軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雨と洞窟と真実8

朝、目覚めると、焚き火は殆ど消えかけていた。私が集めた枝もすっかりなくなっている。

「おはよう」

「おはようございます」

モゾモゾと一緒に被っていた毛布から抜け出し、照れ隠しに髪を整えるふりをする。

「アシュレン様、足の具合はどうですか?」

「ああ、悪くない」

アシュレン様は足首を軽く回したあと、慎重に立ち上がり右足の感触を確かめる。私もしゃがみ込み足首の具合を見ると、昨晩よりかなりマシになっていた。

「多少痛みはあるが一人で歩ける。これはかなり良い湿布薬だな」

こんな状況でも満足気な表情を浮かべるのが研究者。開発が成功することほど嬉しいことがないのを私も知っている。

「そうだ、ライラの作った乾燥剤は、と……おっ、凄い! しっかり乾いているだけでなくていい匂いがする」

しかし、だからと言って自分のブーツに鼻をつけ嗅ぐのは如何なものかと。整った顔だからこそ止めて欲しい。

「ライラのは……」

「まさか私の靴の匂いまで嗅ぎませんよね?」

「……お、おぅ、もちろん」

嗅ぐ気だったのか、と仰け反りながら素早く自分のもとにブーツを回収する。研究者としての気持ちは分からなくもないけれど、絶対に嫌だ。

「兎に角、この二つは成功ですね」

「ああ、そうだな」

嗅ぐなと目を細めると、アシュレン様は決まり悪そうにリュックを引き寄せ中をゴソゴソ。取り出したのは非常食の干し肉。

「はい」と当然のように手渡された干し肉を、恐縮しながら受け取る。水筒は肩から下げていたので飲み水はある。と、そこで思い出した。

「アシュレン様、昨晩、袋水筒に水を汲もうと洞窟の奥に行ったところ、小さな水場がありました」

「この奥にか?」

「はい。天井から落ちた雫が長い年月をかけて岩をくり抜きできたと思われます」

「飲めるのか?」

「いえ、舌に刺激があったので止めた方が良いです」

また口にしたのか、と眉間の皺が言っている。

そこは気づかないことにして。

「その水を汲んできてもいいですか? ついでに洞窟の壁も少し削って持って帰りたいです」

「分かった。これを食べたら一緒に見に行こう」

アシュレン様は私がやろうとすることを否定したり、頭ごなしに怒ったりしない。絶対理由を聞いて意志を尊重してくれる。

はい、と頷き渡された干し肉を焚き火の残火で少し温めて口にする。塩味の効いた噛みごたえのある肉は決して美味しいとは言えないけれど、空腹の身体に染み込む。

食べ終わると水場に向かい、私は布水筒に水を汲んだ。アシュレン様は先の尖った金槌のようなもので岩を削り、布で包んでリュックに入れる。

「珍しい地層だな。ライラ、分かるか?」

「申し訳ありません。地層には詳しくありません」

「謝らなくていい。そんなに色々知っていられてもこちらの立場がないからな。帰ったら専門家に見せよう」

「専門家にお知り合いが?」

「母を辿ればどんな人物にも辿り着く。任せればいい」

室長、いったい何者?

護衛の話もあっさり通るし。それにお城に作られた託児所も宰相だった前ナトゥリ侯爵様というより室長の働きが大きかったと聞く。

「マークが助けを連れて近くまで来ているかも知れないから、俺は外を見てくる。その間に着替えれば良い」

「ありがとうございます。足が痛むようなら無理なさらず。私が後で滑落した場所まで見に行きますから」

アシュレン様は歩きながら頭上でヒラヒラと手を振る。大丈夫、ということのよう。

焚き火の場所まで戻り岩の上に干した服を手にすると、少し湿ってはいるものの着れないことはない。手早く服を脱ぎ着替えると、同じく岩に干していたアシュレン様の服と雨合羽を一緒に畳んでリュックに詰める。周りを見渡して忘れ物がないことを確認し、火をきちんと消してから洞窟を出た。

昨晩は暗くて見えなかったけれど、私達が歩いた道は崖の途中に偶然できた細いもので、下を見れば垂直に続く崖の下に大きな川が見えた。

この景色を見ていたらあんなに平然と歩いたりできなかった。すくむ足を叱咤し、反対側の崖に片手を添えながら少し歩くと、アシュレン様の姿が見えてくる。

「アシュ……」

「マーク、そこ滑りやすいから気をつけろ」

掛けようとした声を途中で飲み込み、見上げればロープを垂らしながら降りてくるマーク様の姿が見えた。

「良かった、ライラも無事だったようだな」

アシュレン様より先に私に気づいたマーク様が上から声をかけてきた。

「はい、申し訳ありません。ありがとうございます」

返事をする私の手から、アシュレン様がリュックを取ると、軽々と背負う。

「後から取りに行くつもりだったのに重かっただろう」

「いえ、大丈夫です。それにしても私達凄いところにいたのですね。今更ながら身がすくみます」

「同感だ。マークが村の人を連れて来ている。引っ張り上げて貰う段取りだ」

話をしているうちにマーク様は私達のところまで降りてきた。腰にロープをつけ、それを命綱として降りてきてくれたらしい。

その命綱以外にもロープは二本上から垂れていた。

「おはよう、昨晩はよく寝れた?」

場違いなほどの清々しいお顔で挨拶をしながら、マーク様は私の身体にさっと目を走らせ怪我がないことを確認する。昨晩、と言われ反射的に頬を赤くした私を見て、マーク様はえっと目を丸くして、アシュレン様を見た。

「……もっと遅く来た方が良かったか?」

「…………」

「って、何か言えよ!!」

アシュレン様はしれっとマーク様から縄を受け取り腰に巻き始める。

「あ、あの。凄く良いタイミングです!! えっと、深い意味ではなく。その」

否定も肯定もしないアシュレン様に代わって、誤解を解こうとするも、続く言葉が出てこない。マーク様が思うようなことは何もないのだけれど、何もなかったと否定する言葉が出てこないのは、私にとってあの洞窟での時間が大切な物になっているからで。

わたわたしているとアシュレン様が呆れ顔半分でマーク様を軽く睨む。

「邪推するな。俺は良くてもライラは令嬢だ」

「いやいや、それなら偽恋人説も否定しろよ」

しかし返ってきたのは的確なツッコミだった。