしています」

私は最高級の微笑みを浮かべその場を後にした。

「……それで、我が国にはいつ来てくれる?」

庭に出たところでアシュレン様が耳元で囁く。この人、時々距離が近い。

「このままアシュレン様と一緒に行きたいと言ったらどうしますか?」

「男としては一度は言われてみたい台詞だな。理由を聞いても?」

「理由は二つ、カニスタ国に国家機密の書類を持ち出した、とあらぬ疑いをかけられないため。研究所はもちろん実家に一度でも帰ってしまえば、そのタイミングで書類を持ち出した、と言われかねないわ」

「予想通り色気のない理由だ。もう一つに期待しても?」

揶揄うように細められた切れ長の瞳に、私は肩をすくめながら答える。

「両親の説得と説教が嫌だからよ」

「なるほど、納得いく答えだ」

薄い唇でクツクツと笑う姿を私は横目で眺める。

アシュレン様が甘い言葉で私を惑わそうとしていたら、付いて行こうなんて思わなかった。会ったばかりの男の愛の言葉なんて薄っぺらいもの信用できない。

でも違った。

彼は新薬の情報と私の手荒れから真実を見つけた。

第二王子殿下を始め誰もが気づかなかったことを、いとも簡単に、あっさりと。

その瞳を信じようと思った。

それにアシュレン様は手を貸して欲しいと私に頼んできた。私をサポートするとまで。

その言葉が嬉しかった。

今まで私を研究者として見てくれる人はいなかった。単なる雑用係、補佐、その程度の存在。

「カニスタ国は隣国より五十年遅れている。俺は五年でこの遅れを取り戻す」

「五年? 随分謙虚なのですね」

「ライラが加わってくれたから二年に修正しようと思う」

アシュレン様が手を出してくる。私が握ればさらに強く握り返してきた。

「ようこそ、カニスタ国へ」

月明かりの下で見たその笑顔は、間違いなく彼の本心だった。