軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ライラの未来5

「と、言いますと……?」

第二王子殿下の剣幕に狼狽えながらカーター様が聞けば、さらにその視線が強まる。

「薬草研究室の室長をしているのは、カニスタ国王の姉君だ。お前は伯爵家の分際で、他国の王家の血を引く者を公の場で愚弄したのだ」

……室長が国王のお姉様?

あまりの衝撃に私は掴んでいたアシュレン様の腕を離し、呆然とその横顔に問いかけた。

すると、無言で不敵な笑みを返され、カッと頭に血が昇る。

ずっと一緒にいたのに私だけ知らなかったなんて!

どうして誰も教えてくれなかったの?

フローラも、ティックも聞いても言葉を濁すだけだったし。

薬草課の人達や騎士団の方々は……もしかして彼らは私が知っていると思っていたのかもしれないけれど。

でも、でも。誰か教えてくれても良いのでは?

「ライラ、落ち着け、俺とて言いたかったのだ。しかし、母は父を深く愛していたからか、ナトゥリ侯爵夫人であることにこだわり、元王女として扱われることを嫌っている。その徹底ぶりは、異国の要人が来ても、元王族だと決して名乗らないほどの徹底ぶり。それ故、皆、母の意志を尊重し王族であることを口にしないのが暗黙の了解となっている。とはいえ、やはり与える影響は大きいのだが」

騎士団にも文官にも話を通し、あまつさえ王族まで動かせたのは室長だから。

そう考えると、今までの疑問がストンと腑に落ちた。

でも、やっぱり解せない。

それに、とふと思った。

現国王には王女が一人。これは国としてはかなり危うい。王女に何かあった時のためにスペアを用意するのが国としては当然。その場合、王位継承権第二位は誰になるのか。

室長は王族を離れ侯爵家に嫁いだので除外。

ナトゥリ侯爵様は、侯爵家を継いでいらっしゃるのでこちらも除外。誰かが持ち上げれば可能性はあるけれど、今の段階で正式に継承者とされているとは考えられない。

だとすれば。

考えられる答えはひとつ。

恐ろしいことだけれど、それしか考えられない。

今度こそ腕をぐいっと引っ張り私の思い付きを問いただせば、これは誤魔化しきれないとアシュレン様は苦笑いで頬を掻く。

「なに、あくまでもスペア。名ばかりの王位継承権だ」

いやいや、名ばかりって。

だってアシュレン様にはれっきとした王家の血が流れている。それも十分濃いものが。そして、それはナトゥリ侯爵様やカリンも同じで。

私は軽く目眩を覚える。

教えてよ、と叫びかけて気づいた。

アシュレン様はきっと、ずっと、私が何も知らないことを楽しんで見ていたに違いない。

「ところでカルロス殿下、カーター殿が秋に流行る病に効く新薬を作られたとか」

カルロスとは第二王子殿下のお名前。面識があるのだと今更ながらアシュレン様の立場を理解する。

「ああ、カニスタ国にも輸出したな。俺が認可した特効薬だ」

「あれは毒です。すぐに製造を中止させるのが得策かと」

「何を!!」

突然の言葉に私も目を白黒させる。だってその特効薬を私は知らない。

「我が国で流通させる前に調べました。すると、完全に乾燥させてから使用しなければいけない薬草が生乾きのまま使用されていることが分かりました」

「それが毒になると?」

「はい。服用した時は目立った副作用はありません。この毒は血管の中に潜り込み血液を養分として増殖し、徐々に体力を奪い最終的には死に至らしめるのです」

第二王子殿下の顔色がさっと変わる。震えだしたと思うと、突然カーター様に掴みかかった。

「おい! アシュレン殿の言うことは本当か? 俺の娘は一週間前にあの薬を服用したのだ。流行り病が治り安心していたが、昨晩から体調が優れない」

それを聞き、集まった人がざわつく。

「俺の息子もそうだ。あの薬を飲んで確かに下痢は収まった。でも日に日に顔色は悪くなっていく」

「私の祖母もそうよ。今ではすっかり寝込んでしまったわ」

始めは小さかった囁きが、どんどん大きくなり皆の厳しい視線がカーター様に向けられる。

その声を受けながら、アシュレン様が一歩前に出た。

「ご安心を。助かる方法はあります」

「それはどのような!? 対価はいくらでも払う! 娘を助けてくれ!!」

夜会で見たぞんざいな態度はどこへやら。第二王子殿下は涙を浮かべながらアシュレン様に縋りついた。

「小麦の大量枯れの調査に行った時、偶然ライラが貴重な薬草を見つけました。それを材料とし、従来の何倍も効く解毒薬を作ったのですが、 偶然(・・) それが馬車にあります」

「そこの女が作ったのか……?」

「ええ。小麦の大量枯れを防いだ、わが国の優秀な研究者が作りました。船にも大量の解毒剤と薬草を積んでおりますので、そちらをお渡しすることも可能ですがどうされますか?」

第二王子殿下は戸惑いを隠せないまま瞳を閉じ暫く黙考したのち、私の元へ歩み寄ってきた。

「ライラ・ウィルバス令嬢、貴女は優秀な研究者だ。私は性別ばかりに囚われ、貴女という大きな財産を失ってしまった。一年前の夜会での非礼を詫びる。どうか娘を助けて欲しい」

「謝罪をお受けいたします」

私は真っ直ぐ顔を上げ、凛と微笑む。

頬を染め恥じらうのも、謙遜するのも、可愛らしく笑うのも、そんなのらしくない。

女とか男とかそんなこと関係なく、一人の研究者として認めて貰えたことを誇りに思う。

アシュレン様の命で、従者が馬車から解毒薬を持って来た。それを受け取ると、アシュレン様と第二王子殿下は早馬で急ぎお城へと向かわれた。

私も、馬車で後を追うとした時だ。

「ではこれで、やっとわたくしたちの結婚式ができますわね!!」

間の抜けた言葉が響き、誰もが我が耳を疑った。

しかしアイシャはやっと自分に注目が集まったことに満足げに微笑んだ。

「アイシャ、何を考えているの? 貴方達が作った新薬が人の命を危険に晒しているのが分からないの?」

「おねえさまこそいい加減にして。私が主役なのがそんなに気に入らないの? さっきからおねえさまばかりが目立って、そこまでして私とカーター様の仲を裂きたいなんて見苦しいにもほどがあるわ」

あの状況をどう解釈すればそうなるのか。

小麦の大量枯れが起こり、新薬の副作用が分かった今、どうして結婚式ができると思えるのだろう。

「カーター様、新薬の副作用は調べられたのですよね?」

「もちろん」

「それはご自身で?」

「いや、アイシャに頼んだ。アイシャ、新薬に問題はなかったのだよな?」

案の定アイシャは困ったように眉を下げ目を潤ませながら首を振った。

「副作用って何ですか?」

その言葉は致命的だった。

小麦の大量枯れの発生、杜撰な新薬の開発、それによる激しい副作用。

周りからはもはや遠慮なく罵声が飛び始めた。

「お前たちはそれでも研究者なのか?」

「人を殺すつもりか?」

祝福とは程遠い言葉にアイシャは戸惑い、泣いて誤魔化そうとするも批判は止まらない。

カーター様は膝を折り床に突っ伏したまま動かなくなってしまった。

私は混沌とし始めたその場を離れ馬車へと向かう。

もうこの場所にいる意味はない。

だからその後、結婚式がどうなったかは知らない。知りたくもないわ。