軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雨と洞窟と真実10

水源は村から山道を一時間弱登った所。かなりの覚悟をして臨んだけれど、踏み固められた土に穏やかな傾斜でそれほど苦労することなく辿り着けた。

夏場は子供達の遊び場になっているその場所は、木立に囲まれた中にひっそりとあった。地面近くの岩の割れ目から細くちょろちょろと流れるそれが、崖下の川になるのかと不思議なぐらいの水量だ。おそらく他にもいくつかの支流があの川へと繋がっているのでしょう。

「村長、水を汲ませて貰うぞ」

「へえ、いくらでもどうぞ」

水神様、と聞いたときは土着の信仰対象かと思ったけれどそんなことはないようで。大切にしてはいるが、他所者が水を汲むのに嫌な顔一つしない。それどころか、「飲んでみるか?」と私に尋ねてくれた。

両手を水に浸けると、それは思ったより冷たかった。山頂付近に残った雪が溶けたものが地面に染み込み、ここから出てくると聞いて納得。掬い上げた水を口に含むとくせがなくすっきりとしていた。

「美味しい」

「そうじゃろう」

自慢気に頷く村長さん。

舌の上で柔らかく広がる水の味。昨晩からの疲れや初夏の登山で汗を掻いた身体に文字通り染み込んでいく。冷たい水が喉を通り、胃の中に落ちていく感覚がはっきりと分かる。

隣を見れば、アシュレン様も水を口にし、さらには頭から被って子犬のようにブルッとふるった。

水も滴るいい男、とはこのことか。

濡れた前髪を掻き上げる色香は、ここに令嬢がいれば卒倒しかねない。

かくいう私も。

普段なら軽口を叩けるのに今日は口をふにふにさせ、視線をどこに向けようかと彷徨わせる。

せめて顔には出さないようにと努めてはいるけれど。

「ライラ、この辺りの土はどうする?」

そんな私の気持ちなど露ほども知らず。平然とアシュレン様が問いかけてくる。

「そ、そうですね。少し採取したいです。それから時間があるなら高地でしか採れない薬草を探しても良いですか?」

さっきから、向こうの木に絡みついている蔦、もしかして珍しい薬草ではと気になっていた。

アシュレン様から三十分だけ、という許可をもらい、私は茂みに足を踏み込む。

「やっぱり、これは強力な解毒剤だわ。こんなに沢山、しかも葉も立派」

葉は乾燥させ飲み薬に、茎はすり潰し軟膏にできる優れもの。早速リュックからナイフを取り出し蔦を切ると、木から剥がしどんどんリュックに詰めていく。

その内アシュレン様とマーク様も来て手伝ってくれて。もちろんアシュレン様はこれが何か知っていて、こんな高価なものがあるなんて、と驚いていた。

「小麦の大量枯れとは関係ないが、とんだ掘り出し物だな」

「リュックに入る分しか持てないのが悔しいですよね」

リュックには今必要な物だけを詰め、あとは村長の家に置いてきたので余裕はたっぷりある。でも、今回の目的は小麦の大量枯れを調べること。これはあくまでおまけだ。

「研究室に戻ったら、人をやって再び採取させよう。他にも珍しい薬草があるかもしれない」

「それでしたら薬草に詳しい人も必要ですね」

「そうだな。ティックあたりに行かせようか。若いし体力は有り余っている。男だから最悪、野宿もできるしな」

こういうのをとばっちりと言うのかはさて置き、私とアシュレン様の間ではティックのルーベル村行きは決定事項となった。

予想外の収穫が、現地調査ならではの喜びらしい。

うん、確かに。

ここに来るまで大変だったけれど、また行きたいと思ってしまう。

「ライラ、楽しそうだな」

「はい。私、薬草研究って実験室で行うことしか知らなかったんです。実際に足を運ぶことは大事だと思っていましたが、こんなに沢山の収穫があるなんて想像していませんでした」

「ここまで活き活きとしているライラを見るのは初めてだ。ジルギスタ国で会った時と目の輝きが違う」

優しく細められたアイスブルーの瞳に、私の鼓動が跳ね上がる。

「そうでしょうか」

相変わらず可愛い反応なんて分からない。でも。

「この国にきて、研究する楽しさを改めて感じています。私にとって研究は孤独なものだったのですが、研究室では誰もが助け合って、切磋琢磨して毎日が刺激的です」

「それを言うなら他の者の方がずっと刺激を受けている」

「こうやって現地に来られ、大変でしたがとっても充実しています。アシュレン様、私をカニスタ国にスカウトして下さりありがとうございます」

私はどうしようかと戸惑いながら、手を差し出した。アシュレン様は目を見開くと次いで満面の笑みを浮かべ私の手を強く握り返してくれた。

「それは俺の台詞だ。ライラ、これからも宜しく頼む」

「はい」

繋がれた手に込めたのは信頼の気持ち。

それ以上のものは私にはまだどうして良いか分からない。

自分から言い出しておきながら、恥ずかしくて俯いた私は、アシュレン様の瞳に浮かんだ思いも、遠くから私達を見守るマーク様にも気づくことは無かった。