軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジルギスタ国の日々2

※※※※※

次の日の朝、徹夜で纏めた研究結果を見直していると、カーター様と妹が一緒に研究所に現れた。

「おはようございます」

「おねえさま、おはよう」

「ライラ書類は出来ているか?」

「はい、こちらに纏めています。説明しても宜しいですか」

並んで入室してきた二人の距離が近い気がしたけれど、気のせいよね。

それより報告をしなければ、すごく良い結果が出たのだから。

私はカーター様に書類を手渡すと、興奮で早口にならないよう気をつけながら、話し始める。

「ずっと研究してきた小麦の大量枯れについてですが、やはり収穫前の夏に降る降水量と関係があると思われます」

私達の研究はなにも人が使う薬だけではない。もちろんその研究もしているけれど、今しているのは害虫駆除の農薬の研究。

この国は小麦の大量生産国で他国に輸出もしている。でも、数年に一度の割合で小麦の大量枯れが起こるのだ。その度に国民は餓え、輸出品が無くなることで国力も衰える。

小麦の収穫はこの国では十一月頃。夏の降水量がある一定量を越すと、大量枯れが起こることがこれまでのデータで分かっている。そこで、この雨によって見えない細菌が活性化しているのではと私達は予想した。

「湿気によって爆発的に増える菌に特化した農薬作りに成功しました」

「効果はどれぐらいもつ」

「ニヶ月ほどかと。九月頃に散布するのが良いかと思います。こちらが実験結果のデータで、対象となる菌の繁殖を押さえているのが分かります。もちろん人体に害はありません」

私は数字が並んだ表とグラフを指差すと、カーター様は満足そうに頷いてくれた。

「分かった。ではこれは俺の名前で第二王子殿下に報告する」

「……カーター様の名前、ですか」

「なんだ、不満でもあるのか!?」

「い、いえ。そんなことは、カーター様のされた研究ですので」

私が慌てて胸の前で手を振ると、カーター様は当然だというふうに頷く。

でも、その理論に至るまでのデータを集めたのも、研究を重ねたのも全て私。カーター様は何一つされていない。

「あの、それで、あの山岳地帯の調査には行っても良いのでしょうか?」

小麦の大量枯れが国中で起きる中、一箇所だけそれが起きない地域があった。隣国カニスタ国との国境にある小さな山あいの村。私はその現地調査に行きたいと前から頼んでいたのだ。

「あの地域の小麦と土、水は既に研究所に運んで調査済みだろう」

「ですが、やはり何か原因があるのかと。現地に行って確認したいのです」

「必要ない。農薬はもう出来たのだから、この研究は今日で終わりだ。ライラは次の研究に取り掛かれ」

でも、と言う言葉を私は飲み込む。

確かにカーター様の言うことは正しい。

この農薬ができたのだから、わざわざあの山岳地帯に行く必要は無い。

でも、研究者の勘、というか。

なぜあそこだけ大量枯れが起きなかったのかを明らかにしなきゃいけないと思うんだ。

とはいえ、勘で行かせてください、なんて言えるはずもなく、私は頷くしかなかった。

「あの、それならせめて第二王子殿下の報告にご同行させていただけませんか?」

この研究結果に対して第二王子殿下がどのような反応をされるのか見てみたい。例え私の名前が表に出なくても、第二王子殿下がカーター様を褒められてお認めになる姿を側で見たい。それはきっと自分が褒められることより嬉しいことだから。

「お前がか? 何のために。まさか、自分が研究した結果だとその場で言うつもりか?」

「まさか、そんなつもりはありません」

「おねえさま、カーター様に我儘を言ってはいけませんわよ」

突然妹が会話に入ってくる。いつの間に私の後にいたのか、トレイに載せた紅茶をカーター様の机にそっと置くと、ふわりと優雅に笑う。

「申し訳ありません。お茶の用意もできない気の利かない姉で」

「なっ、私は今報告を」

報告をしながらお茶を淹れるなんて、出来るわけがないでしょう? それに私は昨晩から水一滴飲まずに研究を続けていたのよ?

これにはカーター様も何か仰ってくれるはず、と思ったのに、出てきた言葉は私が望む言葉ではなかった。

「全くだ。女性はアイシャのように細やかな気配りが出来ないとな。そうだ、アイシャ、お前が一緒に報告に付いてきてくれないか?」

「私がですか?」

「あぁ、アイシャは愛嬌があるし気配り上手で華がある。第二王子殿下に対しても、俺の努力をうまく伝えてくれそうだ」

「はい! お任せください」

「カーター様、お待ちください。それなら私にもできます。私を連れて……」

「断る。無愛想なお前など連れて行っても場がしらけるだけ。それに次の研究に取り掛かかれと言った筈だ」

ピシャリと言い放つと、カーター様は紅茶を飲みながら、私に対してもう用はないと手のひらを振る。

「分かりました」

そう言って立ち去るとき、妹が耳元で「せめてカーター様が飲んだカップぐらい洗ってね」と囁いた。

この時、私は自分の中の何かが壊れる音を聞いた。