軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団からの依頼.3

「はい、今、開けます」

マーク様が心配して様子を見に来てくれたのかしら、と思いつつ開けたその先にいたのは思いもよらない人だった。

「す、スティラ王女殿下?」

「静かに。庭を散歩すると言って、護衛騎士を撒いてきたの。少し中に入らせてね」

王女様はちょっと強引にテントの中に入ってくる。着ているのはいつもよりシンプルなドレスだけれど、それでもボリュームがあるのでテント内がさらに狭くなったように思う。

「あ、あの。どうしてこちらに? あっ、ここには椅子もソファもなくて……」

狼狽えている私の前で王女様はカリンちゃんの横に座ると、いたずらが成功したような笑みを浮かべながら肩を竦めた。

「ふふ、来ちゃった。ライラも座って」

「……は、はい」

促され、向かいに座ると、スティラ王女殿下は物珍しそうにテント内を見回す。

私だって初めてなのだから、スティラ王女殿下にとっては未知の世界のようなものなのでしょう。

「立ち上がることもできないと聞いたけれど、本当にそうなのね。あっ、夜食にクッキーを持ってきたの、一緒に食べましょう」

「……お茶を淹れましょうか?」

「もしかして、焚火台もあるの?」

「現地調査に行くときに準備したものを持ってきました。私は力がないので一番小さな焚火台でカップ二杯程度のお湯しか沸かせませんが」

料理に使う焚火台は四本脚のついた台の上に薪を乗せ、その上に網をおいて食材を焼いたり鍋を煮たりする。でも私のは簡易式で薪の代わりに通常より大きな蝋燭を置く。煙が少なくテント内でも使えるけれど、火力が弱いので精々湯を沸かすことしかできない。

「その薬缶は知っているわ。熱の伝わりがよくて弱い火でも沸かせられるけれど、触れるとすごく熱いそうだから気をつけてね」

「はい、野営のために最近つくられた特別な金属でできていると聞きました。なんでも、貴族学園の生徒の発案だとか」

人口の少ないカニスタ国では、騎士科以外の男子生徒も剣の訓練と野営が必須授業らしい。その際に在学生数人が開発したものが、騎士の目に留まりあっという間に流通したとか。

にしても、スティラ王女殿下、やけに詳しい。もしかしたら、知り合いが開発したのかも。

テントの大きさにしても、薬缶にしても、令嬢の会話には絶対出てこない話題だ。

となると、誰とその話をしたか、そしてそれを隠そうともしないのは、それこそ、ここに来た目的なのでしょう。

……知らない振りを通したかったのに、と思いつつ、出されたクッキーをいただく。

スティラ王女殿下も「あら、美味しい」と笑いながら頬張り、丸く愛らしい目をパチリとさせた。雰囲気は異なるけれど瞳の色や鼻や耳の形などパーツはアシュレン様と似ていて、血のつながりを感じる。

カップ二つに紅茶を注ぎ渡すと、スティラ王女殿下は「それで、ここに来た理由なのだけれどね」と少し気まずそうに目を伏せたあと、ゴクンと喉をならし、意を決したように私を見据えた。

「ライラ、この前、薬草園で見たことを誰かに話をした?」

単刀直入に切り出したスティラ王女殿下の顔は強張っている。やっぱりそのことを聞きにきたのね。

「いいえ、アシュレン様にも話していません」

「そう。見られてしまったからにはきちんと話をしたほうがよいかな、と思ったのだけれど、ライラとアシュレンはいつも一緒にいるからなかなかタイミングがなくて。今日、伯母様からライラが訓練場でテントを張って眠るって聞いたから来たの」

勤務中はそれぞれの仕事をしているから、ずっと一緒ということはないのだけれど。

私もアシュレン様も薬草園に薬草課、騎士団にも頻繁に行っている。でも、スティラ王女殿下からしてみれば、私がいつどこへ行くかなんて分からないから、声のかけようがなかったのかも。

今回の野営は仕事だから、上司である室長にはもちろん報告済みで、スティラ王女殿下は室長から話を聞いたらしい。

室長はよく、「息子しかいないから、スティラ王女殿下が娘のように可愛らしい」と話していて、二人は仲がよい。スティラ王女殿下にしてみればよい相談相手なのかもしれない。

なるほど、とここに至るまでの経緯は理解しつつも、長居はできないでしょうから、話を聞きますという意味をこめ、持っていたカップを置いた。

「お二人で一緒におられるところは見ましたが、お相手の方の顔は見えませんでした。もともと、この国に知り合いは少ないですし、私が存じ上げる方ではないと思いました」

言外に、私は関係ないです、何も知りませんと込めてみた。

でも、そんなこと分かっているとふふ、と笑われてしまう。

「そうだと思ったわ。それでも、念のために誰にも話さないで欲しいとお願いにきたの」

「……それは、近々開かれる誕生日パーティに関係あるのでしょうか。あっ、失礼しました。お答えいただかなくても……」

スティラ王女殿下は視線を落とすと、カップに口をつけたあと、小さく息をはいた。

「きっと、私は誰かに話を聞いてもらいたかったのだと思う。でも、こんな話、誰にも言えなくて。ライラには密会を見られちゃったし、口は堅そうだから、このさい、全部聞いて貰おうかなと思って来ちゃった」

来ちゃった、ではない。

もうこれ、聞くしかないし、聞いた後は誰にも話せない秘密を抱えなきゃいけないし……ちょっと荷が重すぎて泣きたくなってきた。

私が困った顔で、でも仕方ないと頷くと、スティラ王女殿下はすっかり年相応の女の子の顔になった。ここで可愛い、と思う私は案外お人よしなのかもしれない。

「彼とは学園で知り合ったの。探求心と好奇心の強い人でね、この熱伝導性の高い薬缶を作ったのも彼なのよ」

「そうなのですか。では職人とか?」

「いいえ、彼は仲間数人と案を出し、それを作れる職人を探したと言っていたわ。他にもいろいろ調べては作ってを繰り返している。ライラやアシュレンのように一つの知識に飛びぬけ何かを作れる人じゃないの。いろんなアイデアを出して、それを実現する人を探し協力してもらって形にしていくタイプなのよ」

「才能のあるかたなのですね」

私の言葉に、スティラ王女殿下は大きく頷いた。

「そうなの! 本人は、自分ひとりでは何もできないと言っているけれど、それを言ったら国王陛下だって同じよ」

国王陛下の名を出されて、はいと素直に頷いていいものか悩ましく、曖昧に笑っておいた。でも、内心では大きく肯首している。

多分その彼は、上に立つタイプなのではないかしら。

これは私の偏見かも知れないけれど、トップに立つ人間に専門性は必要ないと思う。求められるのは、見聞をひろげ、周りの人間を巻き込み、案を通して実現していく力。室長はどちらかといえばそのタイプよね。

その男性とスティラ王女殿下は、おもに図書館で会い、親しくなっていったらしい。

他にも、こんな開発をしようとしてね、と目を輝かせ語るスティラ王女殿下の顔は、間違いなく恋をしていた。

「急にこんな話をしてごめんなさい。でも、この気持ちを消す前に誰かに聞いてもらいたかったのだと思う」

「……消さなきゃダメなのですか?」

「ライラだって聞いているでしょう。一ヶ月半後に開かれる私の誕生日パーティは、お見合いでもあるのよ。そろそろ婚約者を見つけなさいって国王陛下にも言われているわ」

カニスタ国は国土が狭いので輸出できる農作物は限られている。

鉱山もあり鉄や金も採れるけれど潤沢なわけではなく、特に石炭に関しては輸入が殆どを占めている。

「一番の有力候補として国王陛下が名前をあげられたのは、ターテリア国第三王子なの。でも国王陛下も私もその方は少し……」

「やはりあの方が有力候補なのですか……」

三日前にみた軽薄そうな顔を思い出し、ついため息が漏れてしまった。アシュレン様も一見軽薄そうに見えたけれど、エリオット殿下は見た目通り中身も軽そう。

「ライラ、彼を知っているの?」

「エリオット殿下ですよね。数日前、アシュレン様を訪ねて研究室へ来ました。……個性的な方とお見受けいたしました」

「そう……ライラらしい言い回しね。女性関係が派手な方で、ご自分の侍女ともその……必要以上に親しくされていると聞いたわ。他にもそういう女性は多くいるそうよ」

「そんな方が、有力候補なのですか? 国王陛下はなんと仰っているのですか?」

「陛下は、正直なところよい感情は持っていらっしゃらないわ。でも、私の結婚は国としてどう舵を切るかの意味合いが大きいから、父親としての思いだけを押し通すわけにはいかないのでしょう」

確かに、ターテリア国とのつながりが深まれば、国力は高まるでしょうけれど。

でも、それが王女殿下の犠牲のもとであると思うと複雑な気持ちになる。

「すみません。私、なんて言っていいのか」

「いいのよ、聞いてもらいたかっただけだから。この思いに蓋をしなければいけないのは分かっている。でも、私が素敵な恋をしていたという事実を誰かに知ってもらいたかったの。それが消えてなくなる前に、確かに存在したんだって」

スティラ王女殿下は少し吹っ切れたような、でも悲しく泣きそうな複雑な表情をしていた。どうにかしてあげたいけれど、私は恋愛ごとが苦手だし、国同士の話となるとまったく分からない。

「ライラ、好きな人とずっと一緒にいられるって、奇跡だと思うわ。アシュレンは幸せものね」

「……それを言うなら私のほうこそ幸せです。アシュレン様にこの国に連れてきていただいたから、今の私があるのです」

「今度は昼間にゆっくりお茶をしましょう。その時は侍女も護衛もいるから、今夜のような話はできないけれど、でもきっと楽しいと思う」

「はい。いつでも声をかけてください」

スティラ王女は立ち上がると、「きっと護衛に怒られるわ」とわざと眉を顰めてみせ立ち去っていかれた。